別に語るほどの過去もねェ。
魔法魔術の才能と頭の出来が、周りの連中と比較して良かったって点以外は、俺の人生にとっては蛇足もいいところだ。
コツコツと積み重なった無能共の頭の悪いドミノ倒しの末に、俺は正道を外れることを選ンだ。
表面上は大して変わってねェ。
中身が変わった訳でもねェ。
頭の中の歯車を一つ狂わせた。
それだけだ。
「ギヒッ」
魚女との戦いの中でも知覚していた。
てめェの仇を討つために、手足を斬り落として石ころをくっつけた奴の殺気を、ビンビン感じていた。
ガキに欲情はできねェ。熟れた肉体じゃなきゃ股ぐらが反応してねェ。そういう意味でも他の二人は論外だった。
魚女に関しては、正直興味深くはあるが……俺に漁労の趣味も獣×の癖もねェ。俺の射精欲を満たす類じゃねェ。
だからよ。まァ、精々愉しませてくれや。
魚女を捌くその直前に、女騎士は動いた。
速さは超音速。
剣閃は岩程度ならバターみてェに切れるだろう。
踏み込みだけで、地面に蜘蛛の巣の罅を入れた。
"──號ッ"
刀身を超えて太刀筋の延長線にまで斬撃が伸びる。
それは衝撃波を伴い、道中のあらゆるものをぶち抜いた。
大地が悲鳴をあげてやがる。
が、当然躱す。
並の連中なら反応もできず死ぬだろう。上位
ギチギチと鎧が軋む。
バカデカい剣を掲げながら、女騎士は吐き捨てた。
「──
ウリィ・エスメラの
冷静さを殴り捨てた物言い。
これを単に窮地での覚醒や精神負荷で荒れ狂ってると判断するのはバカだろォな。
窮地での覚醒ってのはあながち間違いじゃねェだろォが……。
『加護』の『覚醒』。
神々から授けられた加護には、神の意志が内包されている。普段それは聖騎士に何の影響も与えねェ。加護を与えた人間が善行に励もうとも悪行を繰り返そうとも、
ただし。
神の意志に人間が殉じようとした瞬間に限って、神は加護を通して人間に
聖騎士にのみ許された、意識して至れる全盛期。
仮に敗北濃厚な状態であったとしても、その状態に至った聖騎士は何かしらの結果を残す。その可能性が極めて高い。
つまり──
「誰の前だァ? 決まってンだろ。仲間一人守れねェ、憐れで惨めな雑魚万年の女の前だ」
──今のウリィ・エスメラは、俺を殺せる。
「そうか。死ね」
「ギヒッ。遊ンでやンよ、
"──號ッ"
"──暴ッ"
暴剣と暴風の交差。
瞬間、半径三〇〇メートルのあらゆるものが壊れて飛んだ。
……魚女のやつ、生きてンのかねェ。
ウリィ・エスメラが覚醒しようとも、俺の
風が最上級、炎と水が上級、地が中級。それが俺の使える属性魔法の限界。で、強化魔法は概ね地属性の限界と同等。
つまり、俺の強化魔法の上限は中級。女騎士と正面から殴り合うのはできねェし、そもそもそれは風属性の戦い方じゃねェ。
中級程度の強化魔法。
特に『
『
ウリィ・エスメラに斬撃の拡張ができるようになった以上、距離をとるメリットは薄いが……白兵戦はデメリットが多すぎる。
俺が距離を離しても、ウリィ・エスメラが距離を詰める。
その合間にも風と斬撃、剣弾の応酬が続く。
途中、風で岩を持ち上げてぶつけたりもしたが、関係ねェと言わんばかりに突っ込ンできやがった。
中級ならダメージが入るンだが……流石にそこは上級か。
無傷だったわ。化け物かよ。
風属性の放出魔法に限れば、俺は無詠唱でも
風の刃、風の槌、超音波、真空。
手段はいくらでもある。
が。
「鎧が邪魔だな」
見た目通りの代物じゃねェ。
常に『
操作系の対策か隙間がほとんどねェし、呼吸に関しては地属性の専用魔法に幾つか、何とかできそうなものがある。
この状態が続けた魔力量の勝負になる訳だが……それも怪しいな。
本来のウリィ・エスメラの魔力量ならとっくに尽き果ててもおかしくないだけの魔法の使用を確認している。
魔力生成で補ってるにしても、回復速度が理屈に合ってねェ。過剰魔力生成なンてのは
肌の露出面積が皆無に近い以上、空気中の魔力を過剰に取り込ンでるって訳でもねェ。
ならどうやって魔力を補っているか。
……考えられる可能性は一つ。
「なるほどねェ……文字通り、地に足をつける方法ってか」
『
元々空気中の魔力を取り込んで消費すること自体は、大抵の魔法使いがやってる普遍的な技術の一つだ。
が、あくまで空気から取り込むのが前提。水中だったら水も候補に入るンだろォが、つまるところ肌に触れている面積が広いのが前提ってことだ。
それを『
地上の魔力量じゃ無理だ。【ダンジョン】だからこその技術。
でもなァ……。
「ギヒッ、てめェもバカだなァ……やるじゃねェかよ」
理論上は可能。
だが、その負担と激痛は常人では急死してしかるべきと言っても過言じゃねェ。
並大抵の精神力でできることじゃねェよ。
そもそも石の鎧を纏っているといっても、俺からして見れば風対策にしたってやり過ぎだ。
そこまで魔法と肉体を酷使している以上、あの鎧の中はぐちゃぐちゃのスープ状になっててもおかしくねェ。
精神面で幾らか誤魔化しきくンだろォが、それでもとっくに廃人化してもおかしくはねェほどには痛みを感じてる筈。
全身甲冑で固めた女騎士。
その見た目に反して、あれを成立させてるのは狂戦士まっしぐらの狂った精神性。
身にまとうのは鎧じゃなくて石棺。
さしずめ石棺騎士ってところか。
「しっかしこれじゃ千日手だな」
元三賢者ってのは伊達じゃねェンだよ。魔力量は人十倍。魔力生成の効率化も済ませてある。
何より、空気中の魔力を取り込む技術を開発したのは、そもそも他でもないこの俺よ。
魔力量の差じゃ状況は動かねェ。
ウリィ・エスメラの精神状態が崩れたら話は別だが、この状態に至った聖騎士にそれは期待できねェし、それじゃ面白くねェ。
一枚ずつ、手札を切る。
「まずはこれだな」
無詠唱『
風属性の純粋な攻撃魔法の中では最強の一手。
理論は略するが、要するに数万度を超えるプラズマ砲。
範囲こそ街一つ程度だが、その威力は国堕とし【デーモン】を一撃で殺し、消し炭さえも残さねェ。
仮にウリィ・エスメラが対処できなかった場合、そのまま消滅するだろォし、自分で二次被害を対処する必要が出てくる。
が。
"──號ッ"
最強の魔法を
「まァ、そうなるわな。次」
無詠唱『
風属性で最も広範囲の攻撃魔法。
小国程度ならばそのまま滅ぼせるほどの超広範囲の竜巻。【ダンジョン】の中で使うなンざバカの所業だが、今のウリィ・エスメラには一番有効な手と見た。
が。
"──號ッ"
魔法を斬り捨てながら、突っ込ンできやがった。
「ぎィはははははッッッ、なンだそりゃァッ!」
風の流れに乗りつつ、高速で距離をとる。
『
魔法を斬る技量を持とうが、余波だけでも女一人を飛ばすのはワケねェ。鎧と『防御増強』で体重が増してようとも、それは変わらねェと踏んでたが……なるほどなァ、無茶しやがる。
『防御増強』の『暴走』は石化。正確には完全な固体化だ。固まった肉体を動かすために『攻撃倍増』を同時に使うのが強化魔法を使う上での
だが、今のあいつはおそらくスープ状に近い。その状態を悪用して無理矢理『防御増強』を積み重ねまくったのか。
足もとみたら、バカみてェに蜘蛛の巣の罅作りながらこっちに突き進んで来てたわ。
……純粋な風魔法はもう通用しねェな。
次。
無詠唱『火炎竜巻《フレイムトルネード》』
炎と風の複合。斬り捨てられる。
次。
無詠唱『
水と風の複合。斬り捨てられる。
次。
無詠唱『
地と風の複合。斬り捨てられる。
次。
無詠唱『
炎と水の複合。斬り捨てられる。
次。斬り捨てられる。
次。斬り捨てられる。
次。斬り捨てられる。
次。次次次。次次次次次。
次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次──
──次。
「ぐひひっ、ぎひひひひっ、楽しいねェッ!!」
「いいかげん、死ねよ
「あァ!? バカがよ、腹上死なンざ男の恥だろ。あァ、ああァァアアアア!! ぎひひッ、あァァ、いいねェ、脳みそこねくり回すのは本ッ当に楽しいねェッ!! 女をボコって
全身が悲鳴をあげている。
被弾はゼロだが、流石に魔法を酷使し過ぎだ。
脳みそにカロリーが足りねェ。
甘いもンが喰いてェ。
だが。あァ──
──なンて楽しいンだ。
射精が止まんねェ。
やべェ。こんな形でタンパク質不足の栄養失調なンざダサすぎて逆に笑えちまうぜ。
けどよォ、イイ女だなァッ!
てめェは本ッ当に、男を喜ばせるために生まれてきたみてェな奴だよ、こんなに楽しいのは生まれて初めてだ。
無能な屑共のせいで家族が死んだ。
無能な屑共のせいで地位を失った。
恩師と仰いでいた人物さえ、俺を無実を信じなかった。
死んでくれた仲間がいた。
生きてほしかったやつだった。
生き延びた仲間がいた。
そいつは俺を裏切った。
イイ女もいた。死んだ。
イイ女もいた。裏切られた。
性根から腐ってた、その自覚があった。
だが獣に堕ちるには、俺の理性は強すぎた。
もっと堕ちろ。まだ堕ちろ。
正道を外道に。
王道を邪道に。
力があっても
だったら中途半端な倫理観なンざ捨てちまって、俺は今の世界を滅茶苦茶にする。簡単には壊さねェ。簡単には許さねェ。
……その筈だったのによォ!
「楽しくて仕方ねェよ、難題に挑むのは。思考は至高の遊びだぜ」
激戦の中で、辿り着いちまった新境地。
成功すれば勝てる。
失敗すれば負ける。
堅実な一手ではない。
無謀な賭けもいいところ──
──実に面白い。
詠唱開始。
【主よ、私は貴方を崇拝します】
【貴方は私を悪として創られた】
【貴方は私に理性を与えてくださった】
【理性は悪に正義の所以を理解させます】
【故に私は悪であるが悪を成さず】
【正義の喜びを識るでしょう】
【そして私という悪が理性を以て抗う時】
【人々は人の理性の光を讃えるでしょう】
【主よ】
【主よ】
【どうか、私にお声をください】
【私/悪は本当に】
【貴方に愛されているのでしょうか】
【だから私は願うのです】
【──どうか私を、褒めてください】
「『東の風』、旅の病、アザレアの花、黄魚、外道の息吹」
魔力の奔流が視界の全てを覆い尽くす。
あらゆる物質を透過し、俺の魔力がすべてに浸透した瞬間──俺の魔力は、完全なる静寂を──
「『
──あァ?
周囲一帯が水で満たされ、俺は水剣の
ふざけ「よくやった、サケ女」
"──轟ッ"
「魔剣解放──
剣と定義されたそれは『剣の加護』の支配下に置かれた。
大瀑布が【ダンジョン】を呑み込み、
"それは流石に、
……いや、そう思った時点で、俺の負けか。