【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地   作:◆琳音◆

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03. 蜂蜜酒のような夜

 グリフィンドール寮に案内された時には、もう就寝時間も迫っていた。今年度のグリフィンドール一年生は全部で九名。そのうち、女子はナーサを入れて五名で、女子寮の部屋も同室だった。

 トランクはすでに運び込まれ、それぞれの天蓋付きベッドの横に置かれていた。誰かのケージからガタガタと騒がしい音が響いている。

 

「わぁ、素敵! 雰囲気あるー」

 

 ナーサの隣りのベッドにダイブした少女が、にこりと笑いかけてきた。栗色のボブヘアーに、水面のように輝く目が溌剌とした印象だ。

 彼女はむくりと起き上がると、パンパンと手を叩いた。

 

「ねえ、まずは皆で自己紹介しよ。折角同じ部屋になったわけだし。ね?」

「今さら? さっき、大広間でもたっぷりと話したでしょ」

 

 きっちりとした三つ編みに眼鏡をかけた子が軽く肩をすくめる。他の二人も顔を見合わせて頷いた。

 自分以外はもうすっかり打ち解け合っている──ナーサは顔が熱くなるのを感じたが、言い出しっぺの少女は気にせず続けた。

 

「いいじゃん、改めて! 名前と顔を覚えるの苦手なんだもん。協力してよ。

 じゃ、私から──ジャニス・フェアチャイルド。お父さんが日刊予言者新聞で働いてて、私もジャーナリスト志望なんだ」

 

 彼女はパチンとウインクして見せた。ジャーナリスト志望なら、きっと記憶力には自信があるはずだ。ナーサはふっと肩の力が緩むのを感じた。

 三つ編みの子がナーサをチラリと見て、静かに名乗った。

 

「アリッサ・バーンスタイン。父はウィゼンガモットの書記官、母は忘却術師……それで、この子はメルクリウス」

 

 トランクの上のケージがガタガタ揺れて、今にも転がり落ちそうだ。カゴをゴツンと叩いて、アリッサは思いっきり顔をしかめた。

 

「こら、メルク! いい加減にしないとローストチキンにしちゃうからね!」

 

 中で暴れているのは、てっきり活きのいいネズミかと思った。けれど顔を近づけると、元気いっぱいのフクロウだった。つぶらな黒い瞳や、茶色のほわほわの羽がぬいぐるみのように愛らしいのに、柵へ体当たりを繰り返してる。

 ナーサは思わず歓声を上げた。

 

「わあ……可愛い!」

「いいなあ、フクロウのペットなんて。うちはペット厳禁だもん」

 

 隣りで別な子がしゃがみ込んだ。ふっくらとした頬にえくぼが浮かんでいる。

 

「メイジー・パディフットだよ。実家はダイアゴン横丁にある『パディフットの幸せ菓子工房』。手作りドーナツが大人気なの」

「ドー……ナツ?」

 

 沈黙が落ちた次の瞬間、ジャニスが「ウッソでしょ!」と叫んで大げさに頭を抱えた。

 

「まさかドーナツを知らないっ? 朝食におやつ、デザートにでもイケる万能な食べ物を! 主食だよ、主食! 身体の八割以上ドーナツで構成されているんだけど!」

 

 その一言で、部屋中がどっと笑いに包まれた。

 ナーサは顔を真っ赤にして、メイジーに「ごめんなさい」と口ごもった。メイジーは涙を拭いながら、にっこりと笑っていた。

 

「いいのいいの。今度家からどっさり送ってもらうね。ドーナツデビューしようよ!」

 

 アリッサまで小さく笑みをこぼし、ナーサもつられて笑ってしまった。

 ベッドに腰掛けたまま雑誌を読んでいた少女が、そっと顔を上げた。

 

「私はグレイス・ハリントン。父は美容師で、母は魔法省の魔法運輸部勤務。将来の夢はネイリスト」

 

 キラキラと光るまぶたに、緩やかに巻いた黒髪。妙に大人びている子だった。その顔を見て、ナーサはハッと気づいた。

 

「あなた、さっきアンブリッジに?」

「そう。あの校長イカれてるよね。ファッションセンスも最っ悪!」

 

 ブツブツと言っていたが、急に頬を赤らめた。

 

「……でも、すごく格好よかった。あの人」

 

 クッションを抱きしめた顔は、ついさっき悪態をついた少女とは別人だ。うっとり顔のグレイスに、アリッサは冷ややかな目を向ける。

 

「あの人、スリザリンだよ?」

「どうだっていいよ、そんなの。ピンチを助けてくれた王子だよ! どうしよう、運命の人かも……!」

 

 グレイスはますます力を込める。クッションは哀れにもぺったんこになってしまっていた。

 アリッサは呆れたように吐息を吐いた。

 

「グレイスったら。ホグワーツ特急でもそんなこと言ってなかった?」

「あははっ! まあ、いいじゃん。運命がいくつあってもさ!」

 

 ジャニスがケラケラ笑うと、グレイスが彼女にクッションを投げつけた。ナーサは一瞬ドキッとしたが、一層笑いは高まった。

 メイジーはポンッと手を叩いた。

 

「そう言えば、スリザリンの七年生にも、すごいハンサムがいたよ!」

「それ、分かる! 金髪碧眼の紳士じゃないっ?」

「スリザリンって実はイケメン率高くない?」

 

 キャーキャー盛り上がる彼女達を、ナーサはぼんやりと見つめた。

 

(これが、女の子同士の会話)

 

 家庭教師から教わった社交界の会話術とは全く別物だ。祖父がこの場にいたら、低俗な会話だと眉をひそめられたに違いない。

 けれど、この中の一員になって話せたら、どんなに楽しいだろう?

 

(いつか、あたしも誰かのことを、こうやって話せるようになるのかな……)

 

 ジャニスはコホンッと咳払いをして、ナーサに視線を向けた。

 

「ほら、次はあなたの番」

「……あ、あたし?」

 

 ルームメイト達の視線が一斉に集まった。ナーサの胸に微かな不安と期待が渦巻いた。

 

「はじめまして。ナルシッサ・マルフォイ。家族からはナーサと呼ばれています。以後よろしくお見知りおきを」

 

 失敗した──理由は分からなかったが、それだけはハッキリと分かった。凍りついた空気の中、ジャニスは一呼吸遅れて拍手してみせた。

 

「さっすが、お嬢さま! でもさ、私達はこれから同じ部屋で暮らす仲間だよ? もっと気楽に話して」

「ご……ごめんなさい。おじいさまから、初対面での挨拶は失礼にならないよう、気をつけなさいって言われて」

 

 ナーサはしどろもどろに言った。こんなはずじゃなかった。なんで皆みたいにうまく話せないんだろう……。

 アリッサは落ち着きなく眼鏡のフレームをいじりながら、やがて意を決したように口を開いた。

 

「あなたの、おじいさまって、あの……有名なルシウス・マルフォイだよね」

「え、ええ……」

「なのに、どうしてスリザリンじゃ……」

 

 そこでアリッサは言葉を切った。気まずそうに視線を泳がせ、唇を噛んでうつむいてしまう。

 ナーサは何か言いたかった。けれど、喉が詰まったように何も言えない。

 

「組分け帽子がここが相応しいと思ったからだよ。ねっ」

 

 すかさず、ジャニスがナーサの肩を叩きながら明るく言った。すると、メイジーも「そうそう」と頷いた。

 

「私も! 両親や兄がハッフルパフだったのに、グリフィンドールになっちゃった。家族と違う寮になるなんて、よくあるんじゃない?」

「私なんか、あの人と同じスリザリンがよかったのに、かぶった瞬間『グリフィンドール!』……ちょっとくらい考えてよって感じ!」

「下心読まれちゃってるよ、それ!」

 

 グレイスの文句に、すかさずジャニスがツッコミを入れた。その場の空気が弾けて、皆がどっと笑った。

 ナーサも気づけばルームメイトの輪の中で、声を上げて笑っていた。

 はしたない──祖父の声も、ここでは聞こえない。初めての同年代の女子達との語らいは、まるで初めて口にした蜂蜜酒のようだった。甘やかで喉の奥が熱くなるのに、もっと飲みたくなる。そんな不思議な心地よさ。

 そのはしゃぎ声は廊下にも漏れていたらしく、やがて見回りの監督生に叱られて、お開きとなった。

 

 ベッドの周りのカーテンを閉めると、ようやく自分一人の世界に戻る。マグルの駅から始まって、ホグワーツ特急や組分けの儀式、寮での語らい──色々あった一日だった。

 母にもらったネックレスを外して、そっと眺めてみる。母の危機を知らせる宝石は、暗い室内に溶け込むように静かだった。

 

(……今頃、ママもこうしてネックレスを見てるかな)

 

 誰かの寝息が聞こえてくる。横になったまま、ナーサは天蓋の中心を見つめた。身体は疲れているはずなのに、胸の高鳴りが続いていて、眠気はなかなかやってこなかった。

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