僕らは白が許せない   作:sorasumi

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紙を置いて筆を取る

 和紙の貼り絵が好きだった。

 

 前の職場でヘロヘロになった後の休みも、辞める事になって有り余った時間も、就労支援に通い詰めたついこの間も。黙々と風景を組み立てるのが好きだった。

 

 祖母が教えてくれたこの穏やかな作業は、僕にとって性に合ったらしく。いつの間にか過ぎる日々に、成長と完成の実感を添えてくれた。

 

 お陰か精神的にも安定して来て、何とか再就職も決まった所で。 

 その全てが、白紙になった。

 

 ***

 

「おはようございます。本日の起床時間です」

 貸与されたスマホ型デバイスから流れる、無機質な自動音声に目を擦る。今日もこの真っ白な部屋で、身を削る作業が始まるのだ。

 

 顔を洗って、鏡を見る。細く黒い髪に、気弱そうな顔つき。

 つまりは、いつもの僕。

 

「朝食はまもなく提供されます。本日の製紙ノルマは、60色各100gの合計6kgです」

 アナウンスに重なるようにコンコン、とノックの音。

「どうぞ」

 

 本当にまもなく運ばれて来た、ドンブリに山盛りの白米、ブロッコリー、グラノーラ、それと1リットルはあるピッチャー入りの牛乳。コップは無く、ストローが添えられている。

 

「こちら、全部召し上がるんですか?」

 配膳ワゴンを止めてそう口を開いたのは、初めて見る顔の職員さんだった。新人さんかな。

 

「はい、仕事なので……もしかして僕について説明されてないんですか?」

 職員さんは明らかにドン引きの表情で頷く。これ大食いな職員とかに思われてそうだな。極めて不本意だ。

 

「そうですか。でしたら……もしお急ぎでないなら、ちょっと愚痴を聞いて下さい」

「いえ、仕事があるので。失礼します」

 踵を返す職員さん。まあそりゃそうですよね。

 

 一人ストローを咥え、僕は思い返す。

 この監獄の始まりを。

 

 ***

 

 「世白(よはく)」、去年から突然現れた、建物も自然も真っ白に染め上げてしまう謎の怪物。

 

 「彩能(さいのう)」、同時期に発見され始めた、絵を描く人間がごくまれに発現する、唯一世白に対抗できる異能力。

 

 そしてここが、「世白対策庁」の七野県支部。彩能の持ち主を集めて、世白の駆除と被害地域の修復を行う組織。

 

 たまたま貼り絵の彩能が発現して、対策庁にスカウトされて。

 他の人のは指先がペンになるとかなのに、僕のは身体から紙を取り出す力。

 それでこの紙は、僕が身体から取り出した後に他の人が使っても効果があった。

 

 結果、「対白紙」って名前になって、いっぱい必要だからって、毎日ノルマまで取り出し続ける毎日。

 この食事量もそのせいだ。仕組みは分からんが、彩能にはカロリーが要るらしく。

 正直、好きで食べてる訳じゃない。

 

 運動や睡眠の時間はあるしお給料も出てる、お陰で家族からの便りには決まって感謝の言葉が並ぶ。

 

 けれど、どうしても満たされなかった。

 

 ***

 

「あと0.5kgだけ……」

 夕食も終わり、日も沈んだ頃。

 僕の一日の半分を占める、ひたすらに身体から紙を引っ張り出し、破き取る作業の中。

 あの人には重い話に付き合わせてしまったな、と手を動かしながら反省する。

 

 無限に資源が出て来るティッシュボックス。それが対策庁にとっての僕。

 これが、僕の今の存在意義にして、価値貢献。僕はコードネーム"テング"、貼り絵の彩能の持ち主。

 

「……このままじゃ、やってられない」

 ついそう溢した、その時。

「テング様、所長室へお越し下さい。テング様、所長室へ」

 来た。取り出した紙を机上に押さえつけ、自動音声を繰り返すデバイスを引ったくってルームキーを解錠する。

 

 心臓の鼓動を必死になだめながら、所長室へ急いだ。

 

 ***

 

「例の件、許可が降りました」

「ありがとうございます!」

 磨き上げられたデスクに腰掛ける所長に向け、ほぼ反射的に頭を下げる。

 

 やっとだ。ここまで長かった。

「明日から、君には他の彩能の持ち主達と同じ寮に移転、また任務に同伴して頂きます」

 

 苦節半年近く、ようやく報われた。

「当施設の各種設備についても、利用許可を与える方向で調整しています」

 

 でも、むしろここがスタート地点。これからが本番。

「ただし。引き続き給紙のノルマ達成を維持することが絶対条件かつ、私的な外出の許可は出せません」

 

「承知しております」

 即答する。

 

「貴方には……いえ、こう言いましょう。私達には、貴方の貢献が必要不可欠です。これからも、どうか力を貸してください」

 僕を真っ直ぐに見つめ、そう告げる所長。

 

「はい。わたくしは皆さんの一員です。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

 僕も努めて真っ直ぐに、そう答えた。

 

「失礼します」

 重厚な扉を閉め、長くを過ごした牢獄への帰路。ほんの数分の間に、現状を整理する。

 

 これで僕は、世白対策庁七野県支部の、彩能部隊の隊員と同様に扱われる事になる。

 今までも書類上は在籍していたが、これからは実際に部隊を組んで出撃し、任務に当たる。

 

 今まで僕は搾取されていたが、同時に庇われてもいた。対策庁の本部ではなく、現場裁量の利く地方支部だからこそ、監禁ではなく軟禁で済んでいたのだろう。

 

 けれど、僕は欲しいモノは欲しい。もっと経験がしたい、活躍がしたい、交流がしたい、成長がしたい。

 あんな扱いのままじゃ、満足できない。

 

 だから自分を変えて、周りからの扱いを変える。僕の価値を高め、認めさせる。簡単ではないだろうが、人任せにするよりはよっぽど現実的だ。

 

 その為の具体的な方策こそ、今回の彩能部隊への志願。今までに「お前は紙だけ作ってろ」というメッセージを何度受け取ったか。

 

 口頭では軽くいなされ、書面なら突き返され。月に一度会えるお医者さんの先生に味方してもらって、やっと話が動いた。

 

 所長さんや上層部としても、部隊員は一人でも多く欲しいはずと踏んだ。僕を使うメリットを並べ立てて大口を叩き、一気に勝負を掛けた。

 不謹慎ながら、世白の被害拡大も僕にとっては追い風に働いたのかもしれない。

 

 そして何とか、挑戦の資格を得た訳だ。隊員としての結果が出せなければ、すぐに元の生活に逆戻りだろう。

 

 上等だ。僕はここでもっと成長して、今以上に必要とされてやる。

 

 その為に、今日は残りのノルマをとっとと片付けて、寝よう。体調管理は基本である。

 

 ***

 

「本日より当部隊に配属されました、テングと申します。どうぞよろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

 

 いよいよ配属初日。七野県支部の裏手にそびえる寮の玄関前にて。

 同僚の方との顔合わせ。なんだけど。

 

 気のせいかな。正面のリーダーっぽい短髪ウルフカットで長身のイケメンお姉さんは缶ビール片手だよ。普通にアルコールの匂いがムンムンしてるよ。

 

 見間違いかな。一歩引いて立ってる儚げな美人さんはすごいスケスケの服着てるよ。禁欲生活が長引いたからかな。

 

 おかしいな。その更に奥には現在進行系で寮の壁にカラースプレー吹き付けてるヤンチャっぽい子供がいるよ。公共建築だよねここ。

 

 そこまで視線が行って、気が付いた。あの子、スプレー缶を持っていない。手ぶらなのに、指先から色付きの粉塵が発射されている。

 つまり、彩能の持ち主。

 

「じゃあ、話は車の中でね」

「車、ですか」

「うん、今から出撃」

 前途多難、さもありなん。

 

「はい!ご一緒させていただきます!」

 もう迷わず行こう。行けば分かる、かなぁ。

 

 車とは公用車を想像していたが、自衛隊でも乗っていそうな物々しい一台だった。年配の運転手さんに挨拶をして、一番最後に乗り込む。

 

 目的地はすぐ近くの、七野県でも有名な避暑地である高原だそう。窓の外を流れる新緑と白樺並木のコントラストが、いくらか僕の緊張を癒やしてくれた。

 

「改めて、僕から自己紹介をさせてください」

 車内には運転手さんを除けば4人。座席はファミレスみたいに向かい合う形になっていて、お互いの顔がよく見える。

 

 だから一人一人と目を合わせ、力強く述べた。

「テングと申します。世白との戦いは未経験ですが、皆さんのお役に立ちたいです。よろしくお願いします」

 

「オウ!気合十分だな、これからよろしく!」

 明るく返してくれたのは、短髪の人だった。

 

「アタシはコルマ、一応ここの隊長になってる」

 深い青に染まった髪が似合う精悍な顔立ちで、頼れるリーダーって雰囲気を纏っている。その両方が漂う酒臭さで台無しになっているが。

 

「アルコールマニアだからコルマじゃなくて、アルコールマーカーのコルマね」

 こういう自虐ネタってどう反応すればいいんだろう。

 

「君のテングってコードネームも自虐だったり?顔の事ならアタシもいつも真っ赤なんだけど」

 勘弁してくれ。

 

「ええ、そんな所です」

 ホントは典具帖紙っていう、綺麗な和紙の種類から取ったのだが。ここで説明を挟む元気は今の僕に残っていない。

 

「そんでこちらは、メイスさんとアロちゃん」

 ああ、この二人も同僚確定しちまった。車乗ってる時点で予想はしたけど、先が思いやられる。

 

「二人とも、まあ、役に立つから安心しろ」

 声が小さくなっちゃってるよ。

 そのフォローは一難あるって言ってる様なモンだろ。

 

「よ、よろしくね……」

 メイスと紹介された温厚そうな美人さんは、先細りする声でそう返す。

 

 見間違いであって欲しかったが、明らかに下着が見えちゃってる。上に着てるのがビニールのレインコートだけだから、バリバリ透けちゃってる。

 

 車の振動に合わせて、肩まである明るく艶のある茶髪と豊満な胸部が微かに揺れ動いている。決して自ら見ようとはしていない。

 

 流石にわざとだ、そういう趣味の人だ、そうに決まっている。僕がスケベだからそういう風に見えてしまっている、とかではないはずだ。

 

「私、あ、暑がりで。だから気にしないでね」

 無理がありすぎる。今は5月上旬だ。

 いや真夏だとしてもよ。

 

「ほら、アロちゃんも、自己紹介」

「……コンニチハ。ヨロシクー」

 アロと紹介された子供は目線を落としたまま、気持ちのこもっていない声を返す。

 

 服はちゃんと僕らと同じオレンジの制服を着ているけど、髪の毛はショッキングピンクの二つ結びを下げ、顔には赤と青の色付き丸眼鏡を掛けている。

 

 ずっと下を向いているのから察するに、人見知りする子なのかな?中学生あたりに見えるけど、隊員って事は雇用されてるんだよね。法的にどうなってんだ?

 

 しかしそれを言い出したら、飲酒しながら、露出しながら、軟禁されながら仕事してる、ここ全員グレーか。

 

「それじゃ、目的地に着くまでの間にアタシがチュートリアルを仕込んでやる。スキップせずにちゃんと聴けよ?」

 コルマはいかにも場馴れしてそうな口ぶりで語る。その缶ビールを仕舞っていただければもっと集中できますよ。

 

「アタシらの仕事を一言で言うなら、塗り絵だ。んぐっ、世界と世白がお題の、な」

 話の合間に飲んだぞ今。他二人に目線を送るも、反応なし。じゃあこれいつものことってことじゃん。

 

「世白には決まった倒し方があってな、背景に埋め込んでやるのさ」

「同化させるんですよね」

 一応、その知識はある。ニュース番組で報道されているレベルの情報ではあるが。

 

「そ、でも真っ白になった世界を背景にしても効果は無いから、先にフィールドに色を取り戻す。それからその背景に溶かし込むように世白そのものを塗ってやると、倒せるって訳だ。」

 

 改めて言葉にしてみればシンプルだな、と思った。塗り絵とは言えてる例えだ。

 

「とて、動き回る世白相手に緻密に描き込むのはかなりムズい。そこでこの対白紙の出番って訳」

 赤から紫まで一通り揃った紙束に、思わず顔を顰めてしまった。そいつの説明は大丈夫です、もう見たくもない。

 

 コルマも何かを察したのか、取り出した紙束をそそくさと仕舞った。気を遣わせてしまったか。

「でもまあこの辺は、実践した方が早いな。着いたぞ」

 

 ギアがPへ操作されたのを合図に、急ぎ車を降りる。車内には運転手さんと、空になったビール缶だけが残された。

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