【予言の子が殺されたIF】此は最果ての地   作:琳音(@rinne_1218)

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33. 空色のリボン

 馬車乗り場でルークと別れると、五人は脇目も振らずに駅へと向かった。発車までには少し余裕があったが、空いたコンパートメントを見つけられるだろうかと思うと、足は自然と早まる。プラットフォームへの坂道など、ほとんど走らんばかりになっていた。

 

 こじんまりとした駅の構内には人気がなかった。見送り客はおらず、生徒達はすでに乗車してしまっている。気まぐれのように灰色の空からは雪がチラホラと舞い始め、黒い煙を上げた蒸気機関車が静かに佇んでいる様が物悲しい。

 

 最後尾の車両に飛び乗ると、コンパートメントを探しながら前方の車両へと向かっていく。

 三両ほど進んだところで先頭を行くケントが急に足を止めたので、皆そろって前の人に衝突しかけた。

 

「よかった。ここが空いてるよ!」

「ここ? 狭いけど……五人も座れる?」

 

 尖った声のグレイスに続いて、中を覗き込んだ。

 四人掛けのコンパートメントで、荷物を網棚の上に置かなければ全員入れそうにない。

 

「うーん。でも他の車両も空いてるとは限らないし」

 

 ケントがなだめるように言った。新学期の車内の様子を思い出し、ナーサは顎に手を当てた。

 

(……でも、帰省しない生徒もいるはず。新学期の時よりは空いている、よね)

 

「あたし、他の車両も見てくる」

 

 くるりと振り返った途端、ローブがはだけた。グレイスがローブの裾をしっかりと掴んでいた。

 

「ま、待って! その……危ないよ、こないだの試合で活躍したから、スリザリンのヤツに狙われるかも!」

「そんな。心配しすぎだよ」

「駄目よ……!」

 

 グレイスはナーサを羽交い締めにするように抱き止める。

 

「それなら、私とケントで行ってくる! ここより広いところを見つけたら、どっちかがすぐ呼びに戻れるし。ね、私達に任せて!」

 

 早口で言い終えると、グレイスはそそくさとケントの腕を取り、車両の向こうへ向かっていった。

 二人の姿が見えなくなった途端、アリッサとメイジーがお腹を抱えて笑いだした。

 

「グレイスったら。よっぽど二人きりになりたかったんだ」

「付き合いたてだもんね。寮が違ったら、一緒に過ごす時間もあんまりないし」

「……あ、そういうこと……だったんだ」

 

 考えれば、すぐに分かることなのに──ナーサは頬を赤らめながら、コンパートメントのドアを閉めた。

 

 笛のようによく通る音が鳴り渡った。ややあって蒸気機関車がゆっくりと動きだし、少しずつ加速していく。曇った窓に映るホグズミードの街並みがあっという間に後ろに流れていった。

 

「ね。あの二人、戻ってくると思う?」

 

 何処かウキウキとした口調のメイジーに、アリッサが軽く首を傾げた。

 

「さあね。とりあえず荷物を上げちゃおう。このままじゃ、狭いもの。ウィンガーディアム・レビオーサ」

 

 当然のように杖を一振りし、網棚の上に荷物を上げてしまう。メイジーは杖を取りだしたものの、思い直したようにポケットの中にしまい込んで、トランクに手をかけた。

 

「よかったら、あたしが上げようか?」

「いいの? 助かる……」

 

 声をかけると、すぐにホッとしたように笑った。

 すでに窓側の席に掛けていたアリッサは腕組みをし、咎めるような目を向けた。

 

「ねえ、メイジー。少しは自分でできるようにならなきゃ。人に助けを求めてばかりじゃ、いつまで経っても上達しないよ」

「分かってるって。休暇中にちゃんと練習するから」

「毎度そればっかり。知らないよ。試験では誰も助けてくれないんだからね」

 

 アリッサのお説教に苦笑しながら、網棚に向かい合うように立つ。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ」

 

 呪文を唱えた瞬間、右手の内側が静かに熱くなる。トランクは僅かに浮き上がったものの、すぐに音を立てて床に落ちた。カラカラとタイヤが回り、床を滑る。

 二人は言い合いを止めて、意外そうに目をまたたいた。

 

(……やだ。なんで、今!)

 

 この杖は従順だが、たまにこうなる。耳までカッと赤くなるのを感じながら、気を取り直してもう一度杖を振ると、今度はきっちりと網棚の上に載せることができた。

 自分から言い出したのに──ナーサはおそるおそる二人を見つめた。

 

「……珍しい。ナーサでも失敗すること、あるんだ」

 

 うっかり漏らした感想の後、アリッサはパッと口を塞いだ。ナーサは結わえた髪を撫でながら、そっと目を伏せた。

 

「たまにね。すごくうまくいく時もあれば、さっきみたいに不発になることもあって……」

 

 けれど、メイジーは人のいい顔いっぱいに笑みを浮かべた。

 

「気にすることない、ない! ちょっと嬉しいな。クィディッチもできるし、勉強も学年トップ。ナーサ、何でもできすぎるんだもの。たまにミスしてくれた方が──」

 

 不自然に言葉を切った彼女の視線が、ドアの向こうに貼りついている。咄嗟に立ち上がったアリッサも同じだ。

 つられて振り返ると、ドアの窓越しにリラルドの顔が映っていた。不自然に顔を背けたまま、立ち尽くしている。背後から悲鳴じみた声が漏れたけれど、ナーサは迷いなくドアを開けた。

 

「何か用事?」

「……ああ。ちょっとだけ、話せるか?」

 

 チラッと廊下の片隅を見ながら、呟いた。

 

「……やめた方いいよ! 何されるか分かんないよっ」

 

 メイジーは震えながらそう言い、アリッサはその肩を撫でながら睨みつけていた。小さく舌打ちしたリラルドの視線が鋭くなった。

 

「話せるか、聞いただけだろ。何されるか分かんねえって、何だよ」

 

 スコティッシュ・アクセントが強くなり、メイジーが大きく息を呑む。

 ナーサはドアの外に飛び出て、振り返った。

 

「二人とも、心配しないで。今は停戦中なの。行こ、ヤックスリー」

 

 リラルドはコンパートメントを一瞥した後、ナーサと並んで歩き出した。通路の向こうにある乗降口を指さし、足を止める。

 まだ動き出したばかりで車内販売も回っていない。ガタンガタンと車輪の音が大きく響き、床を振動が伝う。暖房の入ったコンパートメントとは違って、外気が染み込んでくるようだった。ローブの二の腕をさすりながら、ナーサはリラルドに目を移した。

 

「それで、何かあった?」

「……休暇中に送りてぇ物、あるんだよ」

 

 その言葉に、ふわりと心が浮かび上がった。

 

「贈りたいもの?」

 

 無意識にルークからもらったリボンに触れていた。リラルドはチラッと目をやり、すぐに逸らした。

 

「いきなり手紙送りつけたら……ブラック卿に捨てられっかもしれねぇと思って。いいか?」

「あー……分かった。おじさまに伝えとくよ」

 

 湯を浴びせられたように顔が熱い。勘違いして、リラルドはどう思っただろう。目を合わせられなくて、少し視線を下げる。

 リラルドの頬がぎこちなく緩んだ。

 

「……それ。リボン、似合うな」

「本当っ? ありがとう──友達に、もらったんだ」

 

 ナーサは滑らかな布地に手をやり、歯を覗かせた。

 リラルドは大きく目をまたたいた。小首を傾げたナーサと視線がぶつかると、すっとリボンを指差した。

 

「面白ぇな。色、変わるんだ」

「えっ、変わった? 何色?」

 

 ポケットから手鏡を探し当てる前に、リラルドが頭を掻きながら視線を上に逸らした。

 

「……空みてぇな──いや、水色。それ、温度で変わるとか?」

「ううん。気分で変わるんだって」

 

 解いたリボンは晴れた日の空みたいな色で、思わず笑みがこぼれた。

 結び直す間、リラルドはそっぽを向いたままだった。

 

「俺、もう行くわ。誰かに見られねぇうちに……悪かったな、邪魔して」

「ううん。それじゃ、いいクリスマスを」

「お前もな」

「……手紙、待ってるね」

「ああ」

 

 背を向けて行きかけたリラルドが、不意に足を止め、振り返った。ナーサの背後を睨みつける目が険しく、つられて後ろを見た。揺れる通路には、誰の姿もない。

 リラルドは小さく舌打ちした。

 

「……やっぱ、コンパートメントまで、送る」

「えっ? いいよ、すぐそこなのに」

 

 カーブに差し掛かっていたらしく、大きく車両が揺れた。ぐらりと傾いた身体が壁に当たる前に、駆け寄ってきたリラルドが手を引いた。背中に添えられた手がほんの僅かに触れる。

 

「あ、りがとう……」

 

 触れられた箇所が熱を帯びたようで、顔の近さに身体がこわばった。

 リラルドは溜め息を吐いて、手を離した。少し言い淀んでから、口を開く。

 

「あのさ。ロウルのこと……マジで気をつけろよ」

「……ロウル?」

 

 並んで歩きながら、リラルドは口早に言った。

 

「あいつ、まだお前のこと狙ってる……あんま、一人になるなよ。どっか行く時はダチと、な」

「分かった。気をつけるよ」

 

 コンパートメントの窓から見えないギリギリのところで、リラルドは立ち止まった。チラリと奥を見てから、声を落として言った。

 

「それじゃ、な」

「あのね……心配してくれて、ありがとう」

 

 ほんの少し躊躇いつつ、ナーサは小さく手を振った。

 

「ああ、またな」

 

 リラルドは一瞬顔をくしゃりと歪め、スコットランド英語で短く返した。

 久しぶりに聞いた訛りとは違う独特な言葉に、ナーサはハッと息を呑んだ。

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