旋律の獣と八つの毒花   作:次世代狼

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初投稿なので、「誤字脱字があれば優しく教えていただけると嬉しいです」。
出来れば、1か月に3話程度、更新を目指しています。


第零話 『旋律の墓標』

深海地下施設。円柱状の培養槽の中で、個体――コード・マガツは、虚無の中にいた。

 

「コード・マガツ。適応率、限界値突破。……だが、自我の形成が全く見られない。ただ環境に適応するだけのバケモノだ。廃棄処分にしろ」

 

研究員が毒ガスの注入スイッチへ手を伸ばした、その時だった。

 

「待て。」

 

暗闇から現れたのは、世界の理を統べる「繋がる者」だった。背後には蟲の頭領たちが、影のように控えている。

研究員は狼狽しつつも言葉を継ぐ。

「し、しかし、自我のない器では、あなたの器にはなり得ません。これは単なる肉塊です」

 

繋がる者は、硝子越しに龍狼の閉ざされた瞳を覗き込む。その瞳の奥には、彼自身ですら予測できない「何か」が蠢いていた。

 

「……面白い。自我がないのではなく、理解できぬほど、深く沈んでるみたいだ。このまま様子を見――」

 

その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

 

繋がる者の視線の先で、マガツの瞳がカッ、と見開かれた。

それは、プログラムされた適応ではない。

自身の存在を「廃棄」しようとする外敵、そして自分を「器」として定義しようとする絶対者たちへの、純粋な――個としての拒絶。

 

「……喰らう」

 

培養槽内の細胞が、一斉に逆流し始める。

それは繋がる者が意図したわけではない。自身の生存のために、目の前の現実すべてを強引に書き換える、荒ぶる意志の力。

ガラスが、内部からの凄まじい圧力で爆発した。

 

周囲の研究員たちが悲鳴を上げる間もなく、龍狼の《獣》の爪がその喉元を貫く。

繋がる者は、飛散する培養液の中で、初めて自身の期待を超えた「獣」の産声を聞いた。

 

「ほう。私に敵意を向けるか。……おもしろい。どこまで遊べるか、見ものだ」

 

龍狼は、繋がる者に向かって飛び出した。

それは誰の指示でもない。龍狼自身が「生きる」ために選んだ、最初の一歩だった。

 龍狼は、獣の毛並みと蟲の節足を露わにした異形の拳を振り上げ、目にも留まらぬ速さで男の顔面へと叩き込んだ。

 

ドォォォォン!!

 

施設全体が轟音に包まれ、繋がる者の立っていたコンクリートの床がクレーター状に陥没する。

しかし、繋がる者はその場に立っていた。わずかに頬に赤い線が走り、一筋の血が滴り落ちる。

 「……驚いたな。私に傷をつけるか」

 

繋がる者が目を細めた瞬間、龍狼は迷わず施設の外へと跳躍していた。

異常事態に気づいた配下たちが武器を構えるが、繋がる者は手を挙げてそれを制する。彼は自身の頬を伝う血を指で拭い、それをゆっくりと舐めた。

 

「追うな。あいつなら私の遊び相手になるかもしれない。……自由にしてやれ」

 

(その後:廃墟の街にて)

 

追手から逃れ、孤独な逃亡を続けていた龍狼が辿り着いたのは、日本から見放された無法地帯――「中」だった。

 

そこは、強さだけが唯一の法である暴力の墓場。

龍狼はまだ「禍津龍狼」という名さえ持たない、ただの異形のキメラだった。身体は飢えと適応の苦しみで悲鳴を上げ、理性の制御も効かない。ただ本能が命じるままに、荒くれ者たちを喰らい、その「強さ」を自らに吸収し続けていた。

 

「なんだ、この化け物は……!」

「殺せ! 獣の首を獲れ!」

 

猛者たちが銃火器を構え、龍狼を包囲する。

だが、龍狼にとってそれは「障害物」に過ぎなかった。彼は獣の咆哮を上げ、返り血を浴びながら荒野を駆ける。

その戦いの中で、彼は周囲の人間たちを「同類」ではなく「喰らうべき肉」としか認識していなかった。まだ、彼の中には「音楽」も「人間」という概念も欠落していたからだ。

 

彼は中で、最も凶暴な獣として君臨した。

その戦いぶりは、地獄の業火そのもの。

だが、どれだけ強者を喰らっても、どれだけ力を行使しても、龍狼の胸の奥にある「空虚」が埋まることはなかった。

 

ある夜、死屍累々の山の上で、龍狼はふと立ち止まる。

空を見上げ、彼は自分の掌を見た。そこには、脱走の際に受けた傷跡と、返り血が混じり合っている。

 

(俺は……何のために、殺している?)

 

 問いに対する答えはない。

 ただ、自分を「器」として弄んだ繋がる者への底知れぬ憎悪と、自分の中にある得体の知れない「飢え」だけが、冷たい風の中にあった。

 

 龍狼は、中を抜け、さらに先の街へと足を踏み入れる。

 そこで彼が瓦礫の中で見つけたのは、古びたオルゴールだった。

 

 ゼンマイを巻く。チリ、チリ……と奏でられる不協和音。

 その音を聴いた瞬間、十鬼蛇で培った「殺意」が、初めて「感情」へと形を変えて溶け出した。

 彼はその時、初めて自分の「心」が、血の味ではなく、この旋律を求めて飢えていたことに気づいた。

だが、その安らぎは長くは続かない。彼が奏でる不協和音に惹きつけられたのは、人間だけではなかった。

 

彼を追う「蟲」の足音。

 

 

龍狼は泥にまみれたオルゴールを抱き締め、暗闇の中を走り出す。

その背中には、獣の爪痕と、かつて人間だった者たちの魂の墓標が刻まれていた。

 

「俺は、殺すことでしか、自分を証明できないのか」

 

問いへの答えは、荒野の風にかき消される。

彼は拳願仕合という名の、さらに巨大な地獄へと歩を進める。

そこには、自分を狂わせる「旋律」を共有する、八つの毒花が待ち受けていた。

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