リリローグ。   作:すず夜

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第38話

 心底にある絶望と渇望を。

 色に。

 

 ──その色で、世界を塗り潰す。

 

 

 詠唱開始。

 

【主よ、私は貴方を崇拝します】

【貴方は私を悪として創られた】

【貴方は私に理性を与えてくださった】

【理性は悪に正義の所以を理解させます】

【故に私は悪であるが悪を成さず】

【そして私という悪が理性を以て抗う時】

【人々は人の理性の光を讃えるでしょう】

 

【主よ】

 

【主よ】

【どうか、私にお声をください】

 

(わたし)は本当に】

【貴方に愛されているのでしょうか】

 

【だから私は願うのです】

 

【──どうか私を、褒めてください】

 

 

「『東の風』、旅の病、アザレアの花、黄魚(イエローフィッシュ)、外道の息吹」

 

 魔力の奔流が全てを覆い尽くす。

 物質を透過し、男の魔力が全てに浸透した瞬間──世界は、醜悪な理想郷を象る。

 

 魔法と銘打たれただけの奇跡を此処に。

 

「反転、空絶、楽園の追放」

 

 無詠唱『加速(アクセル)』による高速の長文詠唱。

 

 リリーとゴブフレ、双方共に最上位かつ最先端の魔法使い。

 

 追放された元三賢者。

 三賢者であることを否定する者。

 

 どちらも同じなのは絶対的な自我と数世紀に一人の才覚、そして気まぐれで残酷で残虐で、性根がどうしようもなく悪であること。

 

 【ダンジョン】ならばいざ知らず、地上で何の対策もせず二人が魔法を思うままに行使した場合、それだけで周辺国が滅びる。

 にも関わらず、二人にそれを気にする様子がない。

 

 結局のところ、()()()()()()()()()()()

 

 そう思いそう感じそう願っている。

 

 故に。

 

 

「──『失楽園・人圏剥奪(パラダイム・ロスト)』」

 

 

 ゴブフレに転象は使えない。

 その条件を満たしていない。

 

 それが、ゴブフレとリリーの地位が入れ替わった理由である。

 

 しかし今、ゴブフレは転象の新しい(かたち)を創造した。

 

 ゴブフレの周囲……少なく見積もっても半径数十キロにある空気そのものを一世界として効果(ルール)を付与する。

 

 付与された効果(ルール)は人間の否定。

 

 これよりこの空気(セカイ)はあらゆる人間を否定し、その存在を消滅させんと機能する。

 ただの毒となり、ただ害となり、ただ敵となる。

 

 地中水中に逃げても無意味。

 大地を穿ち、海を割ってでも空気(セカイ)は人間を追い、そしてその命を奪うだろう。

 

 事実この瞬間、効果範囲にいた数千人の人間が死んだ。

 

 この空気(セカイ)で例外は唯一人。

 

 すなわち己を人に非ず、餓鬼畜生の腐れ外道と定め、故に依然として風の支配者として君臨し続けるゴブフレのみ。

 

 風魔法で新たに空気を生み出したところで、その空気さえゴブフレの支配下に置かれる。

 

 つまり。ゆえに。すなわち。

 

 リリーの死と敗北が、此処に決定する──

 

「……で?」

 

 ──筈だった。

 

「……あァ?」

 

 不発はありえない。詠唱は完成している。

 事実感知できる範囲では無数の人間が死に絶えたことを確認している。空気なくして人間は生きられない。

 空気そのものが敵となり、平気でいられる人間など皆無。

 

 それなのに、なぜこの(リリー)は平然としているのか。

 

 いかなる魔法であっても防ぐことは不可能。

 転象ならば対処可能かもしれないが、今のリリーに転象を使用している様子もない。

 

 いったいなぜ──その疑問に答える者はなく、この疑問を隙を縫うように差し込まれたのは、ただ一振りの殺意。

 

"──パァンッッッ"

 

 空気が張り裂け、衝撃波が発生する。

 静寂の世界に、銃声のような音だけが響く。

 

 声をあげる間もなく、ゴブフレの首が胴から離れた。

 

 何も気づけなかった。

 風はリリーを感知できなかった。歴戦の勘が違和感を持つよりも早く、ゴブフレはリリーの手による死を与えられた。

 

 無様に地を転がる首だけのゴブフレ。

 そんな彼が最期に見たものは……。

 

 鞭のような赤い剣を持ち、背中から赤い翼のようなモノが噴き出している少女(リリー)の姿。

 

「て……ェ……」

 

「くっさっ。生ごみの腐敗臭って感じ。お前の母親も、よくもまぁこんなごみを育てようと思ったね。やめてよね、近所迷惑じゃん。ほんとお前の母親って最悪、先住民に殺されてよかったねぇ」

 

「ぁ……ぁ……」

 

「そもそもさぁ……百合作品に要らないんだよね。お前みたいな汚ぇ雄汁連呼するようなやつ」

 

『てめェのどこが百合なンだよ、バカが。死ね』

 

「うっわ、きっしょ。首だけで話すなよ。……風魔法で震動を音にしたんだ。へぇー……」

 

"──パチンッ"

 

 リリーの指を鳴らす音。

 その音と共に火柱が男の肉体を燃やす。

 

 稀代の天才。元三賢者。最上位の冒険者。

 

 その最期は、あまりに呆気なく……

 

 ……少なくとも、人としての扱いを受けることのないままに、彼の命は潰えた。

 

「不法投棄された生ごみの処理をするなんて。わたしはなんて優しいんだろう。……だから、早く帰ってきてね、メルセデスちゃん」

 

 

 

 ────────

 ────

 ──

 

 

 ──謹慎生活一日目。メルセデスちゃんは来なかった。

 

 ……まぁ、様子を見に来てくれるとは言ってたけど、毎日来てくれるとは言ってなかったもんね。

 流石に初日から来てくれるなんてことはなかったか。

 残念。

 

 でも寝てる間に来たりして待たせちゃったら悪いし、とりあえず起きてようかな。

 

 

 ──謹慎生活二日目。メルセデスちゃんは来なかった。

 

 さみしい。頭の中が鬱々してる。やだやだやだもっと優しくて会いに来てよなんで来てくれないの?

 まぁ、毎日来るとは言ってなかったけどさぁ……。

 しゅんとしちゃう。来てよ。

 

 寝てる間に来たりして待たせるのは悪いから起きてるけどさぁ……しゅん。

 

 

 ──謹慎生活三日目。メルセデスちゃんは来なかった。

 

 ご飯が食べられない。鬱。メルセデスちゃんなんで会いに来てくれないの? 三日目だよ半分くらい我慢したんだからいいかげん様子を見に来てよ。勉強が進まない。何も考えたくない。

 手首を切った。様子を見に来たメルセデスちゃんがわたしの血を見てびっくりしてくれたらいいな。ざくざくざくざく。

 

 ベッドが真っ赤。血生臭い。血塗れのベッドの中眠りにつこうかとも思ったけど、寝てる間にメルセデスちゃんが来たら嫌だから寝ないけど。起きてる。起きてるる。るるる。るるるるるるるる。

 

 

 ──謹慎生活四日目。メルセデスちゃんは来なかった。

 

 勉強する。メルセデスちゃんがいなくてもわたしがんばったからたくさん褒めてねって言ってたくさん甘えてたくさんべたべたしよう。ちゃんとがんばればそれぐらい許してくれるよね。だってこんなにがんばってるんだから。がんばる。

 

 ずっと勉強。寝てる間にメルセデスちゃんが会いに来たら悲しいし勉強してるところを見てもらって褒めてもらおう。努力は面倒くさいよメルセデスちゃん。早く来て。

 

 

 ──謹慎生活五日目。メルセデスちゃんは来なかった。

 

 ……学園長のごみ。ごみごみごみごみ。絶対殺す。なんでわたしがメルセデスちゃんに会いに行くのを我慢しないといけないんだ? でも謹慎を破ったらメルセデスちゃんに怒られちゃうしせっかく勉強がんばってるんだから褒めてほしい。

 メルセデスちゃんメルセデスちゃんメルセデスちゃんメルセデスちゃんメルセデスちゃんメルセデスちゃんメルセデスちゃんメルセデスちゃんメルセデスちゃん。

 

 寝てる間にメルセデスちゃんが来たら嫌だからずっと起きてる。でも暇だからひとりえっちでもしよう。お薬は飲まない。眠くなっちゃうし。今日はひとりえっちが捗った。部屋の中に血と雌臭い生臭さが充満してる。この惨事を見たらメルセデスちゃんちょっとは罪悪感を感じてくれるかな?

 

 

 ──謹慎生活六日目。メルセデスちゃんは来なかった。

 

 メルセデスちゃんもしかして任務中? 調査依頼とか受けてる最中なんじゃない? わたしがいない間に指名依頼とか受けちゃったんだね。はぁ、そういうこと。もー! それぐらい先に言ってよね、でも前の【ダンジョン】みたいに緊急任務だったりしたのかな? だとしたらあのごみ学園長、ちゃんとわたしも呼べよ。まぁ、メルセデスちゃん一人でも解決できるだろうけどさ。ごみごみごみ。謹慎中だから依頼なんて受けさせる訳だいだろー? とか言うんだろうな、あのごみ学園長。ごみ。まぁでもそれならしょうがない。依頼中はね、メルセデスちゃんすっごく真面目だしね。でも長引きそうなら一言ぐらい声をかけてくれても……あー! もしかして、わたしに反省を促そうとしてる? いじわるだなぁ……どえす。でもすき。他の人にいじわるされたら殺そって思うけどメルセデスちゃんにいじわるされるとなんだか心がポカポカするんだよね。真面目だし、普通はいじわるしないけどわたしが悪いことしたからって理由で反省イコール罰ゲーム! みたいな感じでいじわるなことしてくれる気になったのかな? 刺さりすぎだよ、メルセデスちゃん。もう反省しました。赦してください。メルセデスちゃんのいない日々なんて腐った魚以下だよ。つらいなぁ……つらひ。指名依頼の説明、場所移動、依頼消化、帰還時間、諸々の時間を考えたらまぁ日数がかかってもしょうがないよね。あーあ! さみしいなぁ! 早く会いにきてよ! 明日でわたしの謹慎期間終わりだよ? まぁでもメルセデスちゃん約束は絶対に守ってくれるからさっさと依頼を終わらせて、“すまない、リリー、緊急の任務が入ってな、ぎりぎりになってしまった”とか言うんだよね! まぁ様子を見に来てくれるとは言ったけどさ! 普通はもっと早く見に来てくれるって思うよね??? しゅんとしちゃうぜ! あーあ! 勉強しよう勉強しよう。あの学園長を殺すために。メルセデスちゃんにがんばったなって褒めてもらうために。

 

 依頼消化して帰ってきて、一応起きてるか確認しに来るかもしれないから起きてよっと。でも正直さみしい! はやくきてー!

 

 

 ──謹慎生活七日目。メルセデスちゃんは来なかった。

 

 なんで? なんで会いに来てくれないのメルセデスちゃんわたしに様子を見に来てくれるって言ってたよね絶対に約束破らないもんメルセデスちゃんはわたしを嫌いになった? でもメルセデスちゃんすっごくすっごく真面目だからわたしのこと嫌いになっても約束だけは絶対に守るだから会いに来ないなんておかしい。依頼が長引いて帰ってこれないってのもおかしいだってメルセデスちゃんは最強で最高で最上位で最高位で、だからそんなメルセデスちゃんが一週間もかけて依頼を終わらせられないなんてありえない。長引きそうな依頼なら最初にわたしに伝えにきてくれるはずだもん。おかしい。おかしい。

 

 絶対におかしい。

 

 わたしは謹慎期間が終わり、監視結界がなくなった時点で部屋を飛び出した。仮に今わたしを見に来たとしても部屋の惨状を見たメルセデスちゃんならわたしの匂いを追いかけてきてくれる。部屋を出る。行くところは一つ。

 

「──死ねや、ごみ野郎」

 

「おいおいおいおい、謹慎のおかわりがほしいのかい?」

 

「メルセデスちゃんは?」

 

「うん? なんだ、結局来なかったのかい? 嫌われちゃったのかもしれないねぇ」

 

"──轟ッ"

 

「御託はいいんだよ、ごみ。メルセデスちゃんは?」

 

「僕が一々女学生の動向を把握してるわけないでしょ。しかも夏休みに。してたら流石にキモすぎるって」

 

「お前は超絶キモいから。で、知らない?」

 

「知らないってば。もう呆けちゃったのかい? おばあちゃん」

 

「死ね」

 

 知らないなら用はない。

 

 でもなんで? 学園長ですら把握してないなら指名依頼じゃないよね。自分の意志で帰ってきてない? でも約束……。

 

 エスメラとロカとアキは指名依頼中。

 

 寮長さんは別の指名依頼。

 

 寮長さん代理は知らないって。

 

 どいつもこいつも役立たず。死んじゃえ。

 

 ……。…………。……………………。

 

 あ。

 

 メルセデスちゃんは絶対に約束を破らない。絶対に。

 だからメルセデスちゃんの中では()()一週間が過ぎないことになっている。

 メルセデスちゃんの体内時計は完璧。だから仮に【ダンジョン】に潜りっぱなして修行をしたとしても、絶対絶対、勘違いとかで一週間経ってないなんて思うことはない。

 でも一つだけ、メルセデスちゃんの時間感覚がある意味で狂った前例が()()

 

「『陸海空の試練』は時間の流れが変わってた」

 

 時間そのものへの干渉。

 わたしやメルセデスちゃんにとっての一日が、三ヶ月になっていたあの状況とまったく同じなら。

 

 メルセデスちゃんの入った【ダンジョン】で異常事態(イレギュラー)が発生して、時間がずれて、それでまだメルセデスちゃんの視点では一週間が経ってないとすれば。

 

 メルセデスちゃんにとって、今はまだ約束を破っていない状況になるって、こと?

 

 一日が三ヶ月。

 七日なら二十一ヶ月。

 

 ……そんなに長い間、メルセデスちゃんが帰ってこない?

 

 いやそもそも時間の流れの差が、全回と同じとは限らない。もしかしたらもっと差がないかもしれないし……もっと差があるかもしれない。

 

 例えば……。

 

 一日が一年なら?

 

 一時間が一年なら?

 

 一分が一年なら?

 

 一秒が一年なら?

 

 一瞬が一年なら?

 

 ……わたし、もう、メルセデスちゃんに会えない?

 

「あ゛あ゛あ゛──ッ!!」

 

 ──わたしは、学園を飛び出した。

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