「……んぅ……ぁ……?」
気づけば、知らない部屋の中。
石造りの部屋、窓はないが入り口から差し込む光と照明魔具の光でそれなりの明るさがある。
家具らしい家具はなく、あるのは床に敷かれたボロ布ばかり。
この場にいるのは私だけ。
ロカとアキとエミリオさんの姿は見えません。
いえ……エミリオさんは……。
一瞬、恐怖と混乱で心が支配されそうになるものの、それを何とか律し、私は私の状態を確認します。
衣服はすべて脱がされていました。
当然、防具も外されていました。
元々持っていた物はすべてこの部屋には見当たりません。
今の私が身に着けているのは……。
首輪と足枷(それぞれ鎖付き)。
口枷(開口器。顎関節を固定するもの)。
首輪の鎖は壁に、足枷の鎖は床に打ち込まれており、少なくともこの場を抜け出すのが困難であることは確かでしょう。
そんな状態で、私は床に転がされていました。
「……ん……」
無詠唱での『
何らかの理由で言葉を発することができなくなった場合に備えて無詠唱でもある程度なら『暴走』せずに『
しかし。
「んぐぅ……ッ!」
突然、首輪が強く、キツく締まり始めました。
その力は少しずつ強くなり、このままでは窒息、やがて首の骨が折れるであろうことは想像に難くありません。
おそらく、この首輪は魔具。魔力の動きに反応して拘束している者を窒息、度が過ぎればそのまま殺す効果があるのでしょう。
並の冒険者ならば死を避けるべく、一度『
しかし私は、あえて『
そうして耐えている間に、無理矢理肉体を動かし、拘束具を破壊する、そのつもりでしたが……。
「無理なンだな、これが。強化魔法で肉体を強くしたところで、肉体の損傷は治らねェ。あらかじめ切ってあるンだな、てめェの手足の腱を。強化魔法を解け、じゃねェと無意味に疲れるだけだぜ」
気づけば、男がいました。
その男は、あの時いつの間にか現れていた人物。
……つまり、エミリオさんを殺めた男。
観察してみれば線は細くとも筋肉のついた全身、長い四肢、肌の色から先住民ではなく私と同じ人種。
腰まで伸びた長い黄金の髪。宝石のような青い瞳。
しかしその顔立ちは……。
「ブザイクだなァって思ったろ?」
「……はぁぁぁ、あぇ……」
「だろ? 俺もそう思ってンだ。母ちゃんもなァ……もっとハンサムに産めなかったもンかねェ……」
いえ。どうでもいいです。
そう返答しようとしたところで、口枷でロクに話せないので意味がありませんでした。
……手足の腱が切られている。
瞬間、脳裏に浮かんだのは。
今の時点ではこの場をどうにもできないこと。
そして当然、仮に生き延びたとしても私は……。
落ち着け。
落ち着きなさい、私。
……言われた通りにするのは癪ですが、無駄な体力の消費でしかないのは私自身も感じていたことなので、一度『
そして次の瞬間。
"──ドゴォッ!"
「お゛ぇ……ッ!」
見えない攻撃。
いえ、おそらくはリリー先輩が以前使っていた風属性の打撃系攻撃魔法による攻撃が、突き上げる形で腹部に突き刺さります。
その衝撃で私はひっくり返り、語るも無様な仰向けの姿で床に転がされました。
そしてその魔力に反応して、強化魔法が使われていない状態で首輪が締まり、しばらくの間私は苦しむ羽目になりました。
「これに懲りたら、余計なことをしようとするンじゃねェよ? 痣まみれの女を
もし次に余計なことをしてみろ。そン時は、てめェのお仲間の末路が芋虫ちゃンになっちまうぜ?」
「……ぁ?」
発言の意味が一瞬理解できず。
しかしリリー先輩の『リスト』にその意味が書かれていたことを。
思い出して。
「あ゛あ゛あ゛──ッ!!」
「ぎィはははァッ! なンて言ってンだ、わっかンねェよ!
あとよォ、それも余計なことだ、ぜッ!!」
そう言って、男は私の股ぐらを踏み抜きました。
「ん゛!」
「ま、俺は優しいからなァ。さっきのは今ので無しにしてやンよ……おいおい、そんなに睨むなよ、滾るだろ? 実際てめェみてェな簡単に媚びを売らねェ女は俺好みドンピシャなンだぜ。中身がガキだろうと身体が出来上がってンなら十分楽しめるしな。背丈も胸も尻もデカいに越したことはねェ。それに面もイイってンならもう最ッ高だ。
……このままお楽しみに入ってもいいンだが、さっきに言った通りイイ女ってのは嬲り方、楽しみ方ってのがあンだ。待ってろよ」
そう言うと男は一度退室して。
すぐに戻りました。ジャラジャラと鎖の音を立てながら。
そしてその鎖に繋がれていたのは……。
「こっちだろ? てめェのお気に入りは」
「……ぁ?」
数秒、理解するのに時間がかかりました。
だって、鎖に繋がれていた少女の顔と身体には私の知らない無数の痣と切り傷があって、血と泥で汚れていて、整えられていた髪は汚れきっていて、綺麗だった可憐だった笑顔を浮かべる彼女とすぐに一致する筈もなくて、頬が真っ赤に腫れ上がっていて、鼻水と鼻血が入り混じっていて、唇も切れて腫れ上がっていて、淀んだ瞳で私を見て悲しそうな表情を浮かべていて、でもその表情には何故か見覚えがあって、だって、あの子がだって、だってだって!!!!
貴女には元気な笑顔が似合う。
幸せになってほしいの。
だからどうか泣かないで。
ロカ。
ロカ。
ロカ。
この世界に咲く唯一の花。
私の大切な人。
──誰が貴女を傷つけた?
「お゛あ゛ぁ゛あ゛ア゛ア゛ア゛──ッッ!!!!」
無詠唱『
ぎちぎちと拘束具が私を蝕むが、
激痛だろうが何だろうが。
激情がすべてを置き去りにする。
無詠唱『
脳の負担が大きい。激痛。目と鼻から血が滴る。
全身が軋む。『暴走』も間際。死神の足音。
口枷を噛み砕いて、吐き捨てた。
無意識に口から溢れた言葉は、私の人生では一度も吐き出したことがないくらいに憎悪に満ち満ちていて。
「──死゛ね゛」
「いけねェや。大当たりすぎたか。しかしてめェも学習しねェなァ……躾けが必要みてェだな、ギヒッ」
放った剣弾はすべて逸れた。
おそらく風属性の不可視の結界を張っているのだろう。
関係ない。
だったら逸らせないほどの質量を叩きつけるだけ。
「
周囲が石に囲まれた環境で地属性と戦うことがどれだけ間抜けなことなのか、その身を以て識るがいい。
天井を壁を床をすべて操作し、押し潰す。
ロカを守るための石材だけ残して、私は隙間なく、逸らすこともできないほどの攻撃で男を押し潰して──
「しかし、ほンっとによォ……ムカつくぜ。その感じだとマジで知らねェ?
俺が誰かほんの少しも知らねェ?
まさか俺がてめェが誰かも知らずにここに閉じ込めたと思ってンのか、
"──ッ"
音が消えた。
錯覚である。
"──暴ッ!"
鼓膜が破れていたのだと知ったのは後のこと。
少なくともこの時点での私の意識は、脳のちりちりとした痛みを感じながらも眼前の光景に向いていた。
視界に広がる光景──周囲一帯が圧縮された嵐で荒され、吹き荒れる風が大地を
これが現実であると知ったのも後のこと。
この後すぐに、私の意識はプツンと途切れた。
ゆえに聞き逃した。男の言葉を。
「これでも
また負け
何も守れず
私は
……。…………。
嘲笑が聞こえる。
大嫌いな声。耳障りな声。
リリー先輩。なんですかそんなに嗤って。
楽しそうに。鬱陶しい。
どうしましたか。リリー先輩。
はあ。どうでもいいです。
逆に私が。
貴女を好きになる要素があるとでも。
頭が痛い。
普通になる。ついに気が触れましたか。
無理では。なる。絶対。
はあ。普通とは。
メルセデス先輩。先住民の。
侯爵様が。先住民との友好の証。
はあ。頭が痛い。
なんですか。リリー先輩。
リリー先輩。
うるさいです。
いつまで嗤ってるんですか。
なんです。加護。
メルセデス先輩の加護。
"──エスメラァ!"