ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第105話

翌日 アメリカ・ワシントンD.C. ホワイトハウス・大統領執務室

 

「て、撤退……だと……?」

 

前日の下院議会による事実上の弾劾警告に続き、日本政府の外交ルートを経由してホワイトハウスに突き付けられた、連合本部からの正式な最終通達。大統領はデスクに両手をつき、ただ小刻みに震えることしかできなかった。

だが、すべては彼自身が己の歪んだ権力欲と支持率への飢えから下した「大統領令」が始まりだ。因果応報という名の冷徹な刃が、いまその喉元に突き立てられていた。

 

緊急で召集された閣僚会議の場に集まった各省の長官たちは、すでに怒る気力すら失せ、底知れない諦観を漂わせながら手元の文書に目を落としていた。

 

「『24社連合は協議と経営計画再策定を重ねた末、薄利多売である当事業において地政学リスクを吸収しつつ現行価格を維持するのは不採算になる確率が高く、また失敗時の想定被害総額も多額になると結論を下した。よって当事業のすべての権利を放棄、または無償譲渡致します』……大統領、おめでとうございます。『無償譲渡』だそうですよ」

 

国務長官が、隠しようともしない強烈な皮肉を込めて大統領に告げた。

無料で手に入ったのだから、本来なら「アメリカ第一主義」の完全勝利であるはずだった。しかし、そのハコモノ(店舗)を動かす肝心の頭脳――日本国内に置かれた城島ファンドのホストサーバーと物流アルゴリズムの管制権――は、1バイトたりとも引き渡されないまま、連中はアメリカ本土から綺麗さっぱり手を引いてしまったのだ。残されたのは、ただ国費を食いつぶすだけのボロボロの死骸(不良債権)の山である。

 

大統領は助けを求めるように大統領府長官へ視線を送ったが、側近の表情は泥のように昏かった。

何しろ、大統領が自らの強力な支持基盤と捉え、要としていた「中間層より上の富裕層・産業界」が、医療、データセンターの凍結や金融商品の毀損によって不意打ち的に直撃を受け、今や自分を貧困層と共に「共通の敵」として引きずり降ろそうとスクラムを組んでいるのだ。

最後まで大統領の無節操な政策を法的に取り繕い、補佐し続けてきた大統領府長官も、力なく首を振った。

 

「大統領……これ以上は、もうどこにも踏み込めません……。我々の手札は完全に底をつきました」

 

手段が全くなかったわけではない。

例えば、日本の旧態依然とした政治家たちの未公開の汚職やスキャンダルをインテリジェンスで握り、日本政府を脅迫して連合を動かす――という前世紀的な手法。しかし、そんなものは今や何の意味も持たない。経営方針を決めているシステムそのものが日本の民間企業にあり、日本政府にはあの怪物をコントロールする力など毛頭ないことなど、ワシントン側も知ってしまっている。ここでそれを使えば、ただ国際的な孤立を深め、敵を増やすだけだと理解できてしまう。

 

ましてや、経産相の鷺宮が半ば妄想したような「海兵隊を動かして日本国内の連合拠点を物理的に襲撃・接収する」などという狂気の沙汰に出れば、本気で同盟国同士の戦争に発展しかねない。日本単体が相手なら軍事力で圧倒できるだろう。しかし、その瞬間を見た中国はどう動く? ロシアはどうする? イランをはじめとする中東勢や、不安定な情勢のイスラエルは?

アメリカが自ら同盟の価値を破壊した瞬間に訪れる、地球規模の地政学的ドミノ倒しのリスクが、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 

(私はただ……中間層から富裕層の支持をより盤石にし、貧困層からも支持を得てアメリカ第一主義の英雄として次の選挙に勝ちたかった……それだけのはずなのに……!)

 

大統領の頭の中を、後悔と逡巡が渦巻く。そして、今になってようやく、取り返しのつかない決定的なミスに気がついた。

 

『24社連合の……』

 

(そうだ、あの時だ! 私は『連合全体』に対して網をかけるように包括的な規制を敷いてしまった! そのせいで、本来は触るはずのなかった佐々木製薬の医療インフラや、重次化学工業のAI冷却インフラまで俎上に載せてしまい、最も手厚く保護すべきだった支持層やハイテク産業界から決定的にそっぽを向かれたんだ……! もし、あの時『NEXA』だけに標的を絞って規制していれば、ここまでの破滅的な被害にはならず、支持層を怒らせることもなかったはずだ……!)

 

――だが、この期に及んだ大統領の反省すらも、冷徹な真実の前には無意味な的外れ(エラー)に過ぎなかった。

 

もし彼がNEXAだけに限定して規制と接収を行っていたとしても、目的が実現することは決してなかっただろう。彼らワシントンの人間が知る由もないことだが、NEXAの経営を日本国内から司る「城島ファンド」の本質は連合直系の形態だ。たとえスーパー単体を狙い撃ちにされたとしても、海の向こうのアルゴリズムは全く同じように「連合全体の地政学リスク」としてシナリオを即座に計算し直して、自動的に全事業の引き揚げの引き金を引いていただろう。

 

つまり、「他者の合理性を奪って、自らの欲望を満たそうとした」そのスタート地点の数式から、既にチェックメイトは確定していたのだ。

 

現に大統領選挙で勝ったのだ。現在の任期を大人しく全うするか、あるいは地道な内政努力を続けていれば、支持層との関係を保ち、中間選挙も次の大統領選も、まだ戦える芽はあったかもしれない。それを、一時の傲慢さと楽して勝ちたいという欲で完全に不意にしてしまった。

 

今回のワシントンを揺るがした大騒動を経営学的に総括するならば、それは「リスクの臨界点を冷徹に見極め、即座に損切りした24社連合」が、「己の欲望の臨界点を見誤り、破滅のレバレッジをかけすぎた大統領」を、指一本触れずに自滅させたという結末だった。

 

しかし、この圧倒的な完全勝利に対して、連合という組織が勝利を誇ることは万に一つもない。メディアに声明を発表することもなければ、自社ビルに記念碑を建てることも、将来の社史の片隅に載せることすらもしないだろう。

 

同日 島根県 松江市 城島ファンド本社

 

同じ頃、島根県松江市をはじめとする日本国内の無機質なデータセンターの内部では、世界中の地政学リスクを監視する数理モデルの書き換えが、人間の感情の介入を一切挟まないまま、淡々と行われていた。

 

『先進国における超法規的大統領令による資産接収リスク:確率論的実証完了』

 

『結論:当該地域におけるサプライチェーンの維持は不採算。撤退アルゴリズムの稼働ラグは最大3日間とする』

 

「――想定通りのリスクが、シミュレーションだけでなく実証サンプルとして回収できて良かったですね。これで国家の『欲望の暴走パラメータ』の精度が跳ね上がりました。さっそく、次世代のデフォルトパラメータに組み込んでおきましょう」

 

窓のない部屋で、開発者たち(あるいはシステムそのもの)がそう呟きながら、連合各社のシミュレーターのソースコードを改修している頃だろう。

 

超大国アメリカの政治中枢を致命的に機能不全へと追い込んだあの巨大な地殻変動は、彼らにとってはただの「有益なバグフィックス(実証データ)」に過ぎず、明日からのより冷徹な生存戦略のための肉肉しい糧へと、静かに消化されていくのだった。

 

2週間後 徳島県 D財閥本部

 

日本国内に鎮座する連合の本拠地では、アメリカ大統領府の事実上の屈服とNEXAの完全撤退の通知を見届けた上で、次なる防衛線と世界戦略の再構築(アップデート)が淡々と進められていた。

 

まず着手されたのは、中間層を揺るがしていた佐々木製薬の「手術用緩徐麻酔薬」の処遇だ。

連合本部は、カナダ企業を経由して米セメラー社へと至る迂回輸出ルート自体は、今後も継続させる方針を固めた。ただし、今回の一件で「アメリカのリスク値」が跳ね上がったことを受け、極めて厳格な新条項が追加されることになった。今後、もしアメリカ国内に製薬工場を建設・稼働させる必要が生じた場合は、連合直系の『Kソフトウェア』が開発した高度監視システムを生産ラインの基幹へ必ず完全搭載することが義務付けられたのだ。

 

国家権力がどこまで理不尽に振るわれるかは予測不可能だが、「実際にこのレベルまで使用してきた」という明確な実績が作られた以上、二の足を踏む猶予はない。

たまたまスーパー網であるNEXAは、指示データだけを日本国内のホストサーバーから送信する「頭脳が日本にある形態」だったため、ハコを奪われても頭脳ごと即座に遮断する手が使えた。しかし、物理的な生産設備である工場となるとその手は使えない。基本的にはただの錠剤であるため、わざわざリスクの高いアメリカ国内に工場を建てるまでもなく、安全なカナダ工場からの輸出で十分なのだが、将来的にどのような政治的圧力がかかるかは未知数だ。

喉元を過ぎれば熱さを忘れ、彼らはまた懲りずに国家の威信をかけて工場へ侵入し、製造プロセスや知見を盗み取ろうとするかもしれない。

 

連合の意志(アルゴリズム)は、常に最悪のシミュレーションまでを網羅し、環境の変化に応じて動的に書き換わる。

場合によっては、システムへの不法侵入や不当な接収の予兆を検知した瞬間、自動的に偽の配合データやダミーの制御プロセスを掴ませて自滅を誘うような、大それたトラップすら実装しかねない周到さだった。どこまで対策の強度を上げるべきか――とはいえ、これはあくまでビジネスの場であり、最初から猜疑心だけで取引を埋め尽くせば市場自体が機能しなくなる。その「防壁と利便性の最適解」として落とし込まれたのが、今回のKソフトウェアの契約追加という防衛策であった。

 

一方で、ビッグテックの富裕層たちが最も固唾を飲んで見守っていた、ICIT社とのデータサーバー海水冷却技術に関する独占契約は、ドラスティックな見直しが行われた。

 

核心となる主導権、以前は重次化学工業とICITの2社の体制であった。しかし契約の座へ、新たにイギリスから1社、フランスから1社、そしてその日本企業1社のデータサーバー企業を加えた「4社分散型契約」へと大規模な改訂が加えられたのだ。アメリカ企業ICIT社への信頼数値は変わっていないが、アメリカリスク数値が跳ね上がったことがすべての要因だった。

 

「この技術は将来的な価値を含めるとアメリカ企業1社に託すのは危険と判断し、分散することにしました。」

 

これは利権の集中による地政学的リスクを極限まで分散させるための措置だが、完全な切り捨てではない。これまで本格実証の一歩手前まで共同実験に協力してくれたという「過去の合理的な貢献度」への温情(評価パラメータ)として、ICIT社に対してだけは、欧仏日の他3社よりも若干有利なインセンティブ条件が残された内容に調整されていた。

 

この決定により、シリコンバレーとウォール街を襲っていた「技術の完全喪失」という最悪の恐怖は回避され、ハイテク株の底抜けはギリギリのところで食い止められた。

 

そして、完全撤退によってアメリカ金融市場に巨大な穴をあけたNEXAの代替案として、連合はすぐさま次の駒を動かした。

全米のNEXA、そして欧州のGRIDと並ぶ、日本での連合が運営する格安スーパー網の『スーパー丸得』。NEXAをポートフォリオから排除して『スーパー丸得』を金融システムに組み込むことを、ウォール街の巨大ヘッジファンドたちへ提唱したのだ。

 

ファンドのトップたちは、連合から提示された新たな数理モデルの収益性を瞬時に理解し、色めき立ってこの提案を了承した。

この瞬間、大統領の手元に残された「NEXA」は、完全に世界金融の表舞台から見捨てられた。毎月莫大な大赤字を垂れ流し、政府の国費補填(延命治療)なしには1日も維持できない抜け殻の経営体に、投資家たちが求める「利益」など1セントも存在しないからだ。用済みとなった不良債権のハコは、大統領のメンツという名の重荷とともに、ワシントンの財政へそのまま押し付けられた。

 

一連の冷徹かつ神速の後処理により、激震に見舞われていたアメリカ経済と世界金融のパニックは、ある程度の臨界点の手前で急速に抑え込まれていった。システムは破滅を望んでいるわけではない。ただ、自らに仇なす不合理を排除し、最適化の回路を再接続しただけだ。

 

ホワイトハウスの独善的な暴走のツケとして、アメリカの一般市民の食費や生活環境は、これから再び耐え難いほどに苦しくなっていく。国費補填の縮小とともに、ボロボロの店舗にはかつての安さは二度と戻らないだろう。

 

だが――そんな人間の都合や一国の庶民の哀れな悲鳴など、徳島の地で世界を再計算し続ける連合のアルゴリズムにとっては、最初から考慮に値しない「既知のノイズ」に過ぎなかった。

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