【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地 作:琳音(@rinne_1218)
馬車乗り場でルークと別れると、五人は脇目も振らずに駅へと向かった。発車までには少し余裕があったが、空いたコンパートメントを見つけられるだろうかと思うと、足は自然と早まる。プラットフォームへの坂道など、ほとんど走らんばかりになっていた。
こじんまりとした駅の構内には人気がなかった。見送り客はおらず、生徒達はすでに乗車してしまっている。気まぐれのように灰色の空からは雪がチラホラと舞い始め、黒い煙を上げた蒸気機関車が静かに佇んでいる様が物悲しい。
最後尾の車両に飛び乗ると、コンパートメントを探しながら前方の車両へと向かっていく。
三両ほど進んだところで先頭を行くケントが急に足を止めたので、皆そろって前の人に衝突しかけた。
「よかった。ここが空いてるよ!」
「ここ? 狭いけど……五人も座れる?」
尖った声のグレイスに続いて、中を覗き込んだ。
四人掛けのコンパートメントで、荷物を網棚の上に置かなければ全員入れそうにない。
「うーん。でも他の車両も空いてるとは限らないし」
ケントがなだめるように言った。新学期の車内の様子を思い出し、ナーサは顎に手を当てた。
(……でも、帰省しない生徒もいるはず。新学期の時よりは空いている、よね)
「あたし、他の車両も見てくる」
くるりと振り返った途端、ローブがはだけた。グレイスがローブの裾をしっかりと掴んでいた。
「ま、待って! その……危ないよ、こないだの試合で活躍したから、スリザリンのヤツに狙われるかも!」
「そんな。心配しすぎだよ」
「駄目よ……!」
グレイスはナーサを羽交い締めにするように抱き止める。
「それなら、私とケントで行ってくる! ここより広いところを見つけたら、どっちかがすぐ呼びに戻れるし。ね、私達に任せて!」
早口で言い終えると、グレイスはそそくさとケントの腕を取り、車両の向こうへ向かっていった。
二人の姿が見えなくなった途端、アリッサとメイジーがお腹を抱えて笑いだした。
「グレイスったら。よっぽど二人きりになりたかったんだ」
「付き合いたてだもんね。寮が違ったら、一緒に過ごす時間もあんまりないし」
「……あ、そういうこと……だったんだ」
考えれば、すぐに分かることなのに──ナーサは頬を赤らめながら、コンパートメントのドアを閉めた。
笛のようによく通る音が鳴り渡った。ややあって蒸気機関車がゆっくりと動きだし、少しずつ加速していく。曇った窓に映るホグズミードの街並みがあっという間に後ろに流れていった。
「ね。あの二人、戻ってくると思う?」
何処かウキウキとした口調のメイジーに、アリッサが軽く首を傾げた。
「さあね。とりあえず荷物を上げちゃおう。このままじゃ、狭いもの。ウィンガーディアム・レビオーサ」
当然のように杖を一振りし、網棚の上に荷物を上げてしまう。メイジーは杖を取りだしたものの、思い直したようにポケットの中にしまい込んで、トランクに手をかけた。
「よかったら、あたしが上げようか?」
「いいの? 助かる……」
声をかけると、すぐにホッとしたように笑った。
すでに窓側の席に掛けていたアリッサは腕組みをし、咎めるような目を向けた。
「ねえ、メイジー。少しは自分でできるようにならなきゃ。人に助けを求めてばかりじゃ、いつまで経っても上達しないよ」
「分かってるって。休暇中にちゃんと練習するから」
「毎度そればっかり。知らないよ。試験では誰も助けてくれないんだからね」
アリッサのお説教に苦笑しながら、網棚に向かい合うように立つ。
「ウィンガーディアム・レビオーサ」
呪文を唱えた瞬間、右手の内側が静かに熱くなる。トランクは僅かに浮き上がったものの、すぐに音を立てて床に落ちた。カラカラとタイヤが回り、床を滑る。
二人は言い合いを止めて、意外そうに目をまたたいた。
(……やだ。なんで、今!)
この杖は従順だが、たまにこうなる。耳までカッと赤くなるのを感じながら、気を取り直してもう一度杖を振ると、今度はきっちりと網棚の上に載せることができた。
自分から言い出したのに──ナーサはおそるおそる二人を見つめた。
「……珍しい。ナーサでも失敗すること、あるんだ」
うっかり漏らした感想の後、アリッサはパッと口を塞いだ。ナーサは結わえた髪を撫でながら、そっと目を伏せた。
「たまにね。すごくうまくいく時もあれば、さっきみたいに不発になることもあって……」
けれど、メイジーは人のいい顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「気にすることない、ない! ちょっと嬉しいな。クィディッチもできるし、勉強も学年トップ。ナーサ、何でもできすぎるんだもの。たまにミスしてくれた方が──」
不自然に言葉を切った彼女の視線が、ドアの向こうに貼りついている。咄嗟に立ち上がったアリッサも同じだ。
つられて振り返ると、ドアの窓越しにリラルドの顔が映っていた。不自然に顔を背けたまま、立ち尽くしている。背後から悲鳴じみた声が漏れたけれど、ナーサは迷いなくドアを開けた。
「何か用事?」
「……ああ。ちょっとだけ、話せるか?」
チラッと廊下の片隅を見ながら、呟いた。
「……やめた方いいよ! 何されるか分かんないよっ」
メイジーは震えながらそう言い、アリッサはその肩を撫でながら睨みつけていた。小さく舌打ちしたリラルドの視線が鋭くなった。
「話せるか、聞いただけだろ。何されるか分かんねえって、何だよ」
スコティッシュ・アクセントが強くなり、メイジーが大きく息を呑む。
ナーサはドアの外に飛び出て、振り返った。
「二人とも、心配しないで。今は停戦中なの。行こ、ヤックスリー」
リラルドはコンパートメントを一瞥した後、ナーサと並んで歩き出した。通路の向こうにある乗降口を指さし、足を止める。
まだ動き出したばかりで車内販売も回っていない。ガタンガタンと車輪の音が大きく響き、床を振動が伝う。暖房の入ったコンパートメントとは違って、外気が染み込んでくるようだった。ローブの二の腕をさすりながら、ナーサはリラルドに目を移した。
「それで、何かあった?」
「……休暇中に送りてぇ物、あるんだよ」
その言葉に、ふわりと心が浮かび上がった。
「贈りたいもの?」
無意識にルークからもらったリボンに触れていた。リラルドはチラッと目をやり、すぐに逸らした。
「いきなり手紙送りつけたら……ブラック卿に捨てられっかもしれねぇと思って。いいか?」
「あー……分かった。おじさまに伝えとくよ」
湯を浴びせられたように顔が熱い。勘違いして、リラルドはどう思っただろう。目を合わせられなくて、少し視線を下げる。
リラルドの頬がぎこちなく緩んだ。
「……それ。リボン、似合うな」
「本当っ? ありがとう──友達に、もらったんだ」
ナーサは滑らかな布地に手をやり、歯を覗かせた。
リラルドは大きく目をまたたいた。小首を傾げたナーサと視線がぶつかると、すっとリボンを指差した。
「面白ぇな。色、変わるんだ」
「えっ、変わった? 何色?」
ポケットから手鏡を探し当てる前に、リラルドが頭を掻きながら視線を上に逸らした。
「……空みてぇな──いや、水色。それ、温度で変わるとか?」
「ううん。気分で変わるんだって」
解いたリボンは晴れた日の空みたいな色で、思わず笑みがこぼれた。
結び直す間、リラルドはそっぽを向いたままだった。
「俺、もう行くわ。誰かに見られねぇうちに……悪かったな、邪魔して」
「ううん。それじゃ、いいクリスマスを」
「お前もな」
「……手紙、待ってるね」
「ああ」
背を向けて行きかけたリラルドが、不意に足を止め、振り返った。ナーサの背後を睨みつける目が険しく、つられて後ろを見た。揺れる通路には、誰の姿もない。
リラルドは小さく舌打ちした。
「……やっぱ、コンパートメントまで、送る」
「えっ? いいよ、すぐそこなのに」
カーブに差し掛かっていたらしく、大きく車両が揺れた。ぐらりと傾いた身体が壁に当たる前に、駆け寄ってきたリラルドが手を引いた。背中に添えられた手がほんの僅かに触れる。
「あ、りがとう……」
触れられた箇所が熱を帯びたようで、顔の近さに身体がこわばった。
リラルドは溜め息を吐いて、手を離した。少し言い淀んでから、口を開く。
「あのさ。ロウルのこと……マジで気をつけろよ」
「……ロウル?」
並んで歩きながら、リラルドは口早に言った。
「あいつ、まだお前のこと狙ってる……あんま、一人になるなよ。どっか行く時はダチと、な」
「分かった。気をつけるよ」
コンパートメントの窓から見えないギリギリのところで、リラルドは立ち止まった。チラリと奥を見てから、声を落として言った。
「それじゃ、な」
「あのね……心配してくれて、ありがとう」
ほんの少し躊躇いつつ、ナーサは小さく手を振った。
「ああ、またな」
リラルドは一瞬顔をくしゃりと歪め、スコットランド英語で短く返した。
久しぶりに聞いた訛りとは違う独特な言葉に、ナーサはハッと息を呑んだ。