【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地 作:琳音(@rinne_1218)
朝食の席で一人ぼんやりしていたナーサの頭に、コツンと小さな衝撃があった。頭に手をやると、それは手紙だった。慌てて裏面を確認して、ハッと息を呑む。そこには流れるようにきれいな書体で、レグルスの名前が刻まれている。
いつの間にか、ふくろうの羽音が大広間中に満ちていた。あちこちで歓喜の声が上がっていることに、遅れて気がついた。
ナーサは白い封筒をじっと見下ろす。
宴から帰ってすぐに手紙を書き綴り、今朝早くにふくろう小屋に足を運んだばかりだった。
(もう、返事がくるなんて……)
ドキドキしながら、杖先を封筒に当てた。切り口から畳まれた便箋を出して、震える指先で開いた。
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親愛なるナーサ
先日の怪我はよくなっただろうか。直接見舞いにいけず、すまなく思っている。
クィディッチの練習試合を、学校の箒で戦ったと聞いた。適切なメンテナンスが行われていない箒で飛ぶのは大変だったろう。
私の使っていたものを職人に手入れしてもらった。大分古びた箒だが、私にとって思い入れのある品だ。もしよかったら、試してみてほしい。
レグルス・アークトゥルス・ブラック
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(……これ、返信じゃない)
便箋の裏まで確認し、ナーサは吐息を漏らした。
持ち主の危機に反応する、懐中時計の蓋の宝石が光っていること。魔法を使えなくなった母。スクイブの収容施設──聞きたかった母の病気のことが、何も書かれていない。
勝手に勘違いして、ガッカリしてしまったことが申し訳なかった。
ナーサはもう一度文面を読み直してから、ふと目を瞬いた。
(おじさまの、箒……?)
ナーサは頭上を飛び交う、ふくろうの群れを見上げた。
スリザリン側の窓を抜けて、細長い白い物を咥えた四羽が、よろよろと向かってくる。
反射的に立ち上がると、ふくろうが頭上を通りがかりに細長い荷物を落とした。手のひらにずしりと感じる重みに、僅かに身体が震えた。
食事の席で広げるのは迷惑だと思い、出入り口側に近い方のテーブルの端まで行き、壁に寄りかかるようにして布を解いた。
中から出てきたのは、古びた箒──そう言うには躊躇いを感じるような美しい箒だった。
水で濡らした筆のようにまとまりのある穂。通常は一本の柄の先端に穂がついているはずなのに、この箒は柄が枝分かれしている。穂がついていない先端までは緩やかなアーチを描き、銀色のグリップが飾られている。
ナーサはそっと穂を撫でてみた。さらりとした手触りで、ごく僅かな引っかかりも感じない。
思わず、ほうっと吐息が漏れた。迷い込んできた猫の毛並みのように何度も撫でるうちに、口元が綻んできた。
「ねえっ、それ──」
ハッフルパフのテーブルにいたルーク・ディゴリーが、急に立ち上がって駆け寄ってきた。手を伸ばせば、すぐ触れられる位置まで来ると、ナーサの腕の中の箒を凝視した。
幻を見たというように震える指を箒に向け、ゴクリと唾を呑んだ。
「それ、『銀の矢』だ……そうだろっ?」
「この箒のこと……?」
「そうだよ。信じられない……レオナード・ジュークスの傑作だよ。彼一人で造っていたから、市場には流通してなくて……ね、ねえ。ちょっとだけ、見せてくれる……?」
ナーサは何が何だか分からず、ルークに手渡した。
彼は受け取る前にハッとしたように両手を見下ろし、わざわざポケットから競技用のグローブを取り出し、手にはめた。それから、おそるおそる受け取ると、しゃがみこんで膝の上に乗せた。
「すごいっ……ちゃんとジュークスの刻印と製造番号もある! 100番って……すごい、レアだよ! わぁ、本当にきれいな流線型だ……『炎の雷』の原型も、これをモデルにしたんじゃないかって言われてるんだよ!」
一つ一つに熱弁を振るうルークに、近くのグリフィンドール生とハッフルパフ生が集まってきた。
「これ、古い箒だって聞いてるの……いつ頃のものなの?」
「うーん。最初に作られたのは一九〇〇年代前半だったかな」
──何だ、骨董品じゃん!
誰かが漏らした声に、ドッと笑いが広がった。ナーサはキュッと胸が締めつけられた気がした。
「……ごめん、ルーク。返してくれる?」
「うんっ、ありがとう。
いいなあ、ねっ、ナーサ。今度一緒に練習しない? 『銀の矢』で飛ぶところ、見てみたいんだっ」
ルークは穂先を床につけないよう、慎重に立ち上がると、頬を紅潮させたまま、早口で言った。その顔の何処にも馬鹿にしたところはない。
期待に輝く目を見ていると、身構えて損した気分になってくる。
「……うん。また、今度……」
箒を小脇に挟んで、包みの布をポケットにしまうと、ナーサは大広間の出入り口に向かっていった。
スリザリンのテーブルでは、リラルド・ヤックスリーが同学年の男子達と固まっていた。
スプーンを弄びながら、チラチラと見てくる彼に、ナーサはほんの少しだけ口角を上げた。特に意識したわけではない。ただ、昨夜の感情の名残が勝手に動いただけだ。
リラルドは一瞬の躊躇いの後、笑いかけてきた。罪悪感の入り混じった笑みだ。
そのまま廊下を歩いていくと、背後から足音が迫ってきた。何気なく振り返ったナーサは、思わず隅に身を寄せた。
──カーヴェル・ロウル。
けれど、壁に張りついたところで、彼のねちっこい視線から逃れることはできなかった。
「ごきげんよう、ミス・マルフォイ」
「……ごきげんよう、ミスター・ロウル。昨夜はお疲れ様でございました」
儀礼的に一礼して、すぐに背を向けようとすると、ロウルが一歩分距離を詰めてきた。後ずさった途端、ナーサの肩が壁に触れた。
「傷つくな。話をしようとしただけなのに、逃げるなんて」
「……寮に、急いでいるだけです。今さっき、この箒が届いたところなので」
「へぇ。スマートな箒だな。少し見せてもらってもいいかな?」
ナーサは思わず箒を守るように握りしめた。
「……すみません。チームメイトが待っているので」
スチールブルーの目が、研ぎ澄まされた刃物のように冷たく光った。
「一つだけ訊きたい。君は、三度のダンスの意味を知っていたのか?」
「──意味?」
ロウルの顔に深い同情の色が広がった。いや、同情に似せた、何か──ナーサはその裏に隠されたものを探ろうと、まじまじと見た。
「やっぱりな。かわいそうに」
そこで言葉を切り、ナーサを見つめる。
罠だ──そう思っているのに、続きが気になって仕方ない。
喉が鳴る音が、自分の内側でやけに大きく響いた。
「……どういう意味なんですか?」
ロウルは肩を竦め、ナーサの耳に口を近づけた。何処かからかい混じりの囁き。
「『選んだ』っていう周りへの宣言だよ。もう婚約したも同然だってことさ」
ナーサは愕然としてロウルの目を見つめた。息苦しく、思わず口を手で覆った。
「……あたし、そんなつもりじゃ」
「勿論分かってるよ。君は、ヤックスリーにハメられたんだ」
膝からカクンと力が抜けていく。壁に両手を当て、何とか崩れ落ちないように必死で耐えた。
「……信じません」
ロウルは顔を寄せたまま、間近からナーサを見下ろした。片方だけが上がった歪んだ笑みが、やけに楽しそうだった。
「君のお友達のマクドゥガル嬢も、それで随分苦しんだんだよ。彼女の場合は、はじめての宴で、ケイレブ・ヤックスリー以外の選択肢を潰されてたんだけどね。それなのに、三度のダンスを救いと思っていて、かわいそうなものだった」
「……やめて」
両耳を塞ぐと、昨夜のワルツの音色が耳に蘇る。
一年生の頃は、心を預けていた彼。投げかけられた『mistress’s bairn(妾の子)』という言葉。なりふり構わず、アリッサのふくろうを人質に呼び出してきただけでなく、母の情報を盾にダンスを強要された。
嫌悪感しか、残っていなかったはず。
けれど、踊っている瞬間は嫌じゃなかった。痛みを思い出さずに、一年生の頃を語ることができた。約束も守ってくれた。
なのに、また裏切られたのだろうか。
(でも──ママのことで動揺した時……『ダンスなんか、どうだっていい』って、はっきり言ってくれた)
ナーサは耳から両手を離して、ロウルを見た。
「……ご心配ありがとうございます。けど、自分で判断します」
「見た目に反して、なかなか強いじゃないか。庭園の薔薇じゃなくて、雑草みたいだ。驚嘆するよ」
「雑草でも、かまいません。庭師の手を借りなくても……ちゃんと花を咲かせることはできます」
ロウルはピュイッと口笛を鳴らした。好物を眼前に広げられたような目で、ナーサを見下ろす。
「君が気の毒でならないよ、ミス・マルフォイ。傷つかなきゃいいんだけどな」
「ご心配には及びません。踏まれても、伸びる……雑草って、そういうものでしょう」
ナーサは一礼すると、ロウルの脇をすり抜けて小走りになった。背中に突き刺さる視線を痛いほどに感じながら。