穿界門を通り、現世の夕闇へと足を踏み入れた瞬間、
八神星は白衣のポケットの中で、
自身の右手のひらをじっと見つめていた。
(──また、上がってる)
それは、誰にも言えない、
気付かれてはならない、星だけの「致命的な違和感」だった。
あの大戦以降、星の魂魄の奥底から湧き上がる霊圧の質量は、
一日の狂いもなく、日々確実に上昇し続けている。
きっかけは、間違いなく藍染惣右介へと放った卍解
──『星海轟嵐(せいかいごうらん)』の完全解放だ。
世界の因律そのものを書き換えるあの絶対領域は、
一度開いてしまったが最後、星という「個」の器には
二度と収まりきらない神の領域の扉だったのだ。
今、星の精神世界では、二振りの片割れたちが、
主の日常を守るために必死の調律を続けている。
『烈風』が悲鳴を上げるような暴風を吹かせ、
溢れ出る霊圧の質量に対して幾重もの高密度な「檻」を
編み上げれば、もう一振りの『迅雷』が漆黒の電撃を
激しく火花散らせ、その檻から漏れ出そうとする
神の霊圧を力ずくで一点へと凝縮し、封じ込めている。
風が包み、雷が縛る。
二刀が総出で毎日毎日、新たなる封印を施し続けているからこそ、「今」の星は辛うじて四番隊四席としての日常を保ち、他人にその異常な霊圧を察知されずに済んでいるが
──それも、文字通り時間の問題だった。
(このまま、霊圧が上がり続けたら……)
いつか『迅雷』と『烈風』の封印すらも耐えきれなくなり、
限界を迎えて決壊する。
その時、何が起きるか。
星がただそこに「存在する」だけで、
その霊圧の質量によって現世の空間はひび割れ、
瀞霊廷は圧壊し、三界のバランスそのものが
塵となって消滅する。
藍染の言っていた「超越者」などという生温いレベルではない。星自身が、世界を破壊する『終わりの天災』そのものになってしまうのだ。
「……ハハ、笑えないな。」
星は自嘲気味に小さく呟いた。
脳裏に浮かぶのは、さっきまで自分をからかって、少し寂しそうに頬に口づけをくれた卯ノ花烈の微笑み。そして、真っ赤になりながら「バカ」と泣きついてきた虎徹勇音の温もり。
自分はただ、あの四番隊の、
静かで温かい日常を守りたかっただけなのに。
日常を守るために振るった力が、巡り巡って、自分をその日常から最も遠い場所へと追いやろうとしている。
(僕の居場所……いつまで、あそこにいられるかな)
いつか、誰の手も届かない高天の彼方へ、
一人で去らなければいけない日が来るのかもしれない。
そんな絶対的な孤独の予感が、翡翠色の瞳の奥に影を落とす。
「──おっと、いけない。湿っぽいのは僕のキャラじゃないね。それに、あいつら(迅雷烈風)にこれ以上苦労かけるわけにもいかないし。」
星は小さく頭を振ると、頬を軽く叩いて、
いつもの気怠げなサボり魔の仮面を被り直した。
まだ、時間は少しだけある。
それなら、この壊れゆく三界の日常を、
精一杯楽しんで、裏からお掃除してやろうじゃないか。
星は顔を上げると、一護たちが待つXCUTIONのアジトのドアへと、何事もなかったかのように手をかけるのだった。
ただ日常を過ごしたいだけなのに。