ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第110話

翌週 アメリカ テキサス州 NEXA系列店・ブロークンストア

 

テキサス州にあるNEXA加盟個人店・ブロークンストア。「破産した店」という自虐100%の店名なのは店主のやけっぱちな感情を表した名前だった。

 

剥げかけた看板と、無骨に積み上げられた段ボールが並ぶNEXA独特の無機質な店頭で、客に聞き込みを行っていた商務省の若手分析官は、自分の耳を疑った。

 

「それは……本当なんですか!?」

 

「ああ。間違いないさ。あいつら、クラッツ・オブ・ピッツアの『BBQチキンピザ』をよく扱っていたよな」

 

「そうそう。あの独特のスモーキーなソース、一口食えばすぐにわかる。でも、その店も先週閉店しちまったからな……」

 

テキサス、カリフォルニア、イリノイ、ニューヨーク。全米4拠点の店舗を並行調査していた分析官たちは、この証言を機に、連合が潜り込ませていた「余り物」の、さらなる底知れぬ深淵を覗き込むことになる。

 

「統括官、これで22軒目です」

 

報告を受けたタスクチームの統括官は、手元のタブレットにリストアップされた全米の「個人経営店」のマップを見つめ、渋い顔をした。

 

「そうか……」

 

保存の効く缶詰や調味料が競合他店のデッドストックなら、保存の効かない、かつ調理済みの惣菜や出来立ての食品はどうやって調達していたのか?

その疑問に対する答えとして浮上した狂気じみた仮説――『連合は、超局所的な近隣の個人商店の「余りもの(廃棄寸前の食品)」にまで手を伸ばしていた』。

 

その仮説は、まさに今、ピザの味を覚えていた奇特なファン2人の証言によって「事実」へ、さらに確証を強めた。

 

「銀行データを照会しました。クラッツ・オブ・ピッツア。先週まで営業していた隣町の個人ピザ店です。やはり……例の通り慢性的赤字でした」

 

部下の報告に、統括官は小さくため息を吐いた。

 

倒産してしまった以上、経営者に直接会って契約の全貌を聞き出すことは極めて難しい。どのようなシステムを使い、どうやってNEXA側とやり取りをしていたのか。銀行データは押さえたが、これ以上の取引詳細は銀行の守秘義務の壁に阻まれて開示されない。

 

「いいか、周辺の個人店を片っ端から回れ。この『ブロークンストア』との関係を、這いつくばってでも聞き込んでくるんだ」

 

「関係、というのは……資本提携やフランチャイズ契約のようなものでしょうか?」

 

「それも含めて、文字通りの『関係』だ。下手するとこのNEXA店舗は、システムを介して周辺の個人商店と、突発的かつ超短期のスポット契約を毎日のように乱発していた可能性がある。だから、どんな些細な繋がりでもいい、すべて洗い出せ」

 

だが、翌日上がってきた報告は、政府の役人たちをさらに青ざめさせる「悪夢」のようなものだった。

 

「……そうか。NEXAは、この『ブロークンストア』は、本当に地域の個人店の余り物まで、文字通り根こそぎ買い取って棚を埋めていたのか……」

 

「はい。ですが、本部の帳簿を確認したところ、仕入れ先は店名ではなく『ランダムなコード番号』だけで記載されていました。どの個人店からいつ、何を入荷したのかは、事実上システム側で追跡不能(トレース・ブラック)処理されています……」

 

さらに統括官の胸を締め付けたのは、現在もなお営業を続けている、地域の個人商店たちの「奇妙な行動」だった。

もし彼らが経営に困窮しており、NEXAが良き「買い取り手」であったなら、政府に接収された後も、この店舗に「うちの余ったパンや惣菜を買い取ってくれ」と交渉を持ちかけてくるはずだ。

だが、そんな動きは聞いていなかった。

 

「……城島ファンドの連中が、裏で手を回して『アメリカ政府には売るな』とでも口封じをしたのか?」

 

「いえ、だとしたら……彼らは自国の政府よりも、日本の城島ファンドからの『神託』を信用したということになりますが……」

 

沈黙が流れる中、一人の官僚がおずおずと手を挙げ、青い顔のまま報告を付け足した。

 

「統括官……実はその件ですが、実際には数店舗、直接店舗へ『売り込み』に来た個人商店の親父たちがいました。ですが……現場の店舗管理スタッフ(政府派遣)が、すべて『謝絶』していました」

 

「おい、まさか……なぜ断った!?」

 

「その……現場の記録によりますと、持ち込まれた食品の『製造と運搬の際における公式な衛生証明』が確認できず、さらに『現行のライセンス契約外取引』に該当するため、やむを得ず拒否した、と……」

 

「――ッ!」

 

統括官は頭を抱え、すべてを察した。

おそらく、連合と城島ファンドは、個人店が余り物をNEXAに持ち込むための「極めてシンプルで簡易的な衛生証明スキーム」を独自に構築していたのだ。そして接収の際、その確認用アプリか、あるいは照合用システムを丸ごと回収するか、利用規約の「運営母体変更時のリセット条項」を発動させてロックしたのだ。だから個人商店側は、政府が管理するようになってからは「持ち込むための手段」を失ってしまった。

 

その「衛生スキーム」とやらも、国が定めるガチガチの基準から見れば、笑ってしまうほど単純なものだったに違いない。

 

『製造日と消費期限がはっきりと明記されていること』

 

『指定の簡易保冷ボックスに入れて持ち込むこと』

 

『万が一、衛生問題(食中毒等)が発生した際の法的責任は、持ち込んだ個人店側が100%負うものとする』

 

そんなチェックボックスにスマートフォン上で「同意」させるだけの、民事上の自己責任原則を極限まで利用した仕組み。それだけで、彼らは「余り物のピザや惣菜」を、何重もの役所の監査を通すことなく、滑り込ませていたのだ。

 

「くそっ……! そんな、そんなガバガバな緩い基準で、合衆国政府の管理店舗(パブリック・ストア)を運営できるわけがないだろう……!」

 

統括官はデスクを叩いた。

政府が管理する以上、食中毒のリスクがある個人店の惣菜を、公式な検査プロセスなしで棚に並べるなど、連邦食品医薬品局(FDA)が、そして州の保健局が絶対に許すはずがない。

 

だが、これこそがNEXAの狂気的な強さだった。

個人店側が自発的に「持ち込む(運ぶ)」ということは、NEXA側は仕入れにかかる『運送費を一切負担していない』。

さらに、売れ残った「廃棄コスト」や「衛生リスク」すらも、あらかじめ安値の買取価格と免責条項で個人店側に押し付け、あるいは織り込み済みで処理していた。

 

「運送コスト、ゼロ……。衛生管理の行政コスト、ゼロ……」

 

そこには、既存のすべての流通業がひれ伏すほどの、冷酷で、しかし美しく削ぎ落とされた「合理性の獣」が棲みついていた。

 

「我々は、法律という『正義の鎧』を着たままで、この裸の獣と戦わされているのか……」

 

重苦しいオフィスの中で、統括官の呟きだけが虚しく響いていた。国が「完璧な安全」と「法的手続き」に拘泥している限り、この11億ドルの赤字を埋めるための「隙間」には、永久に辿り着けない。その残酷な現実が、じわじわと彼らの心を蝕み始めていた。

 

旧NEXAの惨めな赤字帳簿を解析している商務省のタスクチームが、現地調査のためにダラスやヒューストンに赴いた際、彼らは驚くべき光景を目にすることになった。

 

アメリカ政府が「NEXA」というボロボロのハコを強奪し、その維持費で自滅しかけているそのすぐ傍らで、連合はすでに次の布石を打っていたのだ。テキサスの主要都市の一等地に、洗練された真新しい看板を掲げた連合の別系統スーパーが、何食わぬ顔でオープンしていた。

 

チェーンの名は『Healthy Collection(ヘルシー・コレクション)』。

 

その原型は確かに存在していた。かつてNEXAが健在だった頃、シリコンバレーなどの富裕層・健康志向層に向けて試験的に展開していた、あの高級健康総菜のセクションだ。連合は国に接収される直前、その部門だけを綺麗に本体から切り離して解体し、全く新しい独立した高級オーガニックスーパー網として、このテキサスの地や他州の主要都市に再配備していた。

 

外見はNEXA加盟店とは似ても似つかぬ新築の洗練された建物。

 

そして、その調理場(キッチン)の光景を見た官僚たちは、息を呑んで立ち尽くした。

 

「もはや……政府に取り繕う必要すらなくなった、ということか。現地人を無理に雇用し、一から教育するコストすら削ぎ落としたのか……」

 

客席から見える調理場は全面ガラス張りになっており、そこには白い割烹着に身を包んだ、驚くほど手際の良い寡黙な「日本人料理人」たちが何人も立っていた。

 

彼らの正体は、日本国内の過酷な市場競争の果てに不良債権化し、店を畳まざるを得なくなった元小料理屋の店主や板前たちだった。彼らは「新しいレシピを考案する」という経営・マーケティングの才能には乏しかったかもしれないが、何十年も培ってきた「日本料理の確かな調理技術と所作」だけは、身体が完璧に記憶している。

 

さらに連合のシステムは、彼らの職人技を徹底的に言語化・文字化し、すべての調理工程の判断基準を数値ベースで追跡可能(トレーサブル)な状態に落とし込んでいた。

 

ガラスの向こうでは、その日本人料理人たちの奥の壁向けに設置されている調理台にて、白人、黒人、ヒスパニック、他のアジア系の現地従業員たちが並んで作業を行っている。彼らは連合がマニュアル化した完璧な所作の通りに動き、出来上がった総菜の品質を、前線に立つ日本人の調理リーダーが鋭い目で厳格にチェックしていた。誰も無駄口を叩かず、ただ工場の精密機械のように美しい料理が次々と生み出されていく。

 

「……かつてのNEXA時代、彼らは『アメリカ国内での摩擦』を極度に恐れていた。日本人が現場の要職を占めれば、政府や労働組合から『雇用の搾取だ』『日本企業による文化的侵略だ』とちゃぶ台をひっくり返されるリスクがあったからだ。だからこそ、敢えて効率を落としてでも、アメリカ人だけで構成された組織を半ば無理やり統率していたんだ。だからシリコンバレーしか展開できなかった。」

 

ブロークンストアの解析を担当していた官僚の一人が、ガラス越しに洗練された和惣菜のパックを手に取りながら、自嘲気味に呟いた。

 

「当然、当時は現場の完成度を意図的に下げざるを得なかったはずだ。……だが、今やどうだ? 我が合衆国政府の権力は、自らの暴走によって完全に弱り切っている。これ以上の不当な介入をすれば、国そのものが経済的に孤立して死ぬ。――つまり、彼らが本当にやりたかった理想の店舗経営を、誰からの文句も、どんな政治的リスクの配慮もなしに100%の出力でやれる極上の環境を、皮肉にも我々政府自身が手渡してしまったということだ」

 

NEXAという低所得者向けの「泥臭いインフラ」を政府に押し付け、発生する赤字の泥沼に役人たちを足止めさせている隙に、連合は最も利益率が高く、かつ政治的リスクのない「富裕層向けの高級健康市場」を、自慢の最強の布陣で根こそぎ強奪し返していた。

 

そこに並ぶ総菜は、健康的で、美しく、そして猛烈に美味かった。調査の合間に立ち寄ったはずの商務省の官僚たちでさえ、その圧倒的なクオリティと合理性の前に屈し、気づけば私費でその惣菜を買い求め、貪るように食すしかなかった。

 

完璧なシステムと、それを体現する職人たちの最適化された所作。

アメリカ政府がどれほど過去のデータをハッキングしようとも、彼らが追いつくべき「本物の連合」の背中は、すでに遥か彼方の高みへと加速していた。

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