【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地 作:琳音(@rinne_1218)
クリスマス休暇に入る朝、空は遮る雲一つなく、何処までも澄み渡っていた。校門の前には馬車を待つ長蛇の列ができており、遅い朝日に照らされて生徒達の息遣いが輝いている。誰もが数ヶ月ぶりの帰省に喜びを隠しきれない様子だ。
馬車の到着はまだのようで列は一向に動かない。ルームメイト達の話に耳を傾けながらも、ナーサは何度も背伸びして前方を見た。
「皆、休暇には何する? 私はピアスの穴を開けるんだ。ずっとパパが渋い顔をしてたんだけど、なんとかママが説得してくれたみたいなの」
弾んだ声でそう言うメイジーのふっくらとした頬には可愛らしいえくぼが浮かんでいる。五人兄弟の末っ子ならではの、甘え慣れた幸せそうな表情だ。
すると、アリッサが吐息混じりに呟く。
「いいな。私は着飾るにはまだ早いって言われてるから、メイクもアクセサリーもまだまだ先。一昨年はセーター、去年はマフラー。今年は手袋でも贈られるのかな。飾りっけのない実用的なものばかりで、うんざりしちゃう」
けれど、すぐに気を取り直したのか、にこりと笑った。
「うちはコート・ダジュールに行くんだ。海外に行くの、初めてだから今からワクワクしてる」
「フランスっ? うわぁ、いいね! 私は特にこれと言って……ちょっと出かけるくらいかな、彼と」
思わせぶりなグレイスの言葉に、アリッサとメイジーは訳知り顔でクスクス笑いを交わした。
(あの人?)
一人話題から取り残されたナーサに気づいて、アリッサがそっと耳打ちしてくる。
「グレイス、少し前に彼ができたの。ハッフルパフのケント・ロビンソン」
思わず、まじまじと見つめるとグレイスは小さく頷いた。
十月に一足早くティーンエイジャーの仲間入りをしたグレイスは、急に大人びてきれいになった。最初こそ厚塗りメイクで悪目立ちしていたのが、すぐに上達して一気に垢抜けた。それはトレーニングの成果だけではなかったらしい。
「一年生の頃から、宴でよく話してたんだ」
少し頬を赤らめながら説明するその顔は、何処か誇らしげだった。寝食を共にするルームメイトの彼女が、急に遠い存在になったような気がした。
「あ、噂をすれば」
メイジーの声に目を向けると、なだらかな斜面の下側──列の先頭側から男子が二人向かってくるのが見えた。
雪を掻いた道は狭い。それに生徒達で埋め尽くされていたから、列の横に逸れなければならない。荷物を片手に、新雪に足をとられながら歩くのは大変そうだ。ローブの裾を白く染めながら近づいてきたうちの一人は、ルーク・ディゴリーだった。
「やあ、ナーサ」
お馴染みのさわやかな笑みを浮かべながら、ナーサ達のすぐ側で足を止めた。
「おはよう、ルーク。何か忘れ物をしたの?」
「違うよ。君とホグズミードまで一緒に行きたいと思って」
「えっと……あたしはかまわないけど」
違う寮の異性と相乗りすることは常識的に考えてどうなのだろう。レグルスとの別れの抱擁でさえ誤解されたことを思うと、自分の判断にいま一つ自信を持てない。
そんなナーサをよそに、グレイスは颯爽とルークの友達に駆け寄っていった。
「来てくれたんだ」
「うん。なかなか見つからなかったから見逃したかと思ったよ」
ふわふわの綿菓子のような、亜麻色の髪の男の子だった。すらりとしたグレイスと同じくらいの背丈で、親しみやすい笑みを浮かべている。
「おはよう、アリッサ、メイジー。それに、君と話すのは初めてだね、ナーサ・マルフォイ。僕はケント・ロビンソンだ、よろしく」
軽く挨拶を交わしていると、列がゆっくりと進み始めた。どうやら、ようやく馬車が来たようだ。並んで歩きだしたルークは、ナーサにだけ聞こえるようにヒソヒソ声で囁いた。
「ここで会えてホッとしたよ。休暇明けまで会えないかと思ってた」
「急ぎの用事? ホグワーツ特急でも一緒なのに」
「僕はホグズミードまでなんだ。あそこに住んでるから」
「そうなのっ? いいな。あたし、まだ一度も行ったことがなくて」
「そうなんだ。来年一緒に回ってみる? 隠れスポットもまとめて紹介するよ」
前に行くにつれて、列の進みは速くなる。皆が乗り込むと、馬車が緩やかに動きだした。
隣に座ったルークがトランクケースを開け、小さな包みを取り出した。
「一足早いけど、メリークリスマス」
「これ……あたしに?」
差し出された贈り物を両手で受け取りながら、ナーサはカッと顔が熱くなるのを感じた。
ケントは握り拳を小さく揺らしながらルークに見入り、グレイスとメイジーは視線を見交わした。アリッサは何かを言いかけて呑み込んだ。
「開けてみても、いい?」
「もちろん」
箱を膝の上に置いて、リボンを外して丁寧にラッピングを解いていく。慎重に中の箱を取り出し、蓋を開けてみた。重ねられた白い布の上にチューブ状のものが納められている。
「これ……ハンドクリーム?」
ルークが困ったように笑った。
「この時期だし、僕も手荒れがつらくなってきてさ。このクリーム、とてもよく効くんだ。香りもいいし……でも、女の子に贈るにはあんまりいいプレゼントじゃなかったかな」
「違うの! ただ、びっくりして。あたし、友達からプレゼントをもらうの、初めてなの」
思わず口を押さえて、声を震わせた。
「……どうしよう。すごく、嬉しい……」
「本当っ? 実は、プレゼントはもう一つあるんだよ、ナーサ。気づかない?」
そう言ってハンドクリームの下にある白い布を指さす。
その下に何か隠れているのかと手に取った途端、布は見る間に色を変えていく。形も細長くなり、光沢のあるロイヤルブルーに白いドット柄が浮かび上がる。
ルームメイト達が覗き込み、こぞって感嘆の声を上げた。
「七変化リボンっていうらしい。持ち主の服装や気分によって、色や柄が変わるんだって」
「これ知ってる。ホグズミードで人気のやつ!」
流行に敏感なグレイスが羨ましそうに言うと、ケントが優しく肩を撫でた。
「──ナーサ」
向かいのアリッサが差し出したハンカチに目をまたたくと、涙のしずくが撥ねた。皆、驚いた顔でナーサを見つめていた。ナーサはお礼を言って受け取ると、そっとハンカチを当てた。
「すごく……嬉しくて。変だよね、こんなの」
小さく鼻をすすって、ナーサは笑みをつくろうとした。
こんな風に涙がこぼれたのは、一年生のホグワーツ特急の時以来だ。マグルの中で育ったことを知り、自分の足元が崩れ落ちたように感じていた、あの日。
──Ye look bonnier when ye smile, aye?
お前はきっと笑顔の方がいい。
あの言葉を聞いた時も、涙が止まらなかった。今日の涙もそれと似ている──日向にいるような暖かさが心地いい。
ルークはゆっくりと首を振り、目を細めた。
「全然変じゃない。けど……君は、きっと笑顔の方が似合う」
ナーサは一瞬、言葉を失った。あの日の記憶が重なり、共鳴するようだった。
次の瞬間──キャーッと甲高い声が上がった。
「やだ、何この空気……完全に二人の世界じゃない?」
「ほんと! 今、時が止まったのを感じた……! 脳内で結婚行進曲が流れ始めた!」
アリッサは露骨に顔をしかめ、お下げを振り払った。
「また、この流れ……? 二人とも、落ち着きなってば」
グレイスは掻きむしるように、ローブの胸元を何度も掴んでは熱い吐息を漏らす。
「だって、見てた? 妄想せずにはいられないっ!」
「グレイスの好みだよ、ケント。しっかり心に刻んで実践してねっ」
メイジーに振られた瞬間、ケントの身体が飛び跳ねた。恨めしそうにルークに目をやり、眉間に指を当てた。
「い、いやいや……急にプレッシャーかけないで。ルーク、君さぁ……今のでハードル爆上がりなんだけど。どうしてくれるんだよ」
「え……? 思ったことをそのまま言っただけだよ」
当惑したように返すルークに、またキャーッと声が上がった。
ナーサはポニーテールの根元にリボンを結ぶと、トランクケースの中から手鏡を引っ張りだして形を整えた。
「ねっ。どう、かな」
笑顔の方が似合う──ルークの言葉を思い出しながら、口角を意識した。ルークは小さく息を呑んだ。
「……うん。すごく、可愛い」
グレイスが地団駄するように、その場で足踏みする。
「今度はピンクに変わった!」
「恋じゃない? 恋じゃないっ?」
ナーサはその言葉に押されるようにルークを見た。ほんのりと色づいた頬に気づいた途端、トクンと脈打つ音が響いた。
「いいじゃない。二人とも、お似合い!」
「シーカー同士だし、この際付き合っちゃえー」
メイジーとグレイスがナーサの肩を叩いてクスクス笑った。
パンッ──両手を叩いた音に、皆がアリッサを見つめた。彼女は一つ咳払いをして、続ける。
「二人とも、この馬車の中だけにしてよ、この話題。『
クラス違いの恋──リンジーとデニスのことが脳裏をよぎる。
「ごめんって。ただの冗談」
恐々とそう言うメイジーに、アリッサはきつい目を向ける。
「冗談でも言っちゃ駄目。今学期何があったか、忘れた?」
メイジーの顔から血の気が引き、グレイスはローブを握りしめた。
「……ジャニスのこと、忘れないで」
身近だったルームメイトの名前に、ガラガラと回る車輪の音が急に大きくなったように感じられた。
ケントは沈んだグレイスの顔に目を移すと、そっと手を握った。ルークが小さく咳払いした。
「心配してくれてありがとう。けど、魔法省はクラス違いの友情までは禁じていない。そうだろ?」
「それは、まあ……でも、ナーサはどうしても目立つから。こうして大人数で行動する分には問題ないけど、誤解を生む行動は慎んだ方がいいと思う……私、もう友達がいなくなるのは嫌なの」
消え入るような呟きに、ナーサは胸に甘い痛みを覚えた。その言葉に棘はなく、ただ自分達の身を案じてくれていることが伝わってきた。
「ありがとう、アリッサ。あたしも気をつける。もし気づかずにおかしなことをしていたら、教えてね」
感謝を込めてそう言うと、アリッサが眼鏡をかけ直した。その口元が緩んでいる。
ナーサは右隣に視線を移すと、膝の上に置いていたハンドクリームを両手で持った。
「素敵な贈り物をありがとう、ルーク。大切に使うね」
ふわりと揺れるリボンは軽いはずなのに、何故か結んだ髪から意識が離れなかった。