この腕は、なんと短く非力で。
この足は、枯れ木のようで脆く。
心の臓は弱々しく脈立つのみで。
愚かで、弱くて、気持ちわるい。
「うん…。」
なんて、弱い。
人なんてものは。
「ここまで良くやったよ。」
竜は言う。
凶竜の城の中、私は地面にしなだれる。
「人の身のくせに。」
腕はぐずぐずになったのが身体から離れた位置にあり、足は感覚がない。顔を上げる首の力すら、入らない。
「…う…。」
「面白いね。きみ…。もし、君が僕だったら、僕よりも強くなれるかな?」
「…。」
死に際に、こんなくだらない問い…考えたくなどないが、付き合ってやる。
「…お前になるなど例えでも御免だ。死に晒せ、凶竜め…!」
「いいね。」
「───ぐ、あ!?」
血を…流し込まれる。
触手の様に意思を持った血は、私の身体の隅々を侵略していく…。
…こんなこと、聞いたことがない。せめて自害しようと試みるも、腕も足も無い。
「が、うっ…!ご、ぐ…。」
溺れていく。
「明日からきみが凶竜だ。」
「人と組むなり、何と組むなり、自由にしなよ。」
「最後に。───ここはきみの安住の地じゃ無い。」
──────
目覚めた。
身体は、竜になっていた。
「………。」
"明日からきみが凶竜だ。"
まさかあの言葉通り…俺を凶竜にするとは。
「旦那様、お加減はいかがですか?」
「……。」
凶竜の家臣…か?人の様な形をしている。
「お前は?私のことは分かっているのか?」
「ええ。先代より旦那様のお世話を任されました。ユースと申します。お見知り置きを。」
「では、先代の凶竜は私に何をさせようとしている?」
この身体、とてつもなく強い。
正直、この能力があれば…魔物を蹴散らし、王国に平和を齎すことなど簡単なものだ。
しかし、先代の凶竜は生きている。私はそう確信している。
故に迂闊に動くべきではない…。
「何を…とおっしゃられましても、先代様は自由にさせよと言うことで特段指示もないのですが…私の推測でよければ。」
「なんでもいい。言ってくれ。」
「先代様は人間を利用したがっています。」
人間を利用…。
どういうことだ?
「正確には、人の歴史という力を評価しています。」
人とはそもそも、オーガやゴブリンなどの種の中で弱く、従順で矮小な存在たちの集まりより生まれた。
長い時間彼らは隠れ潜み、集団として成長し…社会や宗教を得て発展した。人間という種の中から生まれる力は、彼らを一歩ずつ前進させる。
此度、凶竜の城まで辿り着いた勇士たちの様に。
「魔法についてご存知ですか?」
「…魔の者たちが使う邪悪な力のことだ。我が身を凶竜へと変えたのも、この力だろう。」
「先代様は、人類に魔法を授けたいのではないでしょうか。」
「…魔法を?」
火、氷、天候操作、催眠、狂気…。
魔法は魔物達の特権だ。それを人間が扱えたことはない。
「ええ、元はあなた方も我々の様な生き物だったのです。出来なくはないでしょう。」
「……。」
もし魔法を人間が使えたら、凶竜だけでなく、世に跋扈する魑魅魍魎を打ち滅ぼす力となるだろう。だが、魔法を忌み嫌う今の人類がどう考えるか…。
(………いや、魔法は必ず、人間の力となるはずだ。)
「魔法はどう使うものだ?」
「見えない腕を操る感覚…ですかね。」
「は?」
「…申し訳ありません。元人間の旦那様には難しかったようですね。」
見えない腕…。
もし、それを知覚できたとして、何か物を動かすとかそう言った話ではないか?炎、氷、疫病のような魔法のイメージからは離れている。
「…魔法を広める前に、魔法について学ぶ必要があるようだな。魔法の教師を紹介してくれるか。」
「…旦那様、魔法の教師は…いえ、なんなら魔法について体系的に記した書物すら、この世界には無いのです。」
「…どういうことだ。魔法とは直感的に振るえる物だとでも?」
「はい。」
これは…難題を任されたようだ。
しかし、魔法を習得することができれば、人類は魔物を蹴散らすことができるだろうし、私のこの体も元に戻るかもしれない。
…あの凶竜へトドメを刺すことも、いずれは…。
私は魔法について知ることを目標とした。