【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地   作:◆琳音◆

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04. マルフォイの名に恥じぬよう

 翌朝ルームメイト達と朝食に向かうと、大広間はもう大勢の生徒で賑わっていた。

 安っぽい金属の食器が立てる音に、椅子を引いたりテーブルにぶつかる音。それに皆が好き勝手に口を開いて、自由に会話している。笑い声や、ちょっとした諍いの声が壁や天井に反響して、耳の奥まで突き刺さるようだった。

 

 祖父の屋敷では銀の皿に盛りつけた料理を、給仕が一人ひとりに静かに運んできた。ところが、ホグワーツでは大皿に盛りつけられた料理を各自が取る形式らしい。

 昨夜はパンを一つ皿に載せるのがやっとだった。今朝はうまくできるだろうか──ナーサはドキドキしながら、小さく鳴るお腹をひと撫でした。

 

「やあ、おはよう」

 

 入り口の近くにいた男の先生が近づいてきた。グリフィンドールの寮監、ロングボトム先生だ。

 

「おはようございます、ロングボトム先生」

 

 口々に挨拶すると、穏やかに笑う。

 間近で見るロングボトム先生は若いようにも見えるが、年齢がよく分からない。少し黄ばんだ金髪は乱雑に撫でつけただけで、手入れとは無縁だ。頬にはいくつもの浅い傷跡が光に透けて浮いている。ただ優しいだけでなく、内には強さも兼ね備えているように見えた。

 

「昨夜はまとめての挨拶になってしまったからね。これからよろしく。

 今日の一限目は早速私の薬草学だ。一号温室の場所は分かるかい? よかったら校内の案内がてら、皆で一緒に行こうと思ってね。どうかな?」

「いいんですか? やった!」

「是非お願いします、先生」

 

 ハキハキと答えるジャニスに続いて、皆でお礼を言った。ロングボトム先生は眉尻の下がった優しげな目を、静かにナーサに移した。

 

「君が、ナーサ・マルフォイか。ドラコにそっくりだ」

 

 心臓が大きく跳ね上がった。ドラコ──遠い昔、抱き上げてくれた、優しい手の父。記憶の砂に埋もれかけていた大切な思い出が、ロングボトム先生の言葉で緩やかに掘り起こされたようだった。

 

「パパ……いえ、父を、ご存知なんですか?」

 

 期待に声が震えてしまう。祖父も、母もほとんど語らない父のことを知ることができるかもしれない。それも、自分と同じホグワーツ在学時代を。

 ロングボトム先生は頷いた。

 

「ああ。私はドラコと同期なんだ。寮は違ったけれど」

 

 そう言って、少し懐かしそうに微笑んだ。胸の奥から急激に込み上げる想いが、言葉を詰まらせてしまう。先生はそんな気持ちを見透かすように続けた。

 

「今度、少し話そうか。君の知りたがる話ができるかもしれない」

「……はいっ!」

 

 ロングボトム先生はそう言うと、遅れてきた男子達の方へ行ってしまった。

 

「ナーサのお父さん、ロングボトム先生と友達だったのかな。ねえ、お父さんって何して──」

 

 大きな口を開けてトーストにかぶりついたメイジーが、アリッサに肘でつつかれてむせる。慌てて牛乳を飲み干したその鼻に白い泡がついた。ナーサは少し笑いながらハンカチを差しだす。

 

「あたしが六歳の時に亡くなったの。だから、ほとんど何も覚えていなくて」

「そう、だったの……ごめんね」

「ううん、気にしないで。ママとおじいさまがいるから寂しくなかったもの」

 

 ナーサは身を乗りだし、少し離れたカボチャジュースに手を伸ばした。けれど、ピッチャーは見かけよりも大分重たく、指先を離れて盛大に横倒しになってしまった。カボチャの鮮やかなオレンジ色がテーブルに広がり、ボタボタと音を立てて床に落ちる。

 

「ちょっとー……もう、最悪!」

「ご、ごめんなさいっ……!」

 

 近くにいた上級生の女子達が舌打ちしながら離れていく。

 また、やってしまった。真っ赤になったナーサに「ドンマイ」と声をかけると、ジャニスがひとっ走り監督生を呼んできてくれた。

 

「あーあ……また派手にやらかしたな──エバネスコ」

 

 金色の坊主頭をかきながら、いかつい監督生が杖を振る。息を呑んで見つめていると、水浸しになったテーブルや床から液体が消えた。

 「わぁ」と声を上げると、人のよさそうな顔がはにかんだ。

 

「君が、噂のマルフォイか」

「……はい」

 

 早速迷惑をかけたんだ。きっと叱られてしまう──小さくなってうなだれると、彼は手を振って打ち消す。

 

「違う違う! 責めてるんじゃない。俺も入学したての頃は失敗ばかりしたんだ。でも、最初は勝手が分からないんだ。当然だろ? 一ヶ月もすれば慣れるさ。頑張れよ」

「……はい! ありがとうございます」

 

 思いがけないエールにナーサが口元を綻ばせると、彼は少し驚いたように見えた。けれど、すぐに白い歯を見せると、手を振って席に戻っていった。

 

「グリフィンドールにも紳士ありだね! 今の人、グリフィンドールのクィディッチ選手だよ。確か……そうそう、イアン・マクドゥガルだ」

 

 ジャニスが手帳をめくりながら言った。チラリと覗くと、中にはみっちりと小さな字が埋め尽くされている。昨夜だけでも相当情報収集していたらしい。

 グレイスはイアンの後ろ姿が見えなくなってから、満足しきったように頬を緩めた。

 

「怖そうだったけど、笑顔がすっごくキュート……」

「いやいや、昨日からどれだけときめいてるのさ。節操ないなあ」

「いいじゃない。だって、私達これから大いに恋愛しなきゃならないんだから。何処にでもアンテナ張っておかなきゃ!」

 

 グレイス、メイジー、ジャニスの三人でまた盛りあがっている中、アリッサは静かにスープを飲んでいた。

 

 改めてテーブルの上を見渡した。大皿の料理は乱雑に取られ、盛りつけが崩れていた。たくさんの生徒が手を伸ばしたのだと思うと、食欲が削がれてしまう。けれど、何も口に入れないわけにはいかない。

 渋々とベーコンサンドイッチを小皿に載せて、おそるおそる口に運んでみた。香ばしい脂がのった肉汁が、じわりと口内に広がる。ナーサはもう一口かぶりついてみた。祖父の家の食事とは違う素朴な味だったが、素材そのものを活かした料理は思いのほか、おいしかった。

 それに大皿の仕組み──中身が空になると、すぐに同じ料理が皿の底から湧いてくることに気がついた。

 

(ずっと料理が補充され続ける魔法がかかってるとか? じゃ、もし、空になったタイミングで──)

 

 最後のサンドイッチをそろりと小皿に載せてから、大皿に使っていないナイフとフォークをそろえて置いてみた。しばらくじっと見つめて、食事の補充が止まったことを確認する。

 

「テーブルマナーも守れるなんて、すごい魔法……」

 

 思わず漏れた呟きに、アリッサは小さく吹き出した。目が合うと、渋々といったように口を開く。

 

「これ、大皿にかけられた魔法じゃないの。屋敷しもべ妖精がやってるんだよ。知らないの?」

「屋敷しもべ妖精……?」

 

 ナーサがオウム返しすると、アリッサは眼鏡から飛び出しそうなほど目を見開いた。

 

「だって、あなたの家にもいるでしょ? 由緒正しい広い家には屋敷しもべ妖精が棲みつくって聞いたことあるよ」

「多分、そんなのいない……と思うけど」

 

 答えながら、何処か引っかかるものを感じた。

 奇妙な小人の影が脳裏に浮かんだ。悪い子、悪い子──甲高い声が、繰り返し言っていた。ナーサはズキリと傷む頭を押さえた。

 聞いたことがないのに、屋敷しもべ妖精という響きを知っている気がするのは何故だろう?

 

 にわかに頭上が騒がしくなった。見ればフクロウの大群が大広間に押し寄せていた。

 

「フクロウ便だ!」

 

 宛先をさがしてグルグル旋回するフクロウが、ボトボトと荷物を落としていく。受け取り損ねて、頭にぶつけて悲鳴を上げる子もいた。すると、ナーサの目の前にも白い手紙が降ってきた。

 ナーサは唾を呑み込んで、おそるおそる差出人を確認する──祖父だ。組み分けを行ったのは昨夜遅くなのに、こんなにも早く手紙がくるなんて。急に大広間のざわめきが遠のいた気がした。

 厚みのある封蝋にはマルフォイの家紋が描かれている。息をひそめて軽く親指を押し当てると、淡い緑色の光を放ち、空気に溶けるように蝋が消えた。

 開封確認の魔法──今、この瞬間にも自分のすぐ側に祖父が立っているような気配を感じ、ナーサは落ち着かなかった。

 

 

我が孫、ナーサへ

 

 入学、誠におめでとう。

 お前は幼い頃より聡明で、我が家に相応しい気品を備えていた。日々たゆまぬ努力を続けたお前を、私は誇りに思っている。

 しかしながら、組み分けの結果には驚かされた。無論お前に非はないが、我が家の家訓とは相容れぬ寮だとは……。

 

 人は交友関係で評されるが、香り豊かな果実には得てして害なす虫がつくものだ。お前の未来に不都合をもたらす者が近づかぬか、祖父として案じている。

 友人は慎重に選べ。お前に相応しい相手がいなければ、寮の外に目を向けることも肝要だ。

 

 賢いお前なら、どんな土地でも立派に花を咲かせる器量があると信じている。

 マルフォイの名に恥じぬよう、学業と振る舞いに励むように。

 

お前を思う祖父、ルシウスより

 

 

 一字一句に至るまで美しく整った筆跡は、まるで祖父自身の冷たい眼差しのようだった。けれど、スリザリンではなくとも祖父は見放していない。叱責も覚悟していたが、賛辞の言葉まで添えてくれている。ナーサは僅かに胸を撫で下ろした。

 けれど、交友関係への言及には不安を覚えた。まるで昨夜の出来事を見透かすような言葉だった。

 ルームメイト達との関わりを、祖父が諸手を挙げて賛成することはない。

 

「ん? 家からの手紙なんじゃないの? どうした?」

 

 便箋をきっちりと畳んで封筒に戻すと、新聞を片手にジャニスが声をかけてきた。

 

「……ううん、なんでもない」

 

 ナーサは祖父の手紙を後ろ手に隠した。ジャニスがニヤリと笑った。

 

「はっは〜ん。さては怒られたんだな? 何でグリフィンドールなんかに選ばれたんだって」

「どうして分かったのっ?」

「だって、思いっきり顔に書いてるじゃん」

 

 そんな魔法があるのかと、ナーサはパッと顔に手を当てた。ジャニスはブハッと盛大に吹き出し、腹を抱えて笑いだした。

 

「ま、もう決まっちゃったもんは仕方ない。とりあえずは、やるべきことをやる! さ、ロングボトム先生と一緒に温室に行こうよ!」

 

 差しだされた手は驚くほど熱く、ナーサを強く引いていく。けれど、それはジャニスがたまたま隣りにいた子の手を引いたにすぎない。友達なわけじゃない……。

 友人は慎重に選べ──祖父の言葉を思いだし、ナーサは無理やりそう言い聞かせた。

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