どうも、リリーです。
黒蛇と化した大親友メルセデスちゃんに呑み込まれ、『道』を抜けて深層に辿り着きました。……はずです。
どうやら、この状態の大親友メルセデスちゃんは口を動かさずとも発声ができるようで、口の中にいるわたしたちに現在地が深層であることを教えてくれました。
深層はやはり水で満たされていて、今のところ空気が一切見当たらないそうです。
上下左右見渡す限り水水水で、岩壁に囲まれていて、おまけに光源もない暗黒の水空間とのことで、まさにごみ【ダンジョン】って感じがしますね。
幸い、わたしの風属性の低級攻撃魔法(斬撃系ではなく打撃系)を自分に撃ち続けるという自傷を起こすことで空気の確保はできています。魔力消費がそれなりにありますし、あんまりメルセデスちゃんの負担を増やしたくはないので、できれば深層のどこかに空気溜まりの空間があればいいのですが……。
ちなみにメルセデスちゃんの体内についてですが、まぁ、とりあえず真っ暗なので何があるかは見えません。少なくとも押し潰されるということはなく、わたしとエスメラの二人で待機できる程度のスペースがあるとわかるくらいです。
臭いに関しては、生々しさは特にありませんでした。どうやらメルセデスちゃんの口臭は限りなく無臭──少しだけ残念──で、僅かな匂いも多少、どきどきするという程度です。
しかし、一生物として巨大生物の口の中にいるというのは大変貴重な経験であり、ぞくぞくとした歓喜に近しい身震いが止まりませんでした。
巨大生物がただの【ビースト】だった場合? ごみむかつくので内側から苦しめて殺しますね。
まぁ、とりあえず。
「わたし、一生ここで過ごしてもいいや」
「……そうですか。メルセデス先輩、水棲の【ビースト】が近づいてくる気配はありますか?」
『今のところは問題ない。それなりの大きさになった甲斐はあった』
どうやら水棲の【ビースト】は、メルセデスちゃんの大きさ、いえ神々しさに怯えて近づいてこないようです。
しかし、ここが深層というのならば……どこから【デーモン】が襲ってくるかわかりません。
【デーモン】……国堕としとも恐れられるそれらは通常の冒険者では勝つことが不可能であり、神の加護を持つ聖騎士であっても、一対一では勝つことが極めて困難とされるモンスターです。
もし地上で発見された場合、
つまり、現状のように水中という圧倒的不利な状況で、水棲の【デーモン】も顕れようものならば、それだけで詰む可能性があります。
ただでさえ、深層に移動した瞬間から水中の中という、ごみめんどーな
「ダンジョンシードのあるところも水没してると思う?」
『どうだろうな。少なくとも今回の【ダンジョン】はどこまでの侵入者に対して辛辣な内部構造をしている。
本来ならば傾向があり、空ならば鳥型、地ならば獣型、水ならば水棲、いずれかに特化しているはずだが、この【ダンジョン】はその常識に当て嵌まらない。水没の可能性は半々だと思っておくほうが無難かもしれないな』
「むむむ。……はぁぁぁ、なかなか役に立てないなぁ」
「……そうですね」
『いや、リリーには空気の生成を、エスメラには荷物を任せている。すでに二人とも、力になってくれている』
「そう? ならいいんだけど」
『それにしても……いや、なんでもない』
「メルセデスちゃんがそんな言い回しをするの珍しいね、何か気になることがあるの?」
『そういうわけでもない。一つ思うところがあったのだが、リリーは言われるのを嫌がるだろうと思い直し、言うのをやめた』
「え。いやいいよ気になるわたしメルセデスちゃんの言葉なら何でも受け入れるよそれとももしかしてわたしのこと嫌いになったのそれか他に改善してほしいところとかあるなら遠慮なく言ってほしいなだってわたしとメルセデスちゃんの仲じゃん全然気にしなくていいよメルセデスちゃんはわたしについて言いたいことがあったら全然隠さなくていいよいくらでも改善するししたいなだってわたしたち親友でしょ言いたくないなら言わなくてもいいけどわたしに気を遣って言わないとか全然気にしなくていいからお願い教えてわたしはメルセデスちゃんに不快な思いをしてほしくないからね親友だし一緒にいるうえでそういう意思疎通は大事だと思うなお互いに受けた義務教育は違うから常識とか文化とか価値観とか根本的に違うところはたくさんあるかもしれないけどそれを理解し合う努力って大事だと思うなメルセデスちゃんは先住民のことを先住民はともかく魔族とかダークエルフとか白地の民って呼ばれるよりも太陽の民とか夜の信徒とかそういう呼ばれ方のほうがいいって前に言ってたじゃんまぁそもそもメルセデスちゃんたち先住民は普通に褐色肌の人種でそれをわたしたちの先祖が知らなかったっていうのが問題だったわけでそういう前は知らなくて無意識に傷つけたり嫌な思いをさせたりもやもやさせたりしたことも知ることでそういうのを避けたり妥協点を探したりとかできるわけだしねやっぱり共存ってさお互いを知るところから始まると思うんだよねそれに元々侯爵領ってメルセデスちゃんたちの先祖の土地だったわけだしそれを戦争で奪ったのがわたしたちの先祖なわけでその血を引くわたしにはメルセデスちゃんに差別意識とか皆無だしむしろ世界で一番大好きだけどもしかしたら無意識にメルセデスちゃんの嫌がることを言っちゃってる可能性もなきにしもあらずなわけじゃん意識的な差別よりも無意識の差別のほうがタチが悪いとは思うかもしれないけどそういうところでわたし大切な親友に嫌な思いをしてほしくないのだから変にわたしに気を遣って言わないとかそんなことしなくていいよわたしのためを思うのならむしろ教えてほしいな」
『そうか。そこまで大した話でもないのだが、最近、リリーの溜息の吐き方がエスメラに似てきたな、と思ってな。それだけだ。他意もない。単純にそう感じただけで深い意味はなかった』
……。…………。
「ふぅ。これでどうかな? ああ、メルセデスちゃんの言葉が不快だったとかじゃないよ? エスメラの溜息パクるのも悪いじゃん?」
『気にさせて悪かった』
「全然気にしてないよ? むしろ言葉は隠しても、隠したことを隠そうとしないメルセデスちゃんの素直さはなんて素敵なんだろう、ずっとそうでいてほしいなってしみじみしてたところ。
大好きだよ、ちゅっちゅっ」
「……はぁぁぁ。メルセデス先輩、【デーモン】の気配は感じられますか?」
『気配は感じている。概ね位置も把握している。問題は、流石にこの姿のまま【デーモン】と戦うわけにはいかない、というところだな』
「んー……そのあたり、なぁなぁで深層に来ちゃったけどさ、最悪わたしの
『……アレか。ありだな』
「
「違うよエスメラ。わたし、『転象』が使えるからさ」
「……使えたんですか」
「うん、魔力の消費量が半端じゃないし、そもそもあれをガチると味方ごと巻き込んじゃうから普段は使わないだけ。
でも今回みたいに、限られた空間の
ただできれば、ダンジョンシードが水没していた場合に備えて、調査のためにもそっちに使いたいけどね。消費魔力量的に、何回もできるわけじゃないし」
「……久しぶりに、リリー先輩のことを凄いと思いました」
「普段から敬っていいんだよ?」
「遠慮しておきますね」
「照れちゃって。あはは」
「チッ。……はぁぁぁ」
そんなこんなで、わたしたち……というより、もはや大親友の大冒険はすいすいと続きました。水だけに。ふふっ。
だいたい一時間経った頃のことです。
『人間の気配がする』
「え? 死体じゃなくて? んや死体だったら水棲の【ビースト】に食べられてるか」
『ああ。……なるほど、一部の壁の向こう側に空気が流れている。どうやら壁の向こう側に小さな空間があり、そこにいるようだ』
「流石メルセデスちゃん、よくわかるね流石すぎる。騎士団のヒトたちかな? 生き残りがいたんだね、めんどく……保護しなくちゃ?」
「……そうですね。しかしどうやって壁の向こう側に入りますか? 壁が地属性由来なら、私かリリー先輩が操作できるでしょうが……」
「んー……いや、いくつか考えたけどたぶん、どれも水圧が問題になると思うんだよね。これわたしたちは実際に見れてないけど、一〇〇メートルぐらいのメルセデスちゃんが泳げる程度には深層って広くて深いんだよね? たぶん、水が入らないように風を送り込みながら穴開けたって、結局水没しちゃうんじゃないかな」
「……逆に空気のある場所ではなく、ない場所に穴を開け、徐々に空気のある場所に繋げていくというのはどうですか? もしくは、リリー先輩なら結界を張ることもできるのでは?」
「難しいかなー。まぁ一応、低級なら攻撃用以外の放出も使えるけど……結界を張ったとしても、メルセデスちゃんが入るためにはサイズ的に一度人型に戻らないとだろうし、そうすると【ビースト】が襲ってくる気がするんだよね。あいつら頭悪いし。
あとたぶん、どんな方法でも空気溜まりに侵入した直後は、侵入者を警戒して騎士団の生き残りが攻撃してくると思う。普通なら【ビースト】が入り込んできたと思うだろうし。ごみめんどー」
「……メルセデス先輩ならばどうしますか?」
『そうだな……リリー。お前が言っている水圧が問題になるという案は、あくまで私がこの姿を解除しなければ解決できる案か?』
「……まぁ、メルセデスちゃんがその姿のまま壁に口づけして、そこからわたしが風属性の低級結界を張って、地属性操作で穴を開ければいけると思う。ただメルセデスちゃん、今の姿だと口と牙が武器じゃない? 無防備にならないかな? わたし、メルセデスちゃんが危ないのは反対だよ?」
『問題ない。仮に襲われたとしても、絞め殺すだけだ』
「そっか。蛇ならそういうのもありなんだね。……じゃあ、わたしが結界の担当で。で、エスメラは、もし騎士団のヒトたちが襲い掛かってきたら対処して。
最悪、騎士団のことボコボコにしてもいいけど、メルセデスちゃんが攻撃されるのだけは絶対に防いで。じゃないとわたしたち溺死するし、わたしが騎士団のこと……ま、よろしくね?」
「……はぁぁぁ、まぁ、任せてください」
「じゃ、メルセデスちゃん、お願い」
『ああ、わかった』
それにしても、なんともいえない気分です。
【ダンジョン】の壁ごときが大親友メルセデスちゃんの口づけを受けるなんて、つくづくこの【ダンジョン】は腹立たしい場所だと思いました。
なんてことを考えてるうちに、メルセデスちゃんの口が壁につけられ、準備ができたみたいです。
「じゃあ、
大親友メルセデスちゃんの口内に風結界を張りました。これで空気の膜が生まれ、壁に穴を開けても、向こう側の空気が水中に一気に漏れ出すというのは防げます。
徐々にメルセデスちゃんが口を開き、壁が見えます。岩壁ですね、深層なので最悪、よくわからない壁だったらどうしようと思っていましたが、なんだかんだこの【ダンジョン】は自然にあるもので構築されている気がしました。
「ま、岩なら話が早い。メルセデスちゃん、エスメラ、いくよ?
壁に穴を開けた次の瞬間、向こう側から光が差し込みました。どうやら火属性の明かりを確保するための魔法が使われていたようです。
そして、向こう側に二人の人影を見つけた、次の瞬間──
"──斬ッ"
侵入者を撃退すべく放たれた風の刃が、わたしたちを襲い──それをエスメラが魔剣で受け止めました。
「さて、まずは話し合いませんか?」
「……攻撃してしまい、すみませんでした。まさか、【ビースト】ではなく、人間だったとは……」
そう言って謝罪したのは、騎士団の格好をした男のヒト──ちなみにもう一人も男のヒト──でした。
どうやら小部屋程度の空間に、二人だけいたようです。
……。…………。
男のヒト、かぁ……もうこれ帰っていいんじゃないかな。