僕らは白が許せない   作:sorasumi

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まずクレヨンよりはじめよ

「おはようございます。本日の起床時間です」

 

 デバイスの音声を止め、再び布団に倒れる。眠い。

 業務上必要とは言え、昨日は交流に時間を使い過ぎた。お陰で給紙ノルマの達成が日付変更ギリギリまでもつれて、睡眠不足気味だ。

 

 これではいけない。スケジュール過密は尤もだが、なればこそ計画的に過ごさねば。

 無理やりにでも背筋を伸ばし、ベッドから飛び起きた。

 

 ***

 

「君の紙に彩能を載せると、滑るみたいに手が動くんだよ!下地の色を選べるからすぐに描けて、凄く助かってる!」

 

 今回の作戦区域に向かう車内で、レオは絶え間なく僕に話し掛けてくれている。

 内容はお絵描きの楽しさと、僕の紙の描き心地について。さっきの一言で要約には十分である。

 

「ありがとう。レオの彩能はどんな画材なの?」

 この口調は、敬語じゃなくていいよと言われたのでそうしてみている。僕は相手に合わせるコミュニケーションスタイルを取りがち。

 

「そうだ、見せてあげる!これ!」

 レオはそう言って右腕を掲げ、5本の指を一点に集めるように曲げ伸ばした。

 みるみるうちにその掌は深緑に染まり、一本の巨大なクレヨンに変化する。

 

「クレヨンの彩能なんだね」

「うん!」

 コルマは指の一本が変化していたが、レオのは手が丸ごとクレヨンになっている。

 

「今日は森の中の神社に行くみたいだから、緑色をいっぱい使うんだ!」

 言いながらその手をグルグルと振り回すレオ。車が汚れそうで怖い。運転手さんもミラー越しにチラチラ見てるよ。

 

「僕もなるべく速く描こうとしてみるから、一緒に頑張ろう」

「そうだね!一気に倒しちゃおう!」

 

 バックブザーが鳴り渡り、車体が静止する。

「ここから先は徒歩でお願いします」

 運転手さんの言葉を待たずに飛び出すレオを、僕も追いかけた。

 

 ***

 

 目の前に広がるのは、一本の石畳が敷かれた参道。その両端には堂々たる杉並木が並び、いかにもパワースポットといった荘厳さを醸し出す。

 

 惜しむらくは、色が奪われている事だ。

「レオは、一人で全体から細部まで描けるの?」

「うん!全部描けるから、心配しないで!始めるよ!」

 

 レオはそう言うやいなや、参道に向かって左側の幹に文字通り腕を振るっていく。

 僕はというと、右側の幹を前にして、高くそびえる木の上までをどう塗ればいいのかと途方に暮れていた。

 

「レオ、これはどうやって」

 そう振り返ると、既に数本の杉が色を取り戻していた。樹皮は焦げ茶色に、葉は深い緑に染まっている。

「ウソぉ!?」

 

「えー!?何か言ったー!?」

 そう応えるレオも、既にけっこう遠くに居た。目を逸らして個人が判別できるギリギリの遠さ。

「ううん、大丈夫、続けてー!」

 

 返事だけした後に観察すると、彼が木の幹のうち手の届く範囲を塗り終わった段階で木全体が一気に染め上がる、という現象が起きているのが分かる。

 

 そういえば昨日だって、白樺の木は高く伸びていた。その時は気が付かなかったが、同じ事が起きていたのかもしれない。

 

「そうすれば風景が元の色を思い出してくれる」

 昨日のコルマの言葉を思い返す。あれは、こういう意味だったのか。

 

 どういう仕組みかは分からんが、お陰で今僕がするべき事は分かった。

 昨日の失敗から学び、レオのお手本をよく見て慎重に身体から引き出す紙の色を選ぶ。

 

「……よし」

 その言葉を最後に、口を閉じて白と向き合った。

 

 ***

 

「……ッく、はぁ」

 レオの5分の1に届くかどうかというペースで、僕は奮闘していた。

 レオはもうとっくにどっか行った。今頃折り返しているかもしれない。画力もそうだが、それ以上に体力の格差を痛感する時間だ。

 

 彩能を使ってるが故のカロリー消費もあるだろうが、とにかく疲れる。

 ここに来てから決められた時間の運動はマジメにやってたけど、所詮は付け焼き刃だったか。

 

 後ろを見やれば、すっかり元通りに色付けられた杉並木と石畳。自信なくす。

 一応、僕が色付けた木々もレオの担当エリアと同様にてっぺんまで色を思い出してくれたのが救いだ。

 

 程度は劣っていても、確実に貢献はできている。

 その事実を支えに、また一枚紙を引き出す、その時。

 

「うあー!!!」

 迫る雄叫びと足音。

 見れば、遠くからこちらへ駆け寄るレオの姿。そしてその手前に、群れを成して飛ぶ物体。

 

 世白だ。色を取り戻したエリアの中では、その真っ白い輪郭をハッキリと捉えられる。

 宙を舞うそれらは、前回の個体よりも移動が速く思えた。でもレオも速い、脚力だけで世白の飛行に追い付いている。

 

 彼らと僕の間にはまだ距離があったが、群れの最先端に居た一匹の世白が不意に加速して、固まる僕の目の前を通り過ぎようとした。

「させない!」

 

 叫んで右腕をつまみ、振り抜いた左腕に強烈な手応え。世白はロール紙のように腕から引き出した紙にくっつき、僕を引っ張って行こうとする。

 

 その勢いのままに、世白はハンマー投げの要領で振り回されて杉の幹に叩きつけられた。チャンスだ。

 

 昨日にコルマが披露した早業を思い出す。

 あれを再現する、その為には。見て、イメージして、その通りに紙を破ってなどいられない。

 

 まず貼ってから、見立てる。絵だった事にする。

 形を取って貼るのではなく、貼ってから形にする。

 この樹皮の質感に近い荒い紙の細長い形を、幹の筋として馴染むように、腕から千切ったそばから世白に貼っていく。

 

 そして最後の一筋を押し当てた時、フワリと手応えが途切れた。

 初めて自分の手で、世白を倒せた。

 

「テングー!お願い!」

 分かっている、これで終わりじゃない。レオの声には、両腕から両腕で目一杯の紙を手繰り寄せる行動で応じた。

 杉並木から離れて参道に陣取り、世白の群れと相対する。

 

 両腕を広げれば、振り袖の如く翻る灰色の紙。

 石畳に合わせたその色が、逃げ道を遮る壁となって、世白の群れを一匹、また一匹と絡め取る。

 

「うぐうっ」

 そのエネルギーを受けて、僕は参道を転がった。受け身は取れたが、その分腕が痛い。

 世白は拘束したが、僕も自分の紙に絡まってここから動けない。なら、僕が今から取るべき行動は!

 

「レオー!お願ーい!」

 頼る事だった。悔しい。

 

「任せて!」

 けれど返った返事は、その思いも吹き飛ばす程に頼もしく。

 一瞬で世白に石畳の境目や陰影を描き込み、見事に溶かし込んだ様だった。

 

「これで終わり!楽しかったね!」

 僕の応援要請から一分と経たずに、辺りは色を取り戻し、僕とレオが佇むばかりとなっていた。

 風景の復元もほとんどレオがやったんだし、これもう全然僕いらなかったのでは。

 

「やっぱり君の紙は、ピタッとくっつくんだね!」

 やれやれといった気分の中、レオは満面の笑みで僕を見る。

 

「くっつくって……普通じゃないの?」

 そう問い返す僕に、返ってくる確かな声。

「ボク達の色も世白にくっつくけど、テングの紙はテングと繋がってるから逃がさずに済んだんだよ!捕まえてくれてありがとう!」

 

 そう、なのか。レオの言葉から改めて考えると、僕の紙はシールみたいに世白にだけ貼り付く性質がある。

 それに各々が彩能によって色は与えられても、「モノ」が出てくるのは僕だけなのか。まあそのせいで閉じ込められていたのだが。

 

 僕は今まで、言われるがままに紙を引き出していただけなのは確かだ。この彩能を理解し、使いこなしていたとは言い難い。

 

 僕のすべき事は、スピードという短所の克服よりもむしろこの特性、つまり長所の研究と発展なのでは?

 

「何を考えてるの?」

 おっと、目の前の先輩を放って考え込んでしまった。

「ううん、そう言って貰えて嬉しかっただけ」

 そう言って立ち上がると、レオもまた明るく笑って歩き出す。

 

「戻ろう!」

「うん」 

 ありがとう。そして今に見てろよ、主人公。

 

 ***

 

 七野県支部へ帰還し、自由時間。

「出撃お疲れ様でした。本日よりジム施設の利用許可を与えますので、適時利用して健康管理にお役立てください」

 

 とのことなので、先に購買施設解禁して欲しかったなと思いつつ、一応は来てみたものの。

「うお、本格的だな」

 熱気に当てられて、つい冷やかしに来ましたと言わんばかりの感想が出てしまった。

 

 僕は本格的なジムに行った覚えは無いので本格的か否かの判別基準は曖昧だが、それでもそう思わせるだけの器具だかマシンだかは揃っていた。

 

 見渡すと、コルマが傾斜の付いたルームランナーで汗を流している。

 ちょっと奥にはヨガらしき動きをしているほぼ全裸の大人、手前にはエアロバイクにまたがるピンク髪の子供の人影も見えたが、それらは努めて無視してコルマに歩み寄った。

 

「お疲れ様です。皆さん頑張ってますね、ここって服装とか自由なんですか?」

「おうお疲れ。機械に挟まる危険がなきゃ、なんでもOKだよ」

 走りながらも流暢に話しているが、やはりと言うべきか顔が赤い。心配。

 

「……アルコール検査機とかは?」 

「ああ、あったけど、アタシが毎回引っ掛かるから先月廃止された。だから大丈夫」

 あなたが出禁にされなくて良かったね。僕よりストレスを抱えていそうな、この支部お抱えのお医者さんの顔が目に浮かんだ。

 

「ケガだけお気を付けてくださいね、それじゃ」

「まあ待てよ、レオ君とはどうだった?」

 やっぱり気に掛けてくれているみたいだ、いい上司である。

 

「お役に立ててるかは微妙ですけど、よくしていただいてます。話してて僕も前向きになれました」

「ああ、上手くいってるならいい」

 話してる所申し訳ないんだけど、できれば早めにこの場を離れたい。

 給紙ノルマの事もあるけど、こうやって隙見せてるとさ。

 

「テングさ〜ん」

 来ちゃったよほら。仕方がないので振り向くと、やはり薄着のメイスが立っていた。

「テングさんもトレーニングですか?私もちょうど終わった所で、はぁ」

 見りゃ分かっちまうよ、蒸れ放題じゃねえか。もう詳しく文章に起こす気も起きねえよ。違う所が起きちまうよ。

 

「良かったら、どうですか?」

 何が?

「一緒に」

 一緒に?

「トレーニング♪」

 マジすか?

 

「……今回は遠慮しますね、またよろしくお願いします」

 柔軟体操するメイスの背中を押すシミュレーションまでしちまったが、ギリギリ理性が勝った。持てる全てのコミュニケーションスキルを総動員し、本当にまた誘ってくれそうな感じで断れたと思う。

 

「じゃあ、私はどうですか?」

 ごめんどういう意味?

「えー、とても熱心にトレーニングに励んでいて、素敵です、憧れます」

「うふふ……」

 

 そう答えたら元の位置に帰ってった。

 合ってた?合ってたの今の?なんなのあの人。

 

 コルマも話は終わった感出してるし、もう帰ろ。しかし出口への最短ルートでアロの横を通る都合上、一応声は掛けておく。

「お疲れ様です」

「なに?ジロジロ見んな、キショい」

 にべもないなあ。

 

「ごめんなさい。皆さん体力も鍛えてて凄いなって思っただけです」

「オマエも運動するならウチから見えない所でやって。見たくない」

「はい、失礼します」

 お望み通りに視界から外れ、出口へ向かう。

 

「ねえ、ウチの事後ろから見ないで、どっか行って」

 理不尽がよ、そっち向いてねーよ、見ねーよわざわざチビッコをよ!おめーより100倍狙い目の痴女があっちにおるわ!

 

 閉まる自動ドアの向こうを一瞥して、つい溜息が溢れた。

「……上手くやってけるかなぁ」

 今の所、レオとが一番健全にやれてるんじゃないの?

 

 デバイスから明日の当直を確認すると、コルマとテングの文字。

 なら少しは気が楽だ。今日こそはしっかり眠ろうと決め、足早に自室へと向かった。

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