数としては多いものの、軍の主力は知性のある人型の魔物である。
知性の有無にかかわらず、一般的に魔物は単体では人間よりも強い。
しかしその特有の弱点も少なからずある。
人類よりも統率をとりにくいことが第一にあげられる。
人間は基本的に一個の種だが、魔物たちは多種多様であり、その生態は様々。自然、足並みはそろわない。また、独立独歩とでもいうのか、ほとんどの種が協調性をあまり持たない。ゆえに、よほど強い魔物が恐怖で統制しなければ一糸乱れぬ進軍などできない。
次いで大きな弱点は兵站である。
様々な種が混じるゆえに、食料問題が大きい。
よく魔物は人間を食べる、などといわれる。しかし実際に人肉を好む種はそう多くない。草食の者もいれば、特定の木の実を好む種もある。
そして、武具。魔物も生身ではなかなか戦わない。しかし種ごとに体型が違うため、同一規格の武具を大量に揃えられない。
ムーンブルク城を攻め落としたはいいが、ベリアルの軍勢が早々に退いたのは、ムーンペタの兵士長が説明した通り、兵站の問題であった。
しかしこれらの弱点は同一種の魔物で編成した部隊であれば、かなりの程度抑えることができた。
ムーンクモテ、ムーンソフサントを襲ったのはベリアル軍のガーゴイル大隊(祈祷師及びグレムリン配属)であった。
-ムーンクモテ滅亡-
アルマン率いるムーンブルク300とロサ援兵200がムーンクモテに到着したのは報告を受けた翌々日であった。
すでに町は市民の亡骸が折り重なる地獄となっていた。
あちこちに未だ燃える家屋、くすぶる瓦礫が並んでいる。
クモテ守備隊100余はおそらく全滅したのであろう。
地下室や周縁部の森林などに逃げていた市民から襲撃の様子を聞くことができたが、援兵達は怒り狂うもの、泣き叫ぶものさまざまであった。
クモテの高台に上り、アルマンは廃墟となった街を見下ろす。
なるほど。募兵に応じなければこうなると。
まあ、今回ばかりは快く応じていたところで運命は変わらなかったであろうが。
自分が脅しすかし、なだめすかし、理屈をこねるよりもわかりやすい結末だ。
クモテは不運だったが、これで他の都市群、集落の協力は進むだろう。
アルマンは気分が悪くなる。傍に唾を吐いた。
-ムーンソフサント-
一方ムーンソフサントは守備兵200余の善戦よろしく、ザナミド自ら率いたロサ援兵600が到着したことで、ガーゴイル達は被害を増し、撤退していった。
そしてこれを追撃し、そのほとんどを討ち果たす。
これら両都市の遭難は各都市への警告として機能し、ペセタが苦労することなく協力体制は進んでいった。
そして2か月がたった。
練度十分のムーンブルク兵8000は揃い、大反抗の機は熟す。
ルナトル川対岸に潜むベリアル軍の小部隊を駆逐し、ペセタ、ザナミドの両軍は第2ニューセス線をこえる。
ベルタ湖畔とオルガタ湾をつなぐ第1トナガル線に布陣した。
各都市の守備兵及び予備隊をさっぴいてもムーンブルク、ロ・サ三軍合わせて総勢8000の大軍である。
ここからムーンブルク城までには複数の陣地があるのだが、人間用の施設が主なため、人型の魔物の他は有効に活用できない。
ムーンペタの幕僚将校たちの見積りでは、有効な抵抗力を発揮できないだろうとのことだった。
-ペセタ陣営-
ペセタの幕舎にはムーンブルクの遺臣や遠縁の王族たちが居並ぶ。
そして中央には「アイリン姫」がお座りをしている。
ニテンド王の祖父の兄弟の孫ソニ侯はうやうやしく「アイリン女王」に挨拶をする。
「このたびはご機嫌麗しゅう。アイリン女王陛下。」とまで言って、目線をペセタにうつす。「我が領からは200の義勇兵が集いました。ムーンブルク奪還の一番槍はぜひともこのソニへ・・・」
次々に重臣、王族が「アイリン女王」に挨拶をした後、ペセタに目線を移し、自領の貢献と意気込みを語っていった。
ペセタは書記に彼らの貢献と意気込みを記録させながら、亡きニテンド王に心の中で報告する。
ニテンド王、ここまで。ここまできました。
ムーンブルク奪還は必ずや成ります。
しかし・・・
ペセタは「アイリン女王」をちらと見る。
アイリン女王だけは。どうしても・・・
見つからないのです。
どうしても。
-ペセタの幕舎-
その夜、ペセタの幕舎にアルマンが訪れた。
「ペセタ殿。きにかかることがあり参った。」
「アルマンか。気にかかると言えばすべてが気にかかることばかりだが。そのうちのどれのことだろうか。」
ペセタは蒸留酒を飲んでいた。少々ろれつがまわっていない。
進軍は明後日。ゆっくりできるのは今日までである。
アルマンは幕舎の周りをひとまわりし、再び入ってきた。
アルマン「誰もいない。大丈夫です。」
ペセタ「なるほど。女王陛下のことか。」
「どうするんです。」
「どうもできない。」
ペセタは蒸留酒を一気にあおった。
あれからラ―の鏡は手を尽くして探させている。それと並行して、同じくらいの大きさの白い犬も集めさせている。犬の方は誰にもさとられてはならないため、犬猫その他の小動物を集めさせ、秘密裏に白い犬だけを選別している。
そしてラ―の鏡はいずこかの毒の沼地にある、という漠然とした情報だけが得られた。
犬は軍の訓練施設の中に養犬所を作り、軍犬という名目で集めている。
この何十頭という白い犬の中のどれかが本物のアイリン姫であろうか。
ペセタは一頭一頭抱きあげ、あの日の感触をよみがえらせようとしたが、無駄だった。
焦燥感ばかりが募る。
いまや無敵の勇者三国連合軍。
ペセタはハハッと自嘲して笑った。
とんでもない。みてくれだけだ。
アイリン女王がただの野良犬だと知れればたちまち瓦解する。
アルマン「じつは噂なんですがね。」
ペセタ「今、ここで教えに来るってことはろくでもないことだろう。」
「あたりですね。」
「どうした。」
「ラ―の鏡を拾い上げた者がいたとか。」
ペセタは蒸留酒をいれたコップを落とし、アルマンの胸ぐらをつかんだ。
「おい、いつだ。いつだ!」
「夕方に。数日前のことですが、東にある毒の沼地。その近辺の農夫が見たらしいのです。旅の若者が沼地をくまなく調べていたとか。農夫は、はて不思議なことをする者もいるものだと、話しかけにいったら、なにやら手鏡を沼地から見つけ、意気揚々去って行った、と。」
ペセタはコップを拾い、蒸留酒を注ぎ足し、ちびりと飲んだ。
「それがラ―の鏡と言う確証はあるのか。」
「ありません。ただ、ラ―の鏡は毒の沼地にあるという情報しか我らは持っていません。」
「ひどくあやふやだが、合致するな。」
アルマン「どうします。もし。もしもそのラ―の鏡が本物であれば。」
ペセタは呻く。
アルマンはそれを眺めていた。強化蝋の炎が二つ揺らめく。
しばし懊悩したペセタはすっくと立ち上がる。
「アルマン、養犬所の白い犬。」
「はい、それが?」
「全頭殺処分だ。」
「馬鹿な!あの中には。」
「それと。鏡を持つ若者を探し、抹殺しろ。」
「それは、それは!」
「俺たちのアイリン女王陛下は。」
「ペセタ殿!」
「すでにいるではないか。すでに。」
夜は更ける。
困惑を胸にアルマンは自らの幕舎に戻っていった。
伝令をたたき起こし、ムーンペタの東方森林内の養犬所にひとっ走りさせねばならない。
本当にこれでいいのか。
伝令が馬を飛ばし、それをアルマンは見送る。
これでいいのか。
これで。