──浦原商店の地下から地上へ戻った、その日の夕方。
「……はぁ。さて、適当に現世のパトロールでもして、空座町の名物でも食べて帰るか。」
星がのんきにそんなことを考えていると、浦原商店の前に、
あまりにも場違いな「熱苦しい霊圧」の一団が待ち構えていた。
黒崎一護、茶渡泰虎。そして、なぜか死覇装のまま現世に滞在している六番隊副隊長──阿散井恋次。
「おい、八神さん……! 待ってたぜ。」
一護が、包帯だらけの体を引きずりながら、
真剣そのものの瞳で星を見据える。
「ん? なに少年たち、そんな怖い顔して。僕、これから美味しいラーメン屋さん探さなきゃいけないんだけど。」
「八神さん、頼む……! 俺たちに、稽古をつけてくれ!!」
一護が勢いよく頭を下げた。それに続くように、巨体のチャドも、そして他隊の副隊長であるはずの恋次までもが、深く頭を下げる。
「おいおい、ちょっと待ってよ。僕は四番隊の『四席』だよ? 怪我人を治すのが仕事で、戦闘訓練なら十一番隊の斑目さんか、そこらの隊長に頼んでよ。」
「そんなこと言ったって、他じゃダメなんだ!」
恋次が顔を上げ、悔しげに歯を食いしばる。
「双殛の丘で藍染の反膜をブチ破ったあの力、そして昨日、グリムジョーの奴を赤子同然にあしらったあの動き……! 隊長格の奴らじゃ、藍染には届かねぇ。藍染を、あの虚圏のバケモノどもを本当に超えるには、あいつに一度『勝っている』お前の力が必要なんだ!」
「……八神さん。」
チャドが静かに、けれど鋼のような決意を込めて星を見つめた。
「俺は、一護の隣を歩きたい。だけど、昨日の戦いでは何もできなかった。四番隊舎で俺の命を繋いでくれたあんたの『風』なら、俺をもう一歩、先へ進めさせてくれる気がするんだ。」
少年たちの、真っ直ぐな、濁りのない目。
星は、ふぅー……と、現世の空に向けて、
この日一番の長い不精いため息をついた。
(まったく、これだから熱血は苦手なんだ。
のんびりサボらせてくれよ……。)
けれど、ここで彼らを突き放して、
もし万が一、虚圏との戦いで一護たちが死ぬようなことがあれば──瀞霊廷に戻った時、心優しい勇音ちゃんがまた悲しそうな顔をして泣くかもしれない。
「……はぁ。分かったよ。ただし、僕の特訓は、厳しいからね?」
星がフッと口元を歪めた瞬間、浦原商店の周囲の空気が、
ピリ……と、肌を刺すような極小の『嵐の予兆』に変貌した。
「よし、お前ら。……浦原さんの地下室に、もう一回戻るぞ」
【浦原商店・地下空間】
「浦原さん、悪いけど部屋借りるよ。」
「ええ、どうぞどうぞ。壊してもいいように、空間の補強は最大にしておきますから、存分に可愛がってあげてください。」
浦原がからからと笑いながら、見学席の夜一の隣に座る。
岩肌が広がる荒野の中心。
星は白衣を脱ぎ捨て、黒い死覇装の姿で、腰の二本の斬魄刀──『迅雷烈風』を静かに引き抜いた。
「制限時間は一時間。三人同時にかかってきなよ。僕の足元から一歩でも動かせたら、お前たちの勝ちでいい。」
「……舐めやがって……! 行くぞ、恋次、チャド!!」
「おうッ!!」
「いくぞ……!」
一護が黒い卍解の刃を構え、恋次が蛇尾丸を咆哮させ、チャドの右腕が巨人の一撃へと変形する。現世組の最強の布陣が、一斉に星へと襲いかかった。
──だが。
八神星という『深淵』は、彼らの想像を遥かに超えていた。
「──遅いね。」
キィィィィィィン……!!!
星が『迅雷』の刃を軽く一閃させた瞬間、地下空間の全域に、
黒い雷撃の障壁が展開された。
一護の神速の瞬歩も、恋次が放った蛇尾丸の咆哮も、
チャドの全力の拳も──星の足元に届く遥か手前で、
すべて雷の衝撃によって力ずくで弾き飛ばされる。
「がはっ……!?」
「クソっ……刀に触れることすらできねぇ……ッ!」
「ほらほら、どうしたの少年たち。そんなんじゃ触れないよ?」
星は一歩も動かず、気怠げに刀を肩に担ぎながら、不敵に笑う。
最強の四席による、飢えた狼たちへの「絶望と覚醒」の特訓が、現世の地下で苛烈に幕を開けるのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!!」
浦原商店の地下空間は、一護の荒い呼吸の音だけが虚しく響いていた。
特訓開始から数十分。一護、恋次、チャドの三人は、星の足元から一歩も動かすことができないどころか、その衣服に触れることすら叶わずに地面に転がっていた。
「どうした少年たち。もう終わり? 藍染を倒すんじゃなかったの?」
星は『迅雷烈風』を肩に担ぎ、汗一つかかずに退屈そうに首を傾げる。
「クソが……っ! まだだ、まだ終わってねぇ……ッ!!」
その時、一護の魂魄の奥底から、ドクン、と不吉な脈動が跳ね上がった。
星が特訓のために放ち続けていた「底なしの霊圧」。
その強者としての絶対的な圧に過剰反応した一護の内なる存在──『白一護(虚)』が、主導権を奪わんと一気に表層へと溢れ出してきたのだ。
「──ッ!? おい、一護! 霊圧が変だぞ!?」
恋次が驚愕の声をあげる。
「アハハハハハハハハハッッッ!!!!」
一護の口から、おぞましい二重の狂笑が響き渡る。
その顔の半分には、禍々しい骨の仮面──『虚の仮面』が急速に形成されていた。一護の理性が一瞬で消し飛び、本能のままに殺戮を貪るバケモノの霊圧が地下空間を爆発的に満たしていく。
「一護……っ!?」
チャドが止めようとするが、虚化した一護は、味方であるはずのチャドすらもその獰猛な眼光で睨みつけ、天鎖斬月を容赦なく振り下ろそうとした。理性を失った破壊の獣。
「おいおい……。特訓の最中に暴走かよ、人騒がせな少年だな。」
だが、八神星の瞳に、焦りは一ミリもなかった。
「──すっこんでろ、白トカゲ。」
キィィィィィィン……!!!
星が『迅雷』の切っ先を、地面に向けて垂直に、コンと軽く突き立てた。
瞬間、地下空間の全域に、文字通り『絶対零度の凪』が吹き荒れた。
ドンッ!!!!
一護の放っていた禍々しい赤黒い霊圧が、星が放った翡翠と漆黒の『神域の霊圧』の質量によって、上空からプレス機で叩き潰されたかのように、一瞬で地面へと“圧殺”された。
「……ガ、ッハ……ァ……ッッ!!?」
虚化一護の身体が、凄まじい重力に捕まったかのように地面へと叩きつけられ、指一本動かせなくなる。あまりの霊圧の質量差。戦うことすら許されない、ただ存在しているだけで世界を平伏させる神の圧。
「な……んだ、この、霊圧の重さは……っ!?」
巻き添えを喰らった恋次とチャドも、その場に四つん這いになり、息を吸うことすらできずにガタガタと震えている。見学席にいた夜一ですら「相変わらずデタラメな質量じゃな……」と冷汗を流すレベルだ。
「ア……、ガ……アア……ッ!」
地面にのたうち回る一護の顔から、パキパキと音を立てて虚の仮面が砕け散っていく。一護の体内に潜む白一護が、星の圧倒的な『深淵』に本能的な恐怖を抱き、強制的に魂魄の奥底へと引きずり戻されたのだ。
「……ふぅ。よし、元に戻ったね。」
星が刀を収めると、世界を押し潰していた絶望的な重圧が、嘘のようにスッと霧散した。
一護は仰向けにひっくり返り、信じられないものを見る目で星を見つめる。
「八神、さん……。今、のは……。」
「君の体の中にいる『バケモノ』、ちょっと生意気だったから僕の霊圧で大人しくさせておいたよ。……少年、力を欲しがるのはいいけどさ。その力に呑まれて周りの人間を傷つけるようなら、次はその仮面ごと、僕が君の魂魄を消し飛ばさなきゃいけなくなる。……それだけは忘れないでよ?」
星はいつもの気怠げな笑顔に戻りながらも、その言葉には、四番隊四席としての、そして世界の調整者としての絶対的な警告が含まれていた。
「……あぁ。分かった。……ありがとな、八神さん。」
一護は、自分の暴走を一瞬で、しかも無傷でねじ伏せてくれた星の「本当の底底」を垣間見、畏怖と共に、この男の背中を追いかければ必ず藍染を超えられるという、確固たる希望を胸に刻むのだった。
なげぇ。
今回、めっちゃ長くなってしまいました。
読みにくかったらごめんなさい。
後、誤字報告して頂きありがとうございます。
見落としたりまだまだ抜けがありますが宜しくお願いいたします。