リリローグ。   作:すず夜

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第29話

 人類の基本属性はおおむね地属性である。

 普遍的と言ってしまえばそれまでだが、つまりそれだけ使用者が多く、基礎鍛錬や応用の幅について研究されており、物珍しさはないが堅実に強くなる方法が確立されているということでもある。

 事実、冒険者の中で強者とされる人物のほとんどが地属性である(母数が多いという理由も当然ある)。

 

 そんな地属性の特色は、四属性(炎風水地)の中で最も強化魔法に長け、逆に放出魔法を苦手とすることであり、当然その戦闘スタイルは白兵戦でこそ真価を発揮する。

 

 以上のことから地属性のエスメラが堅実な強さを持ち、白兵戦を最も得意とすることは自然であり当然のことである。

 

 また、エスメラの授かっている『剣の加護』は実用的かつ強力な加護であり、戦闘力に直結しているだけに目に見えてエスメラ自身の特色として鮮やかなものの一つだろう。

 

 さらにエスメラは地属性に限るが上級魔法の行使も可能である。

 上級とは凡人ならばいくら極めたところで辿り着けない天才と凡人の壁の一つであり、仮に早熟であったとしても、これを修めているエスメラは間違いなく天才鬼才の類であると言えるだろう。

 

 しかし、それでも。

 

 エスメラが自身に下している評価は低い。

 

 ()()()()()()

 

 何せ彼女が生きる時代、世代は『春と黄金』。

 

 武器を振るうだけで地形(フィールド)を破壊するメルセデス。

 長文詠唱を瞬時に完成させ【ダンジョン】を破壊したリリー。

 列島級の転象を激戦の中で完成させたグラナ。

 メルセデス級の戦闘センスとリリー以上の頭脳を持つネヌエル。

 

 数千、数万年に一人と称されて何ら不自然のない逸脱した神童が、今の世代には少なくとも四人いる。

 そして同じ時代に、リリーと同格とされる魔法使いが二人は生きている。

 

 他者がどれだけエスメラには天賦の才があると称賛したところで、そんなエスメラの身近には、片手の指の数よりも多い風格どころか次元の違う傑物が存在しているのだ。

 エスメラが自身を過小評価することはある種仕方がないと言えるだろう。

 

 しかし、それでも。

 

 メルセデス以外には辛辣な()()リリーが、気に食わないと言いつつも【ダンジョン】では戦闘員として認める程度には。

 国堕としと恐れられる【デーモン】を相手に、単騎でぶつかってなお戦闘が成立する程度には。

 

 ウリィ・エスメラ・ベルデ・エスパーダは強い。

 

 つまり。

 

 

「──素晴らしい」

 

 

 感嘆の溜息を零したのは学院の奇人エミリオ。

 今彼が見ているのは、エスメラによる【ゴブリン】の一方的な蹂躙劇である。

 状況を即座に理解できず硬直してしまった二人の仲間を守るための立ち回りをしつつ、着実に敵の数を減らしている。

 

 冒険者と同等とされる【ゴブリン】を相手に──

 その数、大凡(おおよそ)二〇〇を超える群を相手に──

 

 ──まさに鎧袖一触の活躍をしていた。

 

 

「アルバの奴め、よくやった。よもやここまでの女傑が埋もれていたとは。もしも生まれた世代が世代なら……(わたし)の世代に生まれていたのなら、まず間違いなく『最強』の二つ名は彼女のものだろう。まったく末恐ろしい話だよ。今時の若人はこれだから……可能性に満ち満ちているではないか、実に素晴らしい。実に面白い。これは後々のために彼女に投資することも視野に入れなければ。ふふ、楽しくなってきたではないか、まったく女学生は最高だな」

 

「キッショ。……あッ、ローちゃん!! ボクたちも戦わないとッ!!」

 

「あ!!!! うん!!!!

 ごめんエスメラ!!!! 今行くから!!!!」

 

「……いえ、その必要はありません。もう終わりました。誰も怪我はしていませんか?」

 

 

 

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 噎せ返るような悪臭が漂う。

 単に【ゴブリン】どもが不潔だったからだけではなく、肉と大地が塵となり灰となり、煙と焦げ臭さが入り混じった複雑な悪臭。

 

 戦闘中は気にならなかった()()も、終わってしまえば顔をしかめたくなるほどのもので、実際にサケ女(アキ)は露骨に鼻を押さえてじたばたと地面を転がっていました。

 

 

「……はぁぁぁ、地面の汚れの臭いがつきますよ、アキ」

 

「ザゲェェェ!!!! う゛ぇばぁぁあああ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」

 

「なんて叫び声をあげてるんですか……」

 

 

 何故か腹立たしさを感じつつも、ひとまずこの煙と悪臭を振り払うべく剣を振るった、その時です。

 

 

"──バキッバリッベリベリッッ"

 

 

 嫌な音が響きました。

 

 

「……は?」

 

 

 刃毀れの音ではなく、剣が折れた音でもありません。

 ガラス細工のように音を立てて砕け散ったのは、私が身にまとっていた肌着代わりの──ラバースーツです。

 

 

「エスメラー!!!!」

 

「やりやがったッ!! あの変態やりやがったサケッ!! どういうことサケ!? おい変態答えるサケッ!!」

 

「待ちたまえ乙女たち。誤解だ、あのラバースーツにあんな風に砕け散る機能は設定されていない筈だ。これは実に興味深い故障だ。いったい何故魔力透過の性質を持ちながらあのような破損の仕方をしたのかまるで見当がつかない。試運用(テスト)ではあんな現象は一度も起きなかったのだがね。……待て、待ちたまえ乙女よ、あの破損は(わたし)にとっても学院にとっても想定外の現象だ。乙女の裸体を曝け出すための機能など一つもない。むしろ肌を隠すために研究していたのだからね。あえて隠すことで逆に肉体美を披露するという目的意識がない訳ではなかったが、断じてあの様な破損を想定して作られた道具ではない。本当だ、(わたし)は妻帯者として愛する妻に恥じることは何一つしていないと断言しよう。誓約(サクラメント)を結んでも構わない」

 

(ざっけ)゛んじゃねーぞッ!! 散々セクハラ発言をしておきながら妻に恥じることは何一つしてないだァ!? てめーの頭の中には脳みそじゃあなくて血でできた豆腐でも詰まってんのかサケよォーッッ!!!!

 そもそもピンポイントで破損してるのがラバースーツなら間違いなく元凶は()()()で、原因は()()()にあるんだよサケッ!!」

 

「とりあえずエスメラ!!!!

 替えの下着をすぐに着けよう!!!!

 ラバースーツの上に制服を着ていたおかげで全裸にはなってないとは言えど、今のエスメラはつまりノーパンとノーブラってことだからね!!!!

 なんてことだ!!!! よく見たらラバースーツが砕け散った衝撃のせいか制服もズタボロじゃないか!!!! 見えちゃいけないものが見えてるよ!!!!」

 

「……はぁぁぁ」

 

 

 帰りたい。

 

 ……なんて言っている場合ではありませんね。

 

 

「落ち着いてください、三人とも。まずアキとエミリオさんは周囲の警戒を。ロカ、私の荷物をください」

 

「わかった!!!!」

 

「おらッ!! さっさと向こう見てろサケッ!!」

 

「あいわかった」

 

 

 こんなことを思うと失礼かもしれませんが、以前にメルセデス先輩やリリー先輩が魔法の反動で全裸になるところを目にしたことがあって本当によかったです。

 

 特に、メルセデス先輩。ありがとうございます。

 

 貴女が全裸でも堂々としていた記憶が、今の私を奮い立たせてくれています。でなければ今頃、気が動転して冷静で居続けることができなかったかもしれません。

 

 ……それはそれとして顔も耳も熱いですが。

 

 

「……はぁぁぁ」

 

 

 そんなことがありつつも、幸い私が着替えている間に【ゴブリン】が襲い掛かってくるということはなく、私たちは態勢を立て直すことができました。

 

 

 数分後。

 

 

「ひとまずこれからどうしますか? 異常事態(イレギュラー)が発生した以上、私は一度学園に戻ったほうがいいのではないかと思いますが……」

 

「どうしよっか(ぼそぼそ)」

 

「……暫くはその調子でお願いします、ロカ。大声を出すと【ゴブリン】に私たちの居場所がバレてしまいますからね」

 

「わかった(ぼそぼそ)」

 

 

 ……ロカは小動物みたいで可愛いですね。

 

 ……そんなことを考えてる場合ではありませんでした。

 

 

「どうしますか、エミリオさん」

 

「ふむ。(わたし)もそれは一度考えたのだが、問題がある。帰還するための(ゲート)がない」

 

「えっ!!!! あっ、ごめんなさい(ぼそぼそ)」

 

「……(ゲート)に『転移の罠』を仕掛けられましたか?」

 

「ふむ、面白い考え方だ。……ありえないことではないね。むしろそれが自然と考えるべきか。ふふ、実に面白い。普段ならば()()()()()と切り捨てる推測が、この場では()()()()()()()()()()()と、むしろそれこそが真実であると感じてしまう。やはり【ダンジョン】は恐ろしく、そして面白いな」

 

「んなこと言ってる場合じゃないサケ。『転移の罠』なんて【ダンジョン】が発生させる地形(フィールド)ギミックでしかないサケ。それがもし誰かに動かされていたとしたら……どうなるサケ??」

 

「ふふ、どうなるのだろうね。しかし少なくとも『転移の罠』を動かすことができるのなら……他の地形(フィールド)ギミックも動かせると仮定したほうがよいだろうね。まぁ実際に『転移の縄』が設置されていたかどうかはまだ未確定だが……頭の片隅には置いておいたほうが良さそうだ」

 

「……では、どうします? (ゲート)を捜索するのか、このまま異変調査を進めるのか」

 

「ふむ、答えはどちらも。(ゲート)を探しつつ異変調査を進めよう。本来ならば討伐隊と一度合流するつもりだったのだが……この様子では難しいだろう。おそらく討伐隊も今頃迷子になっているか、それとも壊滅しているか。どちらにせよ、暫くは当てもなく【ダンジョン】の中を彷徨うことになる。その道中で手掛かりを掴む他ないと見えるが。……いや、既に想定されていたリスクを上回っている。その点も含めて君達の考えも訊いておこうか。我々はどう動くべきだと考える? ウリィ・エスメラ嬢、ロカ嬢、アキ嬢」

 

「……はぁぁぁ、一つ確認したいのですが、今の状況はすでにエミリオさんが事前に知っていた情報とずれている、それで間違いありませんか?」

 

「うむ」

 

「では私はエミリオさんの意見に賛成です。……というより、他にできることが思い浮かびません。地図作成(マッピング)と異変調査と(ゲート)の捜索。どれも平行して行うしかないかと。(ゲート)さえ見つけることができれば、ひとまず帰還できます。ギルドと学園、学院に一度報告に戻りましょう。と、私は思いますが、ロカとアキはどう思いますか?」

 

「自分はエスメラの意見に賛成っす(ぼそぼそ)」

 

「……ぼ、ボクは……一部だけ反対です」

 

 

 おや。戦闘中でも興奮状態でもないので臆病なアキに戻っていますね。

 あのテンションのアキとは会話が疲れるので、ずっとこのままでいてくれないでしょうかとも思いますが……一部だけ反対?

 

 

「ほう? 君は豹変するボクっ娘だったのか。なるほど、それもまた趣があっていいじゃないか。(わたし)()()と断言しておこう」

 

「……反対の理由は何ですか?」

 

「げ、言語化に困るのですが……嫌な予感がします。胸の奥がざわざわして、頭の奥がチリチリするみたいな……この【ダンジョン】を早くなんとかしないと、大変なことが起きる……みたいな……帰ってる暇なんてないんじゃないか……みたいな……」

 

「……ちなみにですが、もしかしてアキは『深層』の方向が理解(わか)ったりしますか?」

 

「……?? みんな理解(わか)らないんですか??」

 

 

 そう言い、アキは首をコテンと傾げました。

 少し癪ですが、可愛いですね。

 

 ……いえ、そうではなく。

 

 

「チッ。質問に質問で返さないでください。理解(わか)るんですね?」

 

「ひゅっ……ひゃ、ひゃい……理解(わか)りましゅ……」

 

「……はぁぁぁ。メルセデス先輩に近しい感知能力があるんですね、となれば……皆さん、急いで移動しましょう。エミリオさん、大雑把でいいので地図作成(マッピング)をお願いします」

 

「ふむ、君の考えを訊いてもいいかな?」

 

「時間がないので手短に話しますが……最悪の想定(おそらく)ですが、これから【ダンジョン】の深度が上昇します。

 もし本当にそうなってしまった場合、まず間違いなく私たちは全滅します。ですので、そうなる前にこの【ダンジョン】を解体すべきでしょう。

 不幸中の幸い、アキが『深層』を探し出せるようなので、ひとまず『深層』を目指します。その道中で(ゲート)が発見できた場合は一度帰還し、リリー先輩かグラナ先輩を連れてきましょう。できなかった場合は、そのままダンジョンシードの間に向かいます。……異論はありますか?」

 

「ふむ、実に興味深いが……異論はない。君の判断に従おう」

 

「……ありがとうございます。アキ、これならどうですか?」

 

「た、たぶん……大丈夫……」

 

「では、急ぎましょう」

 

「わかった(ぼそぼそ)」

 

 

 そして私たちは、この場を後にしました。

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