ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第103話

2045年 2月 東京都 千代田区 首相官邸・閣僚応接室

 

定例の閣僚会議の席上、本来の議題を差し置いて閣僚たちの関心を独占していたのは、あの「連合」が頑なに保ち続けている沈黙の行方だった。

勝手に自爆するような規制を敷き、いざインフラが機能不全に陥ると「戻ってきてほしい」と懇願し、それでも連中が動かないと見るや、今度は「いつまで待たせる気だ!」と逆上しているアメリカ大統領。そのあまりの理不尽極まる二枚舌ぶりに、日本の閣僚たちの間にはもはや呆れ返った空気が漂っていた。

 

「――田中大臣、アメリカは本当にまだ政府機能がまともに維持されているのかね?」

 

総理の問いかけに、外務大臣の田中が肩をすくめて答える。

 

「大統領府が少々、暴走気味であること以外は、一応機能しておりますよ」

 

「一番暴走したらダメな中枢じゃないですか……」

 

経済産業大臣の鷺宮が、こめかみを押さえながらため息をついた。

 

「まさかアメリカ側は、我が国に対して『一民間企業の経営判断を国費で捻じ曲げてでも、無理矢理アメリカに戻らせろ』なんて無茶は言ってきませんよね?」

 

「可能性は十分にあります。大統領令の規制解除も、あくまで『解除してやれば、奴らは大喜びで戻ってきて、我が国の格安スーパー網(NEXA)を元通りにしてくれるはずだ』という、彼らの都合の良い目算があってのものですから」

 

しかし、この部屋にいる全員が分かっていた。そんなアメリカの政治的背景など、連合のアルゴリズムにとっては「路傍の石」ほどの内容でしかないということに。

そもそも、あの超低価格帯のスーパー網を全米規模で展開し、なおかつ現地のサプライチェーンとインフラを使って黒字経営を維持するなど、本来なら採算の限界を攻めに攻めた、神業的な薄氷のモデリング(経営設計)のはずなのだ。アメリカ側がドヤ顔で提示してきた「税制優遇」を付け足したところで、店舗そのものが叩き出す単体収益が少なければ、優遇されても大した旨味はない。

 

それに、ここで下手にアメリカ市場へ戻ってしまえば、今度は政府から「NEXAを国家の『指定重要インフラ』に認定する。よって価格の変更(値上げ)は一切認めない」などという、実質的な価格統制命令を出してくることくらい、連合はとっくにシミュレーションしているはずだった。

他国の「不当廉売(ダンピング)」をあれほど厳しく取り締まってきた国が、今度は都合よく「外資を安さの奴隷」にして、自国民に果実を貢がせる。

さすがにそんな暴挙を働けば、欧州委員会どころか中国やロシアすらも大喜びで便乗し、世界規模のアメリカ批判の嵐が吹き荒れるだろうが、今のホワイトハウスの短視眼的な狂乱ぶりを見れば、何をやらかすか分かったものではない。

 

そして、その緊迫した空気のなか、ついに連合側が下した「最終結論」が霞が関へと届けられた。

内閣官房長官が重い手つきでスーツの内ポケットから取り出した一枚の書面。そこに記されていたのは、あまりにも簡潔で、それゆえに破滅的な通知だった。

 

『アメリカにおけるディスカウントスーパー事業(NEXA)を、本日をもって完全撤退いたします』

 

再参入への足がかりはおろか、現地に残してきた仕入先、配送ルート、数万人規模の現地従業員、そしてNEXAの全店舗資産すらも、文字通りすべてその場に「ポイ捨て」しての、完全な焦土撤退の宣告だった。

 

「……なあ。これ、連中が複雑なシミュレーションを行っている最中に、アメリカや我々からあまりにも催促されたから、『そんなに早く答えが欲しいの? じゃあ、まだ最適解が出ないから、とりあえず安全牌の【撤退】ってことで処理しておくか』くらいの、極めて軽い感覚でボタンを押したんじゃないだろうな……?」

 

総理の引きつった呟きに、田中外相が苦笑を漏らす。

 

「その、人間らしい執着が一切ない、軽率かつ大胆すぎる経営判断。あの『連合』なら平然とやりそうですね」

 

「問題は、この結論を伝えた後に向こうがどう出るかです」

鷺宮経産相が声を潜める。

「最悪の場合、逆上したあの大統領が『俺の言うことが聞けないなら、海兵隊を動かして日本にある連合企業の本社とやらを物理的に襲撃して差し押さえてやる!』なんて、狂った脅しをかけてきやしませんか?」

 

「鷺宮大臣、さすがにそれはハリウッド映画の見過ぎですよ」

田中が首を振る。

「それをやったら、本気で中国勢力が日本をこちらの陣営に抱き込みに動きます。欧州も新興国も、狂犬と化したアメリカから一斉に距離を置くでしょう」

 

「……いや。たとえ中国やロシアの勢力と合流しなかったとしてもだ。欧州、日本、インド、オーストラリア、そして中東。この『第三極』だけで強固な経済同盟を組めば、地球上の大抵の資源も、製造業のサプライチェーンも、そして巨大な市場規模もすべて身内で完結させることができる」

 

鷺宮は、デスクの上に広げた世界地図を指でなぞった。

 

「かつての『西』と『東』の二極対立だった世界に、アメリカを完全にのけ者にした『巨大な第三勢力』が完成する。この国家孤立の最悪のシナリオを、海の向こうの冷徹なシステムは、当然すべて読んだ上で引き金を引いているはずです。

――あのホワイトハウスの大統領府『以外』は、ね」

 

超大国アメリカが自らの傲慢さゆえに仕掛けたはずの経済戦争は、連合という「人類の常識が通じないバグ」と接触した結果、アメリカという国家そのものを世界地図の端へと押し流す、不可逆の地殻変動へと発展しつつあった。

 

同日 アメリカ ニューヨーク ウォール街

 

マンハッタンの喧騒から隔絶された、最高級老舗ホテルの奥深くにあるプライベート・ダイニング。

そこに集まっていたのは、世界の金融市場の潮目を支配する巨大ヘッジファンドのトップたち――いわゆるウォール街の「本物のクジラ」たちだった。彼らは連合系の「NEXAスキーム」を組み込んだ金融商品を組成し、全米のみならず、欧州、日本、中東、アジアの超富裕層から天文学的な資金を集め、運用してきた張本人である。

 

「ジョージマ(城島)の進言通り、ポートフォリオのNEXA比率を事前に落とし、欧州のGRID比率を引き上げておいたのは正解だったな。最大ドローダウン(資産の最大下落率)は極力防ぐことができた」

 

重厚な革製椅子に深く腰掛けた一人が、ウイスキーのグラスを傾けながら言った。

 

「ホワイトハウスがNEXAの赤字をすべて国費で埋めているおかげで、今のところファンドの純資産価値(NAV)自体はマイナスになっていない。とはいえ、これまで毎月のように転がり込んできたNEXA経由の潤沢なキャッシュフローは止まった。そのせいで、この混乱に乗じて安値に売り叩かれていた割安な個別株を買い漁るための、フリーキャッシュが少なくなってしまったがね」

 

彼らが扱うのは、世界中の富裕層が「資産の防衛」のために資産の数%程度を預ける全天候型の保険商品だ。だが、個人の割合は小さくとも、グローバルで合算すれば数千億ドル規模の巨額の塊と化す。

 

「それよりも、あの大統領が連合に余計なちょっかいをかけたせいで、重次化学工業の『海水利用型データセンター開発』までストップした。我々にとってはむしろこっちの損失の方が痛いぞ。シリコンバレーのハイテク株が軒並み下落している」

 

「ああ、現時点では規制による『計画凍結』であって『破棄』ではないから、市場は辛うじて希望を繋いで持ちこたえている。だが……これがもし完全破棄になり、あの海水冷却技術の利権が丸ごとイギリスあたりの中立的な企業に流れでもしたら、ビッグテック関連資産をポートフォリオから一時整理しないといけなくなる。」

 

そこへ、洗練された身のこなしのウェイターたちが、メインディッシュの皿を静かに運び込んできた。大物たちは一斉に口を閉じ、部屋に肉の焼ける極上の香りと無言の緊張感だけが流れる。給仕が完全に退室したのを見計らい、一人が声を潜めて本題を切り出した。

 

「さて……当のジョージマは何を考えているのだろうかね。我々が彼ら(連合)と結んだ密約では、『もしアメリカ政府が暴走して連合の事業を脅かしそうになった場合、我々ヘッジファンド業界の強大なネットワークを使って、ワシントンへ猛烈なロビー活動(政治工作)を仕掛ける』という約束になっていたはずだ」

 

「ああ。普通なら、大統領令で規制を掛けられた『あの瞬間』に、ジョージマは我々にそのカード(ロビー活動)を発動させるよう要求してきたはずだ。だが……驚いたことに、あの時、彼からは一切の声がかからなかった」

 

幹部の一人が不審そうに眉をひそめる。

 

「政治的な動きがほぼ無かったですからな。大統領府の暴走スピードが速すぎて、ロビー活動を仕掛ける頃にはすでに手遅れ(撤退完了)だったから、カードを発動しなかっただけでは?」

 

「では、ホワイトハウスが規制を解除した『後』も、彼らが沈黙を続けているのはどう説明する? 膠着している今こそ、我々のロビー力を使って大統領府に圧力をかけ、連合に都合の良い再参入条件をホワイトハウスに呑ませる最高の使いどころ(タイミング)のはずだろう」

 

ウォール街の常識、ひいては人間の資本主義の常識からすれば、今こそ政治を動かして利益を最大化する局面だった。だが、海の向こうのシステムからは、共闘のシグナルすら送られてこない。

 

「……まさか、ジョージマは最初から、ワシントンの政治家(ロビー)などあてにしていないのではないか?」

 

一人の老投資家が、冷え切った声で呟いた。

 

「カードを使わなかったんじゃない。『使う必要がなかった』んだ。我々がホワイトハウスを裏からなだめるまでもなく、NEXAと医療とデータセンターを同時に引き抜けば、アメリカ経済が内側から自壊して、大統領が勝手に膝を屈することなど、彼らの数理モデルには最初から書いてあったのだろう」

 

ファンドマネージャーたちは、手元の最高級の料理に手を付けるのも忘れ、突き付けられた不気味な現実に沈黙した。

自分たちは連合を「莫大な利益を生むビジネスパートナー」だと思って囲い込んでいたつもりだった。だが、その実態は、アメリカという国家すらも、そして自分たちウォール街の資本力すらも、単なる「計算式の一部」として冷徹に配置しているだけの、得体の知れない怪物の背中に乗っているだけなのかもしれない――その予感が、豪華なディナールームを凍り付かせていた。

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