【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地 作:琳音(@rinne_1218)
スリザリンとの試合に勝利した翌日から、ナーサは大人数に取り囲まれ、ひっきりなしに話しかけられた。
もっぱら試合のことで、あんなに早いスニッチングは初めてだという称賛。宙づり状態になったのに、どうやって立て直したのかという技術的な質問。土曜日の夜に催された寮内のパーティーと同じく、その大半は好意的なものだった。
けれど、そんな中でも囁かれる、婚約者に頼み込んで勝ちを譲ってもらったんじゃないかという当てこすり。あの記事のことは新聞が取り除かれても生徒達の記憶にしっかりと焼きついているようだった。
月曜日の一限目ギリギリに魔法薬学の教室に駆け込むと、もうほとんどの席は埋まっていた。何の気なしに空いた席に鞄を置き、椅子を引いたその時──「あっ」と小さな声が漏れた。
スリザリンの男子達が、机に突っ伏したツンツン頭の肩を叩く。軽く悪態をつきながら顔を上げると、ナーサと目が合い、固まった。
──ちょっと、あれ。
甲高い声が耳をかすめ、ナーサは思わず鞄に手を伸ばしかけた。その瞬間、リラルドはぎこちなく目を逸らした。
ナーサは喉を小さく鳴らし、静かに座り直した。
「……ヤックスリー」
絞り出した声はあまりに小さかった。
身体ごとナーサに背を向けたリラルドは振り返らない。けれど、机に突き立てた指が、押さえ込むように震えていた。
バグノールドは刺すような目でナーサを見ていたが、他の男子達は興奮したようにリラルドの肩を叩いたり、指差して振り返らせようとした。
「ヤックスリー」
もう一度呼んでみた。すると、渋々といったようにリラルドが身体の向きを変えた。目は伏せたまま、表情は硬い。
「……ごめん」
ハッと顔を上げ、彼は息を呑んだ。視線が彷徨い、覚悟を決めたようにナーサを見つめる。
「何で、お前が謝るんだよ」
「この前……ちゃんと聞かずに、決めつけたから」
「ああ。マジで、あれは俺じゃねぇから」
ナーサはゆっくりと頷いた。
新聞にリークしたこと。大広間に記事を貼り出したこと。それは、きっとリラルドの仕業じゃない。
「でも、どう思えばいいか……まだ、決められない。学年末のこと、忘れたわけじゃない」
「……けど、目が合って、避けられんの……キツい。俺のせいでも、さ」
その時、スネイプ先生が教室に入ってきた。その途端、リラルドは背筋を伸ばして前を見据えた。
その日は『縮み薬』を作ることになった。ペアを組むよう言われて、周りがざわめき始める。スリザリンの男子は全部で五人──ナーサは息を吐き、リラルドの肩を叩いた。
「……空いてる?」
リラルドはいきなり殴られたように、目を見開いた。「おい」「行けよ!」──友人達の囁きと手に押し出され、彼は立ち上がった。
──ね、見て。
──また、あの二人?
クスクス笑い。刺すような口調に縮こまりそうになったが、ナーサは手を握りしめた。
(……気にしない。本当じゃないって、あたしが分かってる)
萎びイチジク二つ分の汁、雛菊の根、五匹の毛虫、ニガヨモギ、四匹のヒル……教科書を片手に分量を確認する手が、ほんの少し震えた。
──やっぱ、婚約してるよね。
はっきりと聞こえた瞬間。
「……うぜぇ」
スコティッシュ・アクセントを強めた声が、牽制するように響いた。
シンッと教室が静まった。リラルドの友人達は口笛を鳴らし、こちらを振り返っていた女子達はこわごわと前を向いた。
硬い靴音が響き、黒い影がすぐ側で止まる。
「何か言ったかな、ミスター・ヤックスリー」
通路を通りかかったスネイプ先生だ。ドキドキしながらリラルドを見ると、彼は澄んだ空色の目で真っ向から先生を見つめ返した。
「集中できなくて。失礼しました、スネイプ先生」
「私語は厳禁だ。気をつけるように」
先生はリラルドではなく、先ほど笑っていた女子達の方をじろりと見た。
小刀やすり鉢を用意しながら、リラルドは不自然なほどナーサを見なかった。ナーサが小分けにした材料のうち、ヒルを引き寄せると、ぼそりと呟く。
「……絞るわ」
感触や臭い、手が汚れるのを嫌って誰もがやりたがらない作業を、あえて選んだ──顔を背けながらも、親の仇のように力を込めて処理していく。
ナーサは無言のまま、隣で雛菊の根を刻み始めた。
大鍋に萎びイチジクの汁を入れて火にかけてから、ナーサは洗い場を見た。リラルドは汚れた実験器具を黙々と片付けている。
「ヤックスリー、一緒に火加減見て」
「……いや、いい。片付け、やっとく」
一年生の頃、何のわだかまりもなく話すことができた数ヶ月の中で、彼が面倒なことは好まないと知っていた。魔法薬の調合は得意でも、下準備や後片付けは苦手なはずだ。
気を遣って雑務をしてるのか。それとも、距離を保とうとしてるのか。
ナーサは流水と器具同士がぶつかる音に耳を澄ませながら、もう一度口を開いた。
「火加減、見てほしい。杖、使うから」
「あー……分かった」
キュッと蛇口を閉める音。すぐにやってきたリラルドだったが、腕まくりしたままの袖から突き出た手が白い。指先が紫色になっているのを見て、ナーサは少し胸が痛んだ。前にスネイプ先生に与えられた罰則を思い出してしまった。
「あたし、火加減調節の方が得意なの。杖、使う? 鍋に近い方が、手……温まるから」
リラルドは弾かれたようにナーサを見つめた。
唇がムズムズと動いて、ナーサは居たたまれなかった。けれど、「サンキュ」と小声で言ったリラルドが杖を取り出したのを見て、少し肩の力が抜けた。
時間に余裕を持って、工程全てが終わった。鍋の底には、きれいな緑色の薬が溜まっている。
「……完成かな」
教科書で完成品の特徴を確認しながら、ナーサは大鍋を覗き込んだ。
リラルドは一歩引いて、鍋を見下ろした。
「早ぇな、相変わらず……すげえよ」
「ううん。時間のかかるところ、やってくれたからだよ」
作業を終えているのはナーサ達だけのようだった。
周りが調合や後片付けでバタついている中、手持ち無沙汰になってしまうと、急に気まずさが舞い戻ってきた。彼もそうなのか、そっぽを向いて頭を掻く。
「ちょっと、ダチのところ、行ってくる」
「……うん」
何とかやり抜いた安堵と、僅かな寂しさが吐息に混じった。
「終わったのかね」
真後ろから低い声が落ちた。スネイプ先生が大鍋の底を覗き込み、ほんの僅かに口の端を上げた。
「……ふん。ある程度、効果は発揮できそうだ。ミス・マルフォイ。今日の放課後、ここへ来たまえ」
「あの、どうしてですか?」
「縮み薬の在庫が少なくなってきている。材料ばかりを費やし、まともな薬を作れん生徒が増えているからだ」
ナーサはすぐには返事ができなかった。
何度かロングボトムの薬草学の手伝いをしたことがある。けれど、それはあくまで『お願い』であって『命令』ではなかった。
「今日は、クィディッチの練習があります。明日ではいけませんか?」
「明日の五、六限目に上級生の魔法薬学がある。それでは遅い」
戻ってきたリラルドが、スネイプ先生とナーサを交互に見つめた。
「スネイプ先生。何か──」
「ミスター・ヤックスリー。君も、放課後ここへ来い。君達は比較的まともな部類だ。最低限の品質は保証できる。材料をドブに捨てることにはならんだろう」
「……は? 補習?」
(また、一緒に──?)
ナーサは反射的にリラルドを見た。ひやりと冷たい疑惑が首をもたげたが、リラルドはただ当惑しているようにしか見えない。
スネイプ先生は二人を冷ややかに一瞥すると、黒い衣を引きずるように教壇へと戻っていった。