しかしそれは誤謬で、軍隊を形成した人間には予想外にあっけなく討伐されてしまう。
弓隊、魔法隊、直接攻撃隊等、数組の連携があれば個体戦闘力はさほど問題とならない。
もちろん、相応の被害を甘受する必要はあるが。
また前述したが、多くの魔物は個を頼み連携しない傾向がある。
巨人族などはその筆頭格で、数体いたとしても互いに連携することはない。
上位の恐怖が彼らを統率しなければ。
ギガンテスたちはオーク隊がペセタたちを押し込み、十分に動けない瞬間を狙って棍棒をふるってくる。
保衛隊員が支援の呪文を使おうとするが、ガーゴイルがマホトーンを使ってくる。
ペセタのベギラマがオークを焼き払い、密集陣に隙間ができる。
アルマンがそこに突っ込み、オーク隊が崩れる。保衛隊員がしんがりをつとめ、牽制にバギを連発し、目くらましを行った。
しかし、それをギガンテスが見逃さない。
オークを数体倒したアルマンがギガンテスの棍棒を避け、その首の根元に剣を差し込む。
ほとばしる群青の鮮血。
-ベリアル本陣-
「ほう、やるなあ。覚えているぞ、」
「あの時のやつばらですな。」
ベリアルのつぶやきに側近の悪魔神官が答える。
「アトラスから借りたギガンテス、3体やられおった。あまり減らすと奴から文句がくるな。」
「なに、文句は言いましょうがアトラス様とて出来損ないを選りすぐって寄越したはず。さほど気にすることはありますまい。」
「左様な。体格もまちまち、動きも今一つ。ワシの知るギガンテスではない。まあ、ムーンブルクのザコにはちょうどよい。」
突然、悪魔神官が黙る。
「どうした。」
ベリアルも黙った。
-ペセタ達の戦場-
追い込まれたペセタ達は満身創痍。自前の剣は折れ、曲がり、使えない。
呪文はもう唱えられない。
倒したオークやガーゴイルから奪った武器でなんとか応戦している。
アルマンが数体のガーゴイルと格闘していた。首を力任せにねじ切り、もぎとり、目をつぶし、腕に組みついてへし折り、脱力したガーゴイルの足をもって棍棒とし、オークを殴打する。オークは頭蓋を割られ、血を吐いて倒れ込む。
善戦とはいえるが、悪あがき以外のなにものでもない。
暴れるだけ暴れてあとは死を待つばかり。
ペセタの視線を何かがよぎる。
ギガンテスの生首が二つ飛んできた。
一つはガーゴイルにぶつかり、ガーゴイルは生首と地表に挟まれてへしゃげる。生首と地表の間に黄緑色の血だまりができる。
もう一つは後ろの岩に当たって双方砕けた。
なにごとかと目で追う。
今度はオークが両断された。
ガーゴイルが2、3体まとめて宙を舞い、地面にたたきつけられた。羽をつかういとまもない。
青い服を着た若者がペセタ達を包囲する魔物の群れの中央を進んでくる。
勇者
この世界にたびたび現れる、特異個体。
ロトの血筋から発すると言われているが、そんなことはないとペセタは思っていた。
それは人類に確率的に発生するもので、歴史に名を残す「勇者」を世の人々は畏敬の念からそれを物語として集約させたに過ぎない。
その物語に使われたのが「ロト」だ。
しかも、おそらく後世の者たちがその伝説の内容を大きく膨らませている。
きっと、勇者、そう。相当に強いのだろうが、単体で魔王なり竜王を倒したとは思えない。
少なくとも軍隊、そこまで大げさでなくとも選抜された複数の部隊を率いていたに違いない。
つまりペセタは勇者三国の伝説など信じていない。
そんな僥倖に頼るのではなく、人は、平均的な我ら人が世界を作り、世界を救うのだ。
事実、勇者アルマン。アルマンとてこの魔物の群れには到底適わない。
「勇者」
今日、ペセタたちは勇者を見た。
青い服とゴーグルを着けた若者は機敏にギガンテスの攻撃を避け、腱を斬り、崩れ落ちるギガンテスの首を一刀両断する。
突き入れてくるオークの槍は、からだをわずかにひねり、絹一枚避ける。槍をつかみ、前方のガーゴイルに突き入れる。その勢いでオークに蹴りを入れる。その蹴りは頑丈なオークの肉体にめり込み、オークは吐血し、うずくまり動かなくなる。
この間、またたき二回ほどか。
もう一人、若者がいた。ロトの紋章があしらわれた緑色の前掛け。ゴーグルを着けている。
彼は器用にギラを唱え、青い服の若者を支援している。
見事な連携。
青い服の若者の死角にギラを飛ばし、ガーゴイルが近づけないようにする。
青い服の若者は緑色の若者に危険が及ばないよう動き回り、次々に魔物を屠って行った。
果物屋が果物を器用に剥いては籠に入れ、剥いては籠に入れ。
そういう作業に見えた。ペセタには。アルマンにも。保衛隊員達も。
-ベリアル本陣-
ベリアルが立ち上がり下知を放つ。
「撤収だ。」
悪魔神官「よろしいのですか。」
ベリアル「よろしいわけがあるか。仕方あるまい。」
悪魔神官「あと少しなのでは。」
ベリアル「ローレシアの何と言ったか。あとサマルトリアの。今ここで消耗するわけにはいかん。ハーゴン様の命令はムーンブルクを滅ぼせ、であって、占領ではない。」
悪魔神官が他の人型にベリアルの下知を伝える。
ベリアル「ムーンブルクはあと数年は立てまい。目的は達成した。今回は少々欲張りすぎたな。ふふ。」
-ペセタたちの戦場-
魔物たちは一斉に引いていった。
あとには魔物だった肉片が山盛りに散らばっている。
へたり込んだペセタたちの前に若者が二人立った。
青い若者はじっとペセタを見下ろす。
緑の若者が口を開いた。
「どうも、サマルトリアの王子すけさんと申します。こっちの青い服のはもょもとです。ローレシアの王子です。」
ペセタ達は会釈をするのが精いっぱいだった。
すけさん「それで、こちらが。」
彼はどこに持っていたのか、籠をとりだし、蓋を開ける。
白い犬が出てきた。
もょもとと呼ばれた若者が行李から鏡を取り出し犬を映した。
ペセタはあの日、ムーンブルク城でニテンドが見せた変化を再びみた。
ただし今度は犬から人に、である。
すけさん「ムーンブルク王女アイリンさんです。」
あの日、犬に姿を変える前の美しいアイリン姫がそこにいた。
ロトの紋章が刺繍された茜色の頭巾、薄桃色のローブ。
豊かでウェーブのかかった紫色の高貴な長髪。
王者の血筋、気品、すべてがアイリン姫であった。
ペセタとアルマンの二人にはなによりもまず恐怖の感情が襲った。
ガタガタ震え、間を置かず平伏する。
言葉を発することができない。
はぁー!はぁー!
荒い息だけがふいごのように体から出る。
すけさん「そんなにかしこまらなくとも。いや、まあ仕方ないか。ムーンブルクの家臣ですもんね。」
違う、違うのだ。家臣だからではないのだ。逆臣だからなのだ!!
今すぐ、ただちに、我らは自らの手でこの首を!
アイリン姫の前で落とさねばならないのだ!!
アイリン姫はじっと二人を見下ろしている。
すけさん「アイリンさん、元に戻ったばっかり。それにこういう面会で悪いけど、挨拶・・・しますね。僕は。」
アイリン「存じ上げております。サマルトリア王国第1王子すけさん。それにローレシア王国第1王子もょもと。幼少のころより、その名は聞き及んでおります。」
アイリンは淑女の礼をする。
「私はムーンブルク王国第1王女アイリン。亡国に際し忠臣たちの力添えで今まで無事生きながらえ、そして今日、おふたがたに姿を元に戻していただきました。ムーンブルク国王ニテンドに代わり、感謝申し上げます。そして個人的にもお礼を申し上げたい。」
アイリンがちらと平伏するペセタたちをみやる。
「ペセタ、アルマン、保衛隊員たち。」
ペセタとアルマンは生きた心地がしない。
「おもてを上げなさい。誇りを持ちなさい。立ち上がりなさい。」
おそるおそる、ペセタたちは立ち上がった。
しかし立ち上がったところで再び恐怖は二人を跪かせた。
保衛隊員もそれに続いた。
アイリンは傍に落ちていた木の棒を拾う。
「ここを仮設ムーンブルク城ルーナ儀礼広場とします。」
アイリンが木の棒で順番にペセタ達の肩を叩いていった。
「ペセタ、アルマン、そして保衛隊員の皆様方。全員を勇者として祝福します。ムーンブルク王女アイリンの名において。」
アイリンが微笑む。美しい顔立ちが際立つ。
ペセタがこらえきれず叫んだ。
「アイリン姫!いえ、アイリン女王陛下。わ、わたしは、わたしは!」
ぴと
ペセタの頬に木の棒があてられた。
アイリンの冷たいまなざしがペセタを射る。
美しさ。冷酷な表情。それら二つは完全に両立するのだ。
ペセタとアルマンの背筋が固まり、冷えた。
がくがく震えるペセタ。
アイリン
「勇者ペセタ、アルマン。そなたらの「活躍」はさる筋から聞き及んでおる。今は何も。いや、墓まで持っていけ。そして、今、我らがなすべきはなにか。」
ペセタ「ム、ムーンブルクの、さ、再興」
アイリン「左様。遺父ニテンドの願い。そしてこれは私の願いだ。ハーゴンを討つ。」
冷酷な表情が一転、柔和な少女の顔に戻った。
「一度ムーンペタそのほか必要なところに私は顔を出し、自らムーンブルクの再興のことを皆に説きましょう。」
アルマン「い、一度とは。」
「私は。」
アイリンはもょもととすけさんを両腕で引き寄せた。
「この方たちとハーゴンを討つ旅に出ます。」
ペセタ「そ、それはあまりにも。」
「犬に身をやつしていた時分。意識はわずかにありました。周囲から聞こえる声、音。それらから自分の身の回りに何が起きているのか、私は知ることができました。そして、それとともに湧き上がったのはハーゴン討つべしのロトの血の炎でした。」
もょもととすけさんは顔を見合わせる。
アルマン「わ、私めが。もし許していただけるのであれば!」
アイリンは柔和な少女の顔を冷酷な女王に変える。
「ならぬ。そなたはムーンブルクにてペセタとともに私の帰りを待っておればよい。」
アルマンはこらえきれず平伏した。
「御命、確かに!」
ペセタも再び平伏しアイリンの命を受けた旨、絶叫に近い声で答えた。
アイリンが膝をつき、二人の肩に手をかけた。
「今までのように。」
「私を。」
「利用しなさい。」
ペセタとアルマンが上目遣いにみたアイリン。
柔和な少女の顔だった。