【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地   作:琳音(@rinne_1218)

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24. 選ばされる物語

 レグルスから贈られた箒に初めて乗った時、ナーサはその一体感に驚いた。

 拳に吸い付く滑らかな柄。手から魔力を伝わせるだけで自分の手足のように動く。クッション魔法のかかった座り心地は安定しており、力を入れなくても芯がぶれない。追い風に乗れば、信じられない速さで進んでいく。

 中庭での練習中、軽く流しただけでチームメイトはどよめいた。

 

「すっごいなー。何、その箒! ニンバス?」

 

 地面に降りるなり、真っ先にアデリナが近づいてきた。

 

「あたしもよく知らないんだけど、『銀の矢』っていうみたい」

 

 ナーサがはにかみ笑いを浮かべて、箒の穂を撫でた。陽光に晒されて温かく、そして柔らかな感触。道具というよりも、対等なパートナーのように思えてしまう。

 アデリナは口の中でその名を繰り返し、素っ頓狂な声を上げた。

 

「──マジでっ? それ、競技用の箒だよ! 昔、大人気だったって、じいちゃんが言ってた! へえぇ、その箒が!」

「おじさまが、贈ってくれたの……昔、愛用してたんだって」

 

 骨董品呼ばわりされた箒が認められて、ナーサは胸がじんわりと温かくなるのを感じた。レグルスの気遣いが正確に受け止められた──そんな気がした。

 横髪をかき上げるナーサの肩越しに、リンジーも身を乗り出して覗き込んできた。

 

「いいなあ。私も、そんな気前のいいおじさまがほしいっ。このクリーンスイープなんて、もう十年選手だよ」

「何言ってんだか……君だって、気前のいい婚約者がいるじゃないか」

 

 宙から舞い降りた三年生のチェイサー、クレイグ・ゼノンが、リンジーとナーサを順に見た。視線が交わると、ほんの一瞬唇を噛んだ彼だったが、すぐに皮肉げな笑いを捻り出した。

 

「まったく、ここはいつからスリザリンのチームになったんだ? 死喰い人の婚約者が、二人も! 裏取引でもしてるんじゃないか? 次はスリザリン戦だけど、大丈夫なんだろうな」

「はあっ? あんた、何を──」

 

 アデリナの口に人差し指を当てたリンジーが、すたすたとゼノンに近づいていった。

 思わず身を竦める彼に、リンジーはネズミを見つけた猫のように目をきらきらと輝かせていた。

 

「……ふふ、なるほど。知らないうちにケイレブも出世してたんだ。早速おめでとうって手紙を書かなくっちゃ」

「お、おい。やめろよ……ちょっとした冗談だろ」

 

 ナーサは小首を傾げた。

 

「レグルスおじさまったら、いつの間に婚約届を出したのかな。次の誕生日まで待っててって言ったのに」

 

 ヒッと息を呑んで、みるみる青ざめるゼノンに、ナーサは控えめに笑った。

 

「冗談だよ……次は、こんな風にもっと分かりやすくしてね」

 

 思わぬ反撃に、ゼノンは顔を伏せて押し黙った。

 いつも一言余計な彼だったが、今日はやけに突っかかってきた。ナーサはリンジーが差し出した手にハイタッチしながらも、そばかすだらけの顔を横目で見た。

 

*

 

 翌朝の朝食には、少し寝坊をして遅れてしまった。大広間はすでに人のざわめきと食器の音で満ちている。

 遠目から空いた席を探そうと、少し歩みを緩めたその時、黒い影が迫ってきていた。それが誰なのかに気づいた時には、すでにカーヴェル・ロウルが眼前に立っていた。

 

「おはよう、ミス・マルフォイ」

「……おはようございます、ミスター・ロウル」

 

 軽い挨拶だけ交わして背を向けた瞬間、思いがけず肩に手を乗せられていた。

 

「何か、御用でしょうか」

 

 振り返りざま、肩を揺らしたが、熱を帯びた手は動かない。ナーサは素早く周りを見回した。人で賑わった大広間だ。まだ、誰もこちらに気づいていない。

 

「離してください。痛いです」

 

 ロウルは言われて気づいたというように手を外すと、もう片方の手に握りしめていた物を差し出した。

 

「見てみなよ。危惧していた通りだった」

 

 ナーサは何がなんだか分からず、それを広げた。

 日刊予言者新聞の朝刊──目に飛び込んできたのは、ダンスを踊るリラルドとナーサの姿だった。

 少しぎこちなく、導かれるようにして踊る自分。リラルドに向けた視線は、思っていた以上に信頼を宿していた。

 

 『ヤックスリー家とマルフォイ家の若き恋人達』『三度のダンス、婚約間近か』──大見出しが文字としては目に入ってくるのに、理解が追いつかない。

 

 震える指先で何度か紙面を指差し、なぞる。

 それがストンと頭に落ちた瞬間、急に汗が吹き出てきた。心臓がバクバクと打ちつける。

 

 ナーサは懐中時計のネックレスを握りしめた。金属のネジが、拳に食い込む痛みが、かろうじて意識を繋ぎ止めてくれるようだった。

 ロウルは微かに笑って、声を落とした。

 

「なあ、分かったろ……嘘じゃないって。

 マクドゥガル嬢は、ケイレブ・ヤックスリーと別れた後も『ミスター・ヤックスリーの恋人』扱いを受けてたんだ。それでも、まだ交際していたっていうのは事実だったから、救いはあったかな。

 でも、君は? 自分を傷つけたリラルド・ヤックスリーとの未来を受け入れるのか?」

 

 ナーサは口元を押さえ、よろめいた。

 大広間中が自分を見ているようで、思わず周りを見回した。ざわめきが急に高まった気がした。

 

(これは、本物じゃないかもしれない。でも、この人にあたしを騙す理由はある? ケイレブと仲が悪くたって、それが騙す理由にはならない。

 本物だとしたら──どうして? 記者なんて、いなかった。誰かが、リークした? それで誰が、得を……?)

 

 ロウルは眉根を寄せ、僅かに目を伏せた。

 

「悪かった。君をいじめたいわけじゃない。ただ、俺は君の味方だってことを知っていてほしい」

 

 気の毒で仕方ない──そんな顔をしている。けれど、それが本心からなのかは分からない。

 その時、騒がしい金属音が近づいてきた。聞き慣れた、ブーツの金具の音。

 

「おい、何やってる?」

 

 抜き身の剣のように杖を構えたリラルド・ヤックスリーが駆けつけてきた。

 ロウルが重たげにまぶたを上げる。

 

「彼女を慰めていただけさ。誰かさんにひどく傷つけられてたからな」

「てめぇ、いい加減にしろよ……」

 

 リラルドのこめかみにひくりと青筋が走った。

 けれど、ロウルは制服の襟を正し、落ち着き払った笑みを浮かべた。

 

「決闘なら、寮で受けてやるよ……愛しのミス・マルフォイの前で恥をかきたくないだろうからな」

「はっ。そりゃ、こっちのセリフだ。五学年下のガキに、しかも二度も負かされたら……スリザリンでの居場所はねぇだろうな」

 

 リラルドはそう言いながらも、ナーサの前に立った。まるで、ロウルから隠すかのように。

 けれど、それが守る仕草なのか、所有なのか、支配なのか……ナーサには分からなかった。吐き気と、息苦しさに喉を大きく鳴らした。

 

「……あなたが、やったの?」

「はっ? 何を……?」

 

 リラルドは眉をひそめた。

 無言で新聞を差し出すと、リラルドが大きく息を呑む音が響いた。

 

「──んだよ、これ……。知らねぇ、こんな……」

 

 広げられた紙面が音を立てて波打つのを、ナーサは静かに見つめていた。

 

(……違う、ような気がする。それとも、そう思いたいだけ……?)

 

 顔を見れば、分かるだろうか。目を見れば、もしかしたら──そう思ったのに、足が凍りついていた。

 知りたい。けれど、知るのが、怖い。

 ロウルが含み笑いを漏らした。

 

「お前じゃないなら、策略家の兄貴の仕業か? あいつには前科があるからな」

 

 ナーサは両目を覆った。頭が割れるように痛く、空腹感も何処かに行ってしまった。

 

「……あたし、寮に戻る」

「マルフォイ、本当に俺じゃ……」

 

 崖から落ちるのを腕一本で支えているような、切羽詰まった声。

 けれど、ナーサは目線を落とし、首を振った。

 

「もう、分からない……一体、何がしたいの? 三度のダンスに誘ったのも、そういうことだったの……?」

「それは……」

「あたしは、選ばされるつもりはないから」

 

 ナーサは肩を落としたまま、ゆっくりと大広間を後にした。

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