夜の総合救護詰所。日中の騒がしさが嘘のように静まり返った
医務室で、星は一人、明日の薬湯の調合データを書類に
まとめていた。
「──あら、八神くん。まだ残っていたの?」
戸口から声をかけてきたのは、副隊長の虎徹勇音だった。
すでに死覇装の羽織を脱ぎ、少しリラックスした佇まいだ。
「あ、勇音副隊長。ええ、ちょっとこの間の十一番隊のデータを整理しておきたくて。」
「本当に熱心ね。一般隊士にしておくのがもったいないくらい」
ふふ、と笑いながら、勇音は星の隣の椅子に腰掛けた。
ふわりと、彼女の髪から石鹸の清潔な香りが漂う。
星は作業を止めないまま、隣の彼女を盗み見た。
……やはり、座っていても彼女の背の高さが分かる。
「なんですか? 人の顔をじっと見て。」
「いや、勇音副隊長って、やっぱり背が高いなぁと思って。」
「も、もう! またその話!? 私だって好きでこんなに大きくなったわけじゃないのに……。」
勇音が耳まで真っ赤にして、大きな体を縮こまらせる。
彼女のこの高身長コンプレックスは、
四番隊では有名な可愛い弱点だった。
「気にしてるんですか? 僕は良いと思いますけど。」
「よくないわよ。普通の男の人は、私と並ぶと気後れしちゃうみたいだし……。」
「僕は気後れしませんよ。僕も大概、背は高い方ですし。こうして隣に並んで、一番しっくりくるのは勇音副隊長です。」
星がさらりと、いつものクールな顔でそう言うと、
勇音は完全にフリーズした。
カチカチと時計の音だけが響く中、勇音は顔を両手で覆い、蚊の鳴くような声で呟く。
「……八神くんは、たまに、そういうずるいことを
普通に言う……。」
「え? 何か言いました?」
「なんでもないっ! ほら、夜更かしは美容の敵だから、
私も手伝うわ! さっさと終わらせて寝るわよ!」
パタパタと慌てて書類をまとめ始める勇音の横顔は、まだ夕焼けのように赤かった。
脳内の迅雷から
『しんクン、今のマジ天然たらし〜!ウケる〜!』
と騒ぐのを、星は必死に無視した。
翌日の昼過ぎ
隊長室の庵で、星は卯ノ花烈と差し向かいで、
静かにお茶を啜っていた。
勇音との時間が「甘酸っぱい日常」なら、
卯ノ花との時間は「静謐で、どこか艶やかな大人の空間」
だった。
「八神くん。このお茶、少し苦くはありませんか?」
「いえ、丁度いいです。卯ノ花隊長の淹れるお茶は、
いつも背筋が伸びます。」
「ふふ、お上手ですね。」
卯ノ花は湯呑みを置き、おっとりと首を傾げた。その仕草一つに、ゾッとするほどの美しさと妖艶さが同居している。
「先日の十一番隊の件、総隊長には『四番隊の即応能力の賜物』として処理しておきました。更木隊長も、あなたが犯人だとは気づいていないわ。……感謝なさい?」
「頭が上がりませんよ。僕がのんびり一般隊士でいられるのは、隊長のおかげです。」
星が苦笑すると、卯ノ花はすっと身を乗り出した。
彼女の長い前髪の編み込みが揺れ、星のすぐ目の前に、彼女の穏やかな、けれど全てを見透かす瞳が迫る。
「本当に、そのままで良いのですか? あなたほどの力があれば、いつでも十三隊の勢力図を塗り替えられるというのに。」
「僕は、ただの医者(四番隊)ですよ。」
「……嘘つきな子。」
卯ノ花はそっと手を伸ばし、星の銀髪に触れた。その指先が、まるで愛おしいものを愛でるように、彼の髪をひと筋なぞる。
「あなたは、私によく似ている。その牙を隠し、静寂を好む。
けれど、私には分かります。あなたの内側で、どれほど狂暴な『嵐』が、解放される瞬間を待ち望んでいるか。」
彼女の指から伝わる、かつて初代『剣八』だった頃の、微かな、けれど圧倒的な戦慄。
星の腰の『迅雷烈風』が、恐怖ではなく、
歓喜でチリ……と震えた。
「……隊長。あまり僕を唆さないでください。僕が暴れたら、
四番隊の詰所が吹き飛びます。」
「あら、その時は私が、あなたの骨の髄まで、何度でも
『癒やして』差し上げますよ?」
底知れない微笑み。
星は降参だと言わんばかりに両手を上げた。
この底なしの海のような女性にだけは、
どう足掻いても勝てる気がしなかった。
ど、どうでしょうか?
健全な色気ってこんな感じなのだろうか?って思って書いています。