【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地   作:琳音(@rinne_1218)

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26. 選び取った物語

 クィディッチの開始時間が迫るにつれて、ますます空模様があやしくなってきた。

 厚く黒い雲が空一面を覆い隠し、ゴロゴロと遠くから雷の音が響いてきている。ひっきりなしに吹き荒れる強風がたちまちのうちに進路を逸らしてしまうものだから、煽られるたびに箒の向きを調整しなければならない。

 砂ぼこりで目を傷めないよう、ナーサは目を細めながらメンバー達の背中を追った。

 なんとかピッチに辿り着くと、ビュウビュウと鋭い風の音に紛れて実況の声が流れてきた。

 

「さあ、皆さん待ちに待った本戦スタート! まずは因縁対決、スリザリン対グリフィンドール!

 初戦だというのにグリフィンドールの観客席はガラガラです。練習試合でのシーカーの事故を見れば、大きな期待は難しいでしょう!」

 

 ナーサはピッチを旋回しながら、空席だらけの観客席に目をやった。最上段に立った三人組が、赤と金色の旗が飛ばされるのを必死に押さえながら何かを叫んでいる。

 

(本当に、応援してくれてる……)

 

 風でどんどん体温が奪われていってるはずなのに、身体の奥から新たな熱が生み出されているようだった。

 

「スリザリンは去年からメンバーが四人入れ替わっています。凄腕ビーターのケインズ、モンタギューの双璧は今年も健在!

 そして残留組はもう一人。シーカー兼キャプテン、カーヴェル・ロウル! この強風は選手達の飛行に影響大ですが、体格のいいロウルにとっては有利になりそうです。

 それに──うん? グリフィンドール・チーム、一人足りない! えー……どうやらチェイサーのクレイグ・ゼノンがいないようです。今朝の騒ぎの影響か……補欠が一人もいないグリフィンドール、これは圧倒的に不利です!」

 

 アデリナとイアンの説得も、ゼノンの気持ちを変えることはできなかった。

 キーパーのブラウンは、チーム・ミーティングの時も頑なにナーサと目を合わせようとしなかった。

 ビーターのブラッドリー・キャメロンも何も言わなかった。ただ、ナーサと目が合うと、強面はそのままに親指を立ててくれた。

 

 ナーサは風で乱れた横髪を払い除け、前を見据えた。

 ピッチを挟んで反対側を、緑のユニフォームのスリザリン・チームが飛んでいる。先陣を切るロウルと一瞬目が合った気がして、ナーサは首を振った。

 

(今は、スニッチを掴むことだけ……集中しなきゃ)

 

 ピッチの中央部で二列に並ぶと、必然的に同じポジションのロウルと向かい合うことになった。

 ロウルは心配そうに眉根を寄せていた。けれど、その頬は愉快そうにヒクヒクと動いている。

 

「大変な朝だったね。試合前にあそこまでやるかね……ヤックスリーのヤツは」

 

 風の音にかき消されず、はっきりと届いた声も何処か弾んでいるようだった。隣のリンジーの肩が、ピクンと跳ねた。

 

「……彼は、犯人じゃありません」

 

 ナーサは短く返し、周りに倣って試合開始の握手を交わした。

 

「そう信じたいのは分かるよ。けどな」

 

 ロウルは指の腹で手を撫でてきた。ゾッとして振り払うと、ナーサはロウルを睨みつけた。

 

「リラルドはもっと雑だもの……あなたなら、きっと上手くやるんでしょうね」

「──ふぅん。『リラルド』ね」

 

 仮面を外したように、ロウルの笑いがスッと失せた。

 ナーサは素早く箒を跨ぎ、開始のホイッスルと同時に地面を強く蹴った。ピッチを取り巻くようにそびえ立つ観客席よりも、さらにさらに高く舞い上がる。

 上空にいくほど吹き荒れる風は強く、身体ごと流されそうになった。なんとか風を背にするように身体の向きを変えると、下方に目をやる。

 

 暴風が実況の声も散らしていた。

 今の攻勢はスリザリンのようだ。チェイサー三人のうち一人だけ前方に出て、残る二人がそれを追う矢のような陣形を取っている。

 鋭いシュートがゴールに打ち込まれる。誰か──アデリナらしい影が軌道を変えたのを見届け、ナーサは目を細めて黄金の光を探した。

 そうこうしているうちに突風が吹き荒び、ナーサは一瞬目を閉じた。

 

 その瞬間、風に混じって切り裂くような音が迫る。

 ナーサは息を呑むと同時に身体を捻り、箒の穂でブラッジャーを打ち返した。スリザリンのビーター、ケインズが舌打ちしながら、それを追う。

 けれど、何故かもう一人のビーター、モンタギューは味方を守ることもせず、きょときょとと周りを見回していた。

 

(何かを狙ってる?)

 

 ビーターはブラッジャーがなければ、何もできないはずだ。けれど、何か嫌な予感がした。ナーサはピッチを回るように高度を下げていった。

 

(ロウルは、ずっと下……まだ、スニッチを見つけられていないはず)

 

 その時、ピカッと白い光が辺りを照らした。

 少し遅れて耳をつんざく雷の音が鳴り響き、頬を一筋の雨が叩く。それを皮切りに激しく降り始めた。身体を貫く、矢のような鋭さだ。

 雨粒がまぶたまで垂れ落ち、ナーサは目元を拭った。

 

 ──ドンッ!

 

 唐突に背中に強い衝撃が走り、柄から手が離れた。バランスを崩して堕ちていくナーサは、陰険な笑みを顔いっぱいに浮かべたモンタギューを見た。

 

(ブラッチング!)

 

 わざと体当たりする反則技だ。熾烈なクアッフル争いなのか、それとも上空の見通しが悪いのか、ともかくホイッスルは鳴っていない。

 

 脚だけが箒に絡んだ宙づり状態に、ナーサは一瞬、練習試合の時の墜落事故を思い出した。

 腹筋に力を入れ、柄に手を伸ばそうとする。けれど、指先は柄をかすめただけで空を切る。心臓が胸を飛び出しそうなほど打ちつける中、またもや稲光が走った。

 その白い世界の中、ナーサは真下で両手を掲げたロウルを見た。堕ちていくナーサを、受け止めようとしているかのように。

 濡れた頬が、その瞬間燃えるように熱くなった。

 

(あの人の物語になんか入らない……!)

 

 その瞬間、箒がグルンと半回転し、身体が持ち上がった。ナーサは咄嗟に右手を伸ばして柄を掴んだ。手を伝う魔力が箒に流れ、立て直すことができた。

 斜め下を見ると、こちらに向かいかけていたロウルが腕を下ろしたのが見えた。

 

 そして、そのすぐ後ろに何か小さく動くもの──。

 

(スニッチ……! 気づかれる!)

 

 空が唸るような音を立てている。一か八か、ナーサは急上昇した。気づいたロウルが、追ってくる。

 

(お願い、もう一度……光って!)

 

 祈りが通じたのか、空が激しく白ばんだ瞬間、ナーサはロウルを追い越し、猛スピードで下降した。左右に素早く視線を動かしながら。

 

 振り落とされないように箒を握る手に力をこめ、太ももをギュッと締める。すると、落ちていくスピードがグッと増した。濡れた耳がちぎれるように冷たい。氷の刃で頬を切り裂かれているような痛みを感じる。

 

(……見つけた!)

 

 風に煽られ、下へと追いやられたのか、地上すれすれのところに金色の光が見えた。白い光はかき消え、すぐに薄暗がりに埋もれていく。

 けれど、もう逃さない。

 

「あーッ! ナーサ・マルフォイ、また墜落かッ! いや、あれは、まさか……ス、スニッチ!」

 

 実況も、観客達の悲鳴じみた声も、もはやナーサの耳には届いていなかった。ここで減速すればスニッチを逃がしてしまう。

 迫りくる地面が怖いとは思わなかった。突然に時がゆっくりと刻みだしたかのように、一つ一つの動作がスローモーションで見えた。

 

 ぐんぐん近づいていく芝生。

 捕食者から逃げる小鳥のように激しく羽ばたくスニッチが、真横に逸れようとする。

 反射的に身体を斜めに倒しながら、思いきり右腕を伸ばす。何度か空を泳いだ指が、くすぐる何かを感じた。

 さらに限界ぎりぎりまで手を伸ばすと、しかと硬いものを掴んだ。

 

 地面まで、もうあと僅か──急いで箒の柄を上向きにすると、身体がすさまじい勢いで浮き上がる。箒が芝生をかく強い衝撃に耐えきれず、放すまいと握りしめていた左手がすっぽ抜けてしまった。

 

「いッ──!」

 

 次の瞬間、芝生に身体ごと投げだされた。さらに前のめりに一回転し、仰向けに叩きつけられる。けれど、雨水を吸った芝生は思いのほか柔らかく、大した痛みは感じなかった。

 

 荒い息を吐きながらも、ナーサは握りしめたままの右手を顔の近くまで持ってきた。指の合間から金色の羽が覗いている。むくりと起き上がると、信じられない思いのまま、頭上高く手を掲げた。

 ホイッスルが鳴った次の瞬間、ワッと割れるような大きな歓声が上がった。

 

「取ったーっ! まさか……まさか、誰がこんな展開を予想したでしょうか! 開始五分の大快挙! チェイサーが一人欠けている中、グリフィンドールのナーサ・マルフォイがスニッチを取りました! 150対20でグリフィンドールの大勝利です!」

 

 咄嗟にナーサの口を突いて出たのは、自分自身聞いたことのないような雄たけびだった。

 これまで人前で泣くのは恥ずかしいこと。どんなに悲しくても誰にも涙は見せない。そう思ってきたのに、自然と大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちてきた。それに、どうしてなのか、今は何も恥ずかしいとは思わない。

 

 続々とチームメイト達が集まってきた。目をいっぱいに見開いたアデリナが箒を放って、真っ先にナーサに飛びついてきた。

 

「ナーサッ! あんた、やっぱり最高のシーカーだよ……よく、よくあんな……」

 

 それ以上は言葉にならなかったようで、泥まみれになった身体をギュッと抱きしめてきた。

 

「やったじゃない! 掴み取ったよ、ナーサ!」

 

 すぐさまリンジーも加わり、三人で肩を組んだまま声を上げて泣いた。シャワーのような雨に打たれ続けて全身ズブ濡れになったが、興奮に熱くなった身体は少しも冷める気配がない。

 駆けつけてきたイアン、ブラッドリーとはハイタッチをし、決まり悪そうな顔でおずおずと進み出てきたレスリー・ブラウンとも握手を交わした。

 

 そうこうしているうちに見物に来ていた数少ないグリフィンドール生、ハッフルパフ生とレイブンクロー生も高い観客席から雪崩のようにピッチに押し寄せてきた。

 チームの誰でもお構いなしに肩を叩いたり、強引に手を取ってめちゃくちゃに踊りだす。中でもナーサは次から次へと人の手に渡され、揉みくちゃ状態にされた。

 これまで一度も話したこともない、顔も知らない生徒までもが「おめでとう」「よくやった」「最高」と、口々に言ってくる。まるで優勝杯を取ったような大騒ぎだ。

 

「おーい! 皆、まずは並んで! すごい試合だったし、興奮するのはわかるけど、まずは並ぶんだ! 祝うのは後だ!」

 

 ホイッスルで注意を引きながら整列の指示を出すディゴリー先生だったが、なかなか興奮しきった生徒達の耳には届かない。

 ナーサは荒い呼気を鎮めるように胸に手を当てた。

 ふと目が合ったカーヴェル・ロウルが、負けたというのに満ち足りた顔をしているのが胸に小さく引っかかった。

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