【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地 作:琳音(@rinne_1218)
夕食の席はひどく混み合っていた。こんがりと焼けたローストチキンの香ばしい香りが漂っていて、お腹が小さく鳴る。ざわめきにかき消されたはずだが、リラルドが不意に振り返ってドキリとした。
「それじゃ、な」
リラルドはすぐに背を向けて、ひらひらと片手を振った。笑いに似た音が口からこぼれ、ナーサは口角を上げた。
「うん。またね」
近くの生徒達の視線を感じたけれど、気にならなかった。
グリフィンドールテーブルの空いた席を探してキョトキョトしていると、ヒソヒソ声が耳に飛び込んでくる。
──試合すごかったよね。
──隣、誘う?
期待と憧れの入り混じった眼差し。開始五分でスニッチを掴んだ英雄──作られた物語を信じ込んだ目だ。
いそいそと前方へ向かおうとした時、勢いよく椅子が引かれる。行く手を塞いだのは、ルームメイトのアリッサ・バーンスタイン。ペットのふくろうをリラルドに取り上げられたと言って泣いていた彼女だった。
軽く身を引いたナーサに、彼女は一歩前に踏み出した。
「あの、ね。一緒に食べない?」
絞り出すような声だった。目を何度も瞬きながら、それでも逸らさない。メイジーとグレイスも食事の手を止め、ナーサを見ている。
「うん。じゃあ、お邪魔するね」
グレイスが素早くかぼちゃジュースを注ぎ、メイジーはサラダを取り分けてナーサの前に置いてくれた。
「……ありがとう」
「こないだの試合、すごかったね。感激しちゃった」
口火を切ったのはメイジーだった。パンケーキから垂れ落ちるほどメープルシロップをかけて、幸せそうな顔で頬張る。
グレイスも少し身を乗り出した。
「本当。チェイサー欠けてるのに、あんなこと……地上に向かってのダイブ、鳥肌が立ったよ!」
「開始五分で試合を終わらせるなんて。ここ数年間はグリフィンドールは負けっぱなしって聞いてたのに、シーカーが変わるだけで! 尊敬しちゃうっ」
「ううん、あれは運がよかっただけ。たまたま体勢を崩した時にスニッチが見えただけだから。
それより、ね。あの日応援してくれて……ありがとう。嬉しかった」
頬が火をつけられたように熱い。フォークを握りしめながら、三人の顔を見た。
隣のアリッサがキュッと口を閉じ、スプーンを置いた。椅子を少し引き、ナーサに身体を傾けると、軽く目を伏せた。
「……ごめんね、ナーサ。学期始めに、ひどいこと言った……それに、宴で噂になったの……あれ、私のせいだよね」
メイジーとグレイスは顔を見交わし、小さく肩を竦めた。
「私達も、ごめんね。最初に謝らなきゃだった」
「仲間外れみたいにしてたよね。本当……ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。ジャニスがいなくなったきっかけは、あたし……調べものの相談をしたことで、巻き込んだ。でも、彼女を売ったりはしてない。ジャニスは、あたしの──大切な友達だから」
アリッサがゆっくりと目をまたたき、彼女の青い目がほんの僅かに揺らいだ。
「……何があったのかは、教えてくれないよね」
「うん。知らない方が、きっといい。もう、誰も巻き込みたくないから」
「そっか」
アリッサは深く頷いた。テーブルの上で組み合わせた両手をもぞもぞと動かしながら、ナーサをじっと見つめる。
「ねえ、ナーサ。都合がいい話だと思うけど、私……あなたと、ちゃんと友達になりたい。全部は知らなくても、友達になれる?」
ナーサは思わず目をパチパチさせた。親戚を死喰い人に殺されたため、アリッサは入学以来ずっとナーサとの間に壁を築いていた。それなのに目を離していた隙に、壁にはドアが一つできていた。
「……うん。ありがとう」
ナーサが手を差し出すと、アリッサは手を握り返してくれた。涙ぐんだメイジーは手を叩いて、にっこりと笑った。
「ねえ、私のことも友達だって思ってくれる?」
「勿論だよ、メイジー」
「じゃ、私のことも?」
「グレイスも」
「よかった! ナーサ、いつの間にかリンジーとも仲よくなってたじゃない! 色々訊きたくてウズウズしてたの!」
「それに、スリザリンの王子様とか?」
「そう、ミスター・クラウチ! 練習試合で真っ先に駆けつけてた! あれ、一体どういうこと? ずっと気になってた!」
前のめりになるグレイスに、アリッサはフッと溜め息を吐いた。
「下心見え見え」
四人は顔を見合わせて笑った。まるで、遠い入学式の夜──蜂蜜酒のように甘かった頃のように。
不意にバサッと羽ばたきの音が響いた。ハッと頭上を見上げると、黒い影が落ちてくる。反射的に差し出した腕にモリフクロウが留まった。そのくちばしには輝くように白い封筒を一通くわえている。首を前に突き出し、押しつけるようにするフクロウの頭をひと撫ですると、ナーサは手紙を受け取った。
差出人はない。見慣れない封蝋に目を留め──そこに刻まれた、飾り文字の「R」。ナーサは息を呑んで、封筒の端を握りしめた。それは待ち侘びていたレグルスからの手紙だった。
*
寮の部屋に戻り、寝支度を整えてから、ナーサはようやくレグルスからの手紙を開封した。まだアリッサ達は何かを話していたが、耳の中には届かない。
きっちりと四角が重ねられた便箋を開き、几帳面な字面を撫でて、中を読み進めていく。
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親愛なるナーサ
返事が遅くなってしまってすまない。不安にさせてしまっただろうか。
ジニーの症状について調べていたが、マルフォイ家の内部を探ることは難しい。
だが、魔力が枯れる病については、私も耳にしたことがある。回復を見込めるものなのかについては、事例が少なすぎて判断できない。
もし君が望むのなら、マルフォイ家に付き添うことはできる。ただ、訪問するのなら、それなりの覚悟が必要となるだろう。ルシウスは一度戻った君を、そうやすやすと手放すつもりはないだろうから。
スクイブの法案については心配しなくてもいい。ルシウスがジニーを引き渡すはずがない。これで少しでも君の気持ちが軽くなるならいいのだが。
この一週間、何か変わりはなかっただろうか。この件に限らず、何か悩み事があれば、いつでも相談してほしい。
P.S.
クィディッチの勝利、おめでとう。『銀の矢』が役立ったようでよかった。君が飛ぶ姿を、いつか見たいものだ。
R
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読み終えた途端、胸の緊張が僅かに緩んだ。
母が魔力を失くしても、何処かに連れ去られる心配がなくなった。それだけでも、ほんの少し救われた思いだった。
(でも、ママは──魔法を使えないことで、あの人につらく当たられたりしてない? やっぱり一度、マルフォイ家に戻る? 婚約しないって言ったけれど……きっと、あれで終わりじゃない。どんな手だって使ってくるはず。もし……もしも『服従の呪い』で従わされたら?)
ぞくり、と寒気が身体の節々まで駆け抜けた。そこまではしないと信じたい。けれど、ヤックスリー家には前例がある。知らぬ間に自分の物語のページが書き換えられ、エンディングに向かっていたと知った時、リラルドの母親は一体何を思ったのだろう。
ナーサは引き出しから便箋を出し、羽ペンを握りしめた。けれど、宛名を書いた後、すぐに書くべき言葉が浮かんでこない。それでも考えながら、ペンを動かしていった。
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レグルスおじさま
お返事お待ちしてました。ママのことを知らせてくださり、ありがとうございます。
このお手紙をいただいた日、ルシウスとヤックスリー魔法大臣が学校に来ました。
おじさまも知っておいでかと思いますが、先日、新聞にあたしとミスター・リラルド・ヤックスリーの記事が載り、婚約を提案されました。
ママのこと、すぐにでもお見舞いに行きたいですが、断った後だから、とても怖くて……どうするか、クリスマス休暇まで考えたいと思います。
P.S.
試合の後、皆から少しだけ受け入れられて、ルームメイト達とも仲直りできました。これも、おじさまのお陰だと思っています。
ナーサ
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インクが乾くのを待ちながら手紙を読み直し、丁寧に畳んだ。