ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第101話

翌日 東京都 千代田区 外務省・北米局長室

 

急遽セットされた日米の極秘オンライン会議。

画面に映し出されたメンバーを見て、外務省の北米局長は戸惑いを隠せなかった。前回、暗殺のジェスチャーまで交えて恫喝してきた商務省の実務高官たちの姿はなく、代わりに画面の中央に鎮座していたのは、なんと商務長官本人とその側近たちだったからだ。

 

(まさか……あれだけ全てを引き渡したのに、まだ足りないとか言わないよな……?)

 

局長は胃の痛みに耐えながら身構えた。いくら連合が非上場・無借金の完全な非公開企業集団であり、決算の開示義務がないとはいえ、これ以上アメリカにコアな技術や資産を抜き取られれば、日本国内の経済指標への影響として隠しきれなくなる。

 

しかし、商務長官の口から出たのは、全く予想外の言葉だった。

 

「先日は、我が方の担当者が大変申し訳ない対応をしてしまった。一連の不手際を、合衆国政府として正式に謝罪する」

 

「……」

 

局長は言葉を失った。

実は、局長はNEXAの構造も、緩徐麻酔薬の構造にも連合が起点となったことは知らされていないし、そのNEXAや医薬品部門の混乱はアメリカ政府自身によって情報が止められていたので局長含めて大半の官僚も知らされていない。彼が唯一知っていたのは、投資ニュースでも流れて来た重次化学工業が絡んでいた『次世代データセンターの冷却水に海水を直接利用する技術開発』の凍結だけだ。

 

そのため、局長は頭の中で勝手に合点がいっていた。

(そうか……連合の奴ら、あの莫大な利権を生むはずの海水冷却技術を『交渉カード』にしたんだな。いや、連合のことだ、気の利いた交渉などするはずがない。ただ、『規制するならこれもいりませんよね?』と、テーブルの上にポイッと投げやりに放り出した、いや逆か。テーブルに置いていたその黄金のカードをヒョイっと取り上げたのだろう……)

その程度の理解でも、長官の謝罪という結果に対して話の齟齬は出なかった。

 

「例の『24社連合に対する経済行動規制』も、大統領権限をもって当然、正式に取り下げます。つきましては……その、日本の優秀な企業たちには、ぜひとも再び我が国の市場へ戻っていただきたい」

 

「……規制の取り下げ、大変嬉しく思います。自由経済を重んじる合衆国政府の寛大なお心遣い、深く痛み入ります」

 

局長は外交官としての完璧な笑顔を作って応じた。

(寛大だというなら、最初からあんな野蛮な略奪規制などするな)と、日本側どころか、画面の向こうのアメリカ側すらも内心で思っている。まさに国際政治の喜劇と悲劇がそこにあった。

 

しかし、両政府にとって真の難題はここからだ。

一度「着の身着のままで出ていけ」と勘当され、裸一貫で放り出された連合が、家主からの「許してやるから戻ってこい」の一言で、はいそうですかとすんなり戻るだろうか?

 

もし、その家にしか居場所がない身であれば、泣き寝入りして嫌々ながらも戻ってくるだろう。しかし、連合にとってアメリカ市場は「メイン」ではない、「実家」でもない。彼らの主要経済圏はあくまで日本国内であり、次いでアジア・新興国だ。アメリカという市場は、彼らにとって「効率よく運営資金(外貨)を吸い上げられる、少し割の良いバイト先」くらいの感覚でしかない。

 

この相手に「戻ってこい」と言って、戻るのか。

すべては連合の判断次第だが、そこに人間の感情は一切介在しない。逆に言えば、彼らの「合理性の不等式」さえ満たせばいいのだ。

 

もしアメリカ市場への再参入が、リスクを差し引いても『総合的にプラスの利益判定』となれば、彼らは過去の傲慢な仕打ちなど一切気にせず、淡々と戻ってくる。腹の中でアメリカをどう見下していようが関係ない。

だが、一度傾いたその「リスク判定の不等式」を再び利益側へ傾けるためには、当然ながら今まで以上の莫大な「供物(免税措置、補助金、完全な治外法権的裁量など)」を積まなければならないのは自明の理だ。

 

合理性の天秤に、「人間の作意」は1グラムも載らない。

説得、称賛、そして大国の長官からの謝罪。そんなものは連合のアルゴリズムにとって「無価値な音声データ」に過ぎないということを、日本政府は過去の度重なる空振りで、すでに嫌というほど学んでいた。

 

会議が終わりかけ、通信を切る直前。

商務長官が、思い出したようにさらりと一言付け加えた。

 

「そうそう。先日、そちらの局長様に対して極めてご無礼を働いた、我が省の『手癖と口癖の悪い者』ですが……あれにはすでに、相応の厳しい処分が下りました。そちらも含めての、我々からの謝罪です。では」

 

ブツン、と画面が暗転する。

静まり返った局長室で、北米局長は小さく息を吐いた。

 

(……国家権力を背景に、日本の民間企業に対して『頭を撃ち抜くジェスチャー』で暗殺をチラつかせたあの恫喝を……『手癖が悪い』と表現するか)

 

超大国のエリート官僚を一人「処分(おそらくクビか左遷)」してでも、連合の機嫌を取らなければならなくなったアメリカ。

だが、その程度の生贄で、あの冷血なシステムが満足して回線を繋ぎ直してくれるとは、局長には到底思えなかった。

 

同日 東京 霞が関

 

外務省と経済産業省の合同チームは、アメリカ政府による規制解除の決定と、事実上の全面謝罪の旨を、連合の統括窓口である「D財閥」の最高幹部へと即座に伝達した。

だが、返ってきたのは、大国の譲歩に歓喜するような人間の言葉ではなかった。いつも通りの、無味乾燥な数理の回答。そして、アメリカという国家の喉元に冷徹にナイフを突き立てるような、非情な「前提条件」だった。

 

「――状況は承知いたしました。ですが、我が方としては、一度は何の法的瑕疵(かし)もない正当な経済活動に対し、突然の理不尽な国家規制によって全米からの撤退を余儀なくされたのです。それを今度は、そちらの都合で『戻れ』と言われても、今後の事業安定性には著しい不安しかありません」

 

D財閥の担当者は、表情ひとつ変えずに淡々と画面の向こうから告げる。

 

「何より、急な拠点移動に伴う移転費用もバカにならないのですよ」

 

(……移転費用、だと?)

 

同席していた経産省の若手担当者は、危うくその場で椅子からずり落ちそうになった。

国家間の経済戦争、ビッグテックや医療インフラの生殺与奪、大統領のメンツの失墜――そんな歴史的大惨事レベルの激震に対し、この男はいま、サラリーマンのような「移転費用の愚痴」を並べてみせたのだ。

 

(というか、今回の強制撤退で、あんたら現地拠点のハードウェアもサプライチェーンも1ミリも移動させてねえだろ。ホワイトハウスに『全部置いていけ』って言われたから、文字通り手ぶらで帰国したはずだ。発生した移動費なんて、現地にいた日本人社員300名分の飛行機代と、成田から自宅までの新幹線代くらいじゃないのか……?)

 

総額にすれば、連合の資金力から見れば「端た金」にも満たない額だ。それを、国家の命運を分ける折衝のテーブルで、大真面目な顔をして『コストが……』と主張している。

 

(私は今、世界の覇権国を相手にした国レベルの戦略協調の話をしてるんだよな? 地方支店の経費削減を吊るし上げる社内会議に紛れ込んだわけじゃないよな……?)

 

官僚たちが内心で頭を抱えていると、D財閥の担当者は冷徹な不等式の計算を終えたように、静かに書類を手元に引いた。

 

「とりあえず、あまりに急すぎるお話ですので。我が方のシステムが再参入への『適正リスクおよび必要補償額』を算定し終え次第、追って条件をご連絡いたします。それでは」

 

回線は無慈悲に切断された。

 

彼らが求めている「移転費用」とは、もちろん数百万、数千万の交通費のことではない。一度はシステムを略奪しようとしたアメリカという怪物に対し、次に罠を仕掛けるための「入場料(巨額の免税措置、完全な不逮捕特権、あるいは連邦政府によるインフラの独占使用権)」の請求書のことだ。

 

合理性の天秤には、大国の謝罪も、日本政府の仲介というメンツも、1グラムの重みも持たない。

ただ、アメリカが支払うべき『授業料』の桁数がどれほど跳ね上がるのかを想像し、霞が関の官僚たちは、海の向こうの商務長官の哀れな未来に同情せざるを得なかった。

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