ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第104話

翌日 アメリカ カリフォルニア州 サクラメント

 

ついにワシントンの最高権力者たちが恐れていた事態が、最悪の形で発生した。

カリフォルニア州政府庁舎の前を、埋め尽くすほどの怒れるデモ隊が包囲したのだ。

 

理由は極めて明白だった。

ネットの掲示板で交わされていた議論が、ついに現実の暴動のエネルギーとして着火したのだ。参加者たちの動機は、それぞれの階層によって微妙に異なる。しかし、彼らの放つ怒りのベクトルは、完全に「州政府」と「ホワイトハウス」という同一の方向を向いて合流してしまっていた。

 

何年も前から「NEXA(ネクサ)」の店舗に通い詰めていた常連客たちは、他店との圧倒的な価格差を身を以て知っている。連邦政府による国費補填が行われているとはいえ、広大なカリフォルニア州の中でも、物価の高騰が著しいロサンゼルスやサンフランシスコなどの都市部では、すでに実質的な値上げに踏み切らざるを得なくなっていた。

貧困層にとって、最初は「邪悪な外資(日本企業)を追い出す」という大統領のプロパガンダは格好のガス抜きであり、ナショナリズムの熱狂に酔いしれていた。だが、その政策が失敗し、自分たちの明日の食費として最悪の形で跳ね返ってきた途端、彼らは自ら振り上げていた拳を、政府への怒りへとすり替えて振り下ろした。そこへ追い打ちをかけるように、NEXAの赤字を埋めるための「地方増税」の噂が流れたのだ。

 

「――なら、なぜ排除したんだ! 追い出すんじゃなく、正当に買収してシステムを維持すればよかっただろ!」

 

プラカードを掲げた群衆が怒号を上げる。

 

生活苦、そして政治的整合性の破綻。そこに、ここが『カリフォルニア州だからこそ』爆発した、特有の致命的な要素が絡み合っていた。

カリフォルニアには、世界のテクノロジーの中枢である「シリコンバレー」が存在する。そこにはAI、IT、次世代半導体の巨塔たちと、その果実を狙う無数のスタートアップが集結している。彼らにとって、G化学と重次化学工業が凍結させたあの『海水利用型データセンター』の基礎技術は、直近の決算で「株主へ提示した未来の増収増益シナリオ」の最大の柱だったのだ。

その希望を国の一方的な大統領令で叩き潰されたビッグテックのロビイストや資本家たちが、今回のデモ隊のバックに「資金」と「組織力」を提供して座っている。

 

もし連合が、アメリカを見捨てて即座に欧州企業あたりに技術を乗り換えていれば、ここまで話は拗れなかっただろう。諦めがつくからだ。

しかし連合は、米大手のICIT社という「身内」に独占契約の権利を残したまま、ただ冷徹に『保留(フリーズ)』し続けている。だからこそ、生殺しなのだ。

企業側からすれば、目の前に宝の山がありながら、自国政府のメンツのせいで手を触れることすらできない。

 

「大義名分なんてどうでもいい! 早く連合と話を付けて、システムを元に戻せ!」

 

その強大な資本の叫びが、貧困層の飢えの叫びと同調し、州庁舎を激しく揺るがしていた。

 

「おい……。この騒ぎ、周りは地獄のようだが、あの店の周りだけやけに大人しくないか……?」

 

州庁舎から数ブロック離れた通りで、暴徒化しかけた群衆の警戒にあたっていた地元の警察官が、防弾盾の隙間から顎でひとつの建物を指し示した。

その視線の先にあるのは、接収され、現在は政府の管理下で細々と営業を続けている「NEXA」のある店舗だった。

 

「ああ……。あそこで略奪をしてみろ、下手をすれば火を放つ奴が出る。だが、もし万が一にでも放火されちまったら、今度こそ本物のNEXAは二度とこの街に戻ってこないって、連中も本能で分かってやがるんだ」

 

NEXAの店舗は、制度的・法律的にどうしても必要な最低限の修繕しか行われない。だから、どの店舗も「居抜き」のスタート時点からボロボロであり、運営主体が国に変わった今でも、相変わらずボロボロのままだ。

見栄えを良くするための装飾や、無駄な照明は一切省かれている。それを見ているうちに、学のない貧困層であっても、嫌でもひとつの事実に気づくようになる。

『この店は、見栄えやプライドといった一切の無駄を徹底的に削ぎ落として、そのすべてを俺たちのための【価格削減】に回してくれていたんだ』と。

 

だからこそ、誰もその聖域に手を付けようとはしなかった。

ここで火事場泥棒を働けば、あまりにも目立つ。その瞬間だけは少量の物資が手に入るかもしれないが、地域コミュニティの中では「隣人の首を絞めた大罪人」として、生きていけなくなるほどの社会的死を迎える。

 

それどころか、この暴動寸前の激しいデモが狂乱を極める最中であっても、NEXAの自動ドアは淡々と開き、客たちは何事もないかのように普通に入店し、買い物を続けていた。

生活インフラとして、あまりにも日常に溶け込みすぎている。だからこそ、襲えない。

もし営業中の店舗に強行乱入すれば、それはドサクサに紛れた「窃盗(万引き)」ではなく、明確な意思を持った「重犯罪(強盗)」として、周囲の市民からも、警察からも、容赦なく肉体を叩き潰される対応を取られることになるからだ。

 

硝煙と怒号が渦巻くカリフォルニアの街頭で、ボロボロのNEXAの店舗だけが、無機質な「合理性のシェルター」のように静まり返り、冷徹な光を放ち続けていた。

 

同日 アメリカ・ワシントンD.C. 合衆国下院議会議事堂

 

カリフォルニアの州庁舎が怒れる群衆に包囲されていたその時、ワシントンの連邦議会下院でも、アメリカの憲政史に刻まれる決定的な瞬間を迎えていた。

 

大統領および大統領府の独断専行と度重なる暴走は、同盟国との国際的な信頼関係を破綻させただけでなく、国内の法秩序をも著しく歪めている――。そう断じた下院議会は、ついに政権に対する事実上の「政策改善命令」、そしてそれを担保するための決議案の採択へと踏み切った。配布された議員たちの資料の隅には、最悪の場合のロードマップとして、明確に『罷免(イザベラ/弾劾発議)』の血生臭い文字が躍っていた。

 

この議場を動かしたのは、一部の野党勢力ではない。

明日を生きるためのパンを求める「貧困層」、物価高と増税に喘ぐ「中間層」、そして株価の下落と技術凍結に激怒する「富裕層」や「ビッグテックの最高経営責任者(CEO)」、さらにはウォール街の「金融巨頭」たち。アメリカの社会構造を形作るほぼすべての階層が、目に見えない巨大なロープとなって合流し、ホワイトハウスへの包囲網を完全に完成させていた。

 

もし、これが国防総省(ペンタゴン)やCIAが「国家の敵対勢力」と認定した独裁国家やテロ組織からの資産接収であったなら、どれほどの経済的混乱が起きようとも「国家安全保障上の致し方ない犠牲」として説明がついただろう。

だが、今回の生贄は、太平洋で最も忠実な同盟国である日本の、それも法的に何一つ瑕疵のない民間企業集団なのだ。それを国家の暴力で強奪し、挙句の果てに「自分たちではまともに維持できないので値上げします」などという醜態を晒した。

さすがにこれを議会が不問に付せば、アメリカ合衆国そのものが「世界の略奪者」として歴史に名を残すことになる。もはや議題に上げないという選択肢自体が、存在しなかった。

 

「我々は一体、いつから同盟国のポケットから財布を盗まなければ、国民に安価な卵ひとつ提供できないほどの三流国家に落ちぶれたのだ!?」

 

「法的手続きの正当性を完全に無視した大統領令は、我が国の建国理念である『法の支配』に対する明白な反逆である!」

 

議場に飛び交う言葉は、もはや建設的な「議論」の域を遥かに超え、政権に対する容赦のない糾弾の嵐と化していた。野党議員だけでなく、与党である大統領の身内の議員たちからも、次々と造反の弾がホワイトハウスへと撃ち込まれていく。

 

傍聴席に並ぶ商務長官や各省の高級官僚たちは、ただ青ざめた顔でその怒号を受け止めるしかなく、弁明のために口を開くことすら許されなかった。いや、むしろ彼らの本音は別にあった。

 

(これでいい……。議会も、我々と全く同じ結論に達してくれた。あの大統領の言動は、あまりにも行き過ぎていたのだと、背中を押してくれたんだ)

 

商務長官は、胸の内でそっと安堵のため息をついていた。

このまま大統領の狂乱に付き合っていれば、遠からずアメリカという国家そのものが財政的にも国際的にも破綻していた。議会がこれほど強力なブレーキを踏んでくれたことは、官僚機構にとっても、この泥沼のデスゲームから降りるための唯一の「大義名分」になり得る。

 

だが、包囲網が狭まり、弾劾の足音が近づく中で、あの孤立を深める大統領が最後にどんな狂暴な一手を指してくるか。

そして、そのワシントンの大混乱すらも「計算通り」であるかのように、ただ静かに完全撤退の通知だけを置いて消え去った「連合」の不気味な影が、議事堂の重厚な天井に暗く垂れ込めていた。

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