霊王宮へと旅立った一護の背中を見送り、瀞霊廷は再び重苦しい静寂に包まれた……のも束の間。
空を裂き、次元を喰らうような霊圧の奔流が、
瀞霊廷の各地を同時に襲い始めた。
『見えざる帝国』による、第二次侵攻の開始である。
奪われた卍解と、見知らぬ滅却師たちの圧倒的な制圧力の前に、隊士たちは無力に蹂躙されていく。
【瀞霊廷・白道門付近】
「あぁ……もう、どっちの方向から敵が来てるのか分かんないよぉ……」
やちるがいつものように無邪気に辺りを見回すが、その瞳には戦場の惨状に対する鋭い警戒が宿っていた。傍らには、救護活動のために駆けつけていた四番隊副隊長・虎徹勇音。
彼女たちの前には、奪った卍解を弄ぶように振るう滅却師の一人が立ちはだかっていた。
「見つけた。……弱い獲物ほど、先に狩るのが礼儀だろう?」
滅却師が奪ったばかりの、日番谷冬獅郎の卍解──大紅蓮氷輪丸を振るう。
無数の氷柱を放つ氷系の力を解放し、一気に二人を射抜こうとする。
勇音が必死に『凍雲』で防壁を作るが、奪われた卍解の威力は凄まじく、盾がミシミシと悲鳴を上げる。
「いけません、やちるちゃん! 逃げて……っ!」
「……勇音ちゃん!ダメだよ!」
死が二人を覆おうとした、その瞬間だった。
──シュッ!!
翡翠色の突風が、勇音たちの前に「壁」となって現れた。
滅却師の放った無数の氷柱が、
風の渦に飲み込まれ、一瞬で微塵となって消し飛ぶ。
「──おっと、危ない。女の子二人をいじめるなんて、
随分と悪趣味な滅却師だねぇ。」
だらしない白衣を翻し、現れたのは八神星。
二本の斬魄刀──『迅雷』と『烈風』を腰に差したまま、
彼は少しだけ息を弾ませていた。
「八神くん……っ!」
「あ、星! 遅いよ~!」
「ごめんごめん。ちょっとね、さっきからあっちこっちで爆発音がしてて、迷子になってたんだ。」
星は飄々とした顔を崩さないが、
その掌は目に見えないほどだが震えていた。
精神世界では、『烈風』の暴風と『迅雷』の雷撃が、星の命を削ってかろうじて維持している「封印」を、外敵の霊圧が外側から刺激してきている。
(……やばい。この敵、卍解の力を引き出しすぎだ。
共鳴して、僕の中の霊圧が……っ!)
「……何だ、お前は? 救護班の死神が、僕の獲物に手を出せると思っているのか?」
滅却師が苛立ち、奪った卍解の力を全開にする。
周囲の温度が急激に下がり、瀞霊廷の地面が凍りつく。
「やちるさん、勇音さん。下がっててください。……これ、ちょっとだけ、散らかるから。」
星は始解の言葉を唱えた。
「──『吹き荒べ、迅雷烈風』」
爆発的な霊圧は、放たれない。
星は自身の霊圧を『線』のように細く、
かつ極限まで圧縮し、敵の氷の檻をピンポイントで切り裂くためだけに集中させた。
自身の器を壊さないための、
極めて繊細で残酷なコントロール。
次の瞬間、星は滅却師の懐へと踏み込む。
滅却師が卍解の力で防壁を張るが、
星の纏う「高圧縮された風の刃」は、
まるで熱したナイフがバターを切るように、
その凍てつく防壁をスッと通り抜けた。
「な、防壁が……切れた……!?」
「僕の風は、強引には割らない。……隙間を通るだけだよ。」
星の刃が滅却師の肩を浅く切り裂く。
痛みで敵の集中が乱れた一瞬、
星は『迅雷』の黒雷を指先に纏わせ、
敵の胸元を強烈な衝撃波で吹き飛ばした。
「がぁぁっ……!」
星は深追いせず、敵が体制を立て直す前に、
周囲の大気を渦巻かせて敵の視界を奪う。
戦うたびに、己の魂の封印がギシギシと悲鳴を上げる。
(……あと、何回だ。戦えば戦うほど、
僕が消える時間が早まる。)
星は荒い呼吸を抑え込み、振り向いて勇音とやちるを見た。
「二人とも、怪我はない……?」
その顔は、己の命が削れていることなど微塵も感じさせない、
四番隊四席としてのいつもの優しい笑顔だった。
「ハハッ! さすがは特記戦力の一角だ、
始解だけでよくぞ僕の攻撃を凌ぐ!」
再び立ち上がる敵。
奪った卍解の力を完全に引き出し、
その身に纏う星騎士団の男。
周囲の空間は、強奪された卍解の理不尽なまでの
霊圧によって埋め尽くされている。
「くっ……!」
星は二本の斬魄刀──『迅雷』と『烈風』を交差させ、
敵の猛攻を紙一重で防いでいた。
だが、限界だった。
敵の放つ卍解の霊圧が、星の魂魄の最深部に眠る
『星海轟嵐』の残滓と最悪の形で共鳴してしまっている。
──ピキ、ピキピキピキッッ!!!
(しまっ……!? 封印が……割れる……ッ!!)
星の精神世界で、ついに決定的な悲鳴が上がった。
『烈風』の暴風の檻が粉々に爆散し、それを力ずくで押さえ込んでいた『迅雷』の漆黒の雷撃すらも、溢れ出る神の霊圧の質量に耐えきれず、焼き切れて霧散していく。
「あ、が……はっ……ああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
星は突然、刀を握ったままその場に膝をつき、
自身の胸元を掻きむしって絶叫した。
その瞬間、瀞霊廷の天が、見たこともない禍々しい「翡翠色」と「漆黒」の二色に割れた。
ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!
星の肉体から、世界のシステムを物理的に書き換える
高密度な霊圧が、制御を失って全方位へと暴走を始める。
ただの風圧だけで、周囲の強固な建造物が粉々に消し飛び、大地がクレーターのように陥没していく。
目の前にいた滅却師すらも、「な、何だこの霊圧は……バケモノか……っ!?」と、その圧倒的な質量の前に恐怖し、まともに動くことすらできず地を這いつくばった。
(ダメだ……止まらない……! このまま卍解が全開になれば、
僕の器は粉々になって、周囲の勇音さんたちごと、
瀞霊廷が消し飛ぶ……っ!)
意識が白濁していく。星の瞳からハイライトが消え、
瞳の色が真紅の『天災の眼』へと変わろうとしていた、
その時──。
「──八神くんッッッ!!!!」
暴風と雷撃が吹き荒れる地獄の中心へ、一人の女性が、自らの身が切り裂かれるのも厭わずに飛び込んできた。
虎徹勇音だった。
「勇音さん……っ!? 来ちゃダメだ、離れろ……ッ!」
星はかすかに残った理性を振り絞って叫ぶが、声にならない。
「離れない……絶対に離れないよ、八神くん!!」
勇音は暴走する翡翠の風に死覇装を切り裂かれ、血を流しながらも、一歩、また一歩と星へと近づき、その震える大きな身体を、後ろから強く、強く抱きしめた。
「お願い、戻ってきて……! 手合わせの時みたいに、またからかってよ……! バカって言わせてよ……っ! 私を置いて、どこにも行かないで……八神くんっ!!」
勇音の涙が、星の背中にぽつりと落ちた。
そして、彼女の温もりと、張り裂けんばかりの必死の叫びが、星の崩壊しかけていた魂の奥底──『迅雷』と『烈風』の元へと真っ直ぐに届いた。
『──主(あるじ)!!』
『まだ、早すぎる……!!』
二振りの片割れたちが、勇音の声に呼応するように最後の力を振り絞った。
パチチチッ! と星の体内で漆黒の電撃が走り、暴走しかけていた霊圧を力ずくで内側へと引き戻していく。
星の瞳に、ゆっくりと正気の光が戻った。
「……あ、はは。……ごめん、勇音さん。もう、大丈夫。」
キィィン……と、世界を滅ぼしかけた霊圧の渦が、
嘘のように星の体内へと収束していく。
星は自身の霊圧メーターが「臨界点の一歩手前」でギリギリ静止したのを確認すると、安堵から深く息を吐き、後ろから自分を抱きしめて泣いている勇音の手を、優しく握り返した。
「……本当に、君の泣き顔には敵わないな。」
世界を滅ぼす最強の力すらも、一人の女性の「愛」と「絆」によって繋ぎ止められた。
星は再び『迅雷烈風』を構え、恐怖に戦慄く滅却師を見据える。その背中には、もう二度と暴走はしないという、静かで絶対的な覚悟が宿っていた。
ベタでしたかね?
一度こう言うの書いてみたかった