ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第10話

同日 宮城県 仙台市

 

「――では、こちらの3店舗の債権、および内装資産一括で買い取りの手続きを進めさせていただきます」

 

仙台市内のホテルのラウンジ。『横山地方再生ファンド』の担当者は、表情一つ変えずに契約書を差し出した。

対面に座る居酒屋のオーナー経営者は、力なくペンを握るしかなかった。

 

近年の物価高騰と消費の冷え込みは、地方の飲食個人店を容赦なく追い詰めていた。さらに、大手スーパーや大手食品メーカーが安価な惣菜で客層を完全に囲い込んだことで、街の和食居酒屋は「不良債権」のリストへと沈んでいったのだ。

 

しかし、24社連合が求めていたのは、彼らの店舗の立地でも、過去の売上でもなかった。

そこに残された「調理設備」と、何より「真面目に和食を作れる料理人の手」だった。

 

カリフォルニアのNEXAで展開が始まろうとしている、高純度の健康和食惣菜。

その味のベースを構築するために、華やかなトップシェフやカリスマ料理人は必要なかった。彼らの持つ「素材との対話」や「職人の勘」といった曖昧な感覚は、海外の現地スタッフ向けのラインには落とし込めないからだ。

具体的な表現に言い換えることができる天才料理人なら歓迎だが。

 

「『包丁の声を聴け』としか言わない無口な職人は困るのです。『温度計が80℃になったら、この厚みの切り身を投入して3分40秒加熱する』。そう淡々と表現できる、実直な料理人が欲しかったのです」

 

買い取られた居酒屋の厨房は、そのままNEXAの「グローバル・レシピ開発センター」へと変貌を遂げていった。

しかもだからといっても店は通常営業する。

あまりに工業化しすぎて24社連合や欧米消費者が求める『日本の味』を失うのは料理資産として見るなら大きなドローダウンだ。

 

地方のベテラン料理人が長年作ってきた「魚の煮付け」や「おひたし」の工程を、C社の出向組が横で逐一計測し、塩分濃度、加熱時間、pH値へとすべて数値化していく。

それと並行して横山ファンドは日本全国で同様の買い叩きを行うことで、各地の「地味だが飽きのこない惣菜」たちのレパートリーが芋づる式に集まってくる。

 

「これでアメリカだけでなく、フランスやドイツ、将来的には惣菜単体でのイギリス進出まで、現地の消費者を飽きさせないだけのメニュー数が確保できるわ。」

 

担当者・中井は笑みを浮かべる。

かつては政府が掲げる地方再生に望みを託した彼女。

それがこの冷徹なやり方で一部成就しようとしているとは・・・

 

同日 東京 秋葉原

 

毎週金曜日の朝、秋葉原のパーツ通りの空気は目に見えて変わる。

 

A社が台湾から滑り込ませる「必要最低限の性能」のグラフィックボードと、B社青森工場から直送される汎用メモリ。それらが各パーツショップの棚へ確実に、かつ一定数補充されるようになってから、この街にはかつてのような熱を帯びた人通りが戻りつつあった。

派手な広告を打たずとも、「あそこに行けば、今必要な規格品が適正価格で手に入る」という静かな信頼。それが金曜日の秋葉原を動かす新しいインフラだった。

 

その喧騒から徒歩10分。築40年の雑居ビルの4階では新たな契約が交わされていた。

 

「――では、そちらの所属VTuber様3名の衣装を、設定集の指定通りに完全再現して作成・販売しましょう」

 

小林は、連合指定のクリーンな契約書をテーブルの向こう側へと滑らせた。相手は、いま国内外で急速にファンを拡大している中堅VTuber事務所の運営責任者だ。

これまで小林服飾研究所は、いわば「勝手にハイクオリティな偽物を作ってしまうアングラな職人集団」の一員に近い立ち位置だった。しかし、その圧倒的な質感の暴力に目をつけた公式側が、ついに「ライセンスの独占供与」という形で頭を下げにきたのだ。

 

VTuberの衣装は、3Dモデリングやイラストの段階で「現実の布ではあり得ない構造」や「独特の光沢」を持っていることが多い。小林たちはそれを、南砺の絹職人や金属加工屋がそのまま形にできる「製造仕様書」へと翻訳していく。

ただのファンメイドではなく、運営が認めた「本物の再現」。これにより、国内外の富裕層オタクたちにとって、この衣装は単なるコスプレ服を超えた、一種の「最高級の祭具」としての価値を持つことになるだろう。

 

「これで、うちのタレントがリアルイベントやライブで着用する『一着物』のクオリティも担保されます。他社の既製品とは、カメラに映ったときの立体感が違いすぎる」

 

胸を撫で下ろす運営責任者に対して、小林はただ静かに微笑みを返した。

 

「ええ。イベントで本人が着るのも良いですし、Vlogなどの施設内での記念撮影などにも使えそうですね。ファンが着てイベント参加の需要もあるでしょう。そのために彼女たちの『手袋の指先のたわみ』まで、わが社の技術者たちが完璧にデータ化しましょう。」

 

契約が成立し、責任者が部屋を去った後、小林は窓の外の秋葉原の街を見下ろした。

通りでは、A社の地味な黒いグラボを抱えた買い物客たちが歩いている。彼らがパソコンの画面の中で推す(愛する)バーチャルの存在。その皮膚となる衣装の製造権まで、今やこの薄暗い部屋のマニュアルが握ろうとしている。

 

「表でインフラを支え、裏で夢の器を作る。……城島の言った通り、この街の欲望のサイクルは、すべて私たちのマニュアルの中に収まっていくわね。今のところは・・・」

 

PCパーツという無機質な「箱」の供給と、VTuberの衣装という有機的な「幻想」の具現。24社連合の冷徹な合理主義は、秋葉原のカルチャーそのものを内側から静かに、そして完全にハックし始めていた。

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