かつて世界を滅ぼしかけた大戦から時が経ち。
世界のシステムを書き換えた「翡翠の風」の伝説は、
今や歴史書の数ページにのみ記される、
美しくも切ない御伽噺(おとぎばなし)となっていた。
静寂と平和を取り戻した瀞霊廷に
今、新たなる『規格外』の嵐が吹き荒れようとしていた。
【真央霊術院・卒業式】
「──本年度の首席卒業生、八神夜。前へ。」
名前を呼ばれ、演台へと進み出たのは、
凛とした佇まいの黒髪の少女だった。
彼女の腰には、瀞霊廷でも極めて珍しい
『二刀一対』の斬魄刀が静かに差し込まれている。
その身から溢れ出る霊圧は、まだ卒業したばかりの
院生の物とは到底思えないほど、分厚く、
そしてどこか暖かかった。
「……八神、夜、か。」
来賓席に座る四番隊隊長・虎徹勇音は、
その少女の姿を見た瞬間、胸の奥が締め付けられるような
激しい既視感(デジャヴ)に襲われていた。
(その名字……そして、その刀。まるで、あの人と同じ……)
少女の腰にあるのは、二振りの斬魄刀。
卒業時点で始解を会得したと話題の新人。
【一番隊舎・隊長会議】
「やれやれ、今年はとんでもない大物が
四番隊に入隊するねぇ。」
総隊長・京楽春水が、新入隊員の書類を見つめながら
口元を綻ばせた。
「名前は八神夜。真央霊術院を始まって以来の規格外の霊圧で首席卒業。……面白いのはね、彼女の霊圧、どれだけ膨れ上がっても、彼女自身の『器』を全く傷つけないんだ。まるで、最初から無限の霊圧を受け止めるための完璧な器が、世界に用意されていたかのようにさ。」
その言葉に、部屋の奥で静かに目を閉じていた
相談役・山本元柳斎重國が、ゆっくりと瞼を開いた。
「……ふん。八神星が、世界のシステムとなってから何年になる。……あの男は、己の身を世界の礎とすることで、一族に課せられた『自滅の呪い』の因果そのものを、未来の血脈のために完全に書き換えて逝った。……今の『八神』に、もう呪いは存在せん。あるのはただ、世界に祝福された無尽蔵の力のみじゃ」
「やっぱり山じいもそう思うかい?
彼女の二刀……あの放たれる重圧。
こんな巡り合わせはないよ。」
「……。」
元柳斎は何も答えなかったが、
その眼光には、若き八神の少女への確かな期待が宿っていた。
【四番隊舎・裏庭】
入隊式の初日。
夕暮れの風が心地よく吹く裏庭で、八神夜は一人、
愛刀の手入れをしていた。
「──ここがお気に入りなのは、やっぱり血筋かしらね。」
背後からの声に、夜は素早く立ち上がり、礼を尽くした。
「四番隊隊長、虎徹勇音様。……お邪魔でしたでしょうか。」
「いいえ、構わないよ。……夜ちゃん、その刀、少し見せてもらってもいい?」
「はい。」
夜が差し出した二振りの刃。
触れずとも伝わってくる、優しくも強大な霊圧。
「夜ちゃんは、どうして四番隊に?
あなたほどの霊圧なら、十一番隊や二番隊から
引く手数多だったでしょう?」
勇音の問いに、夜はふっと、
どこか悪戯っぽく、けれどまっすぐな瞳で笑ってみせた。
「……夢を、見たんです。大戦前の、ずっと昔の夢。
この場所で、だらしない白衣を着た男の人が、
いつも楽しそうにサボりながら、
誰かをからかって笑っている夢。
私は……その人が愛して、守り抜いたこの四番隊で、
同じように誰かを救いながら、
静かに風の音を聞いていたいんです。」
その笑顔は、勇音がずっと胸の奥にしまっていた
「あのサボり魔」の笑顔に、あまりにもそっくりだった。
──サラサラ。
二人の間を、夕暮れの翡翠色の風が優しく吹き抜けていく。
まるで、「うん、合格。これからよろしくね、夜ちゃん」と、
どこからか気怠げな声が聞こえてくるかのように。
「……ふふ、そう。なら、歓迎するよ、八神夜ちゃん。
……サボり癖だけは、あの人に似ないようにね。」
「えっ? あの人って、誰ですか?」
「ううん、何でもない。
……さあ、ご飯にしようか。今日はラーメンだよ。」
新しい風が、静かに、けれど力強くこの世界を巡り始める。
かつて星が遺した平和のその先で、新たな伝説の1ページが、
幕を開けるのだった。
続けちゃいました。
いや、ちょっと思いついたんです。
試しに後何話か書いてみるつもりです。
気が乗ればもっと書くかもですけど。