ローレシアとサマルトリアはムーンブルクとともに勇者三国であり、王家は血筋でつながっている。しかしだからといって万事関係良好というわけではない。
ムーンブルクとサマルトリアは国境ローラの門近辺の未確定領域で、ローレシアとサマルトリアは都市国家リリザへの影響力競争でともに水面下で相争っていた。
とはいえ、ハーゴンの軍勢が現実の脅威となった今はその全ては棚に上げられ、建前上の「固い血の絆」が表に出たのだ。
ローレシア、サマルトリア共同軍司令官はザナミドといった。
ローレシアの将軍で、妻はムーンブルク出身である。今回の落城にて妻の一族は絶え果てたとのことだ。
ザナミドは仮玉座に座る「アイリン」に跪き報告した。
「ローレシア王国及びサマルトリア王国共同軍総勢3100名。盟約により、はせ参じました。」
隣に立つペセタが厳かに伝える。
「ムーンブルク女王は、参戦をありがたく承るとのことです、将軍。」
ザナミドは形式に則った礼をした。
そばに礼服のアルマンが立っている。
アルマンは何かあるたびに繰り返されるこの茶番が耐えがたかった。
なんとか躾けて仮玉座にお座りをしてくれるようにはなった。しかしあのぶち犬はどこのものとも知れぬ野良犬だ。
しかし偽とはいえ、近隣都市群を統べ、いまやローレシア、サマルトリアの援兵をも受け入れる大勢力の主なのだ。もっとも実権はペセタ首班であるのだが。
ベリアルの軍勢は守備兵を残し撤退したが、ルナトル川にはベリアル軍の威力偵察がたびたびやってきている。決して油断できる状況ではない。
ロ・サの援兵がくれば、一転攻勢も可能ではある。しかし兵力数で決定打をかくため、ペセタは近隣都市群から募兵している。
アルマンは切歯扼腕した。
-この俺を切り込み隊長に使ってくれれば、単身血路を開き、募兵などせずともロ・サの援兵でムーンブルクを再興できるものを-
実際、亡命政府樹立直後にローレシアとサマルトリアからの使者が援兵の報せを持ってきたときにアルマンはペセタに進言したのだ。
しかしペセタは首を縦に振らなかった。
確かにアルマンの力さえあればロ・サの援兵とともにムーンブルクの再興は叶うだろう。
しかしそれは真のムーンブルク再興ではないのだ。
その二国が魔物の軍勢を追い払い、ムーンブルク城に旗を掲げたならば、ムーンブルクは傀儡となってしまうのだ。
ローラの門はサマルトリア領となり、ローレシアには毎年貢物を送る下風の座に甘んじる。
それは絶対に避けなければならない。
ムーンブルク城の奪還はムーンブルク臣民が血を流さねばならない。絶対に。
「アイリン姫」とともに!
拝謁を終え、ザナミドは仮宮殿(ムーンペタ公会堂が充てられている)の広間に案内された。
古びた建物で、季節が夏であることもあいまり、広間にはすえたにおいとカビのにおいがわずかにした。
日差しは強く、広間内もまた暑かった。
広間には援兵の諸将、ムーンペタの町長及び有力者たちが詰めている。
皆が着席したところでザナミド将軍がいの一番口を開いた。
ザナミド「さて、ペセタ首班。大反抗はいつ?」
ペセタは呵々大笑する。
「将軍、時期尚早ですぞ。焼け落ちたりとは言えども、ムーンブルク城は堅固な城塞。平野部に作られたがゆえに、外郭の守りは一級品であります。」
ザナミドが何か言いたそうにしている。
ペセタ「言われるな、将軍。そう、あまり触れられたくないことゆえ、自ら申しましょう。こたびの落城はわがムーンブルクの警戒の手落ち。しかと守っていれば、少なくともああはやすやす敵の手に落ちることはなかったでしょう。」
「わが非をみとめたところで。」
ペセタは続けた。
「ベリアルの守兵は我らムーンブルクと同じ轍は踏みますまい。いまだ残る複数の外構、陣地。
我々は第1トナガル線、第2ニューセス線と呼んでいました。しっかり守りさえすれば堅固な防衛線が2線健在なのです。」
あの、ちょっとよろしいでしょうかと、弱気な町長が挙手をする。
町長トルコール「兵の徴募ですが、その、もう少し手柔らかにならないものでしょうか。」
ザナミドがトルコールの発言を遮る。
ザナミド「現在、ムーンブルク軍は訓練中も含め、練度十分が4000、不十分が3000と聞き及んでおります。これがあといったいいかほどまで増えれば攻勢にたつおつもりで?」
ペセタ「練度十分が8000。これは譲れません。」
ザナミド「しかし、そちらの御仁。」
ザナミドがアルマンをみやる。
「ムーンブルクが誇る「勇者」であるとか。単身で魔物の千や二千は引き受けてくれるともっぱらの噂ですが。」
ペセタ「さよう、我らが誇る勇者アルマン。アルマンの力をもってすれば・・・と言いたいところですが、流石に噂の尾ひれが大きすぎるようです。」
ザナミド「町長閣下。近隣都市も含めての募兵は閣下が担当なされておられますが、ペセタ首班の想定数にはいつ頃?」
トルコールは大汗をかきながら目を泳がせる。
「もう不満が不満が。武器防具商会も道具屋連盟も、どこもかしこも「もう出せない、もう出せない。」と突き上げてくるのです。
ムーンクモテに至っては、ムーンブルク連邦から離脱するとまで言ってきておるのです。」
いならぶムーンペタ有力者たちは、そうだそうだとざわめいた。
苦笑を漏らすペセタ。
ペセタ「アルマンを向かわせましょう。なに、話し合いです。きっとうまくまとまるでしょう。」
ザナミド「なるほど、一騎当千の使い道はそこでしたか。」
町の有力者たちは一様に渋い顔をした。
そういえば、とザナミドがつけ足した。
「我が国の王子とサマルトリアの王子がともに視察にこちらに単身やってこられるのだとか。」
ペセタは記憶を掘り起こす。
ローレシアの王子と言えば呪文を全く使えないという愚物と聞いたことがある。いかに膂力にすぐれようと、呪文を全く使えないのでは戦の役には立たない。
サマルトリアの王子・・・ローレシアの王子同様、名前は失念したが、この王子も武芸と魔術いずれも中途の者と聞いている。
-取るに足りぬ-
一国の王子が単身乗り込んでくるからには、それなりに腕に覚えがあるのだろうが、王族の心構えが足りない愚か者だ。
送り出す両王、両王子。ともに愚物とみてよい。
ムーンブルク奪還の暁には手玉に取って復興の労力を搾り取ってくれる。
ふとみると町長が上目遣いでペセタを見ている。
トルコール「あの、本当にお手柔らかに・・・」
ペセタ「日々の生活が苦しいのは理解しますが、魔物は話し合いなど通じないのですよ。」
それは重々承知なのですが・・・と町長はくちごもる。
アルマンはふと思った。
-話し合い?はて、通じないのは我らとて同じではないか-
ふふん、と彼らしくない自嘲の笑みを浮かべた。
ムーンクモテで徴兵、徴発に応じない町長、町議会、有力者たちを俺が脅しすかせば、ということか。力で押し通してもいいが、やはり最低限の理屈は必要だろう。
さてさて、いかにしたものか・・・
と、アルマンが思索しようとしたそのとき
広間に伝令が駆けこんできた。
「ムーンクモテ、ムーンソフサントに敵襲!」
隣室から「アイリン女王」のワンという鳴き声が響いた。