一番隊士の魂魄を規格外の霊圧で救い上げた、その翌朝。
四番隊舎の廊下を歩いていた星の前に、
一人の死神が立ちはだかった。
白い最高級の換装を纏い、大首飾りのようなマフラーを巻いた男──一番隊副隊長、雀部長次郎忠息。
「四番隊一般隊士、八神星。……総隊長がお呼びだ。
今すぐ一番隊舎へ来てもらおう。」
周囲の四番隊士たちが「一般隊士が総隊長室に!?」と
ざわめく中、星は「……分かりました」とだけ答え、
静かに歩き出した。
(やっぱり来たか)という諦めと、
己の平穏が侵食されていくことへの僅かな不快感を覚えながら。
一番隊舎へと続く長い回廊。
重苦しい静寂が満ちるその場所で、
待っていたかのように一人の男が壁に背を預けていた。
「おや、八神くんじゃないか。」
五番隊副隊長、藍染惣右介。いつも通りの、人当たりの良い、
誰からも慕われる善良な笑顔。
だが、その眼鏡の奥の瞳は、あの夜、流魂街の闇の中で
自分を凝視していた冷徹な剥き出しの野心を孕んでいた。
「藍染副隊長……。お疲れ様です。」
「一番隊に呼び出されたそうだね。
……先夜、君が放った『異質な霊圧』の件かな。」
藍染は一歩、星へと歩み寄る。その佇まいは自然だが、
放たれるプレッシャーは並の死神なら気絶するレベルだ。
藍染の脳内では、傲慢な確信が渦巻いている。
星は、その藍染の勘違いを全て見抜いた上で、
困ったように頭を掻いた。
「どうなんでしょう。ただの一般隊士の僕が、
総隊長直轄の一番隊士に回道を施したのが
不遜だと怒られるのかもしれません。
僕はただ、目の前の命を救いたかっただけなんですが……。
戦うのも、こういう大層な呼び出しも、
僕の性に合わないんですよ。」
100点満点の、純朴で無欲な一般隊士の回答。
藍染は星の瞳をじっと見つめ、フッと満足そうに息を吐いた。
その傲慢な結論がさらに強固になった瞬間だった。
星の手のひらの上で踊っているとも知らずに。
「ふふ、君らしいね。元柳斎先生は厳しい方だが、
理不尽な男ではない。安心していくといい。
また何かあれば、五番隊を頼りにしておくれ。」
「ありがとうございます。では、失礼します。」
すれ違いざま、星の脳内で烈風が冷ややかに呟く。
『……見事な大根役者っぷりでしたね、星。
あの男、自分が世界の支配者にでもなったつもりでいるのでしょう。滑稽ですらあります』
『ねー! あの眼鏡の人、マジでずっと星くんのことジロジロ見てて超ウケる〜! ウチらのタイプじゃないわ(笑)』
迅雷の呑気な声に背中を押されながら、
星は一番隊長室の重い扉を開けた。
一番隊舎・総隊長室。
部屋の最奥に佇むのは、護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國。
彼が薄く開いた両の眼から放たれる霊圧の質量は、
先ほどの藍染の比ではない。部屋全体の空気が、
まるで沸騰した油のように重く、熱く、星の全身を圧迫する。
「──四番隊一般隊士、八神星。面を上げよ。」
地鳴りのような声。
元柳斎の机の上には、星の過去の完璧に偽装された経歴書、
そして昨夜の治療報告書が置かれている。
「昨夜、一番隊士の命を救ったこと、まずは大儀であった。
……だが、報告によれば、お主がその際に放った霊圧は、
およそ一般隊士の枠に収まるものではなかったという。
四番隊の即応能力という言葉だけでは、
到底説明がつかぬ『深淵の夜』の圧。
……八神星。お主、何者だ。」
一転して、逃げ場のない絶対的な秩序からの追及。
だが、星の心境は、この尸魂界最強の老人を前にしても
「完全なる凪」だった。
「……身に余るお言葉です、総隊長殿。
ですが、僕はただの四番隊の医者に過ぎません。」
「白々しい。お主ほどの器が、なぜ四番隊などという救護部隊の、それも一般隊士の地位に甘んじている。」
「甘んじているわけではありません。
僕はただ……花太郎と薬湯を調合して、
たまに勇音副隊長に怒られて、卯ノ花隊長とお茶を啜る。
そんな、四番隊の静かな日常が、
何よりも気に入っているだけです。」
星は静かに、けれど一切の揺らぎのない瞳で、
真っ直ぐに総隊長を見据えた。
嘘偽りのない、平穏への執着。
元柳斎は無言のまま、星を限界まで睨みつける。
部屋の霊圧がさらに一段階跳ね上がり、
床板がミシミシと悲鳴を上げた。
だが、星の背筋は微塵も曲がらない。
その腰にある『迅雷烈風』が、主の意思に呼応して、
いつでもこの一番隊舎ごと総隊長を「風雷の渦」に
巻き込めるだけの牙を、皮一枚の内側で研ぎ澄ませているのを、星は自覚していた。
長い、心臓が潰れそうな沈黙の後──。
元柳斎は、ふぅ、と小さく鼻から息を抜いた。部屋を圧殺していた熱波が、嘘のように霧散していく。
「……卯ノ花が、お主を頑なに手放そうとせぬ理由が、少し分かった気がする。お主には、かつての奴らのような『戦いへの飢え』がない。ただ、それだけの力を持ちながら牙を隠す不気味さは、十三隊の秩序として看過できん。」
元柳斎は厳格な顔のまま、経歴書をバサリと閉じた。
「八神星。お主の処遇は、今回は卯ノ花の顔に免じて不問とする。……だが、お主がその力を十三隊の『害』となす、あるいはその牙で平穏を乱すようなことがあれば、この流刃若火が、お主をその深淵ごと灰燼に帰すと知れ。」
「──肝に銘じます、総隊長殿。」
星は深く一礼し、総隊長室を後にした。
一歩外へ出ると、昼下がりのまぶしい光が白衣を照らす。
藍染という『混沌』の監視。総隊長という『秩序』の警戒。
挟み撃ちのような状況だというのに、星の口元には、どこか挑戦的な、最強の男ならではの薄い笑みが浮かんでいた。
(やれやれ。これでもし、勇音たちとの日常を邪魔されるようなら……その時は、総隊長だろうが藍染だろうが、まとめて僕の『夜』に沈んで貰うさ。)
腰の『迅雷烈風』が、まるで主の決意を祝福するように、チリ……と一度だけ、鋭く、激しく鳴り響いた。
長くなぁ。
何故短く出来ないのか?
精進足りない。