ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第111話

2045年 7月 ベルギー ブリュッセル 欧州委員会

 

「連合格安スーパー網『GRID(グリッド)』との一括購買交渉権限を、EU加盟各国から欧州委員会へ完全に集約・一本化する」

 

この、平時であれば主権の侵害として数ヶ月、いや数年は揉めるはずの超国家的な意思決定の裁決は、驚くほどあっさりと、何の抵抗もなく可決された。

 

「そりゃそうだ。相手が悪すぎる」

 

ある欧州委員の男は、窓の外のブリュッセルの街並みを眺めながら自嘲気味に呟いた。

加盟各国が個別に連合と交渉しようものなら、アメリカの二の舞になる可能性がある。そして失敗した国はその上、他の加盟国から袋叩きにされかねない。さらに言えば、欧州側には連合に対抗するための有効なカードが最初から一枚も存在しなかった。

 

連合にとって、欧州での交渉決裂など痛くも痒くもない。GRIDの事業モデルは、連合の経営スキーム全体から見れば「利益率こそ極めて低いが、確実に微益を出し続ける安全弁」に過ぎないからだ。交渉がこじれて連合が欧州から手を引けば、死ぬのは連合ではなく、欧州市民の生活そのものである。

 

さらに直近では、あのアメリカでのNEXA接収騒動の余波が、欧州全域に決定的な変化をもたらしていた。

「NEXA」の騒動を契機に、欧州で展開されている「GRID」の運営実態や加盟店登記がジャーナリストや一般市民の手で一斉に暴かれ始めたのだ。

 

これまで市民にとって、GRIDは「近所の便利な、名前の違ういくつかの格安個人店」でしかなかった。

しかし、各国のメディアやネットユーザーが各地の店舗登記を1軒ずつ調べ上げ、SNSやニュースサイトでデータベースとして共有したことで、市民は自分たちの「生活行動の真実」に直面することになる。

 

『まずは、とりあえずあそこの激安店(GRID)に行って、お目当てのものが品切れだったら、少し高いけれど他所の普通のスーパーで買い足せばいい』

 

この、ヨーロッパ中の一般家庭がいつの間にか習慣化していた最も経済的な防衛行動。その「最初の選択肢」として生活の土台に組み込まれていた店舗のほぼすべてが、実は裏で「GRID」という一つのシステムに支配された加盟店だったのだ。

 

この、全欧州のラストワンマイルを無音で支配する「生活の金字塔」を、欧州連合が数百億ユーロ程度の予算を積んだところで買い取れるわけがなかった。

 

さらに、もう一つの構造的な問題が欧州委員会を縛り付けていた。

 

GRIDというインフラは、単なる小売・物流網ではない。

それは、アメリカ・ウォール街の機関投資家、シリコンバレーのテックマネー、ロンドン・シティの老舗金融街、そして足元のフランスやドイツの巨大年金ファンドに至るまで、欧米のあらゆる金融資本が「ポートフォリオの最重要コア」として組み込んでいる、完璧な「全天候型金融商品」そのものだったからだ。

 

【GRID型アセットの全天候型サイクル】

 

不況・大恐慌期(最大出力):

一般消費者が一斉に格安のGRIDに殺到。既存の小売店や不動産が暴落する中、GRIDはその暴落した土地や店舗、余剰在庫をタダ同然の底値で「浚う(回収する)」ことで、むしろ利益と支配力を爆発的に拡大させる。さらに別の資産(株や金など)も世界中で買い漁る。

 

景気回復・巡航期(低空飛行):

他チェーンの巻き返しにより微益水準(低空飛行)に落ち着く。しかし、不況期に増やした加盟店網の絶対数が底上げされているため、利益率はわずかに悪化しても、全体の利益「額」は何十%も跳ね上がる。もし、株や金といった資産へも投資を回していた場合はさらにエグい含み益増加のカーブを描くだろう。

 

「GRIDを接収して欧州共有の『公共インフラ』にするということは、この世界中の金融資本が群がる最強の集金システムを『破壊しろ』と宣言するに等しい」

 

「ええ。連合だけでなく、自国の、そして世界中の巨大投資ファンドすべてを敵に回して交渉することになります」

 

「あの、狂信的な自国第一主義・極右の権化だったアメリカ大統領が、国家のプライドを捨ててあれほどあっさりと連合への規制を解除したのも、突き詰めればこの『金融的な首輪』を嵌められていたからだろう」

 

「その通りです。アメリカが大恐慌寸前のパニックに陥った際、国中の資産価値が崩壊する中で、唯一確実に『キャッシュフロー(収益)』を生み出し続けていたのが、NEXAとGRID、そしてそれと連動してヘッジファンドが運営していた各地の格安アパート群だけだったのですから。彼らにとって、これらは破産を防ぐのに現状最適の『緊急担保』だったのです」

 

アメリカは、命綱だったNEXAというシステムそのものは排除してしまった。

だが、その代償として連合と城島ファンドが代替品としてポートフォリオ入れ替えで滑り込ませたのは、連合が日本国内で運用していた「スーパー丸得」だった。規模の関係上、NEXAほどの収益額は発揮できないが、ファンドたちにとっては代替案を持ってきてくれたことの方がありがたかったのかもしれない。

 

「……若干の値上げは、もう避けられませんね」

 

事務局長が冷淡なトーンで言った。

 

「GRIDの背後にいる欧米の巨大ファンドたちには、これまで通りの配当と利益を流し続けなければならない。となれば、我々が連合に提示できる譲歩案はただ一つ。店舗でのわずかな値上げを容認し、その増分を『システム利用料』として連合に大人しく差し出すことだ」

 

「他のスーパーより安い、と言い切れる極限の境界(デッドライン)を見極めて価格設定をコントロールしなければならない。一歩間違えれば、欧州の購買力が死ぬか、あるいは世界規模の金融バブルが弾ける爆弾だが……」

 

「だが、合衆国政府(ワシントン)の死に体を見れば、我々に残された交渉カードがこれしかないことは、ここにいる全員が理解しているはずだ」

 

欧州委員会は、国家の尊厳を守るための交渉ではなく、「いかに連合のシステムを傷つけず、彼らが求める利益をスマートに上納するか」という、奴隷の首輪の長さ調節の交渉に臨もうとしていた。

 

かつて世界を植民地支配と近代法で支配したヨーロッパの「知性」は今、自分たちが作り上げた「資本の合理性」という檻の中で、ただ静かに極東のファンドへ白旗を掲げる準備を進めていた。

 

同日 アメリカ ワシントン 商務省

 

窓のない極秘の会議室。

アメリカ商務省の対NEXAタスクチームと、欧州委員会(EC)から派遣された特別代表たちによる『対NEXAおよびGRID情報共有会』が、一切の通信機器を排除した厳重なセキュリティ下で開かれていた。

 

世界市場から「連合」を力づくで排除しようとして自滅しかけたアメリカと、その無惨な生け贄を特等席で眺めながら降伏交渉の道を選んだ欧州。

かつて世界経済を二分した両雄が今、極東の一ファンドが展開する「システム」の正体を暴くために、文字通り泥臭い情報交換を行っていた。

 

いかに巨額の違約金や、連合との終身の秘密保持契約(NDA)で縛られていようとも、人間である以上、口の軽い者は必ずどこかに存在する。

あるいは、国家の「安全保障」という大義名分や、巨額の司法取引、果ては個人的な義憤から、ポロリと真実の断片を漏らす者は防ぎようがない。

 

だが、この会議は「連合に対抗するための同盟(共闘)」ではなかった。

両者の間にあるのは、冷徹な「一対一の情報交換(ギブアンドテイク)」。一つの有益な仮説を差し出さねば、相手からは何の情報も返ってこない、薄氷を踏むような交渉だった。

 

「なるほど……。仕入れ(デッドストック)どころか、ラストワンマイルの物流まで、完全に『隙間(アイドルタイム)』を使っている、ですか」

 

欧州代表の一人が、アメリカ側から提示されたばかりの「ラストワンマイルの隙間ロジック」の資料を見つめ、驚嘆の息を漏らした。

 

それはアメリカ側が数日前、テキサスやカリフォルニアの現場調査からようやく導き出した最新の仮説とその経済データだった。99%間違いないが、それを証明する決定的な裏取り(システム上のログや契約書)まではまだ取れていない。

 

この不完全な「仮説」に対し、フランス側の代表が静かに答える。

 

「……それは仮説ではなく、我々の側ではすでに『事実』として確定しています。我々が欧州全域のGRID加盟店の登記を洗う過程で接触した、ある現地中堅運送会社の配車担当者が、全く同じ口頭証言をしていました」

 

フランスの代表は、詳細な書類を一切出さず、ただ言葉だけでその裏付けを語った。

 

「まあ、さすがに詳細は知らないそうです。知っていてもさすがにこれ以上話すのはマズいと思うでしょうから深追いできませんでしたが。」

 

「やはりそうか……!」

 

アメリカの統括官が、悔しそうに拳を握りしめた。

 

彼らは決して、この証言を書面にも、電子データにも残さなかった。

もし「国家ぐるみで連合のビジネスモデルをハッキングし、包囲網を築こうとしている」と城島ファンドのホストAIに検知されれば、即座に「敵対行為」とみなされ、アメリカはコンサル契約を打ち切られ、欧州はGRIDの供給を完全停止される。

それ以上に、この過酷な機密保持契約を破って国家に情報を売ってくれた「情報提供者」の身元を完璧に保護するためには、この会議室の中で交わされる会話だけが唯一の記録媒体でなければならなかった。

 

そもそも、アメリカも欧州も、NEXAやGRIDそして連合という不可解な存在の輪郭をここまで早期に正確に把握できたのは、こうした「愚を犯した告発者たち」のおかげだった。

 

国家の強大な捜査権力や、超高性能の諜報衛星、金融ビッグデータの解析をもってしても、さすがに連合のシステムの全体詳細まで正確にピンポイントに撃ち抜くことは不可能だった。

 

「……人間という『最も不完全な脆弱性(バグ)』から漏れ出た断片をつなぎ合わせて、ようやく我々は、奴らのやっていることの『1割』を理解できたわけだ」

 

商務省の統括官が自嘲気味に笑う。

 

「『完璧なコントロール』を目指す我が国のシステムは、最初からバグを排除しようとする。だが、奴らのシステムは、人間が必ず起こす『不完全さ』や『サボり時間』、そして『口の軽さ』すらも、おそらくはバグではなく『最初から織り込み済みの確率変数』としてアルゴリズムに組み込んでいる。……恐ろしい話だ」

 

「同感です。我々がこの情報を元に『隙間運送の最適化』を法律で義務付けようとしたり、独自に規制しようとしたりした瞬間、その『法的な整合性』すらも、彼らのシステム改修の餌(アップデート・データ)にされるでしょう」

 

会議室に、深い沈黙が降りる。

アメリカと欧州、かつて世界を支配した双頭の鷲は、漏洩したわずかな「隙間の真実」を分け合いながら、自分たちが挑んでいる「最適化の怪物」の底知れなさに、ただ静かに戦慄するしかなかった。

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