僕らは白が許せない   作:sorasumi

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アルコールマーカーはすぐ渇く

「どうだ、ここでの暮らしは?」

 

 今日も目的地へと向かう車内で、アルコールの匂いと共にそう投げかけられる。

「慣れてきた、とは思います。昨日はよく眠れました」

 

 車窓を開けて欲しいなと眺めていると、その向こうを大型バスが通り過ぎて行った。

 今回の目的地は市街地だから、今までとは違うテクニックが求められるかもしれない。

 

「そうか」

 そんな僕の不安を察して声を掛けてくれているのか、コルマの表情はやはり優しい。

 

「テング君、ここに来るまで頑張ったな。すげえよ」

 唐突に、肩に触れられる。嫌な感じはしなかった。

 

「だから、これ以上無理するんじゃねえぞ」

 単なる先輩の忠言にしては重く聴こえた。

 その言葉の真意が見えないままに、コルマは車を降りて、僕も続く。

 

 ***

 

 規制線を跨いで、アーケードを進んで。

「真っ白ですね」

 まあ、そこは今まで通りだけど。

 

 今までの現場と違うのは人工物だという点だ。古ぼけたシャッターの並ぶ通りが、白と影だけの空間と化している。アニメの絵コンテみたいだ。

 

「こいつはちと面倒だな。時間かけてでも確実にやりたいが、そうすると夜までかかっちまう」

 遠くには夕陽が見える。僕としても帰りが遅くなるのは勘弁して欲しい。

 

「すると本来の色の見え方も変わるから、ややこしくなるんだよな。言ってる事分かるか?」

「光源とか、光の色についてですね」

 僕も絵を描く上で、多少は意識している。光が変われば色、つまり見え方は変わる。

 

 元の色を取り戻す上で、基準が狂うのは厄介だ。現に手元に映し出される原風景の資料写真は、昼の光景。

 

 つまり夜になったら、これを観たままに再現するだけでは、正しい色ではなくなる。

 そういう話で合ってるかな?自信は無い。

 

 なのでそのまま訊いてみると。

「そういう話で合ってる。積極的キャッチアップありがとう」

 いい上司である。

 

「始める前に、ちょっと待ってろコイツを使う」

 そう言ってコルマが広げたのは、黒い取っ手付きビニール袋。これを?

 

「おろろろろろ」

 吐くんかい!便利アイテムが出て来たのかと思えば、出て来たのは朝食だったものでしたとさ。

 

 そういえば今日は珍しく顔が青かったな、いつもは赤いのに。

「袋は預かります……コルマさんもご無理なさらず」

「悪いな……」

 なんか一気に空気が沈んだ。大丈夫だろうか。

 

 口を縛った袋を脚に括りつけつつ、気を取り直して。

 さてどこから始めるかと顔を上げると、目の前に広げた手があった。

 

 コルマの左手だ。右手は彼女の口元で、人差し指を立てている。

 目が合って、悪寒がした。居るのだ。

 

 正面の白い空間を睨みながら、僕の左手を僕の右手で撫でてめくり上げる。

 しかし、どうすればいい?少し下がれば色が奪われていない区域まで戻れるが、それは世白を一般人に近付ける事を意味する。

 

 ここは先輩の指示を待つしか。

 そう視線をコルマに投げかけた時、彼女は何かに弾かれた。

「ッ!」

 

 咄嗟に手を伸ばして支えようとして、僕の身体にも衝撃が走り。

 その一瞬だけ、目視で輪郭を捉えられた。

 大きい。軽自動車程のサイズをした、世白だった。

 

「ってぇ!」

 二人してコンクリートの上を転がって、慌てて立ち上がる。

 世白はこちら側、つまりアーケードの入り口へと動いていた。このままでは規制区域を出てしまう。

 

「追いますか!?」

 僕が問うよりも早く、コルマは走り出していた。

「ああ!」

 僕もその答えを待たず、駆け出した。

 

「っぐぅ」

 低く呻いてバランスを崩す目の前の背中。

「さっきのダメージが」

「いや酒」

 酒かい。それはそれで心配だけどよ。

 

 そんなやり取りもあり、また吐き出さないかとヒヤヒヤしながら走り続け、規制線が見えた。

 そして世白も、居た。灰色とくすんだ暖色が散らばる街路に、その姿を浮かべている。

 

 その距離は10m程か。

 見やれば、コルマはどうしてか天を仰いでいた。いや、口元に添えた手には翠色の瓶が握られている。

 

 訂正する、酒を仰いでいた。

「飲みました!?今、ここでまた!」

 思わずツッコんでしまったが、幸い世白は反応せずに佇むばかり。

 

「迎え酒なんだから薬だ。ボス戦前の回復アイテム」

 何を言っているんだ。見る限りそのせいで今デバフまみれじゃねえか。

 

「はい分かりました、それじゃゴミは預かりますから」

 コルマは頷きながら瓶を渡して、その手を筆先へと変えた。

 この人も酒に関しては無茶苦茶だからな。もうあまりマジメに相手をしない事にする。

 

「ここでやるんですね?」

「ああ、逃がすなよ。その紙で捕まえられるか」

 ゆっくりと歩を進めるコルマの後に続く。

 あと7m程、世白は動かない。

 

「はい。下地も僕が全部引き受けます。仕掛けていいですか」

 あと5m。

 

「行け」

 跳ぶ。そして細く千切ったのを丸めて作っておいた"紙テープ"を投げた。

 

 それは空中で幾筋にも広がり、軽やかに世白に張り付いた。繋がった左腕に確かなヒキを感じる。

 そうして、本命。その間に1mを切った距離から、右腕の幅1フィートの紙をべったりと浴びせた。

 

「んぐうう!」

 暴れ出す世白。しかしその動きは鈍重だ、移動を許さずに僕はその周りを円を描いて走る。

 

 右腕の紙を伸ばし、世白に巻き付けながら。その色は、背景となった古本屋のシャッターと同じ。

 鼠色を基調に、錆の赤茶色が混じった染め和紙。

 

 初陣の時と同じだ。僕の作った紙の上から描いて効果が出るのなら、この紙の拘束の上からでも、描き足して貰えれば!

 

「上出来だ」

 その言葉は僕へ向けたのか、あるいは自画自賛か。

 分からなかった。そう聞こえたと同時に手応えが途切れ、世白は消え去っていたからだ。

 

 相変わらず、なんて早業だろう。 

「あい、世白完制っと」

 コルマは何でもないふうにそう呟いた。

 よはくかんせい、って言うんだ。格好良い。

 

「やりました、ね」

「おうテング君もグッジョブ!」

 一息でそう言い切って、僕の目の前に拳を浮かす。 

 

 ああ、充実してる、嬉しい。

「はい!」

 初めてのグータッチはリキュールのフレーバーがした。

 

「ありがとうございます!あ、でもじゃあ、ここからはもう塗るだけですか?」

 まだ塗るのが残ってるんですか、と言いかけて表現を選んだ。

 

 つい終わった感じになりかけたが、前回とは順番が前後しただけ。

 つまり、風景の復元と世白の消滅を両方やらなくちゃいけないのは変わらない。

 

「確認されてたのは一体だけらしいから、そうなるな」

 コルマはそう答えながら、もう白くなった壁面を塗り始めていた。

 僕も慌てて隣へ向かう。

 

「僕も始めていいですか、アーケードの反対側から」

「いや?」

 また見学かと顔が引き攣るが、彼女は反対にニヤリと笑う。

「喜べ、コルマ先生のマンツーマンレッスンだ。タダだぜ?」

 

 認められたみたいで、胸が満ちるのを感じる。

「ありがたいです。よろしくお願いします」

 帰りがどれだけ遅くなっても、いいと思えた。

 

 ***

 

「出撃お疲れ様でした。本日より購買施設の利用許可を与えますので、適時利用して日常生活にお役立てください」

「いよっし!」

 

 夕食が済んだ時間だが、今日は出撃前にノルマを達成できたので後は自由だ。

 いやあ、有意義な一日だった。コルマのレッスンは時間にすればそこまで長くなかったが、絵が上手くなった気がしている。

 

 預かったゴミの処分も済んだし、それでは一日の締めに早速ショッピングと腰を上げた所で、ビーと部屋のベルが鳴った。

「はい、どちら様でしょうか」

 

「アタシだ、夜分すまん」

 モニターには、浮かない表情のコルマ。

 どこか暗いものを感じつつも、上司の訪問である。

 戸惑いを隠して、部屋に招いた。

 

「やっぱ一度、しっかり話したいわ」

 彼女はそう言って、ベッドに腰を落ち着ける。

 自室に女性を招いているという状況に何気に緊張しているのがバレないよう、静かに続く言葉を待つ。

 

「あの紙、テング君が作ってるんだよな」

「はい」

 何時もの軽薄さの無い声に、話が読めないまま頷く。

 

「その……アタシは、君の味方だ。信じてくれ」

 そう語る瞳は真剣そのもので、遮るのは憚られた。

「知らなかったんだ、だけど、謝りたいと思ってる」

 

 間が空いた。言葉を返してよいと判断して、口を開く。

「すみません、何の事か分かりません」

 

 彼女は一層、慚愧に堪えないという表情を深めた。

 だからせめて、声は落ち着かせて伝える。

「貴方がどうしてそう伝えてくれたのかを、教えて欲しいです」

 

「……アタシ、アニメーターだったんだ」

 どうやら長くなりそうだ。腰を上げて深く座り直し、両手を膝に置く。

 

「でも身体壊して、辞めて、酒ばっか飲んで。フリーランスでイラスト描いてても、稼げなくて」

 彼女の手は微かに震えていた。酒のせいではないだろう。

 

「そしたら急に、こんな事になってよ。金も入るし、自分が特別な、使える人間になれたみたいで」

 僕よりも貰ってるんだろうな。隊長なんだから。

 

 今度はヒーロー扱いに酔った、とか言うかな。

「嬉しかった。ヒーロー扱いに酔っちまった」

 言った。

 

「けどそれから、君がずっと紙作る為に閉じ込められたの、知って」

 ああ、そうだったのか。他人事みたいにそう思って、色々と納得がいった。

 

「だから、今辛えの。ヒーローごっこしてたのに、すぐ近くで、君が使い捨てられてたの、アタシもそうだったのに」

 潤んだ瞳を向けられる。初めて見る顔をしていた。

 

「……すまねえ、吐き出してばかりで」

 そうですね。冗談ならセンスあるな。

「こんな事、君に言うべきじゃねえのに」

 

「そんな事ありませんよ」

 考えるより先に、そうこぼしてしまった。

 

「教えてくれて、ありがとうございます」

 なんか急に来られて始められたから、さっきまで斜に構えた感じで聞いちゃったけども。

 

「僕はコルマさんに謝って欲しいとは思ってません」

 僕の事で真剣に悩んでくれたのは分かった。僕に親身に接してくれたのは、その影響もあったのだろう。

 それはただの、有り難い話だ。

 

「世白も、彩能も、対策庁の事も、コルマさんや僕には変えられませんから。しょうがないんです」

 僕は満足いかなかったから交渉して、変化を願った。

 コルマは満足がいったから、そのままでいた。

 それだけだろう。

 

「しょうがない中で、頑張っただけじゃないですか?お互いに。それにコルマさんは、今、僕を助けてくれています」

 そこまで言ってようやく、コルマが微笑む。

 

「君は偉いね。ボウズはもっと遊んでたっていいんだぜ?」

「遊べりゃ遊んでましたよ」

 いかんつい普通にムカついて口答えしちまった、それも直属の上司に向かって。アンガーマネジメントがなってないぞテング。

 

「そうだな、すまん」

 しかしコルマは気にもとめずに頭を下げる。

「いえ、こちらこそすみません。コルマさん、いい人っすね」

 僕も、そうする。お世辞ではない。いい人だと感じた、僕よりずっと。

 

 むしろいい人過ぎて、いつしか結果的に酒が必要になってしまったのだろう。

「君だって、他人のゲロ袋預かれるヤツに悪人は居ねえだろ」

「それはどうも」

 

 フフ、と二人で笑う。コルマは立ち上がって、またいつもの優しい目で僕を見た。

「じゃあ、これからもご指導ご鞭撻、どうかよろしくお願いしますね」

 

「ああ」

 そう応えながら、彼女は顔を近付ける。

 アルコールに、少しだけフルーツが混じった香りがした。

 

「君は、アタシが守るから」

 少しヘビーな発言に聴こえたが、飲み過ぎの一言で片付けてしまうのはいささか不誠実に思えて。

 

「はい、こちらこそ頼りにしてます。コルマさん」

 そう伝えて、見送った。

 

 ガチャ、とオートロックがかかる。続く秒針の音に、さっきまでの予定を思い出した。

「そうだ、お店開いてる内に行かなきゃ」

 

 ***

 

 第一印象は、大きめのコンビニ。まあ、購買施設なんで大体はそんな感じだろう。

 

 飲食物や日用品の他に、衣服や雑貨も充実している。寮に暮らす人の多様なニーズに応えようという姿勢がうかがえた。

 

「あ、テング!こんばんは!」

「こんばんは、レオ。昨日はありがとう」

 カゴを菓子パンでいっぱいにした主人公が、元気に手を振る。野菜とかも食え。

 

「ボクもありがとう!テング、絶対にもっと強くなるよ!また一緒に頑張ろうね!」

 思わず口元が緩む。君には本当に、敵わない。

 

「テングさん、レオくん。お疲れ様です」

 どこから出て来たんだよ、メイス。待ち伏せでもしてたのか?

 この人にも敵わねーなあ。

 

「お疲れ様!」

「お疲れ様です、メイスさんもお買い」

「この絵、どう思いますかぁ!?」

 聴け!

 

 という、僕の内心はガン無視で褒められ待ちの顔をしているオトナの女性。

「どうですか」

 小声で追い催促が来た。図々しい。

 コルマが僕に適用してくれるメンタルケアのスキルは、きっとこの人が鍛え上げたに違いない。

 

「うん、すごく綺麗だと思う!」

 律儀にそう答えるレオとはこれ以上用事も無いし、買い物も明日の朝とかでいいや。この間に理由付けて帰ろうと踵を返す。

 

「テングさんは〜どう思いますか?」

 しかし、回り込まれてしまった。正面から向き合って改めて確信する、露出が趣味の人だ。

 胸元にスケッチブックを掲げるポーズすら、いかがわしいモノに見えてならない。

 

 しかし絵そのものは、素直に僕も美しいと感じる出来に思えた。

 花束の絵だった。淡い色調の中に、紙自体の白色がそのまま輝きとして活かされている。

 なればこそ展示形態がもったいないものだが、そこは伏せて感想をそのまま言語化すると。

 

「うふふ〜やっぱり分かってますね♪」

 やっぱり、ってさ、これ僕ターゲットにされてない?

 あんまり仕事外の時間取らないで欲しいけどなあ。

 

「そうだ、明日はよろしくお願いします。テングさんと二人なので……」

 どこか思わせぶりな口ぶりと共に身体を揺らす。

 この人とツーオペすごい不安だよ。

 

 まあきっと、技術や経験は確かなはず。

 なので、僕もその辺をレクチャーしていただくつもりで明日に臨もう。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。僕も楽しみです」

 言ってからちょっとセクハラっぽくないかと思い、相手はそれどころではないので大丈夫かと思い直した。

 

「はい♪」

 微笑む彼女の瞳から、視線を下げずに僕も微笑む。

 まあ楽しみってのは、ホントだ。

 これは向上心であって、下心ではないよ。

 うん、多分。

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