「──どうでもいい」
吐いた唾は飲み込めない。
それでも少しだけ、自分の言葉に後悔と反省。
ロカが人質にとられているこの状況で、あまりに迂闊な発言だったと、これで眼前の男──ゴブフレとやらが激昂して私ではなくロカを傷つけたらどうしよう、なんて。
そう考えると胃痛がする。
私のことは
しかしロカを傷つけられるのは、どんな拷問よりも恐ろしい。万が一、あの笑顔が永遠に曇り続けてしまったら……私は何も赦せなくなる、そんなある種の自己防衛の本能を感じていた。
善人だろうと悪人だろうと本質は同じ。
それを感情的に否定するのは簡単だが、それでもあえて
私は善人が好きだ。悪人は嫌いだ。
善悪正義の話なんて私には小難しいが、それでも好きなもののためならがんばれるし、嫌いなもののためにがんばりたくない。
私は私よりロカが好きで、だから私よりロカを優先する。……結局私も私のために戦っていると言われたとしても否定はしないし、したところで意味はないだろう。
"うんうん、流石エスメラ。超絶利己的だね。性格悪いな~"
チッ。貴女にだけは言われたくありません。
再び耳障りな声。幻聴。
だと
"エスメラ頭悪いもんね。で? どうすんの? もしかしてわたしかメルセデスちゃんが助けにくるのとか待ってる?"
待ってませんよ。うるさいです。
"じゃあ自分でなんとかするの? できるの?"
そうです。します。できなくてもやります。
希望的観測に意味はなく、絶望に暮れる時間もない。
エミリオさんは死んで、アキはどうなってるかわからない。ロカがこれ以上傷つけられるのを耐えて待つつもりもない。
私がやります。
"弱っちぃのに?"
チッ。うるさいですよ、黙っててください。
肝心な時に役に立たない癖に。
"あー! 口悪ぅ! エスメラがボコボコにされた挙げ句に誰も守れないなんて、エスメラが弱いのが悪いでしょ、わたしにそんな言い方するのは筋違いだと思うな。そもそもさぁ──助けてほしいの?"
ロカだけは。……いえ、ロカとアキだけは。
"ぷふっ、ひひひっ、あははははっ、ひひっ、ぷぷぷっ、エスメラ情けな~い! そもそも幻聴に助けを求めるなんて末期も末期~ひふふははっ!"
「……クソが」
「おいおい、ストレス溜まってンなァ……人質だっていンのによ、随分と素直じゃねェか。普通はもうちっと取り繕ったりするもンだがねェ……まァ、どうでもいい、ね。確かにてめェにゃ関係のねェ話だかンな、それも一つの感想か」
「……はぁぁぁ。口が滑りました。人質は見逃してください」
「素直過ぎンだろ。……見逃すかどうかは、てめェの奉仕次第だな、ガキでも貴族の養子で次期当主の婚約者なンだからよ、当然ナニすりゃガキが孕むかなンて知ってるよな? あァ、無知でもいいぜ、そン時はじっくり教えてやっからよ。……まァ、その前に仕込みだわな」
それだけ言って。
ゴブフレは注射器を取り出しました。
「やっぱてめェみたいに気の強い女ってのは油断できねェだろ? 口だろうが穴だろうが、イチモツ突っ込ンでそのまま噛み切られたり押し潰されて
「……はぁぁぁ。どこに安心する要素が?」
「死なねェところだろ。あァ、針で開けた穴だけは回復魔法で治してやら。……ギヒッ、まァてめェに膜あンのは確認済みよ。泣き叫ぶくらい痛ェだろォが、まァ、それもお楽しみってやつだな。痛みと屈辱で
「……はぁぁぁ。確認済みってことは……もうそれだけでお嫁にいけませんよ。最低ですね。死ねばいいのに」
「ギヒッ、ヒヒ、なンだどうした、迂闊なンじゃねェの? それか俺の機嫌損ねて人質ボコられンのが、どうでもよくなったか?」
「口が滑りました。人質は見逃してください」
「素直過ぎンだろォが。バカにしてンのか? ……あァ、話し戻すけどよ。この薬な、身体が上手く動かせなくなるってことは、つまり
「……はぁぁぁ。三つ聞きたいことがあります」
「立場弁えてンのか? まァ、いいけどよ」
「先程、私の前に連れてきた少女をあんな風に傷つけたのは貴男ですか?」
「そうだが? 乳臭いガキは趣味じゃねェンだがな、ああいうのは虐められるか好かれるかのどっちかだ。『麗剣』の性格は、前評判と学寮祭での行動で概ね把握してたからな。てめェの趣味だと思ったよ」
「チッ。……ではもう一人の仲間はどうしました?」
「あァ、助けは期待すンなよ? そっちはもう手足と舌を切り落として、歯も全部へし折ったからな。最初は逆らってきてたンだがなァ……
「……はぁぁぁ」
"今の溜息って、ロカ役に立たね~って溜息?"
違います。元から期待はしてませんでしたが。
こんなクソ外道相手にされるがままの自分が、
"ふふっ、あーあ! アキかわいそ~……痛かっただろうな~"
痛いどころじゃなかったと思いますが。
……? この気配は……。
「で、三つ目は?」
「……【ゴブリン】が増えた原因は結局貴男ということですか? ダンジョンシードに異常が起きたとかではなく」
「それ実質四つ目もあンだろ。三つ目は半分正解。俺だけだったらもっと効率よく進めるわ。面白ェことに【ゴブリン】の王を自称する個体がいてな、そいつと俺で半々よ。で四つ目は……ダンジョンシードに異常は起きてねェよ。毎日確認してっからな。……あァ、ダンジョンシードに異常が起きて【ゴブリン】が
「……そうですが」
「はァ……やっぱあの人バカだわ。ダンジョンシードに異常が起きた場合、真っ先に影響が出るのは出現するモンスターじゃなくて【ダンジョン】そのものだろォが。ンでよ、そっちに異常があったら冒険者ギルドがあらかじめ報告するに決まってンだろォが。何をとち狂ったら
"長っ"
……エミリオさんの元生徒というのは本当みたいですね。
"でもさぁ……ダンジョンシードに狙いが定まったのってエスメラが深度が上昇するかも~とか言ったからじゃない?"
……。
"無言になっちゃった"
「あァ……悪ィ悪ィ、なンの話をしてたンだったか。あァ、言いたいことはこれで全部だな? 薬打つぞ」
「……風属性の『
「まァ、正解だ。……あァ、いいぜ。話がつまンねェと思うまでは話し続けても」
「……それはどうも。風属性の貴男は風を読むことができる。おそらく空気が繋がってる場合に限って、おそろしく地獄耳なのでは?」
「あァ……正解。基本属性が風属性ってのは珍しいからな。案外知らない奴も多い。つっても炎属性と無属性以外はそンなもンだから、少し考えりゃ想像つくと思うンだがな。で?」
「それが確認したかっただけです」
「あァ? ……いや、待て。てめェまさか」
"──ズガァァァンンッッッ!!!"
轟音。
ゴブフレの足もとの地面から巨大な
瞬時にそれはゴブフレを巻き込み、周囲一帯を呑み込んだ。
そして爆ぜる──咆哮と共に。
「よ゛く゛も゛ロ゛ー゛ち゛ゃ゛ん゛を゛!!
お゛前゛を゛殺゛す゛!!」
そこにいたのは
巨大な魚──水棲の【ビースト】だった。
"なんじゃこりゃ"