イースター休暇中、リラルドとは大広間の食事で何度か会った。けれど、初日以外は食事を共にすることもなく、側に来ることもなかった。そして、気づけば目を合わせてくれることもなくなっていた。
ヤックスリー兄弟の仲違いは自分のせいだ。そう思って距離を取ってきたはずなのに、ついに嫌われたのではないかという思いが頭をよぎる。冷たい風にさらされて古傷を思い出すように、忘れかけていた痛みが胸に広がっていった。
イースター休暇も後半に差し掛かったある夜のこと。
図書館に向かう廊下の角を曲がった途端、ナーサは小さな悲鳴を上げた。濡れたシーツに思いきり突っ込んだような、ひやりとした冷たさが全身を包んだのだ。
真珠色の人型が振り返り、「おや」とおどけた声が降ってくる。
「こんばんは、ミス・マルフォイ。どうやら驚かせてしまったようですね」
それは『ほとんど首なしニック』だった。その横には、彼と同じく、真珠色のほのかな光に包まれた女性のゴーストが佇んでいる。
仰け反った拍子に尻もちをついたナーサは慌てて立ち上がり、ローブの裾を払った。
「こんばんは、サー・ニコラス……すみません、考えごとをしながら歩いていたんです」
サー・ニコラスと女性のゴーストは、ふわりと飛んで曲がり角を離れた。また誰かを驚かさないためにという配慮なのだろう。
ナーサがそれを目で追うと、彼は愛想よく笑った。
「グリフィンドールで残っているのは君だけですね。友人のいない長い休暇は寂しいでしょう」
「調べ物があったので……でも、こうしてお声がけいただいて嬉しいです」
お世辞ではなく、心からサー・ニコラスと会えたことが嬉しかった。
たまにロングボトム先生と話すことはあるが、ほとんどの時間を一人で過ごしている。言葉を忘れそうになるほど、誰とも口を利かない時間が長い。
寮の談話室はナーサ一人だけでも平時と変わらず暖炉は赤々と燃えていたが、誰もいない空間に押しつぶされそうな寂しさを感じていた。
ゴーストなのに温かみを感じる笑みを見ていると、目の奥がじわりと熱くなる。
ナーサは目を瞬き、急いで続けた。
「サー、そちらの方は?」
「ああ、初めてでしたか。こちらは『灰色のレディ』。レイブンクローの寮憑きゴーストですよ」
腰まで届く長い髪に、格式の高いドレス、マントを纏った姿から身分の高い女性だと感じた。サー・ニコラスが騎士なら、『灰色のレディ』は王宮深くに住まう深窓の姫君に見える。
ナーサは自然とローブの裾をつまみ、丁寧にお辞儀をしていた。
「お初にお目にかかります、レディ。グリフィンドールのナーサ・マルフォイと申します」
「……こんばんは、ミス」
ちらりとナーサに視線を落とした『灰色のレディ』の返しは冷淡だった。
親切なサー・ニコラスや、ハッフルパフ憑きの茶目っ気がある『太った修道士』のような陽気なゴーストを見慣れていたナーサには、『あなたと親しくなる気はない』と切り捨てられた気がした。
たったそれだけのことなのに、人の温みに飢えた今はひどく堪えた。
喉に小さな骨が刺さったような痛みを感じながらも、ナーサは精一杯の微笑みを作った。
「そういえば……お二人の服装はかなり古い時代のものとお見受けします。ホグワーツにいらしてから、どのくらいになるのですか」
「……ゴーストに時間の概念はございません。分かりかねます。失礼」
身を翻し、『灰色のレディ』は壁をすり抜けて姿を消した。
作り笑いのまま唇を震わせるナーサに、サー・ニコラスは咳払いをし、柔らかな眼差しを向けた。
「気にしないでくださいね、ミス・マルフォイ。彼女はあまり愛想のいい方ではないのです。元々、少し……特殊な育ちの方なので」
「……いいえ、あたしも初対面で不躾なことを聞いてしまいました。気をつけます」
ナーサはサー・ニコラスをじっと見た。
古い時代──自分で口にした言葉に、不意に胸が騒いだ。周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、そっと囁いた。
「あの、これも失礼な質問になるかもしれませんが……」
「何なりと。私には何でも聞いてくれていいんですよ」
包み込むような言い方に、ナーサはホッと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。
サーは長くこの学校にいらっしゃるでしょう。実は……少し気になっていることがあるんです。歴史のことで」
「歴史、ですか」
長いヒゲを弄りながら、サー・ニコラスがそっと視線を外した。
ナーサは床に膝をつき、鞄から歴史書を取り出すと、そのまま勢いよく開いた。前のめりの姿勢のまま、黒塗りの箇所が増える一九〇〇年代まで一気にめくる。
開いたまま抱きかかえると、サー・ニコラスに詰め寄った。
「この本を見てください。黒く塗りつぶされている箇所がたくさんあるでしょう……理由が知りたいんです。どうしても」
「……おそらく。君はそれを知らない方がいいと思います。いずれ、別な形で知る時がきます。それまでは忘れている方が、きっといい」
「この歴史書の黒塗りのことで、あたしは大切な人を二人も失くしてしまいました……」
「二人も──何ということだ」
彼は胸元に手を当て、ギュッと握りしめた。
何故そんなにも……そう思った瞬間、ふと気づいた。
先日アシュタロス・クラウチが教えてくれた、この歴史書の危険性が脳裏をかすめた。
ヤックスリー兄弟との関係性を指した言葉が、違う意味に取られた──けれど、ナーサはあえて訂正せずに続けた。
「……だから、危険があってもどうしても知りたいんです。お願いです」
胸の内側がチクリと痛んだ。けど、嘘をついたわけではない。そう、自分に言い訳する。
サー・ニコラスはシッと唇に指を当てると、スッとナーサから離れた。やはり答えてもらえないのかと肩を落としたが、彼は何度か壁をすり抜け、別の方向から戻ってくるのを繰り返した。
彼が本当に誰もいないかを念入りに確認してくれていると分かり、ナーサは息を呑んで立ち尽くした。ほんの数十秒が、指先の震えを数えられるほどに長く感じる。
しばしの後に戻ってきたサー・ニコラスは、溜息混じりに口を開いた。
「もし……君が危険を冒してでも真実を求めるのなら、歴代のホグワーツ校長について調べてご覧なさい。
いいですか? 決して、それを調べていることを知られてはなりません。あなたも知っての通り……非常に危険なことなのですよ。
私に言えるのは、ここまでです。ご武運を祈りますよ、ナーサ・マルフォイ」
サー・ニコラスの言葉は大きなヒントだった。
早速図書館で『ホグワーツの歴史』という本を開いてみた。けれど、それはホグワーツの城そのものの情報ばかり。例えば、城はありとあらゆる呪文で護られており『姿現わし』や『姿くらまし』はできない。マグルの『機械』は狂って使えなくなってしまう……そんなことが様々書かれていて興味を惹いたが、歴代の校長については何も触れられていなかった。
次に伝記の棚にある『ホグワーツ校長列伝』を開いてみた。けれど、一九二五年に就任したアーマンド・ディペットという校長を最後に記録が途切れていた。
ナーサは奥付を確認した。出版年は二〇〇〇年。
ディペット校長の在籍期間が長く、現在のアンブリッジ校長の前任者はこの人なのだろうか。
『歴代校長と学校運営の変遷』『ブリテン魔法教育史』『ホグワーツの軌跡』……色んな棚を見て回り、それらしいタイトルの本を見つけては校長の記録がないかを確かめていった。けれど、そもそも掲載がなかったり、不自然にページが抜け落ちていたりで探し求めていたものは得られなかった。
(駄目だ……図書館の本は改ざんされているのかも。司書にも聞けない。
あと、もう少しで休暇が終わる……ケイレブが戻ってきちゃう。そしたら、今みたいには調べられない。
本以外に、何か……調べる方法はないの?)
カツン──乾いた音が響き、ナーサは顔を上げた。
気づけば、窓から差し込む陽は消え失せていた。燭台の炎に映し出される図書館は薄暗く、足元もよく見えないほどだ。
(……誰? 監視なの?)
ナーサは音を出さないよう本を積み上げ、書きかけの羊皮紙を一枚取り出した。羽ペンを握り、どうレポートを仕上げようかと悩んでいる風を装いながら、今にも爆発しそうな心臓を押さえつけた。
カツン、とまた一度だけ音が落ちた。
図書館の静寂に吸いこまれるような足音が、今度は意を決したように近づいてくる。
石床を叩く金属音──靴の音だ。
耳を澄ましながらも、顔は上げないようにした。
その足音が、少し離れたところで止まる。まるで、こちらを観察しているかのように重い沈黙が落ちる。視線が突き刺さるように痛い。
おそるおそる顔を上げてみた。
書架に半分身体を隠すように佇んでいたのは、リラルド・ヤックスリーだった。視線が交わったのが合図だったかのように彼は一歩、また一歩と近づいてきた。
ナーサはヒュッと息を吸ったまま、吐き出せなかった。凍りついたように身動きも取れない。
「……よう。夕飯食ったのか? 大広間にも来なかっただろ」
「──うそ。もう八時過ぎてる……?」
懐中時計を開いた瞬間、気まずさも消し飛んでしまった。愕然とするナーサに、リラルドは微かに笑った。
「集中しすぎだろ、お前。時計台の鐘も聞こえなかったのかよ」
昼食を食べてから何も口にしていなかったことを思い出した途端、お腹がキュッと小さく鳴る。火をつけられたように頬が熱くなる。
「……あたし、大広間に行かなきゃ」
誤魔化すように勢いよく椅子を引くと、リラルドがボソリと言った。
「もう料理は下げられてんぞ。
……厨房に行けよ。多分、屋敷しもべ妖精が何か出してくれるからさ」
「屋敷しもべ妖精……?」
首を傾げ、ふと思い出した。大皿に料理を補充してくれるという妖精のことだ。前に誰かから聞いたことがある。
リラルドはふいっと視線を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「……厨房も行ったことねぇよな。
寮への帰り道だから案内してやる。ついてこいよ」
「でも……何か調べ物があったから来たんじゃないの?」
図書館にはまるで人気がなかった。
ずっと彼もいたのだろうか。けれど、食事に行っているのなら、そんなに長い時間はいないはずだ。
リラルドは一瞬言葉に詰まったように見えたが、すぐに続けた。
「調べ物っていうか──いいんだ、もう。行こうぜ」
思いがけずに会ったせいか、少しだけぎこちなさが取れた。ナーサは手早く重ねた本をそれぞれ元の場所に戻した。歴史書だけを鞄に入れて、待っていたリラルドに並んで歩き出す。
「スリザリンは何人くらい残ってるの?」
「俺を入れて、三人。まあ、静かなもんだな。人の声もしねぇしさ。
……そっちは? グリフィンドール、誰か残ってんのか?」
「あたし、一人だけなの……静かすぎて、ちょっと変な感じがしてる。
ねえ、『屋敷しもべ妖精』っていうの……前に誰かから、うちにもいるんじゃないかって言われたんだけど、それって何なの?」
溜息混じりに、リラルドがスコットランド英語で何かを呟いた。ひどく柔らかく、温かみを感じる響き。
前に教えてもらった、からかい混じりの『wee lass(小さいお嬢さん)』が自分を指しているのは分かったが、聞き慣れない単語に眉根を寄せる。
「『cosset』って何?」
「ふん……『箱入り娘だな』って言ったんだよ」
リラルドはふっと頬を緩め、頭の後ろで両手を組んだ。
「マルフォイ家のしきたりは、うちなんかよりずっと厳しいんだな。屋敷しもべ妖精の姿すら見たことねぇとは思わなかった」
「よく……分からないけど。あなたの家にはいるの?」
「当たり前だろ。広い屋敷の管理に屋敷しもべ妖精は欠かせねぇ。
屋敷しもべ妖精ってのは魔法使いに仕えて料理、掃除、身の回りの世話なんかを一手に引き受けてるんだ。
ただ、いい屋敷しもべ妖精ってのは、人前に姿を見せちゃならねぇんだとさ……マルフォイ家ではそれを厳格に守ってんだろうな」
リラルドの足は、地下へと向かっている。
半歩先を行く彼の後ろを歩きながら、ナーサはふとケイレブに導かれて、スネイプ先生の元を訪れたことを思い出した。
(スネイプ先生がパパのことを何か言いかけた、あの時。ケイレブは自然に遮った……そんな気がする。
あの人は……パパとママのことを何処まで知ってるんだろう)
あの時点で、まだ彼は開心術を使っていなかった。
『君を守るため』というケイレブの言葉には、黒塗りの歴史書に近づく危険性だけでなく、両親の秘め事も含まれていたのかもしれないと思った。
知れば、ナーサが傷つくことを分かっていたから。
(やっぱり……一度ケイレブとも、ちゃんと話さなきゃ。
卒業したら、もう二度と会えないかもしれない。怖くても……向き合わなきゃ)
「ここだ」
リラルドはドアサイズの大きな額縁の前で足を止めた。
脚の高い銀の器に、こぼれ落ちんばかりに盛りつけられた果物の静物画だ。額縁を通して濃厚な香りが漂ってきそうなほどリアルで、ナーサは思わずお腹を押さえた。
「そのでけぇ緑の梨をくすぐるんだ。やってみろ」
「……こう?」
小刻みに指を動かすと、絵画の梨が震えるように動き出し、見る間にドアノブが迫り上がってきた。
ナーサは両手を口に当て、リラルドに目を移した。
「すごい……! よく知ってるね」
「お前さ、寮の奴らとマトモに話してんのか? グリフィンドールでも知ってる奴、結構多いぜ」
リラルドは呆れたような、しかし何処か得意げな顔をしていた。
その笑みを見た途端、トクンと小さく心臓が跳ねた。
一緒にいる時間が長くなるにつれて、以前と同じように話せている気がする。
ケイレブが卒業するまで、リラルドと距離を置く決意は変わらない。けれど、あの図書館でのことを怖がっているから避けているわけではないと伝えられそうな気がした。
ドアを開くと、そこは天井が高く広かった。一瞬大広間に来たのかと勘違いしたのは、同じくらいの広さに机の配置も全く同じだったからだ。
奥には大きな暖炉が燃え盛り、石壁にはフライパンや鍋、ヤカンが山積みにされ、いい匂いが漂っていた。
パタパタと軽やかな足音を立てながら、小さな子どものような生き物が駆けずり回っていた。少なくとも彼らは十人以上いる。
リラルドがずんずん先に進んでいくと、彼らは一斉にこちらを見た。
皿のように丸い、大きな目──子どものような小さな身体に、腰布だけを巻いた半裸の姿。
「ヤックスリー様! ようこそ、いらっしゃいました!」
「こんばんは、お嬢さま! はじめまして」
屋敷しもべ妖精達は、キーキー声を上げながら自分達を取り囲んだ。まるで、はしゃいでいるようだ。
おっかなびっくり見ているナーサだったが、リラルドは来慣れているのか全く動じていない。
「こいつ、夕飯食うの忘れちまったんだ。軽食になりそうなもの、残ってねぇか?」
そう言うが早いか、サンドイッチを乗せた皿を頭に乗せ、一人が走ってくる。
「ケーキはいかがでしょうか? それとも果物は?」と先を競うように食べ物を勧める彼らに、ナーサは戸惑いながらも笑いかけた。その小さな身体のせいか、彼らからは善意だけしか感じられなかった。
厨房を出る頃には、手にはずっしりと食べ物の重みがあった。
「たくさんもらっちゃったね」
「ああ。あいつら、世話焼きなんだよな。うちの屋敷しもべ妖精もそうなんだ」
「色々教えてくれてありがとう……」
ナーサはリラルドを見上げた。どう切り出そうかと思っていると、リラルドはさりげなくナーサの手から食べ物の入った袋を取り上げた。
「グリフィンドールまで送ってく」
「えっ? でも……確か、ここ、スリザリンの近くだよね」
ナーサは周りを見回した。スリザリン寮の場所をはっきりと知っているわけではないが、ケイレブがそう言っていたはずだ。
「今からグリフィンドール塔まで行ったら帰寮時間に間に合わないでしょ」
「馬鹿。こんな時間に女を一人で歩かせられるかよ。ほら、行くぞ」
しかし、リラルドの声は揺るがなかった。
地下の空気はひんやりとしているのに、ナーサは頬が熱を帯びるのを感じた。
「お前さ……その、休暇中の調べ物はもう終わったのか?」
「まだだけど、目処はついた……かな。そっちは? 期末試験への追い込みだっけ」
「俺も、大体な」
当たり障りのない話は問題なくできている。ナーサはカラカラに乾いた喉に軽く息を呑み、それからゆっくりと口を開いた。
「あの、図書館でのことなんだけど」
リラルドは弾かれたようにナーサの目を見た。澄んだ空のような青い目に、怯えの色が浮かんでいる。
ナーサは罪悪感から意識して笑いかけた。
「あたし、あなたが怖いだなんて思わなかった。本当だよ」
リラルドはふっと息を漏らした。止まりかけた足で、再び歩き始める。
「お前の前で、ケイレブに怒鳴ったのは悪かった」
『ケイレブ』──ナーサはチクチクと胸が痛むのを感じた。
『兄貴』という温かみのある呼び名で、ケイレブを語ることはもうなくなってしまったのだろうか。
「でもよ、お前にしたことを見ていて、カッとなっちまったんだ。あいつ、お前に開心術を使っただろ?」
「うん。ケイレブは……あなたにも……?」
「ああ。イかれてるだろ……人のプライバシーを暴いて、楽しんでやがるんだ。自分は何やっても正しいんだって思ってよ」
長い階段を上るリラルドの靴音が激しさを増した。兄への暴言を吐くその横顔は、見捨てられた子どものような哀しい目をしていた。
まるで諸刃の剣で戦っているかのように。
ナーサは思わず彼の手首を掴んだ。革手袋越しにも感じられる、騒がしい脈。
あの日、この手を包んだ革手袋を譲ってくれたから彼は素手のままだ。冷たい石段を上って、きっと今感じている以上に冷え切っている──。
衝動的な行動に、リラルドは大きく目を見開いて、足を緩める。
「……違う。ケイレブは、あたしを守ろうとしてやっただけ。
お願い、あなたがそんなことを言わないで。
あんなに仲のいい兄弟だったじゃない……あたし、本当に二人が羨ましくてたまらなかったんだよ」
その瞬間、リラルドの目に狂気じみた光がほとばしった。
あまりにも強い感情の渦に呑み込まれそうで、思わずナーサは手を離してしまった。
眉間に寄ったしわが小刻みに震えている。それは怒りよりも哀しみの方が強い。
「……なあ。お前を守るために戦ったのは俺だぜ?
そんなの、ありかよ……何で、あいつだけ許されるんだよ」
「ま、待って──リラルド!」
そんな話はしていない。許すも何も、怒って距離を置いてるわけじゃない。
伝わらないもどかしさで、ナーサは涙声で叫んだ──彼が欲しがっていた呼び名を。ナーサが、ずっと前から呼びたかった名前を。
吹き抜けの空間に、反響する声──蠟燭の火が吹き消されたかのように、リラルドの目に影が落ちた。ふいっと視線を逸らした彼の口元が、引き攣るように動いた。
「……やめろよ。今さら、それを言うなんてよ。惨めになるだけじゃねぇか」
かすれたその声は、もはや全てを拒絶しているようで、ナーサは何も言えなくなった。
渾身の想いは届かなかった。
長いグリフィンドール塔までの道のりは、二人の足音だけが鳴り響いた。