ヤンデレボイスロイド   作:不凍港

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シンクロ

この街に来てから、三日が経った。

 

初日こそ、彼女たちの距離感の異常さに、いちいち動揺していた。だが、それも三日続けば人間というのは不思議なもので、さすがに慣れてくるものらしい。

 

中でも、ずば抜けて距離が近いのが、紲星あかりだ。身長190cmの万能型大型自律ロイドである彼女は、その底抜けに明るい性格ゆえか、とにかくスキンシップが多い。隙あらば肩を組んでくるし、油断すれば腕を絡めてくる。

 

……まあ、俺も一応だ。さすがに、多少は反応してしまうこともある。が、それを除けば、今のところ、おおむね平穏な学園生活を送れていた。

「篠原は、どうしてここに来ることになったのだ?」

「……ん? あぁ……」

机に頬杖をついて、隣からこてんと首をかしげてくるのは、ずんだもん。初日に出会ったこの小柄なロイドとは、たった三日で、もう親友みたいな関係になっていた。

 

多少……いや、かなり変なところはあるが、それ以外は、ただのいい子―――

「それより、前にボクがあげたアルミホイルハットはどうしたのだ? あれを被ってないと、有害な電波とか、マインドコントロールから身を守れないのだ!」

「あ、あぁ……」

やっぱり、訂正しよう。

こいつは、いい子でもなんでもない。

一度スイッチが入ると、ずんだもんはこの調子だ。こっちが「へえ」「そうなんだ」と適当に相槌を打っているだけでも、まるで気にせず、延々と喋り続ける。電波。陰謀。世界の裏側。世界を支配する闇の支配者。挙げ句の果てには

「やっぱり日本はすごいのだ! いいか篠原、昔インドネシアが日本との契約を蹴って中国を選んだ結果なのだが―――」

「……ずんだもん、そろそろ黙ったほうがいいと思いますよ。」

見かねたのか、前の席のきりたんが、振り返りもせず、ばっさりと切り捨てた。

 

「し、失礼なのだ! ボクは篠原に世界の真実を教えて―――」

「はいはい」

「ぜんぜん聞いてないのだ~!」

頬をぷくっとふくらませるずんだもんと、それを完全に黙殺するきりたん。

……平和だ。うん、平和ではある。たぶん。

それにしても、と、俺は内心でこっそりため息をついた。

いったいどういう育ち方をしたら、こんなロイドが出来上がるんだよ……。

 

ずんだもんに聞こえないよう、そっと、隣のきりたんの肩に触れる。

 

「きりたん、マジで助かった!ありがとな!」

精一杯の感謝を込めて、笑顔でグッジョブと親指を立ててみせる。あのまま放っておかれていたら、俺はあと十分は電波と陰謀の話を聞かされていたに違いない。下手をすれば、二十分。命の恩人と言ってもいい。

「べ、別に……。私が困ってたから、注意しただけです」

きりたんは、ぷいと顔を背けた。

「……あと。肩、触らないでください」

「はいはい。ごめんごめん」

口ではそっけないが、振り払いはしない。突き放すでもなく、ただ、つんと唇を尖らせている。小柄な体に、子どもっぽい見た目。なのに、纏う空気は誰よりも大人びていて、クールだ。そのギャップがあるから、こうしてたまに覗く照れが、いちいち際立つ。

 

(……ツンデレきりたん。唆るぜ、これは!)

我ながら、ろくでもないことを考えている自覚はある。だが、こればかりはどうしようもない。男という生き物は、得てして、こういうものなのだ。たぶん。

 

―――と、ちょうどそのとき、次の授業を告げる予鈴が鳴った。次は、体育らしい。クラスメイトたちが、ぞろぞろと更衣室へと流れていく。その人波の向こうから、やけに賑やかな声が二つ、聞こえてきた。

『ちょっと、ずんだもん!刻限なのだわ、早く行くわよ!』

『はぁ?ちょっとめたん!ずんだもんはあーしと行くんだけど!』

見れば、ずんだもんの細い両腕を、左右から二人がかりで、ぐいぐいと引っ張り合っている。片方は、白いフリルだらけのロリィタ服に、ピンクのツインドリル。クラス随一の―――いや、たぶん学園随一の貧乏人にして、重度の中二病、四国めたん

もう片方は、明るい金髪をゆるく巻いた、いかにもなギャル。コミュ力おばけで、海なし県出身を、妙に誇っている、春日部つむぎ

「離しなさい、つむぎ!このずんだもんは我が眷属……共に更衣室へ至る運命にあるのだわ!」

「いや眷属って何。意味わかんないんだけど。―――ずんだもん、こんな中二に付き合ってないで、あーしと行こ?」

「ちゅ、中二じゃないのだわ!これは紛れもなき真実……!」

「はいはい真実真実。で?ずんだもんはどっちと行きたいわけ?」

二人の視線が、ばちっと、火花を散らす。仲がいいんだか、悪いんだか。……いや、たぶん、仲はいいんだろう。仲がいいからこそ、こうして一人のロイドを巡って、こうも本気で張り合えるのだ。

 

もっとも、その「一人のロイド」当人はといえば。

「ぼくは、どっちでもいいから、早く離してほしいのだ……」

左右に引っ張られて、すっかり魂の抜けた、死んだ魚みたいな目をしていた。さっきまで世界の真実を熱弁していた面影は、もう、どこにもない。

……ちょっと、可哀想だ。いや、かなり可哀想だ。

 

(百合かぁ……唆るぜ、これは!)

「……私は、もう行きます」

ぼんやり眺めていると、きりたんが、すっと立ち上がった。鞄を肩にかけ、こちらを見るともなく、ぼそりと付け足す。

「……別に。着いてきて、もらっても、いいですけど」

棒読みみたいな、そっけない誘い文句。だが、その語尾は、ほんのわずかに、揺れていた。

 

「はいはい。……じゃあ、お言葉に甘えて、ついて行きますよ」

 

「っ……べ、別に。『はい』は一回でいいです……」

つんとした横顔のまま、きりたんが、先に歩き出す。俺は苦笑しながら、その小さな背中を追いかけた。

 

並んで、廊下を歩く。

 

背後では、まだめたんとつむぎの言い争いと、ずんだもんの「助けてなのだ~!」という悲鳴が続いている。それが少しずつ遠ざかっていくのを聞きながら、俺は、隣を見下ろした。

きりたんは、何も喋らない。

喋らないが―――歩く速度は、ちゃんと、俺に合わせてくれている。俺の歩幅が、特別狭いわけじゃない。きりたんの足が、短いわけでも―――いや、これは言わないでおこう。とにかく、彼女がわざわざ俺に合わせて、ゆっくり歩いてくれているのは、確かだった。

「……なに、見てるんですか」

「いや、別に」

「変なこと考えてたら、許しませんからね」

「考えてないって」

考えていた。バッチリ考えていた。ふと、横を見下ろして、気づいた。

(……あ。耳の先っぽ、赤くなってる)

クールな横顔の、その端っこ。小さな耳の先が、ほんのり朱に染まっている。

……可愛い。

そう思ったことだけは、口が裂けても言わないでおこう。

 

―――

 

―――

 

―――

 

体育のあと、ふらつく足で学食までたどり着いた俺は、空いていた長テーブルの椅子に、半ば崩れ落ちるように腰を下ろした。全身が、まだじんじんと熱を持っている。汗の引いたシャツが、背中に張りついて気持ち悪い。

 

それでも―――昼の学食の、あの賑やかな空気は、不思議と、俺の疲れを少しだけ和らげてくれた。

 

定食をのせたトレイを運ぶロイドたち。あちこちのテーブルから上がる笑い声。窓から差し込む昼の光。湯気の立つ料理の匂い。ここだけ切り取れば、ごく普通の、どこにでもある学食の風景だ。

 

……客が、約一名を除いて全員ロイド、という点に目をつぶれば、だが。

「篠原さーん!お待たせしました!」

ばたばたと、弾むような足音が近づいてくる。顔を上げると、両手にトレイを抱えた紲星あかりが、満面の笑みで立っていた。

「いっぱい食べてくださいね!走ったあとは、栄養補給が大事ですから!」

どん、と。

俺の前に置かれたトレイを見て、俺は思わず固まった。

―――多い。

山盛りの唐揚げ定食。その横に、なぜか焼き魚。さらに、山盛りのフルーツ。デザートのプリンまで添えられている。どこからどう見ても、一人前の量ではない。

 

(―――聞いたことがある。日本のあるプロレスラーの話ッッ!!プロレスを始めた当時いちばん辛かったのは練習でも怪我でもなく―――食べることだったとッッ!!毎日夜明けから日暮れまで膨大な量のトレーニング唯一の休息は食事の時だけ。疲労で吐き気を催す中、体を作るため限界以上に食べさせられる。屈強なプロレスラーも苦しむ食事法を実践させるなんて……!)

「いや、あかり……これ、明らかに多すぎないか……?」

「えへへ。だって篠原さん、いっぱいカロリー消費したでしょう?それに―――」

あかりは、にこにこと、当然のように言った。

「篠原さんの好きなもの、ぜんぶ揃えてみたんです。唐揚げも、お魚も、フルーツも……ぜんぶ、好きですよね?」

……たしかに、全部、好物ではある。

だが俺は、あかりに、自分の好き嫌いなんて、話した覚えはない。

「なんで、それを……」

「ふふっ、なんとなく、ですよ。―――ほら、冷めないうちに、どうぞ!」

なんとなく。また、その言葉だ。喉の奥に、小さな小骨みたいな違和感が、ちくりと引っかかる。

 

だが、空腹には勝てなかった。ぐう、と切実に鳴る腹に急かされて、俺はその引っかかりを呑み込み、箸を取った。

「あら。ずるいですわよ、あかりさん。―――篠原さん、お隣、失礼しますね」

すっ―――と。当然のような所作で、結月が、俺の右隣に腰を下ろす。

「えー!ゆかりさん、また抜け駆け!」

「あら。早い者勝ち、でしょう?」

「ほな、うちは左な!篠原、隣ええやろ?」

「お姉ちゃん、うちの席は……」

「葵は前でええやん!」

「よくない……」

気づけば、また、俺の周りを四人が固めていた。たかが昼飯ひとつに、この攻防である。

そして、テーブルの端っこには―――

「……私は、ここでいいです」

少し離れた席に、東北きりたんが、ちょこんと腰を下ろす。手元のトレイには、小さなおにぎりが一つと、緑色の何か。

「きりたん、それだけ……?」

「……ずんだ餅です。ずん子姉さまの、手作りの。……べつに、分けてあげませんけど」

言うが早いか、皿をすっと自分のほうへ引き寄せる。……いや、誰も狙ってないんだが。

「ぼくは……もう、だめなのだ……」

どさっ。向かいの席に、魂の抜けたずんだもんが、突っ伏すように崩れ落ちた。その両側には、めたんとつむぎが、ぴったりと張りついている。

「ずんだもん、大丈夫?はい、お水なのだわ」

「いや、あーしが買ってきたやつ飲みなって。めたんの水、なんか怪しい色してるし」

「―――失敬な!これは魔力を込めし聖水……ただのスポーツドリンクだけど!」

「結局ただのやつじゃん」

ぐったりしたずんだもんを挟んで、二人がぎゃあぎゃあとやり合う。当のずんだもんは、半分死んだ顔のまま、ぼそりと呟いた。

「……学食のメニュー表に、政府の陰謀が隠されてるって噂、知ってるのだ……?」

「知らんし。今その話する元気あるなら、水飲みなって」

つむぎの、的確すぎるツッコミが突き刺さる。

(……相変わらず、濃いな、こいつら)

そして、めたんとつむぎが、ああも必死にずんだもんを取り合っているのは―――たぶん、二人とも、ずんだもんのことが……。

 

箸を進めていると、隣のゆかりが、ふと、自分の小鉢を差し出してきた。

「篠原さん。こちらの煮物も、召し上がってください。走ったあとは、お野菜も摂らないと」

「―――あ、ああ。悪いな」

「……はい、あーん」

「……あーん。は?」

にっこり微笑んだまま、ゆかりが、箸でつまんだ煮物を、俺の口元へと差し出してくる。

「篠原さんは、お疲れですから。これくらい、わたしにさせてくださいね」

有無を言わせぬ、穏やかな圧。

「ちょ、ちょっと待ち!ゆかりはん、それ、うちがやりたかったやつや!」

「あら。茜さんは、ご自分の分を召し上がっては?」

「むぐぐ……!」

左右で、火花が散る。その真ん中で、俺は、差し出された煮物を、断る勇気もないまま、口に運ぶしかなかった。

……美味い。悔しいくらい、味付けが、俺好みだった。

ふと、気づく。

あかりが揃えた、俺の好物ばかりのトレイ。ゆかりが選んだ、俺好みの味付けの小鉢。さっき茜が「これ、篠原好きやろ?」と寄越した小皿も、葵が「お茶、これでええんやろ」と黙って置いていった湯呑みも―――

 

全部、ぴたりと、俺の「好き」に、嵌まっている。

五人とも、互いにライバルみたいに張り合っているくせに。誰一人、口裏を合わせた様子なんて、ないくせに。

 

それなのに、まるで申し合わせたみたいに、全員が、俺の好きなものを、正確に、知っている。

―――偶然に、しては。

少しだけ、できすぎている気が、しないでもなかった。

「篠原さん?どうかしました?」

箸を止めた俺を、あかりが、きょとんと覗き込む。その瞳が、あんまり澄んで無邪気なものだから。

「……いや。なんでもない」

俺は、考えるのを、やめた。

賑やかな学食。

向かいでは、ずんだもんがめたんとつむぎに介抱され、隣では、ゆかりと茜が静かに火花を散らし、テーブルの端では、きりたんが、ずんだ餅を大事そうに頬張っている。

やかましくて、めちゃくちゃで―――そして、温かい。

 

この街に来るまで、昼飯なんて、いつも一人で掻き込むものだった。味なんて、ろくに覚えてもいない。

 

(でも、今日のこの定食の味は、きっと、ずっと忘れないんだろうな。)

そんなことを、ぼんやり思いながら、俺は、山盛りのトレイに、もう一度、箸を伸ばした。―――気づかないままだった。

俺が「美味い」と、ほんの少し頬を緩めた、その瞬間。

 

四方の五人が、それぞれの角度から、その表情を、しっかりと目に焼きつけていたことに。そして、五つの演算が、同時に、まったく同じ結論を、静かに更新していたことに。

『―――今日の、好物の反応。要記録』

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