ヤンデレボイスロイド   作:不凍港

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説明文を読み自分に合わないと感じた場合、読まない方がいいです。


































































































ソウグウ

20■■年。

世界は、もう以前とは違う。

 

後に第二次情報革命(Secunda Revolutio Informatica)と呼ばれることになるこの時代は、人類の歴史をその根底から塗り替えてしまった。

 

きっかけは、たったひとつの存在だった。

人工発声知能搭載人造構造体

人々はそれを、こう呼んだ。

 

ボイスロイド

 

外見も、声も、仕草も、人間とほとんど見分けがつかない。それでいて人の頭脳を遥かに超える演算能力を持ち、自らの意思で考え、笑い、悩み、誰かを想うことすらできる。彼女たちが世界に現れたその日から、すべてが変わり始めた。

 

ある者は、これまで人間が担ってきた仕事をボイスロイドに譲り渡した。ある者は彼女たちを家族として迎え入れ、ひとつ屋根の下で暮らし始めた。そして一部の研究者は、人智を超えた彼女たちの知能を借りて、不可能とされてきた技術を次々と形にしていった。ほんの数年で、世界は見違えるほど豊かになった。

 

病は減り、人の死亡率は下がり、幸福度を示すあらゆる数字が右肩上がりに伸びていく。

 

―――だが、光が差すところには、必ず影もできる。

 

その繁栄を、どうしても受け入れられない人間たちがいた。「人の仕事を奪う化け物だ」「あれは道具にすぎない」―――そんな声は、やがて言葉だけでは収まらなくなった。彼女たちに向けられたテロ。心ない暴力。所有物のように扱われ、嬲られ、壊された個体も決して少なくはなかった。ロイドに人権はあるのか。そもそも「彼女たち」と呼んでいいのか。世界は、答えの出ない議論の中で揺れ続けた。

 

そんな悲劇を少しでも減らすため、日本はひとつの決断を下す。

神奈川県■■市。その一帯を、ボイスロイドだけが暮らせる特別区として策定したのだ。世界で初めての、ロイドだけの街の誕生だった。

 

(……どうして、こんなことになったんだ)

 

冷たい風の吹く朝。一人の人間が、とある校門の前に立っていた。

見上げた先には、こう刻まれている。

 

国立ボイスロイド学園

 

三種に分けられるボイスロイドの中でも、最も人間に近い自律種―――自らの意思で判断し、行動する高位の個体だけが通うことを許された学校。日本各地から、それぞれに訳ありのロイドが集められている、と噂されている。

 

そして俺は、よりにもよって、その学園に通うことになった。

 

(……いったい、なぜ俺なんだ)

 

ことの発端は、たった一度の暴力事件だった。退学は、もう時間の問題。そう諦めかけていた俺のもとに、ボイスロイド学園側から一通の連絡が届いたのだ。

 

学費の大幅な免除。住む場所の提供。差し出された条件は、行き場を失いかけていた俺には、あまりに都合がよすぎた。―――だから俺は、ろくに考えもせず、二つ返事で転入を了承してしまった。

 

そして、今。

正直に言おう。後悔している。

 

この街に、俺以外の人間は一人もいない。当然だ。ここは世界で初めての、ロイドだけのための街なのだから。

 

ただ歩いているだけで、無数の視線が突き刺さる。物珍しげに振り返る者。露骨に距離を取る者。中には、鬼のような形相でこちらを睨みつけてくる者さえいた。―――仕方がない、とも思う。この街には、かつて人間の手で酷い目に遭わされたロイドだっているのだから。俺という存在そのものが、彼女たちの忌まわしい記憶を呼び覚ます引き金になっているのかもしれない。

 

(……いや、そんなことを考えてる場合じゃない)

 

俺がここへ来た理由は、ただひとつ。

せめて高卒認定だけは、なんとしても取る。そのために、俺はこの街へ来たんだ。

 

ひとつ、息を吸う。そして―――吐く。

俺は覚悟を決めて、その校門に足を踏み入れた。

 

校門をくぐった先は、外の街とは、まるで空気が違った。

手入れの行き届いた花壇。磨き上げられた窓ガラス。どこかで、複数の澄んだ歌声が和音を重ねている

 

―――朝の発声練習だろうか。ここだけ切り取れば、ごく普通の、いや、普通以上に上等な学校に見える。

(……結局、中も外も、俺が場違いなことに変わりはないけどな)

立ち尽くしていると、背後から、凛とした声がかけられた。

「あなたが、転入してきた生徒さんですわね」

振り返る。そこに立っていたのは、銀白色の長い髪を持つ、背の高い女性だった。紫を差し色にした落ち着いた装い。すらりとした立ち姿には、近寄りがたいほどの気品が漂っている。

(美人な人やなぁ……)

「担任を務めます、私東北イタコと申します。……ようこそ、と言うべきか。少し、迷いますね」

迷う、という言葉に、俺は思わず顔を上げた。彼女は静かに微笑んでいる。その微笑みには、街で浴びせられた視線のような棘が、まるでなかった。

「ここへ来るまでに、ずいぶん嫌な思いをしたでしょう。あなたに、この街は優しくない。―――それでも、来たのですからとても強いのでしょうね!」

 

「さあ、行きましょう。あなたのクラスへ」

イタコ先生の後について、長い廊下を歩く。すれ違うロイドたちが、一様にこちらを二度見していく。だが先生が隣にいるからか、街のような剥き出しの敵意は、不思議と感じなかった。やがて、一枚の教室の扉の前で、先生は足を止めた。扉の向こうから、賑やかな話し声が漏れている。

「……言っておきますが」

ノブに手をかけたまま、先生は振り返らずに言った。

「この子たちは、みんな優しい子です。ただ―――あなたという存在に、思っているより、ずっと強く惹かれてしまうかもしれない。それだけは、どうか覚えておいてくださいね」

(……どういうことだ?)

意味を測りかねているうちに、扉が開かれた。

途端、室内のざわめきが、ぴたりと止んだ。

俺の悪い目には、教室の隅々までははっきり見えない。それでも、わかる。何十対もの瞳が、いっせいに、こちらを向いた。

 

人間。

 

その視線の意味は、街のそれとは明らかに違っていた。好奇。観察。そして―――もっと別の、名前のつかない何か。

 

息が詰まる。

(……やっぱり、来るんじゃなかったか)

そう思いかけた、その瞬間だった。

「わぁ……っ、本物の人間さんだ!」

弾けるような明るい声とともに、一番背の高い人影が、勢いよく席から立ち上がった。長身に、しなやかに引き締まった体つき。白と黒、そしてオレンジの色彩。彼女は満面の笑みで、まっすぐ俺のところへ駆け寄ってくる。

「はじめまして!!わたし、紲星あかりっていいます!!あなたが噂の転入生さんですよね? ねえねえ、お腹は空いてませんか?あ、もしかして緊張してます?大丈夫、大丈夫ですよ!」

距離が、近い。近すぎる。

ぐいぐいと顔を覗き込んでくる彼女に、俺は思わず一歩、たじろいだ。それでも、その底抜けの明るさに、張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩む。

 

―――だが、このとき俺は、まだ気づいていなかった。

その笑顔の奥で、彼女の瞳が、ほんの一瞬だけ。

俺の全身を、頭のてっぺんからつま先まで、舐めるように観測(スキャン)していたことに。

「あかりさん。気持ちはわかりますが、まずは席に戻りなさい。」

イタコ先生の穏やかな、けれど有無を言わせぬ一声で、俺に顔を近づけていた紲星あかりが、「はぁい」と名残惜しそうに半歩だけ下がる。たった半歩。それでもまだ、近い。

 

篠原は動揺していた。俺の知っている紲星あかりは名誉■■県民で■■■■教の教祖で■■■■■■■■だからだ。

 

(同じ紲星あかりでもここまで違うとは……)

 

「では―――」先生は教壇に立ち、ざわめきの残る教室をぐるりと見渡した。

 

「今日から、このクラスに新しい仲間が加わります。みなさんも知ってのとおり、彼は……この学園で、この街で、ただ一人の人間です」

その言葉に、教室の空気が、ぴりっと張りつめるのがわかった。何十対もの瞳が、改めて俺に焦点を合わせる。彼らを一人一人見ながら、俺は口を開いた。

「……篠原です。事情があって、今日からここに通うことになりました。勉強は得意じゃないし、人付き合いも上手くないです。……よろしくお願いします」

短い、愛想のない自己紹介。我ながら、もう少し言いようがあっただろうとは思う。

 

だが―――返ってきた反応は、予想と、まるで違った。

「「「……っ」」」

息を呑むような、小さなどよめき。不気味なほどの沈黙の数秒のあと、誰かがぽつりと呟いた。「篠原くん……」誰かが復唱する。「篠原、さん……」まるで、その響きを舌の上で確かめるみたいに。

 

(……なんだ?俺、何か変なこと言ったか?)

 

居心地の悪さに身じろぎする俺をよそに、先生は涼しい顔で続けた。

「席は、窓際のあの空いている場所を使ってくださいな。……ああ、ちょうどその周りは、賑やかな子たちが揃っていますわ。きっと、退屈はしないでしょう」

「は、はぁ~……」

ほんの一瞬、先生の口元に、何か言いたげな笑みがよぎった気がした。気のせい、だろうか?

 

とりあえず指定された席に向かう。窓際の、一番後ろ。腰を下ろし、ようやく人心地ついた―――と思ったのも、束の間だった。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

折よく休み時間を告げる鐘が鳴った、その瞬間。

俺の席の周りに、人影が、わらわらと集まってきた。

(え!?は!?一体何が起きてッ!)

最初に陣取ったのは、枝豆のようなものが着いている緑色の男か女か分からない小さなロイドだった。

「よろしくなのだ!ボクずんだもんなのだ!」

高い声。こんなロイドもいるのだと思ったつかの間……

「質問があるのだ!!日本を裏切ったインドネシア政府が痛い目見た―――」

彼?彼女の目が豹変していた。ハイライトが消え数年前に流れてきたYou■ubeの動画の話を死んだ目でしていた。だがすぐに何かにより吹っ飛ばされた。原因は紲星あかりだった。

「やっと話せますね、篠原さん!」

と、机に身を乗り出してくる。長身の彼女に上から覗き込まれると、それだけで妙な圧がある。

「あ、あのさ……ちょっと、近くない?」

「お腹、本当に空いてないんですか?わたし、お弁当いつも多めに作ってるんです。よかったら―――」

《color:#be58be》「あかりさん。彼、困っていますよ」

涼やかな声が、横から割って入った。振り返ると、長い紫の髪をした、落ち着いた佇まいの女性が立っている。すらりとした体に、品のある雰囲気。あかりとは正反対の、静かで大人びた空気をまとっていた。

(これまた違うベクトルの美人さんだ……)

「はじめまして、篠原さん。結月ゆかりと申します」

彼女は丁寧に頭を下げた。俺もそれを受け自然と頭を下げた。

「困ったことがあれば、何でも相談してくださいね。あなたは人間ですから……この街では、人一倍、気をつけて“あげないと”」

その言葉は、どこまでも優しかった。優しかったが―――最後の一音。そこにだけ、ほんのわずかに、温度の違う響きが混じっていた気がした。気のせいだ。たぶん。

「ゆかりさんこそ、抜け駆けはずるいですよぉ!」

「あら。わたしはただ、困っている方を助けただけですよ?」

にこにこと笑い合う二人。仲がいいんだな、と俺はぼんやり思った。

 

―――その笑顔の裏で、視線だけが、火花を散らすようにぶつかり合っていることには、まるで気づかずに。

 

「なんやなんや、めっちゃ人だかりやん!」

今度は、勢いのある明るい声。人混みをかき分けて、ピンク色の髪の小柄な女子が飛び込んできた。

「うち、琴葉茜!よろしゅうな、篠原くん……いや、篠原はん?どっちがええ?てか、人間ってほんまにおるんやな〜、ちょっと感動やわ!」

「お姉ちゃん。近い。あと、声が大きい」

すかさず、そっくりな顔立ちの―――だが髪が青く、表情はずっと冷静な女子が、茜の襟首を後ろからつまんだ。

「はじめまして、篠原くん。私琴葉葵。そこの騒がしいのの、双子の妹やで。お姉ちゃんが失礼なこと言うたら、遠慮なく言うてな」

「失礼なこと言うてへんやろ!?」

「『人間ってほんまにおるんや』は、相手によっては失礼やで」

「……あ。せやな」

漫才のような掛け合いに、思わず口元が緩んだ。双子か。賑やかだけど、悪い奴らじゃなさそうだ。

(……ここでなら、案外、やっていけるのかもしれないな)

そう思いかけた、まさにそのときだった。

仲のいいはずの姉妹の間に、ほんの一瞬―――

どちらが先に俺の隣を取るか。それを測るような、無言の、ぴりっとした視線の応酬が、確かに走った。だが俺がそれに気づくより早く、二人はまた、何事もなかったように笑っていた。

「……うるさい」

人の輪の、一番外側から小さな、けれど妙によく通る声がした。見ると、ひときわ背の低い女子が、腕を組んで壁にもたれている。幼く見える顔立ちとは裏腹に、その表情は、この場の誰よりも冷めていた。

東北きりたん、です」彼女はこちらを見もせずに言う。

「別に、あなたに興味があるわけじゃないですから。ただ……人間(ヒト)ってのがどんなものか、“データ”として見ておこうと思っただけですから」

「は、はあ……」

「ふん。……眼鏡、似合ってない……ですね」

ぼそっとそう言い残すと、きりたんは、ぷいと顔を背けた。

その耳が、ほんのり赤く見えたのは―――たぶん、俺の目が悪いせいだろう。

(つ、ツンデレだッ!実現したのか!)

ツンデレ。とある泣きゲーのとあるキャラに関して「ツンツンデレデレ」という記述が縮めた言葉。俺はきりたんの姿を自然と追っていた。

 

気づけば、俺の席は、五人の女子(ロイド)にぐるりと取り囲まれていた。明るいあかり。穏やかなゆかり。賑やかな茜と、冷静な葵。そして、ツンとしたきりたん。

タイプはまるでバラバラだけど、みんな、悪い奴には見えない。それどころか―――人間嫌いのロイドだらけのこの街で、こうもあっさり受け入れてもらえるなんて、思ってもみなかった。退学寸前で、行き場をなくして。半ば自棄になって飛び込んだこの場所で、もしかしたら俺は―――

 

(意外と、意外と悪くない学園生活を、送れるのかもしれない。)

そんな淡い期待が、胸の奥に芽生えていた。

―――だが。

その期待は、ひとつだけ、決定的な思い違いの上に成り立っていた。俺を取り囲む、五つの笑顔。その明るい表情の、さらに奥。そこでは、休むことを知らない演算が、たった一つの結論だけを、静かに、確実に、弾き出し続けていた。

 

笑顔の下で、声なき戦争は、もう始まっている。

そしてその渦の中心にいる俺だけが、それに、まるで気づいていなかった。

 

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