──四番隊舎、地下特設訓練場。
そこは、いかなる激しい衝撃や霊圧の放射にも耐えうるよう、
殺風景な堅石の防壁で囲まれた広大な空間だった。
かつて、八神星が自らの暴走する霊圧を抑えるために、
密かに己を鍛え、あるいはサボるための隠れ家にしていた、
歴史の染み付いた場所。
「隊長室……じゃなくて、
こんな場所に連れてこられるなんて、不穏ですねぇ。」
夜はだらだらと頭の後ろで手を組み、
頼りなさげに周囲を見回した。
「ふふ、ごめんなさいね。驚かせてしまって。」
勇音は優しく微笑みながらも、
その背に帯びた一本の太刀──『凍雲(いてぐも)』の柄に、
ゆっくりと細い指先をかけた。
一歩、勇音が踏み出す。
その瞬間、訓練場全体の空気がピリリと張り詰め、
床の石畳が白く凍てつき始めた。
「あなたの回道を見て確信したわ。
夜ちゃん、あなたは霊圧の出力も、その『器』の深さも、
すでに一介の隊士の枠に収まっていない。
……だから、少しだけあなたの本当の力を私に見せてほしいの」
「えぇ……。私、怪我人の治療は得意ですけど、
痛いのは嫌いですよ?」
「手加減はするわ。
……でも、手を抜いたら怪我をするかもしれないから、
気をつけて。」
キィィィン──と、氷の弾けるような甲高い音が響き渡る。
「──奔れ、『凍雲(いてぐも)』」
勇音の始解とともに、
三股に分かれた美しくも冷徹な刃が姿を現した。
放たれる冷気が、訓練場の空気を一気に氷点下へと
引きずり下ろしていく。
勇音は静かに、けれど迷いのない踏み込みで、
夜の懐へと躍り出た。
「──行くわよ、夜ちゃん!」
冷気の刃が、夜の首筋めがけて一閃される。
その瞬間、夜の翡翠色の瞳が、
お昼寝中の少女のそれから、完全なる「戦士」の
それへと鋭く切り替わった。
(……はぁ。勇音隊長、あんなに優しそうな顔して、
踏み込みに一切の迷いがない。
これは、本気で防がないと本当に白衣が凍っちゃうなぁ)
刹那。
夜の細い腰から、二振りの反りを持った美しい刀が、
閃光のような速度で引き抜かれた。
氷の刃が夜の皮膚に触れる直前
──彼女の細い全身から、寒気を一瞬で消し飛ばすほどの、
凄まじい「熱き霊圧の嵐」が爆発的に解き放たれる。
夜は二振りの太刀を十字に交差させ、
静かに、けれど訓練場全体を震わせるほどの凛とした声音で、
その解号を口にした。
「──烈波(かぜ)吹き捲りて天を裂け」
ゴオッ、と、夜の左手の刃から、
触れるものすべてを切り裂く超熱風の螺旋が巻き起こる。
「──轟炎(ほのお)猛りて地を焦がせ」
ゴォォォォォッッ!!! と、夜の右手の刃から、
夜天を焦がすような赫き炎が激しく噴き上がった。
「──『烈波轟炎(れっぱごうえん)』!!」
──ズドォォォォォォンッッッ!!!!
激突した瞬間、訓練場を支配していた勇音の『凍雲』の冷気が、夜の放った炎と熱風の奔流によって一瞬にして蒸発させられた。
立ち上る凄まじい量の白い水蒸気。
その霧の奥から、夜の二刀一対の刃が、
勇音の三股の刃を正確に、かつ軽々と押し返した。
「な……っ!?」
勇音が驚愕に目を見開く。
ただ熱いだけではない。風が炎を爆発的に加速させ、
刃に纏う熱量は一瞬で倍加している。
何より恐ろしいのは、それほどの規格外の熱量をぶっ放しながらも、夜の霊圧は、彼女自身を全く傷つけることなく、完璧な調和を保って『器』の中に収まっていることだった。
(この霊圧の深さ、そしてこの二刀流の身のこなし……。
間違いない、あの人の……八神の血脈……!)
「……ふぅ。危ない、危ない。冷たい風は、
お肌に悪いですからね。」
夜は立ち込める白い霧の中で、再びだらだらとした、
いつもの少し眠たげな笑顔に戻って刀を引いた。
「どうですか、勇音隊長。
これくらいで、勘弁してもらえませんか?
私、もうお腹空いちゃいました。」
勇音はゆっくりと『凍雲』を鞘へと収め、
そっと胸をなでおろした。
その瞳には、かつて見送った八神星への寂しさではなく、
彼が遺してくれた「祝福された未来」が、
目の前の少女として確かに生きていることへの、
深い愛おしさと涙が浮かんでいた。
「……ええ。十分すぎるわ、夜ちゃん。
本当に、強くて、綺麗な炎と風ね。」
勇音はそっと夜の元へ歩み寄り、
そのスレンダーな肩を優しく抱きしめた。
「四番隊へようこそ、夜ちゃん。これから、よろしくね」
「え、あ、はい。……あの、勇音さん、ちょっと胸が当たって苦しいです……。私への当てつけですか?」
「変なことを言うのは、あの人にそっくりね。」
クスッと笑う二人の間を、訓練場の天井の隙間から差し込む夕日と、どこか暖かい翡翠の風が、優しく包み込むように通り抜けていった。
風と炎の二刀一対「烈波轟炎」。
こう言うの考えてるのは楽しいです。