僕らは白が許せない   作:sorasumi

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未来予想図の描きはじめ

 そこは、まるで雪国だった。

 

 真っ白な世界。けれど良く見れば、葉の茂った樹や砂利道が、影を落として確かにそこにある。

 

 振り向くと、まだ生い茂る緑と疎らにそびえる木々の模様が残る。

 前は白一色。僕らはその境界線を踏んでいた。

 

 確かにここは高原だ。

 ただ色だけが、奪われている。

 

「始めるぞ。テング君もスマホ貸与されてるだろ?それで原風景の写真を観ながら描け。適当に塗っても戻らねえ、再現するんだ。そうすれば風景が元の色を思い出してくれる」

 

 コルマはそう言いながら、右手で指を鳴らす。瞬間、その人差し指の先がキャップが外れたかのように弾けて、墨色をしたマーカーのペン先へと変化した。

 

「アロちゃん、地面と草を頼む。遠くへ行き過ぎるなよ」

「ハーイ」

「メイスさん、地面馴染ませながら木のベースも頼む」

「はい」

 

 コルマの指示で、瞬く間に周りが色付き始めた。アロの指先から噴き出す粒子と、メイスの手先から弾ける絵の具が世界を染めていく。

 

「テング君、着いてきて。足元だけ気を付けてね」

 連れて来られたのは、一本の木の前。貸与デバイスの写真を見るに、元は白樺の木だった様だ。

 

 メイスの筆を受けて、その表面にはライトグレーの濃淡が染み込んでいる。後は白樺の特徴である、樹皮の模様を描けば完成といった所か。

 

「見てろよ、こう、チョチョイっと」

 コルマの指先のニブが滑った後には正にそれが次々と刻まれていった。

 この匂いは、アルコールマーカーの彩能なのか。

 

「凄いですね。僕にもやらせてください」

「ほいやってみ」

 コルマはあっさりと横にハケて、僕にキャンバスの正面を譲ってくれる。

 

 左手の袖を捲り、手首を指でつまむ。そうしてペラリとめくれた身体の一部を、スルリと引き出して、ビリリと千切る。

 

 黒檀色の一欠片をそっと押し当ててやれば、コルマが描いたものと謙遜なく見えた。

 初めてにしては上出来だろうと胸をなで下ろすと。

「上手いけど……ちょっと遅いね」

 

 後ろから、軽い調子で聞こえた。なんならオブラートに包んだ表現を選ぶ時の間があったと思う。

 なるほど、遅いと。

 

「急ぎでやってみます」

 とは言ったが、急ぐ事そのものに不慣れなのもあり。

 僕も限界を感じ始めた頃合いでストップが掛かって交代、見学の身となった。

 

 見学特権でじっくり観察してみると、コルマの筆は流石に速い。そもそものハンドスピードに加え、一筆一筆の正確さによる迷いと後戻りの無さがそれを後押ししている。

 

 経験か実力か、僕との差は歴然だった。合間に他二人の様子も窺ったが、やはり僕と比べれば遥かに速い。

 

 コルマがスピードと精密性に特化しているのに対して、アロは一度に塗る面積が段違いだ。メイスはその中間、バランスが取れた描き方をしていた。

 

 さて、早々に戦力外通告を喰らった訳だが、僕はこれからこの三人に喰らいついていく必要がある。

 僕に、できるだろうか。

 

 ふとトントンと、肩を叩かれる。帰れって言われたらどうしようと思ったが、コルマは僕の正面を指差して。

「世白」

 それだけ呟いた。

 

 どこだ。僕の精神は一瞬にして、違う色の緊張に塗り替えられた。思考を止め、感覚を研ぎ澄まし、睨む。

 ゆらりと、白が揺れた。

 

「見えました」

「よし。目を離すな。静かにしてろ」

 アイツら耳あるんですか、という言葉はなんとか呑み込み、目を凝らす。

 

 白の中に、白が居る。その動きは本当に微かで、一瞬でもよそ見をすれば見失ってしまうだろう。

 

「こちらからは近付くな」

 近付かなきゃ倒せないでしょ。なんでですか。

 

「今接近しても、向こうの方はフィールドの復元が済んでない。もう塗った場所に誘い込むのが基本だ」

 確かに。納得しました。

 

 コルマはデバイスを口元に当てて、何やら囁いている。僕らのやや後ろに居る二人への連絡だろう、区切れたのを見計らって声を掛けてみる。

 

「僕は」

「何もするな」

「承知しました」

 ちくしょう。

 

 するとアロが静かに駆け出した。視界の悪い中、木々の間を塗って白い森の奥へと進んでいく。

 

「ちょっと下がっとくか、メイスも来い」

 その言葉と共に襟を引っ張られて、僕らは色を塗り終わったエリアまで後退した。

 ここに追い込んで倒す算段だろう。

 

 となると、アロは回り込んで裏から追い込む係を任されたのか。

 普通はリーダーがする仕事なんじゃないの、それ。

 

 内心そう毒づいた瞬間、バシュッという音がしてピンクの煙が爆ぜる。

 その中から猫くらいのサイズの飛行物体が飛び出て来た。

 

 アロの塗料を吹き付けられて、初めて輪郭が露わになっていた。彼女が適役だったという訳か。

 加えて距離が縮み、ようやくそれがクリオネのようなシルエットをした怪物だと分かる。

 

 それが、三匹。

 その内最も近くに来ていた一匹に、コルマは駆け寄り。

 

 なんとミドルキックを喰らわせた。吹っ飛んで白樺の木に打ち付けられ、なお風船みたいに跳ね返る世白に、コルマは即座に白い紙を押し付ける。

 そして右手が奔ったと思うと、そこには一本の木だけが残っていた。

 

 今の一瞬で対白紙の上から模様を描き足し、世白を白樺の幹に溶け込ませたのだ。すげえ。

 呆気に取られるような早業。同時に、メイスも走り出す。

 

 動いてるの見ると目のやり場にも困るが、転んだらケガしそうで心配が勝つな。気を付けてくれ。

 そんな僕の心情を他所に、メイスが右手の筆をしならせ、一振りすると。

 

 世白は瞬く間に緑色に撃ち抜かれた。

 メイスの筆は、世白に届いてもいないのに。しかし確かに、エメラルドグリーンの飛沫が煌めいたのが僕の網膜には焼き付いていた。

 

 スパッタリング。筆から絵の具を飛び散らせる画法によって、世白は茂みの新緑に溶け込み、消滅した。

 

 あと一匹。突っ込んで来る最後の世白に対し、僕は左腕から目一杯に大きく灰色の紙を引っ張り出す。

 

 そして両腕の間に紙を広げ、さながら闘牛士が如くはためかせて世白を待ち構える。

「来い!」

 

 迫る世白にタイミングを合わせ、全身を使って倒れ込みながらピンと張った紙を浴びせた。

 両手に伝わる不規則な感触。捕らえたぞ。

 これで地面に埋め込んで、倒せる!

 

 と思ったんだが、全然中でバタバタ動いてる。タモ網の中の魚みたいだ。 

 寝そべったまま首を伸ばして見下ろすと、僕の紙は地面の砂利と同化しているようには見えない、色が濃い!

 

 テンパって色選びをミスった!

 ヤバい、両腕塞がっててこっからどうにもできない!

「誰かお願いしまー!」

 そう大口を開けて叫んだ、ちょうどその時。

 

 再びバシューッと粉塵が舞う。僕の視界はライトグレーに埋め尽くされ、喉の奥までもが同じ目に遭ったのが触覚で分かった。

 

「ゴッホ!ご、がっ、ゲッホゲホゲホ!」

「何やってんの?バカじゃない?」

 堪らず咳き込む僕の声に混じって、幼い声が耳を通り抜ける。

 

「あ、アロ、さん。トドメ、ありがとうございました」

 僕の醜態を見兼ね、スプレーの彩能で紙の色を上から塗り直して、世白を地面と同化させてくれたのだろう。

 年下でも、流石は先輩か。子供という認識は浅慮だったな。

 

「大人なのに役立たず過ぎ。次からは引っ込んでてよ」

「すみませんでした」

 僕にはトドメ刺さないでください。立ち上がれなくなります。

 

「えい」

 ブシューッと三度スプレーが走り、全身に塗料が付着する感覚。

 えいじゃねえよ、これはいらんかったろ。故意の追い打ちだ、ヒドい。 

 

「そう言ってやるな。誰でも初めてはこんなもんだ」

「お疲れ様です、テングさん」

 何色かに染まった耳に届く、コルマとメイスの声。お礼を言わなければ。

 

「はい、ありがとうございます」

 立ち上がって、努めて明るい表情を作る。

 紆余曲折あったが、これで一応の目的は達成した。

 まだ風景には白が残るものの、これ以上の被害拡大は防ぐ事ができたはずだ。

 

「皆さんのお陰で、僕の至らなさが身に沁みて分かりました。なるべく早く追い付いてお役に立ちます!」

 自分に言い聞かせるのも兼ねて、そう宣誓する。皆、それを黙って聴いてくれた。

「ああ、いい心掛けだ。だがテング」

 

「まだ風景の復元が残ってるから、帰還はそれが済んでからだ。それとアロのスプレーは水で落ちる、帰ったらまず顔を洗え」

「……はい」

 

 握り込んだ両手がオレンジに覆われているのに、今しがた気が付く。

 皆の目にはさぞや滑稽に映ったろう。

 

「ふふ、んふふ、ひひひ、あはーは」

 あんまりこらえようとしていない笑い声がする。

 アロ、お前後で覚えてろよマジで。

 

 ***

 

「初の出撃、お疲れ様でした。本日より職員寮の食堂と浴場の利用許可を与えますので、一日の疲れを癒やしてください」

 

 デバイスが突然にメッセージを読み上げた。

 帰還して顔と手だけ洗い、服を着替えてのお昼前。多少は減免されたものの、依然重い給紙ノルマをこなす中。

 

「やった……ありがとうございます」

 自動音声と分かっていながら感謝の言葉を紡ぐ。

 あの監獄から移り住んだ寮室で一人涙し、程なく財布だけを持ってその場を後にした。

 

 食堂は大勢の職員でごった返している。ここ世白対策庁七野県支部は立地こそ僻地だが、規模はそこそこ。

 カウンターでトンカツ定食大盛りとサイドメニュー諸々を受け取ると、後ろから知った声がした。

 

「お疲れテング君。めちゃくちゃ食うんだね、若いね〜。ここ座んなよ」

 コルマはそう言いながら、開いた席にトレイを置く。勿論その上には缶ビールが2本、もう慣れた。

 新しい職場の上司がフレンドリーに絡んでくれるのすごい助かる。

 

「コルマさんだってお若く見えますよ。お邪魔します」

 口角を上げて微笑み、お言葉に甘える。トレイの上のフルコースが、ズシリと机を揺らした。

 念願叶っての、誰かと一緒に摂る食事だ。

 

「コルマさん、お疲れ様です。て、テングさんも」

 メイスの声だ。一瞬ビクッとしてしまったが、恐る恐る目を遣ると今は普通の服装をしていた。

 

 いや、出ている。レインコート一枚がワンピース一枚に変わっているが、普通に下着が透けてる。

 シングルのトイレットペーパーで出来てんのかってくらいペラペラの生地だ。もう寒くねえかそれ。

 

「お疲れ様です。先ほどはありがとうございました」

 しかし表情には出さずに、目を観て言葉を返す。お身体は見ていませんよ、決して。

 

「ねえ、テングさん。私、活躍してましたよね?格好良かった、ですよね?」

 えっなにこの人。美人さんに顔を覗き込みながら同調を求められるのが初めてで、内心混乱するが。

 

「はい、色を戻すのも世白を倒すのも早業で驚きました。僕自身にとっても凄く勉強になりました」

 社会人の仮面を被り、ベターと思われる返答を出力した。面接受けてる気分なんだけど。

 

「そうですか……うふふ」

 どうやら正答だったらしい。満足気なメイスに困ったような視線を送るコルマは、僕に向き直ると口を開いた。

 

「今日はありがとう。多分だけど、君の彩能は風景の復元よりも対世白向きだ。現に一体は君のお陰で逃がさずに済んだ、これからも期待してるよ」

 そう語る表情は優しい。まさか僕が貢献できなくて落ち込んでると見て、わざわざフォローに来てくれたのか?

 

「コルマさん、私はもっと活躍していましたよね?」

 なにこの人。

 

「ああうん、いつも感謝してるよ。それと」

 めんどくさがってるテンションじゃん。

 

「アロちゃんの事についても、アタシから謝らせてくれ。彼女はどうも跳ねっ返りでな」

「ああ、気にしてませんよ。洗って落ちなかったらどうしようとは思いましたけど」

 ホントいい人だな、アルコールの匂いに鼻を摘めば。

 

 それからお互いに食事に手を付け、一時の安寧を享受する。

 メイスはいつの間にか居なくなってた。そういえば食べ物とかもなく手ぶらだった。まさか本当に褒められる為だけに来ていたのだろうか。

 

「ごちそうさまでした。あそうだ、テング君明日も当直だったよね」

「はい、そうですね。明日は」

 

 そう言われて思い出した。部屋で確認したところ、レオという、初見のコードネームが当番表に名を連ねていたのだ。

 

「レオさんって方と一緒でした」

「そうそいつ。今日はちょっと遠出してたから居なかったが、ウチの主力だ」

 リーダーから主力と評されるとは。期待値が上がる。

 

「どんな方ですか?心の準備が必要かもなので」

 けっこう皮肉っぽい言い方になってしまったが、本心なのでしょうがない。

 

「ハハハ、まったくだよ、ここに居るヤツらはアタシも最初、面食らったもん。レオ君はまあ何と言うか……ああいうヤツを天才って言うんだろうよ」

 貴方も自分が常識人だと思っちゃダメですよ、という僕の感想は置いておいて。そう語るコルマの調子はポジティブなものに聞こえた。

 

 天才、か。あまり好きな言葉ではないが。

「今まで男がレオ君しか居なかったからあいつも喜ぶだろ。君なら仲良くやれると思うぜ。それじゃアタシはこれで。またね」

 

 それだけ言って、コルマは食器返却コーナーへ消えて行く。

 僕もコップを空にすると、後に続いた。

 

 ***

 

 そして日も沈む頃。

 割り当てられた時間帯に従い、浴場を訪れると。

 先客が居た。

 

 明るいというよりは、薄い茶色。ベージュが近いだろうか。

 そんな色の髪の毛がツンツンと立っている、快男児といった印象の青年だ。

 それ自体は別に何ともないのだが。

 

「お疲れ様!はじめましてだよね!君の名前は!?」

 彼は湯船に浸かったままの姿勢で、僕に声をぶっかける。年下に視えるのにタメ口かよ、とも感じない位に爽やかな調子だった。

 

 浴場ってあんまり初対面の人に話し掛ける場じゃあなくないか、とも思ったが。この人にとってはそうなのだろう。

「テングと申します。よろ」

 

「テング!あの紙を作ってる人って聞いたよ!すごく描きやすくて、気持ちいいんだ!いつもありがとう!」

 よろしく、と言い切る間もなくボルテージの上がったアンサーが返る。声量と熱量がすごい。この浴場の熱気は、実はコイツが原因なんじゃないかという気がした。

 

「ボクはレオ!明日は一緒に頑張ろうね!」

 眩しい。物理的に発光してる気すらしてきた。

「そう……だね!頑張ろう」

 引っ張られて敬語外れちゃったよ。

 

「うん!もうすぐ時間だから、先に上がるね!また明日!」

 ニカッと笑い、ザバッと音を立てて立ち上がる。湯船から上がるとマッシブな身体を拭くのもそこそこに、ズカズカと更衣室へ出て行った。嵐みたいな人だな。

 

「また何というか……味が強い」

 洗身を済ませ、一転穏やかなムードに包まれた湯船の中で独りごつ。

 明日アイツとツーマンセルかよ。

 

 不安だ。でも新人である僕と二人で抜擢されたなら、それが可能と推測されるだけの信頼と力量があるという事。

 それに、あのエネルギーとスピード感。

 正しく、隊員としての僕に足りないモノを持っているじゃないか。

 

 念願叶ってのリラックスタイムだが、僕の脳内はこれからの計画立てにシフトしていた。

「明日は学ばせてもらうよ、レオ」

 その道筋を確かめるように、呟いた。

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