第26話
結局、私はどう
今までの人生に想いを馳せ、私は焦燥と諦めを胸に剣を振るう。
私の人生はすでに私のものではない。それだけは確かだ。
貴族の養子。エスパーダ家次期当主との婚約。
今はまだ守られているものの、私の純潔を奪う相手はすでに決まっていて、漠然とそれを受け入れている自分がいる。
別に特に親しい異性の友人や恋人がいる訳でもないのだから。受け入れてしまってもいいだろう。
そもそも私の人権は『加護』ありきのもので、つまるところ私には聖騎士として生きる道しか
──私は疲れた。疲れていた。
正しい者より、
正しさを装える者が優遇される。
誰かのために頑張る善人より、
他人の食い潰す悪人のほうが報われる。
か細く、か弱き者のために考案されたシステムを、
弱さを装い寄生虫の如く利用し他者の財産を喰らう。
他人の良心につけ込むことを賢いと称する。
悪事を働いた者に改心の機会を与えるべきと言い、食い潰された者の悲鳴ではなく高尚な倫理観とやらで社会的害悪な者たちを生かそうとする。
そういう存在を見ていると無性にやるせなくて。
しかしそれらは虫のように涌いて。
つまるところ普遍的な人間の悪性。
仮に全人類から悪人だけを餞別して殺し尽くしたとしても、それらは
どうしようもない。どうしようもないのだ。
理性がそれを理解している。
でも。それでも。
私は──ウリィ・エスメラ・ベルデ・エスパーダは。
……どうしようもなく、疲れていたんだ。
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──
学寮祭が終わり、夏季の長期休暇になりました。
冒険者学園は、侯爵領の領民は勿論のこと他の貴族領からも多くの若者が学生として通っています。ですのでこの時期になると帰省する者も多く、いつもは賑わっている学寮も少しだけ静かでした。
しかし私はこの静けさが嫌いではありません。
むしろ普段の騒々しさのほうが苦手で、特に『
慣れてしまえば耐えられないことはないのですが、それでもやはりこの静寂のほうが私にとっては居心地の良いものと言えました。
……その静寂が破られるのも間近ですが。
"──ドンドンドン!!!!"
「おはようエスメラ!!!!
朝だよ!!!! 今日も良い天気だよ!!!!」
力強い三度の
蝉の音すら掻き消すような、人によっては騒音と厳しく糾すであろう声量……言い方を選べば元気いっぱいの挨拶。
寝惚け
「……おはようございます、ロカ」
「うん!!!! おはよう!!!!」
彼女の名はロカ。フルネームでロカ。
私の大切な友人です。
「それで、今日はどうしました?」
「寮長さんがね!!!!
自分とエスメラとアキに話があるんだって!!!!」
「それは……珍しいですね。急ぎですか?」
「急ぎというか!!!! 依頼だって!!!!」
「依頼? アルバレス先輩の依頼のお手伝いか何かですか?」
「ごめんそこまではわかんない!!!!
でも今の時間とお昼は食堂にいるって!!!!
それ以外は中庭にいるってさ!!!!」
「……わかりました。五分で身支度を済ませます。先に食堂に向かってもらってもいいですか?」
私の知る限り、寮長さん──アルバ・アルセーロ・アルバレスという男性は、変人揃いの『
そんな良識ある人物がまだ早朝といえるこの時間帯に、わざわざロカを通して起床を促す以上は何かあったと考えるのが自然。
……どこぞの
すれ違うのも面倒ですし、待たせるのも悪いので、早めに用件を確認しておくほうが無難でしょう。
「わかった!!!! なら先に食堂に行ってるね!!!!
行こ、アキ!!!!」
「サケサケー!!」
……いたのか、
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──
「急かすつもりはなかったんだが……悪かったな」
「……いえ、お気になさらず。それで、私たちを集めた理由を確認してもよろしいでしょうか?」
「そうだな。お前たち三人に受けてほしい任務がある。
元々俺が指名されていたんだが、生憎すでに他の任務があってな。相手方に相談したところ、俺が信用している
本来なら四年か、三年を選ぶべきだろうが……時期が時期でな。帰省する者も多く、早々頼める相手が見つからん。
かと言って依頼内容が依頼内容なだけに、実力的にも人格的にも信用できる相手に頼みたい。
そこでだ。俺はエスパーダを指名したい。
お前たちも知っての通り
学寮祭の件でお前たちの能力や性格は概ね理解した。エスパーダならば……お前たちならば信用に値する。
依頼内容は『深度Ⅱの【ダンジョン】の異変調査』だ。興味があるなら続きを話すが、断るのならここまでにしておく。
実力的には問題ないだろうと思っているが……断りたいなら断ってくれて構わない。無理強いするつもりはないからな。
どうだ?」
「【ダンジョン】の異変調査……ですか」
そう聞いて、少しだけ私は私の体温が下がるような、身体から力が抜けるような感覚を感じました。
脳裏に浮かぶのは当然、メルセデス先輩やリリー先輩の補佐のために行った
元より【ダンジョン】なんて人間にとっては理不尽の塊のような場所でしたが、それでも
メルセデス先輩がいなければ皆死んでいたでしょうし、リリー先輩がいなければ私が死んでいたでしょう。
……白状しましょう。
冒険者見習いとして失格かもしれませんが、私は現在、【ダンジョン】に対する軽度の恐怖症を患っています。
ましてや異変調査ともなれば一層、
しかし……。
「エスメラ? 大丈夫?」
……いつもは天然気味で、声量の調整もできないのに。
囁くように。心配を隠せない声で。
こんな時に限って、ロカは私の小さな異変を見逃してくれませんでした。
「エスパーダ? 調子が悪いのか?」
「……はぁぁぁ。いえ、大丈夫です」
「顔色が悪いぞ。……さっきも言ったが無理強いするつもりはない。厳しそうならそう言ってくれ」
アルバレス先輩にも気づかれてしまいましたか。
……ですが。
それに恐らく、本当に私たち……私以外にアルバレス先輩は
彼は実力だけでなく、人格的にも問題のない人物を探しています。そして偏見でなく事実として、侯爵領の実力者……
幾つか考えることはありますが、答えは決まっています。
「私は受けようと思います。
ロカ、アキ、補佐をお願いできますか?」
「勿論だよ!!!!
「……ありがとうございます、ロカ」
深度Ⅱの【ダンジョン】に緊張するのは久方ぶりです。
ですが聖騎士として、そしていずれの冒険者として、【ダンジョン】に対する恐怖心は早急に克服しなければなりません。
恐怖はある。
それでも、ロカと一緒なら。
……私はまだ、頑張れるから。
「しょうがないサケね。安くないサケよ?? 噎び啼いて感謝感激感動するサケ」
「チッ」
「ひょえっ」