ヤンデレボイスロイド   作:不凍港

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フタゴ・ノ・アカネ

四月二十六日。

帰り支度をしながら、俺はぼんやりと今日の予定を考えていた。

(……何をするか)

鞄にものをしまいながら篠原は、そんなことを考えていた。

 

この音羽市に来てから俺は、様々なことに手を出していた。前の街ではしようともしなかったサイクリングや散歩などを気分転換として、行っている。

 

これがまた楽しく、人類科学とロイド科学*1と自然が融合したこの街を移動しているだけでも大いに楽しめる。

 

(いや。帰ったら、課題曲の音源でも聴き込むか。)

8月には、合同歌唱発表がある。相棒であるゆかりがあれだけ歌えるんだ。俺も足を引っ張るだけじゃなくてあいつと一緒完璧に歌ってみたい。

 

―――と、そこで。

篠原は、教室の空気が妙に張り詰めていることに気づいた。

 

あかりが、弁当袋を握りしめて、こちらへ来るタイミングを窺っている。

 

きりたんは、文庫本を読むふりをしながら、チラチラとこちらを見ている。

 

葵は、綺麗に片付いた鞄を、なぜかもう一度整理し直している。

 

そして、ゆかりが、静かに席を立ち、俺のほうへ歩いてきた。

 

「篠原さん。よければ、今日、少しだけ練習を―――」

 

がしっ。

腕が思いっきり引っ張られる。反射的に横を向いたら茜が腕を引っ張っていた。

「―――ちょ!ちょ!」

「篠原ぁ!ちょーっと付き合いや!」

ゆかりが言い終わるより早く、俺の腕は茜に掴まれていた。

「ちょ、茜!―――鞄、鞄がまだ―――!!」

「はいはい!私が持っといたる!ほな、皆の衆、お先ー!」

教室を引きずり出される、その一瞬。振り返った視界の端に、笑顔のまま固まったゆかりと、「あーっ!」と声を上げるあかりと、「……はやっ」と呟くきりたんと何も言わず、じっと姉を見つめる、葵の目が、映った。

 

―――

 

―――

 

―――

 

「お、おい茜!いきなり何すんだよ!ってもう腕引っ張るなよ!」

腕を払う。

「なんやぁ~?女子に大胆に触られた事ないからって照れなくてもええんやでぇ?私はもっとくっつきたいしな!」

こ、こいつ!無意識でこういうこと言ってるのか?!俺じゃなかったらすぐ好きになってるぞ。

「女子に触られるぐらいで照れるわけないだろ!」

「はいはい。そういうことにしといてやるわ!それはそれとして篠原。顔赤くなってるで~」

「―――っな!」

ニヤけてる茜の顔を、一瞥したあと、腕を大きく払い、手に巻かれた茜の腕を完全に払い1歩前を歩く。

 

「まぁまぁそんな怒らなくてもええやろ?そーだ!この後ゲーセン行こうや!どうせ暇やろ~」

「暇って、お前なあ……」

数分後、結局俺たちは音羽市の商店街に入った。商店街は夕方の買い物客で非常に賑わっていた。総菜屋の店先には揚げたてコロッケの匂いが漂い、制服姿のロイドが数人列を作っていたり、たこ焼き屋の鉄板が鳴る音と食べ歩きしながら笑い喋り声が夕方の商店街に響いていた。

 

―――ボイスロイドは、人間と同じように食事を摂る。といっても、食わないと止まるわけじゃないらしい。ロイドの身体は食事とは別の仕組みでちゃんと動いていて、一食や二食抜いたところで、機能停止状態にはならない。

 

じゃあなぜ食べるのか?答えは単純、うまいからだ。ロイドの舌は人間と同じか、それ以上に精巧で、味も食感も、揚げたての熱さも、全部「本物」として感じ取れる。だから食べることは義務ではなく、ひとつの楽しみである。人間と同じものを食って、同じように「うまい」と笑う―――それが、あいつらなりの普通の暮らしってやつなんだろう。

「あ、コロッケや」

隣を歩いていた茜の足が、吸い寄せられるように総菜屋の前で止まった。

「なあ篠原、一個買って半分こせえへん?べ、別に嫌ならええんやけど。」

「ゲーセンはどうした」

「行く行く!でも……腹ごしらえは大事やろ?」

「はぁ……わかったわかった。」

そう、言った瞬間茜の表情が見る見るうちに明るくなっていった。その表情は年相応の女の子という感じで俺もどんどんと何故だか茜から目を離せなかった。

「じゃあ買ってくる!」

「ほら待て待て。はい110円」

「別にええんやで?私が言ったんやから、私が払うのに……」

「こういうのは男が出すんだよ。はい。じゃあ味は……茜が選んでくれ。落とすなよ。」

「……うん。ありがとう!―――茜ちゃんに任せてや!」

小銭を手渡し、茜はルンルンで総菜屋でコロッケを買いに行った。

 

(……可愛いやつだな。)

そんなことを思ったあと、ふと周りに目をやった。道行くロイドたちの視線が、ちくちくと俺に刺さっているのがわかった。人間が珍しいのは、いつものことだが、それでも視線を浴びるたび背中が少しだけ強張るのも慣れてきていた。

「ほら篠原!コロッケ買ってきたで!はい!半分こ!」

「あ、あぁ。」

半分にされた、コロッケを手に取る。ほんのりと湯気がたち、掴む力を強める事に肉汁が溢れ出てくる。とても食欲をそそった。

 

―――あむっ!

「あ、茜!」

茜が半分に割った俺のコロッケにかぶりついた。夕陽によって、溢れ出た肉汁が輝いている。

「―――お、おま!」

茜からコロッケが差し出された。

「別にいいやん!ほらほら~私のも食べてええで!」

茜はわざとらしくニヤついていた。

俺はと言うと、あまりの出来事に一瞬、放心状態になった。これを食べたら……

(か、間接キスになってしまう!)

どこかから「青春だね~」という声が聞こえた気がした。

 

―――あむっ。

美味かった。茜はそれを見て一際笑顔が輝いていた。

「私達……結構見られてるな。」

「あ、あぁ。」

「何照れてるんや。あ!コロッケ全然進んどらんやん。早く食べないと、冷めちゃうで?

何か、よく分からない圧を感じた。これを食べれば、間接キスになる。

(これも大人の階段ってことなのかな……)

―――コロッケを食べた。

「美味いよ……うん。美味い。」

「そうか。良かったな!」

この瞬間から、周りからの視点が、気にならなくなった。

 

―――ゲームセンターは、当たり前だが、電子音が鳴り響き大規模な光によって包まれていた。

 

「まずは景気づけや!」

茜が向かったのは、太鼓の〇人だった。いつぶりだろうか。小学生の時はゲーセンに来た時には毎度やってた気がする。茜がお金を入れ、バチを取った。

 

茜は慣れた手つきで、曲を選んだ。

 

千本桜。

かつて機械の歌姫と呼ばれたロイド、初音ミクの曲だ。

ボイスロイド黎明期。世界最初の第1世代人工発声知能搭載人造構造体(ボーカロイド)*2として誕生した彼女の誕生は、ボイスロイドによる「音楽革命」と人類自信が生み出した種族と共存する「第二次情報革命を」引き起こした、席巻者である。今では、彼女はとある日本人男性と結婚し、人間とロイドの結婚の象徴的な存在として、音楽業界を引退した。

 

茜は難易度鬼で挑戦しようとしていた。

「だ、大丈夫なのか?」

「へっちゃらやで!うちこう見えて結構練習してるし。」

 

―――曲が始まった

 

結果から言うと、圧巻だった。

両腕が残像になるほどの連打の一打一打が、寸分の狂いもなく判定の中心を撃ち抜いていく。画面上の判定は、最初から最後まで、ただの一度も「可」すら出なかった。全て「良」でフルコンボ。気づけば、周りに人だかりまでできていた。

 

「どやぁ!」

「……すごいな」

ロイドの身体能力と演算力。それをリズムゲームに全振りすると、こうなるらしい。

「ほな次!メインイベントや!」

意気揚々と茜が向かったのは、クレーンゲームだった。ガラスの中には、丸っこい白いクマのぬいぐるみ。

 

ご丁寧に、ちょこんと眼鏡をかけている。

「見ときや篠原。うちに任せとき!」

茜は、百円を投入し、真剣な顔でアームを操作し

 

―――むなしく、空を切った。

 

「……ん?」

二回目。アームが、クマの頭を撫でるだけ撫でて、帰っていった。

三回目。今度は、あさっての方向の空気を、渾身の力で掴んだ。

「―――この筐体、絶対イカサマや!!うちの演算が三回連続で外すわけないやろ!店員!店員呼ぶでー!!」

「落ち着けって。こんなところで大声出すなよ」

騒ぐ茜を押しのけて、俺は百円を入れた。

「貸してみろ。……ほら、お前がさっき動かしたおかげで、端に寄ってる」

アームを合わせ、落とす。ころん、と。眼鏡のクマが、取り出し口に転がり落ちた。

「「…………」」

「…………篠原、あんた」

「い、いや、これはお前が三回動かしたから―――」

「―――やるやん!!」

 

茜は、目を輝かせて、クマを取り出し口から救出した。両腕で、ぎゅうっと抱きしめる。

 

「はい、茜。それ、やるよ」

「え、ええんか」

「元はと言えば、お前が狙ってたやつだろ」

「……ふ、ふーん。」

茜はおもむろに顔を赤らめていた

「ほ、ほな、もろたるわ!」

茜は、そっぽを向きながら、クマを抱く腕に、さらに力を込めた。

「眼鏡……なんか、篠原みたいやな、こいつ。よし、シノグマと名付けたる」

 

「俺要素、眼鏡だけかよ」

 

その後、茜に引きずり込まれたプリクラ機の中は、想像の三倍、狭かった。

(……高。昔は400円もあれば撮れたぞ……)

そんなことを思ってた時、茜と肩が接触した。

「―――ちかっ、近いって茜」

「プリクラはこういうもんや!ほら、笑い!」

 

―――カシャ。

 

出てきた写真の中の俺たちは、目が異様に大きく加工されていた。

 

「あっはっは!なんやこの目ぇ!うち、完全にバグっとるやん!」

「お前がやったんだろ~。」

茜は、タッチペンを残像が出る速さで走らせ、落書きを済ませると、シートを半分に切って、片方を俺に押しつけた。

「―――ほれ、記念や」

「お、おう」

受け取って、スマホケースの後ろに挟む。

―――その一部始終を、茜が、やけにじっと見ていたことには、気づかなかった。

 

外に出ると、空は茜色に染まり始めていた。

商店街のたこ焼き屋台の前で、茜が足を止める。

 

「〆はこれや。おっちゃん、一舟!」

熱々のたこ焼きを、二人でつつく。

「ほれ篠原、あーん」

「じ、自分で食える―――あっつ!!」

「あっはっは!せやから、ふーふーせえって言うたのに!」

けらけらと笑いながら、茜は水のボトルを差し出してくる。

……悔しいが、うまい。外はかりっと、中はとろとろだった。

 

―――

 

―――

 

―――

 

「ほな、次はうちともカラオケ行こうや!篠原の歌、聴かせてもらうで!」

 

「え。いや、俺は、その……普通だし」

「なんやなんや、もったいぶって〜。……ま、ええわ。今度な。約束や」

 

にっと笑って、茜は最後のたこ焼きを、ひょいと口に放り込んだ。

帰り道。夕陽が、川面をきらきらと照らしていた。

 

茜は、シノグマを抱えたまま、鼻歌まじりに歩いている。俺のあげた、エビフライが鞄で揺れている。その横顔を見ていたら、なんだか、ふっと言葉がこぼれた。

 

「……今日、めちゃくちゃ楽しかったな。茜といると、ほんと、退屈しないよ」

茜の足が、ぴたりと、止まった。

「……茜?」

「…………な、なんや急に!」

振り向いた顔が、夕陽のせいだけじゃなく、赤くなっていた。

「あ、当たり前やろ!うちと一緒におって退屈なわけないやん!……も、もう行くで!」

早足で先を行く背中を、俺は笑いながら追いかけた。

アパートの前まで送ってもらい―――手を振り合う。

「ほな、また明日な!」

「おう。今日はサンキューな」

「ふふん。礼はええよ。―――これからずっと、うちが楽しませたるから。覚悟しときや!」

茜は、シノグマを抱えたまま、夕闇に駆けていった。

 

―――

 

―――

 

―――

 

家のドアを開けると、玄関に、葵が立っていた。腕を組んで。

 

「……おかえり、お姉ちゃん」

「た、ただいま〜。……なんや、怖い顔して」

「別に。―――今日、篠原くんと……どうやった?」

「どうって……別に普通やわ!」

「普通……ねぇ」

 

葵の指が、シノグマを差した。茜が、慌ててクマを背中に隠す。

「……ふうん。相当楽しかったんやね。ご飯、温めなおすから、手ぇ洗ってき」

それだけ言って、葵は、すたすたとキッチンへ戻っていった。

 

茜は、ベッドの上で、シノグマを抱えたまま、天井を見上げていた。

スマホケースに挟まれた、あのプリクラ。「また明日」の約束とカラオケの口約束。そして―――想定外の、あの一言。

今日の記録を、もう一周だけ、再生する。

 

「……攻略対象、やのになあ」

ぽつりと、こぼれた声は、自分でも驚くくらい、甘く、蕩けていた。

 

落とすつもりが、この調子やと先に落ちるんは、うちのほうかもしれん。

 

「…………知らんけど!」

茜は、シノグマをぎゅうと抱きしめて、ごろんと寝返りを打った。エビフライのアクセサリーが、机の上で、月明かりに小さく光っていた。

*1
20■■年に登場した自律型ボイスロイドが確立した科学技術のこと。例でいえば核融合炉や軌道循環大型航空機等々。ロイドの登場により地球科学力は指数関数的に上昇していっている。

*2
この世界ではボイスロイドとボーカロイドはとても近い近縁種的なもの、教科書や条約などでは同じものとされている。第1世代から第三世代をボーカロイド。それ以降をボイスロイドという

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