かくも日常的な番外編   作:満足な愚者

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初めに
番外編と閑話の違いを一つ。
この作品において番外編とは本編には関係ないバタフライ効果がもたらしたパラレルワールドみたいなものです。
閑話とは本編の時系列で発生するお話です。なので閑話は本編で、番外編こちらで掲載させていただきます。こちらの方をご理解おねがいします。

ここから前書き。
皆さん、おはようございます。
リクエストに多かったミズキと主人公の話をまず書かせていただきました。書いてて思った、何この中学生みたいな初々しさ。やってることは成人だけどなんか中学生っぽいなーっと。
とりあえず色々とシュチュエーションは考えたんですけど、最終的にはこうなりました。別バージョンも書く機会があればこちらに乗せたいなぁと思ってたりして……

なお、この作品は基本的にリクエストに応じて作者が短編を上げる様な形になります。かくも日常的な物語の感想でも、この番外編の感想でもはたまた作者のメッセージにでもいいですので何か希望があったら書いてもらえれば、もしかしたら作者が書くかもです。もちろん、本編を優先して進めるのでこちらを更新するのは行き詰まった時や、気分変換の時になります。

また、こちらの作品でも厳しい感想でも応援でも書いてくださったり、評価してくだされば大変励みになります。よろしければお願いします。それでは前書きが非常に長くなりましたが、本編をお楽しみください。


クリスマスに降る雪

どこからともなくクリスマスソングが聞こえてる。澄んだ綺麗な発音は本場、英国生まれのクイーンイングリッシュだ。世間に疎いほうの俺でも知っている今や日本どころか世界中でも大人気の歌手のものだ。こういう時に765プロの曲が流れてないことを残念と思いながらもまぁ知名度的に言えばこちらのほうが俄然上であるため納得できてしまった。

 

街中は世間の暗いニュースを払拭するかの様にお祭りのような雰囲気が漂う。すれ違う人々は何処か足早になりながらも心が弾んでいるように感じる。

 

----クリスマスイブ。数年前まで恋人がいる人限定で楽しめる日だと、万年恋人0の俺は半ば嫌いな日であったが、最近では俺も大人になったのか、一年に一度はそんな日があってもいいよね、と最早達観にた諦めを出来る様になった。

 

でも、やっぱり視界に入るのはカップルや夫婦が多い。何時もなら気にも留めないのに今日はやけに目についた。やはり、クリスマスだからだろうか。そんな人達を視界の端にいれつつ、腕時計で時間を確認する。

 

15:45。

バイトが終わり次第すぐに着替えて出て来たため、待ち合わせの10分前には着きそうだ。思わず安堵のため息がこぼれる。何と言っても待ち合わせをしている相手が相手なのだ。遅刻でもしようものなら何をされるかわかったものじゃない。いつだって俺は彼女に頭が上がらないのだ。

 

待ち合わせのアーケード街にある大型のクリスマスツリーの前。そこにたどり着いた時、そこには何故か半円を描く様に人だかりができていた。何かの撮影だろうか。クリスマス特有のローカル番組とかの撮影かもしれないな。毎年、地方放送局で見るような。地元じゃ結構ゆうなスポットだしな、このクリスマスツリー。

 

「参ったなぁ……」

 

そう一人呟く。平日の昼過ぎとは言えやはりクリスマスイブ、人の数は普段より多い。それに加えてこの人だかりだ落ち合うにも結構大変そうだ。

 

待ち合わせ相手はいつも集合時間、ギリギリに来る。高校時代からいつも集合のギリギリにやってくるのは大学3年になった今でも変わらず。

 

時間を確認すると15:50。集合時間まではあと10分といったところだ。まぁあいつのことだし、どれだけ人間がいようとすぐに見つけられるだろう。いい意味でも悪い意味でもあれほど目立つ人間を俺は知らない。

 

というか、この人だかりは何なのだろうか? テレビなら誰か知っているタレントでもいるなら見てみたい。そう思い、人混みをかき分けてみる。

 

人混みをかき分けた先に彼女はいた。そこだけ空間を切り取ったような凛とした雰囲気を放つ彼女が。紅いセミロングの癖なんか微塵も見当たらない艶のある髪。彼女の紅髮は地毛らしく、出会った時のままの綺麗な色。モデル顔負けの体格は二桁以上のプロダクションからスカウトされた実績がある。着ている服はシンプルなコーディネートだが、彼女の良さを存分に引き出していた。顔は整った顔と言うよりか、もはや

整いすぎた顔と言ったほうがしっくりくる。容姿に関して言えば非のつけどころが存在しないのが彼女である。

 

何かのインタビューを受けているのか彼女の目の前にはカメラマンと一人のアナウンサーらしき女性が立っていた。

 

その時になって理解した。ここにいる人達は彼女を見ているのだと。テレビやアナウンサーは関係ない。そんなものよりも遥かに目を引くものを彼女はもっているのだ。

 

白いマフラーに髪と同じ赤い手袋をした彼女は笑顔で取材に答えていた彼女がこちらを向く。すると彼女はすぐに話をしていた女性何か一言二言言うと、こちらに小走りで駆け寄って来た。そう、彼女こそが俺の今日の待ち合わせの相手であり、かの有名な橘 ミズキその人である。

 

ミズキは俺の目の前まで来ると俺の手を掴みそのまま引っ張る。周囲の視線が一斉にミズキから俺に変わる。

 

「おっ、おい」

 

思わず体制を崩してこけそうになる。

 

「ここは人が多いいからさっさと行くぞ」

 

耳元でそう小さな声で呟くとミズキはドンドンと進んでいく。容姿端麗だけではなく、運動神経も抜群にいい。何て言っても、俺の妹である菊地 真の空手の師匠をつとめ、真をもってしても絶対に勝てないと言わしめるのが橘 ミズキという人なのだ。そんな彼女に逆らえるわけもなく引っ張られるように俺は歩くのだった。この時俺は、初めて目線が痛いという言葉を実感した。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、とりあえずここまでくればいいだろう」

 

ミズキが立ち止まったのはアーケード街を出て横にある大きな公園の中だった。ふぅ、一息ついた彼女はこちらを振り返り少しだけ機嫌が悪そうに目を細める。

 

「たっく、お前が集合遅いせいで酷い目にあったぜ。変なチャラ男みたいなやつから何人もナンパされるし、キモいオヤジからは援交持ち掛けられるし、まぁ身の程を知らない馬鹿はしっかりと裏路地で締めておいたけどな」

 

容姿端麗、運動神経抜群の橘 ミズキの欠点を上げるとするならば、それはこの男よりも男っぽい言動と行動だろう。ナンパされた回数数知れず、告白された回数数知れず、そしてあまりにもしつこい相手をボコボコにした回数数知れず。彼女の伝説の中には暴走族を一夜にして壊滅させたというものまである。やはり、あの真をしても絶対に勝てないと言わしめるだけの実力が彼女にはあるのだ。そんな彼女がそこらの男に負けるわけもない。彼女に一撃の名の下で意識を飛ばされた男を俺は何人も見てきた。

 

「遅いって言っても集合時間の10分前には来たし、ミズキも俺が今日バイトって知ってるだろ。だいたいいつも時間ギリギリのミズキが早く来るなんて思わないよ」

 

バイトが終わって急いで来て、集合時間にも間に合ったのに遅いと言われるのは心外だ。

 

「うるせぇよ。細かいこと気にするなよ。そもそもお前がオレを待たせたことには違いねぇだろ」

 

この横暴さもミズキらしいといえばミズキらしい。俺以外のメンバーと話す時は普通なんだけどな。嫌われてんのかな、俺。

 

「なんか、悪かったな」

 

「う、そんなに簡単に男が謝るんじゃねぇ」

 

謝ったら謝ったでこう言われる。一体俺が何をしたというのだろうか。まぁ、それよりも……。

 

「まぁ、そんなことよりもミズキは一体いつからいたんだ? あそこに」

 

ミズキの話を聞いているとナンパされたのも一回や二回じゃなさそうだし、テレビの取材も受けていた。そうなれば一体いつからあの場所にいたのだろうか?

 

俺がそう問いかけるとミズキは目線を少しだけ下にさげるとぶっきらぼうに言葉を発した。

 

「……二時間?」

 

「え、二時間? 時間を間違えたのか?」

 

まさかミズキに限って遠足前の小学生みたいに張り切って集合場所に来たということもありえないだろう。あのミズキに限って時間間違いなどのミスをするとは思わないが、その可能性しかない以上そういうことだろう。

 

「うるせぇよ。ただ何と無く早く来ただけだ! それよりも、とっとと買い物行くぞ!」

 

そう言いながら俺に背を向けてとたったと歩き出す。ミズキと俺は同い年だが、その背中を見ていると反抗期を持った娘をもつ親の気持ちが少しわかったような気がする。秋の天気と女心は変わりやすい。どうやら俺が女心を理解できるのはまだまだ先になりそうだ。

 

「おい、さっさと行くぞ!」

 

ここまで来て置いていかれたら元も子もない。高校時代から変わらない彼女を羨ましいと思いながら笑みを一つ浮かべると、彼女の後ろを少し早足で追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とミズキが今日、一緒にいるのは別に恋人だからでもカップルだからでもなんでもない。そもそも俺とミズキはただの友達だ。そして今日はただ、ミズキが買い物に付き合って欲しいと言ったために付き合っているだけだった。恋人がいないやつらにとってはクリスマスもクリスマスイブどちらも変わらない日常にしか過ぎず、ミズキもきっと何時ものノリで俺を誘ったに違いない。しかし、同じ恋人いない同士でも俺とミズキとでは天と地ほど差があった。恋人が出来ない俺と文字通り恋人を作らないだけのミズキ。その差は歴然だ。

 

そりゃ俺だってミズキみたいな彼女がいればなぁと思ったことは多々ある。だけど、俺とミズキじゃ間違いなく釣り合わない。方や完璧な美少女、方や冴えない平凡な男じゃどう考えても釣り合っていない。ミズキにはきっとヒロトの様な美青年が似合っているのだ。

 

「今日は付き合ってもらって悪いな」

 

都内有数の大きさを誇るショッピングモールに着いた時にはすっかりミズキの機嫌もよくなったようだ。何時もの様に笑みを浮かべながら、綺麗にライトアップされた飾りを見ていた。

 

「いやいや、気にしないでくれ。俺も予定空いてたしな」

 

今日はバイトも早く終わったし、真も明日のクリスマスライブを前にして今日はリハーサルだ。つまり家にいても何もすることがなかった。

 

「そうか、お互い恋人いないもんな」

 

彼女はそう言って楽しそうに笑う。しかし、彼女は恋人を作らない、俺は恋人つくれない、その溝は深い。

 

「どうせ俺はモテないですよ」

 

「わりぃ、わりぃ、そう怒るなって。心配しなくてもお前がいき遅れたらオレがもらってやるからよ」

 

「あははは、それは嬉しいね。俺ももしミズキがいき遅れることがあったらもらってあげるよ」

 

「おっ、そりゃあいき遅れてみる価値もありそうだな!」

 

そう言ってニヤニヤと笑うミズキ。全く似ても似つかない二人だが、こんな冗談を言えるくらいには俺と彼女は仲がよかった。

 

「それじゃあ、買い物行こうか。そういえば何か妹さんにあげるプレゼントだっけ?」

 

「おう、妹の誕生日プレゼントと後は年始のパーティーで使うプレゼントだな」

 

女の子へ送るプレゼントなら俺に意見を聞くよりもミズキが選んだ方が何倍も何十倍もいいものが選べるのは間違いない。俺が今日呼ばれたのはミズキがさっき言ったように、年始のパーティーで配るプレゼントを選ぶためだったりする。ミズキは高校時代から一人暮らしをしている。それも大きな一軒家で、なんでも家族は全員海外で暮らしているらしい。

性格からは微塵も考えられないが、ミズキもお嬢様だったりするんだろうか。いや、お嬢様なんだろうなぁ。パーティーに呼ばれるくらいだしな。

 

「妹さん、帰ってくるんだっけ?」

 

「あぁ、年末にな。ちょうどあいつも誕生日だし」

 

ミズキの妹か……。きっとミズキに似て美人なんだろう。

 

「そっか。それよりも、プレゼントなんだけど、俺よりかヒロト呼んだほうが良かったんじゃないか? そうすればデートにもなるし」

 

男物のプレゼントならヒロトの方が確実に俺よりもいいものを選ぶだろう。それに今日はクリスマスイブだ。イケメンのヒロトならミズキとお似合いだ。ヒロトも恋人作らない主義だし、いっそ二人が一緒になるのが、全て丸く収まる気がする。

 

「……ったく。お前は何もわかってねぇな」

 

そんな俺を半目で睨むとミズキはスタスタと歩いて行った。

 

「おい、ちょっと待ってくれよ!」

 

やっぱり俺に女心は分かりそうにない。

 

 

 

 

 

どうにかミズキをなだめ買い物を終わらせた時にはもう空は真っ暗になっていた。吐く息も白く気温相当下がってきている。そんな中ミズキと二人で街を歩く。プレゼントは全て郵送で送ったためお互いに手ぶらだった。

 

「今日半日付き合ってくれた礼だ。飯に行こうぜ。もちろん、オレのおごりでな」

 

そう言って彼女は三歩前を歩きながら振り向く。その顔は笑顔だった。

 

「いや、流石に奢ってもらうのはまずいよ」

 

「何言ってんだよ? それともなんだ、用事でもあるのか?」

 

「いや特にないけどさ」

 

真は今日は事務所でみんなと軽いパーティーをするみたいだし、夜は遅くなるみたいだ。何故か俺も呼ばれたが、トップアイドルばかりが集まるパーティーなんかに行ってしまえば絶対に緊張で自分を失うこと間違いない。いくら知っている子ばかりでもいまではもう立場が違うのだ。

 

「それじゃあ、いいじゃねぇか。もう、予約もしてあるしな。オレに恥をかかせる気か?」

 

そうニヤニヤとした笑みで言う。赤い髪が楽しそうに揺れていた。

 

「そこまで言うならお願いしていいか?」

 

「おうよ! このミズキ様にまっかせなさーい!」

 

ミズキは胸に拳を当てると意気揚々と振りかえり、俺の三歩前を歩き始める。クリスマスイブの人の雑踏の中、彼女は人に溶け込むことなく輝きを放っていた。

 

 

 

 

「で、着いたのがここなのだが……。本当にここであってんのか? 身ぐるみ剥がれそうなんだが」

 

目の前には以下にも高級レストランですよと言わんばかりの年季のあるレンガ作りの建物。俺とは普段縁のない高級住宅地にそれはあった。急いで財布の中身を確認すれば残機少ない兵士たち。どう戦っても全滅は目に見えていた。

 

「おう、ここで有ってるぜ。それに心配するな、支払いはオレ持ちだからよ!」

 

明るくそう言うがいくらミズキだからと言って女の子に奢ってもらうのはいささか情けない。それが例え俺が貧乏で妹の方が収入が20倍近く有ったとしてもだ。しかし、どう頑張っても足りそうにない。かくなる上は……。

 

「すまない、ミズキ。今度必ず返すから」

 

「だから気にするなって言ってんだろ! 細かい男は嫌われるぜ! さぁ、とりあえず行くぞ!」

 

ミズキは俺の内情などどこ吹く風で傍若無人な態度で一人店の中に入って行った。全く彼女はいつまで立っても変わらない。それを羨ましく思いながら後へ続き店の中に入って行った。

 

案内された席は個室になっており、中央には白いテーブルクロスがかけられた丸テーブルとイスが二つ。外見だけじゃなく内装もおしゃれな店内に場違い感を隠せず、少しおどおどしながら店内を移動していた。

対するミズキは何度もこの店には来ているのか店員と二三言話をすると店員よりも先にさっさと部屋へと向かって行った。本当にどこに行ってもぶれない奴である。

 

「まぁ、とりあえず座れよ」

 

壁にかかっているコート掛けにコートを掛けながら言う。店員は俺の後ろを歩いていたが、いつの間にか消えていた。俺が部屋に入るまではいたんだけどなぁ。俺もそれに習い、上着を掛けるとミズキの正面に座る。

 

「ったく、そんなにオドオドするなよ」

 

全くミズキも無茶なことを言ってくれるものである。

 

「いや、普通にこんな店に俺みたいな小市民が来たらこうなるだろ。それよりもここって何?」

 

外装や内装からフランス料理店の様が気がする。何の根拠もない感だが。

 

「フランス料理兼バーだな。料理もそこそこ美味いし、酒の種類も豊富だ」

 

「おい、フランス料理って言ってもマナーも何も知らんぞ」

 

フランス料理のマナーを知っているやつの方が少ないだろう。少なくとも俺は生まれてこのかたフランス料理をレストランで食べたことはない。

 

「別にお前にフランス料理のマナー何て期待してねぇよ。何のために個室にしたと思ってるんだ。料理なんて純粋に美味いと思えればマナーなんてどうでもいいんだよ。いっつもお前が言う様にな」

 

ミズキは笑ながらそう言う。確かにそうだな、別に誰に見られるわけでもないし、純粋に料理を楽しめばいい。うまいものを食べたのならマナーとか関係なしに幸せになるのだ。

 

そんな時だった。コンコンとノックの音が聞こえて扉が開けられる。

 

「おっ、どうやら料理が来たようだな。楽しんで食べようぜ」

 

そうミズキは微笑むのだった。

 

 

 

「うん、やっぱここの料理は美味いな」

 

デザートまで食べ終えるとミズキはそう言った。

 

「うん、とても美味しかったよ」

 

始めてフランス料理を食べたが本当に美味しかった。今度フランス料理を勉強して作ってみるのも悪くない。真も喜んでくれそうだし。

 

「よし、さぁ飲むか!」

 

ミズキが机の上に置かれていたワインを取り出しグラスへつぐ。ワインのことはあまり詳しくない俺でもその赤ワインが最高級で有ることだけは知っていた。もはや、突っ込んだら負けなような気がする。ミズキはやっぱり内面をしる俺には絶対にそうは思えないがお嬢様なのだ。

 

「すまないが、俺はワインは飲めんぞ」

 

人によって好き嫌いがあるように俺にとっても好き嫌いがある。俺にとってはワインと日本酒は嫌いな部類に入るお酒だった。

 

「わかってる分ってるって」

 

ミズキがそう言った時だった。数本のビンが運ばれて来た。

 

「長い付き合いだ。そんなことは当たり前に知ってる。お前にはこれだ」

 

そう言って置かれたビンを一本開ける。それは俺もよく知る最高級のラム酒だった。

ミズキはそれを並々とグラスにつぐと俺の前のコースターへ置く。

 

「お前は酒は割らずに飲むからな。とりあえず、乾杯しようぜ」

 

よくそんなことまで覚えているなぁとミズキの記憶力に感心する。一緒に飲んだ経験なんて数える程しかないのに。

 

「あぁ」

 

そう短く返事をしてグラスを上げる。

 

「二人の出会いに」

 

「「乾杯」」

 

口に含むと少しの甘みが口内に広がった。ミズキと目が合いお互いに笑い合う。どうやら今夜はいい酒が飲めそうだ。

 

 

 

 

「今日は本当にありがとうな。助かったよ」

 

街灯に照らされら帰り道、ミズキが唐突に言う。気温は店に入る前よりも寒くなっているのだろうが酔って火照った体を冷やすのにはちょうど良かった。ミズキに釣られて飲んでしまったが少し飲みすぎたかもしれない。むしろ、あれだけ飲んで全く崩れないミズキは異常だ。

 

「いやいや、お礼を言うのは俺の方だよ。本当に今日は楽しかったよ」

 

思えばミズキとこうして二人で飲むのは初めてだったりする。それどころか二人だけで出かけることもほとんどなかったりする。大概他のグループメンバーや真が一緒にいた。決して短い付き合いではないのだが、こうしてみると今日って珍しいな。

 

「なぁ、少し聞いていいか?」

 

時刻はすでに深夜、もう少しで日付が変わろうとしている。住宅地ということもあり、人影はほとんどない。そんな中、一歩前を歩くミズキは立ち止まり、振り向くと少しだけ真剣なトーンで言う。その顔はお酒のせいか少しだけ赤い。

 

「うん、なんだいきなり畏まって?」

 

立ち止まりそう返せば、紅い彼女は少しだけ間を開けるとゆっくりと口を開く。

 

「なぁ、お前って本当に恋人いないのか?」

 

「うん、いないよ」

 

そっか……。そう俺の返事に呟くとクルリと反転して空を見上げる。

 

「なぁ、ずっと、ずっと言えなかったことがあるんだ。聞いてくれないか?」

 

「あぁ」

 

「今日は月が綺麗だよな」

 

一瞬、酔って聞き間違えたかと思った。空を見上げれば曇り空で月は見えない。むき出しの手が悴んでいた。感覚があるって言うことは夢じゃないのか……。そんな現実逃避に似たようなことをしていた時、ミズキがもう一度振り返り、足を一歩踏み出した。ぽんっという柔らかい感覚と共に俺の胸に頭をうずめ、背中に手を回す。

 

「なぁ、返事を効かせてくれないか?」

 

「ミズキ、本当に俺なんかでいいのか? ヒロトみたいにカッコ良くないし、SSKのように勉強が出来わけでもない。自分で言うのもなんだけど、本当に取り柄のない男だぞ」

 

「あぁ、お前がいいんだ。いや、お前じゃないといけないんだ」

 

顔をうずめたままミズキは言う。

 

「そっか、じゃあ俺は死んでもいいぞ。俺もずっと前から同じ気持ちだよ、ミズキ」

 

ずっと、釣り合わないと思っていた。彼女には俺よりもふさわしい相手がいると思っていた。もしかしたら、ミズキはすでにヒロトと付き合っているかもなんて思っていた。

 

でも、ようやく言うことができた。きっかけはミズキからだったとしても。

 

「ば、馬鹿野郎。そう言うのは男のお前から言うものだろ! き、緊張して心臓が止まりそうだったんだぞ!」

 

抱きついたまま顔を上げた彼女。その頬は髪と同じ朱に染まっており、目には涙が浮かんでいた。

 

「すまないな」

 

「ば、ばか。謝るなよ」

 

そう言うと静かに目を閉じる彼女。その唇に静かに自分の唇を重ねる。

 

「あぁファーストキス奪われっちまったな」

 

口調ではそういいつつ笑みがこぼれている彼女。

 

「心配するな、俺もファーストキスだ」

 

「そっか、なら許す」

 

そんな時だった。視界に白い物が映る。ヒラヒラと降り注ぐそれは都内じゃ滅多に見れないものだった。腕時計を確認すれば日付はすでに変わっていた。

 

「ホワイトクリスマスだね、ミズキ」

 

「あぁ、メリークリスマス。------」

 

この日俺は初めて彼女に名前を呼ばれた。

 

 

 

 

 

 

 


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