虚飾の権能を持ってTS転生した上で英霊として召喚されましたが、マスターが可愛いので満足です 作:プラチナムウィッチ
倒れていたのは、ランサーの槍によって心臓を穿たれた男子生徒。このままでは助からないだろう。このままではというか、既に死んでしまっている可能性も高い。
「ランサーを追って。こんなの、せめてマスターの顔ぐらい把握しないと割に合わない」
何かを押し殺したように凛は言った。
一般人を聖杯戦争に巻き込んでしまったのだ。その罪悪感は理解出来る。
「ですが……」
「いいから追って!」
「落ち着いてください。今はランサーを追うよりも……」
「ッ! つべこべ言わずにランサーを追いなさいッ!」
令呪が赤く光った。
身体が何か見えない力に強制的に動かされるような感覚に、思わず凛に背を向けそうになるが、その前に虚飾の権能によって無効化する。
「落ち着いて」
「アンタ、なんで……!?」
背後から首に両腕を回す形で抱きしめたかったが、身長の関係で難しかったので、背後から両腕ごと抱きしめる形で、腕を回す。そして、凛の肩に頬を乗せるようにして、つぶやくように語りかけた。
凛の視線が手の甲へ。令呪は3画分、しっかりとそこにあった。
「うそ、使ったはずなのに……!」
「『それは勘違い』ですよ。そんな事よりも」
意識を男子生徒へ向ける。
実は他人に権能を使うのは、これが初めてではあるが。
「見てください。『あの男子生徒が刺されたのも見間違え』ではありませんか」
「え……まさか」
大丈夫だろうとは思いつつも、ちゃんと成功してくれてひと安心。
床に広がっていた血も、制服に開いた穴も、何より心臓を貫かれた傷も、すべてがなかった事になった。
「今は気を失っているだけでしょう。すぐに目を覚ますはずです」
「まさか、本当に……? 自分以外にも、こんな……」
そんな風に、男子生徒の身体を確認しようとする凛がつぶやく。
そういえば、壊れた部屋という無機物に対して権能を使った事はあったが、他人に対して使えるという事を実演はもとより説明もしていなかった。
「言っていませんでしたね。私以外にもこの権能は使う事が出来るのです。ですから、あなたが怪我を負っても、それが仮に致命傷でも、今のように元通りにする事が出来ます。なので、私のそばから離れないでくださいね?」
俺の説明を聞きながら、凛はその生徒の顔を確認した。
「……衛宮くん」
「おや、お知り合いですか?」
「別に、ただ顔を知ってるだけ。見られる前に帰るわよ」
「ええ。了解しました」
その生徒が無事である事を確認し、凛は背を向けて歩き出した。
ついていくように凛の後ろを歩いたが、こんな夜の学校で二人が前後に並んで歩くのも、と思ったので、途中から隣に並ぶようにして歩いた。
そして、学校の敷地を出て少し。
「ねえ」
「はい?」
「疲れたから、家まで運んで」
「ええ、構いませんよ」
凛が急に甘えてきた。戦いっぷりや、あの生徒を治した事から信頼してくれたのだろうか。
屋上からグラウンドに降りた時のように、お姫様だっこの形で抱き上げる。さっきの事で自信がついたので、多少大きな動きをしても大丈夫だ。人の気配もないので、勢いをつけて跳び上がる。
「貴方は、どうしてわたしに従ってくれるの?」
勢いをつけて帰る途中、凛がそんな事を言い出した。
「どういう意味でしょう? サーヴァントがマスターに従うのは当然なのではありませんか?」
一応マスターとサーヴァントという関係なのだから、俺が凛に従っているのに何の不思議もないはずだ。
「そうじゃなくて……だって、サーヴァントがマスターに従うのは令呪っていう絶対命令権があるからでしょう? 貴方は、さっき令呪を無効化したじゃない。令呪の縛りがないなら、従う理由も……」
「なるほど、そんな事を考えていたのですか」
確かに、サーヴァントがマスターに従う理由の1つとして令呪があるが、凛は勘違いをしている。
サーヴァントとマスターの関係が険悪なら、令呪という枷によって無理やり言う事を聞かせるという状況にもなるかもしれない。だが、俺と凛の関係はそうではない。
急にしおらしくなったと思ったら、そんな事を考えていたとは。これがギャップ萌えというやつだろうか。いつもよりも可愛く見える。
「そのような悲しい事を言わないでください。私たちの間には、令呪などではない、心で繋がった絆があるではありませんか。共にある理由など、それだけで十分ではありませんか? それとも、そう思っていたのは私だけなのでしょうか」
「絆って……まだわたしたちは顔を合わせて数日なのに。どうしてそこまで」
「時間など、関係ないはずです。私には多少の一目惚れが入っている事は否定しませんが」
召喚してきたマスターが嫌な人間だったら、さっさと契約そのものをなかった事にして観光にでも行っていたかもしれないというのも否定しない。ただ、凛は嫌な人間ではないし、むしろ好みの人間だ。
「ああ、もしや、急に甘えるような行動をしたのは、私を試すためでしょうか。信頼していただいたからだと思っていたのですが……」
「それは、悪かったわよ…………さっきも、貴方の意見も聞かないで無理やり従えさせようとして、ごめんなさい」
「気にしないでください。これからも、思う存分に命令してくれて構いませんよ。甘えてくれるのも、大歓迎です」
学校から家まで、サーヴァントの足ならほとんど時間も掛からない。こうして話している内に、あっという間に戻ってきた。
「さあ、戻りましょう。私たちの愛の巣へ」
「変な言い方しないでくれる?」
「調子が戻ったようで何よりです」
「ええ、そうね。これからもよろしく頼むわ、プリテンダー」
「そうですね。その前に私の方から一つ。先ほどの事を悪いと思っているなら、せめて二人きりの時、家の中くらいは他人行儀にクラスで呼ぶのではなく、パンドラと、そう呼んではくれませんか?」
元の調子に戻ったのは何よりだ。気まずい感じで過ごすのは嫌なので。
それはそれとして、だ。プリテンダー、プリテンダーと聖杯戦争でのサーヴァントはクラスで呼ばれるのが一般的とはいっても、こっちからすると○○部、○○部と所属している部活で呼ばれているような気分になる。外では正体を知られないためという理由があるので仕方ないが、他に誰もいないならべつに名前を呼んでも良いはずだ。
元々別の名前があったが、今となってはパンドラと呼ばれる方が違和感もない。
「分かったわ、パンドラ。これでいい?」
「ええ。それともう一つ、学校でも共に昼食を摂りたいです」
「はいはい、分かったわよ」
そうして共に家に入り、それから遅めの夕食を摂るための準備を始めた。
◆
共にキッチンに立つのも絆を深めるための行動の一環という事だと説明して、凛の隣で玉ねぎの皮を剥く。今日はカレーという事にした。
「包丁を貸してくれませんか? 玉ねぎを切りますので」
「はい、包丁」
「目に沁みるといけませんので、少し離れていてください」
「大げさねぇ…………って、持ち方! 指切りたいの!?」
「……実は、料理というものをほとんどした事がなくて」
「もう……。いい? 包丁はこうで、押える方の手はこう。まずは半分に切って芯を……」
そうしてハプニングはあったものの、具材やルーを鍋で煮込み、これで完成となり、ひと息ついた頃。
「あ──!!」
突然、凛が叫んだ。
「どうしましたか?」
「ランサーのマスターが、目撃者がまだ生きてるって知ったら!」
何かと思えば、学校で助けた男子生徒の事だった。
「口封じに走ると、そう思うのですか?」
「その通りよ」
「ランサーのマスターらしき人影は見えませんでしたが、顔も分からない彼をわざわざ探す事など出来るのでしょうか」
「マスターは見てなくてもランサーは見てる。自分で動かなくても、ランサーに命じればそれで済む話だわ」
「なるほど、確かにその通りですね」
そのランサーも、恐らくは既に帰っていたので、彼が助かった事を知っているかどうかも分からないが、再び口封じをされる可能性がないとは言い切れない。
「では、どうしましょう」
「行くわよ」
「それは、一体どこに?」
「衛宮くんの家に決まっているでしょ?」
「ただ顔を知っているだけだというのに、家の場所を知っているのですか?」
「い、いいでしょ、それは!」
「気になるところではありますが……ひとまずは向かうとしましょう。私も、無用な犠牲は好むところではありません」
◆
凛をお姫様だっこの形で抱えて、走りとジャンプの組み合わせ技のような移動にも慣れてきた頃。
「あそこよ!」
「なかなか立派な屋敷にお住まいなのですね」
「そうね、けど今は!」
「ええ。サーヴァントの気配がありますね」
洋館といった風貌の凛の家とは別のベクトルの和風な屋敷。緊急時でなければじっくり眺めたいところではあるが、今は近くにサーヴァントの気配がある。
塀を飛び越え、敷地内に踏み込む。
着地と同時に凛が腕の中から飛び出した。近くにサーヴァントがいるこの状況で、自分のサーヴァントよりも前に出る度胸は褒められたものだが、サーヴァントが俺でなければかなり危険な事でもある。
見れば、縁側ガラスが派手に破られている。既に始まっていると見て良いだろう。
「衛宮くん!」
凛が玄関の引き戸を勢いよく開けた。
やっぱり、ただ顔を知っているというのは嘘なのでは。面白くない。大変に面白くないが、だからと言って助けない訳にはいかない。
「どうやら、標的をこちらに変えたようですね」
「え?」
凛が開けた引き戸の奥から、サーヴァントの気配が近付いてきた。
凛の腕を掴んで引き、下がらせる。入れ替わるように前に立つと、サーヴァントの気配の主、鎧とドレスをかけ合わせたようなバトルドレスを身に纏った金髪の美少女が飛び出してきた。
「ランサーではありませんね」
ランサーが標的をこっちに変えたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
元々召喚されていたサーヴァントか、あるいは新たに召喚されたサーヴァントか。昼ならともかく、夜の学校にサーヴァントを連れずに一人でいるというのも考えにくいので、学校から帰ってからランサーの襲撃があったまでの間に召喚したと考えるのが妥当だろうか。
となれば、セイバーかアーチャー。しかし、剣も弓も手にしているようには見えなかった。
「なっ!?」
肩から斜めにバッサリと一本の傷ができ、血が噴き出す。
驚いている凛を横目に分析してみると、どうやら鋭利な刃物で斬られたのだと分かる。見たところ手刀ではなく、見えない何かを握って振りかぶったような動作をしていたので、恐らく透明な剣でも持っているのだろう。
という事はセイバーだろうか。
「ランサーではない別のサーヴァント……何者だ」
斬られた勢いでそのまま後に倒れる。地面に大の字になって仰向けになった形だ。そして、推定セイバーの姿を改めて視界に収める。
何という髪型なのかは知らないが、頭の後ろで髪を纏めて丸めた? ような髪型の、金髪碧眼美少女。ちょこんと一本出ているアホ毛が微笑ましい。
可愛い。好みである。
「物騒なものはしまって、お茶でもしながら話しませんか?」
背後から、耳元に口を寄せて囁く。
「な──ッ!?」
権能によって斬られた事実をなかった事にした。
振り向きざまの一撃をまともに受けて胴体が上と下にさようならするが、さらにその背後に回ってみる。
「あなたを害するつもりはないのです」
しかし、やはりと言うべきか、セイバーは止まってくれなかった。
結局、凛が衛宮くんと呼んだマスターが来るまで睨み合いという名の膠着状態が続いた。