リリローグ。   作:すず夜

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第24話

 すでに舞台は崩壊していた。

 しかし、耳障りな阿鼻叫喚が響き渡っているのか……そう問われれば答えは否。すでにこの闘技場──試合舞台は悪趣味な()()へと書き換えられている。

 

 転象世界。外部から見る分には精々百メートル程度だが、内部の規模は街一つ、強度は術者にとっての最高、付与された効果(ルール)は『内部構造の投影』。

 

 よって外部にいる者でも試合の様子を余すことなく見届けることが可能。神々は無論のこと、観客気分の人々にもそれは可能であり、そうでなくては祝祭は祝祭足り得ない。

 

 無責任な責任者である学園長の転象は、元々アリス・リリーの参戦が決定している時点で、()()より念入りに、強固な世界を創造する準備を怠っていなかった。

 

 しかし、それでも。

 

「きっついねー。本当に恐ろしい才能だよ、二人共」

 

 マリア・メルセデスとグラナ・ジャーマの実力は、本来ならば決して同じ時代に生まれるべきではないほどの傑物。

 そこに、さらにアリス・リリーの存在が加わるとなると、確かに黄金世代と呼ばれるのも仕方なく、むしろそれでは価値を低く見積もる者のほうが多くなるほど。

 神話の時代。その再演とでも言うべきか。

 

「……本当に、才能ある若者は恐ろしいよ」

 

 そう言いつつ、学園長は即席で結界を張った。

 巨岩を音速で投擲でもされなければ傷一つ付かない程度には耐久度の高い、三賢者の一角として何ら恥のない代物であった。

 

 が。

 

 

"──パリン"

"──ズガァァンンッッッ"

 

 

 硝子の砕け散るような音。

 結界が一瞬で砕かれ、そのまま巨岩と同等の質量を持つ巨剣が音速で飛来する。

 紙一重の回避。しかし見えぬ風の刃が無数、学園長の身体を切り刻んだ。

 

 鮮血が舞う。

 

 花びらのような美しさはない。ただ鉄の生臭さが学園長の周囲に漂う。もし彼が今一人ではなかったら、彼以外の人物は鏖殺されていただろう。そんな殺意ある攻撃だった。

 

「おいおい、僕を殺す気かい?」

 

「うん。お前も評議会も会場の連中も。メルセデスちゃんのことを都合良く使うことしか考えてない連中、メルセデスちゃんのことを知らない連中、メルセデスちゃんのことを嫌ってる連中、どいつもこいつもわたしの人生にいらなーい。だから死ね」

 

 白銀の髪は揺らめいて。

 翠眼は怪しく、鈍く、色艶やかに輝く。

 

 アリス・リリーの殺意はいつだって本物しかない。

 これからも。これまでも。

 

 

 

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 数千、数万の攻防を繰り広げる必要はない。

 一撃さえ当ててしまえば、後は相手が立ち上がれなくなるまで攻撃を続ければいい。

 

 それだけの攻撃力を双方持ち合わせており、人道を語るにはあまりに魔道に身を浸した魔人たる彼女たちの一撃は、常人からしてみれば無造作に振るわれる拳一つすら災害に等しい。

 

 神の力の代行者。神々の化身として何ら不足ない。

 彼女たちはその道の最上級(トップクラス)

 

 仮に"力"以外の部分に視点を置いても、やはり傑物。

 技巧は若くしてすでに人類最高峰、早熟という訳でもなく伸び代も多い。年を重ねる毎に彼女たちの輝きは増すだろう。

 

 しかし……

 

 

「ドラァッッ!!」

 

 

 猛るは炎、振るうは剣。

 咆吼と共に放たれる炎の斬撃は相も変わらず、抉るように鋭く、その上放出される爆裂は人体どころか鋼鉄であっても粉々に打ち砕くほどの火力を秘めている。

 

 しかし、だ。

 

 

"──ガキィンンッッ!!"

 

 

 黒赤の雷霆纏いし剣が、同等の威力で相打つ。

 本来ならば疾うに砕け散ってもおかしくはない……砕け散っていなければならないだけの力を込められたそれらは、しかし未だに刃毀れ一つ見せず、未だに戦舞を飾る()()()としての役割を果たしている。

 

 背丈、四肢、才覚、戦意、練度、武装、どれもこれも質は同等。

 栄えあれ誉れあれ、祈りと共に磨き抜かれた戦士騎士として何ら申し分ない英傑であることは双方明らか。

 

 事実、転象世界たる擬似領都はすでに崩壊しつつある。現実ではないと割り切ってからの黒と赤の攻防は、暴力のタガが外れている。

 誰も巻き込まないならばと平然と闘技場を破壊し、周辺を破壊し、街一つを駆け巡っては斬撃打撃刺突魔法魔術の応酬を繰り返す。

 感情と暴力の応酬を以て破壊の嵐の中核を成す。それもまた、彼女たちがある程度似通った実力を持たなければ成立しない。どちらか一つだけが特出しているのなら、嵐は嵐足り得ない。

 

 しかし、それでも。

 ……状況は、明らかに黒──メルセデスが優位だった。

 

(何が違うッ!? (グラナ)とこいつで何が違うんやッ!?)

 

 街一つを破壊するだけの応酬を繰り広げながらも、それでも赤──グラナは、対峙するメルセデスがどこか平然とした様子のまま、この攻防に乗り、演武か、一種の神楽染みた動きで自分の攻撃をすべて(さば)いていることに気づいていた。

 

(こっちは殺す気でやっとるんやぞ、お前も殺す気で──)

 

「──こいやゴラァッッッ!!」

 

 グラナはメルセデスを全力で蹴り飛ばした。

 今までの動きからして、メルセデスが受け身に徹していることは明らか、それが理解できないグラナではない。

 不意を突くつもりはない。ただこう動けば彼女がどう動くか理解した上で行動を起こす。この()()に今は乗る。

 その上で、距離を稼いだ。音速を超え、身動き一つが衝撃波を発生させる人外染みた攻防では、グラナは奥の手を使えない。

 

 一秒。

 

 グラナが求めた時間はそれだけ。

 それだけあれば事足りる。

 

 怒りと祈りと願いを込めて。

 

 詠唱開始。

 

【どうして私は貴男に届かないの】

【真昼の太陽は愛しき夜の太陽を追いかける】

【それでも貴男は黄昏と夜に熔けて姿を隠し】

【私は貴男に追いつけない】

【昼と夜が別たれて】

【"あれかし"と神様が命じるのなら】

【どうして私は貴男に焦れてしまったの】

 

【だから私は願うのです】

 

【──どうか、私を抱きしめて!】

 

「『赤の炎』、夕日の涙、猫の伽藍、烈火、富める冥府」

 

 グラナの魔力の奔流。そのすべてが灼熱、業火と化しグラナの全身を駆け巡る。そして象る、究極の破壊。

 元より街一つを焼き尽くすことなど、グラナであれば容易いことである。山河を焼き尽くすこと、これもまた同じ。

 であれば、全身全霊で放つ赤の最奥、その真髄は──

 

「──《落涙せし紅焔(ティアドロップ・プロミネンス)》」

 

 ──すでに焼き尽くされた世界を顕現することである。

 

 転象。世界観の想像を創造する魔法魔術の最奥の一つ。

 そして、グラナの創造する転象世界は三賢者と呼ばれる存在でも再現が不可能であり、その内部規模は列島級、付与された効果(ルール)は『()()()を超える灼熱の顕現』。

 グラナ以外の生存を前提とせず、ゆえにグラナ以外の存在は有機物であれ無機物であれ必ず融解する。仮に相手が無数の【デーモン】であったとしても生き残ることはまず不可能。

 

 まさに絶倫。まさに絶技。

 

 魔界都市は灼熱の荒野へと成り果てた。

 転象世界の主はグラナへと切り替わった。この世界で活動するグラナの身体能力は、通常の戦闘時にグラナが使っている身体強化(ライズ)を超越し、三賢者であってもこの世界を塗り替えることは不可能。ましてや勝利など視野に入らない。

 

「はぁ……はぁ…………あっ……あかん……殺してもうた」

 

「──そう心配するな。私は無事だ」

 

「……は?」

 

 三賢者には不可能。

 

 しかし彼女は──マリア・メルセデス。

 

 

"──ッ"

 

 

 音が遅れて。衝撃が遅れて。何もかもが遅れて。

 

 

"轟ッッッ!!!!!!"

 

 

 結果だけが残る。

 世界が壊れた。ただそれだけの結果だけが残る。

 

 転象世界は壊れ、景色が元の闘技場に戻る。

 

 

「……なん……や……それ……」

 

「流石にあのままでは呼吸もできん。ゆえに壊させてもらった」

 

「ふざけ……んな……くそ……お前と……(グラナ)……で……何が……何が違う……んや……」

 

「信仰心」

 

 

 グラナの必死の問い。

 それに答えるメルセデスの態度は凛として威風堂々。

 そこに迷いは微塵もない。

 

 全身全霊を強引に剥がされた。唯でさえ余力僅かな状態、反動は凄まじく、最早グラナに残された戦闘時間はない。

 

 もとより攻防で防具は砕けていた。衣服もちぎれ、あるいは燃え尽きていた。露出している部分からは血と傷と痣にまみれた肉体が見える。筋肉、神経はいくつも引きちぎれているだろう。骨も数本折れている。メルセデスが演武の範疇に留めなければ、おそらくはすでに絶命していた筈。

 立ち上がることはおろか、呼吸すらも苦痛となる今、この瞬間に、それでも彼女は……グラナは立ち上がった。

 

 

(グラナ)は……()は……お前らが嫌いや……大嫌いや……お前らは……お前らは……『英雄』を……『大罪人』に……」

 

「……お前の殺意しかと受けとった。そして、悪いな。何も言えん。私がお前に、そのことで言えることは何もない。ただ……憎んでくれて、ありがとう」

 

「死ね……やぁ……」

 

 

 瞬。

 

 メルセデスはグラナの懐に踏み込み、片手で首を絞めた。

 そしてそのまま気絶した彼女を担ぎ、メルセデスはグラナと共に、試合舞台から退場していくのであった。

 

 

 ──これにて戦舞、神楽は終い。

 

 

 歓声が、上がる。

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