ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第114話

翌週 ベルギー ブリュッセル 欧州委員会

 

「……まずは第一関門は突破ですね。これでやっと本格的な交渉に入れます。さて、事前にお伝えしておいた『ステークホルダーとの配分維持契約』の書面ですが、そちらでの合意形成はいかがでしょうか?」

 

画面の向こうの向島は、相変わらず淡々とビジネスの進捗を確認してくる。

 

「新規店舗は域内で一切展開しない」という、EUの根幹思想である『加盟国間の平等』を真っ向から踏みにじる屈辱的条件。欧州委員会が血を吐くような内部調整の末にそれを飲み込んだことすら、連合にとっては単なる「前提条件(第一関門)のクリア」に過ぎなかった。

 

そして、間髪入れずに突きつけられた次なる要求が、この『ステークホルダー配分維持契約』である。その中身は、欧州の経済主権を内側から縛り上げる見事な罠だった。

 

【連合提示:ステークホルダー配分維持契約の要項】

 

サプライチェーンの固定化: 既存の仕入れ業者・物流業者をそのまま維持すること。新規に欧州側がサプライヤーを追加・変更する権利はなく、すべての決定権は連合側が握る。

 

金融還流の不可侵: GRIDの営業利益は、従来通り欧米の巨大投資ファンドのポートフォリオ(全天候型金融商品)へ最優先で流し続けること。ファンド側の利益配分(ドローダウンの防波堤としての機能)をEU側の都合で減額することは一切許されない。

 

これら「既存の利益循環」を1ミリも傷つけないことを約束させた上で、連合はさらに、EUに対して「システムの買い取り金」と「月額のシステム運用費(サブスクリプション料)」を別口座で支払うよう要求してきたのだ。財源は問わない、つまり国債を発行しようが市民から増税で毟り取ろうが構わない、という冷徹さで。

 

「……すまない、向島氏。確認させてほしい」

 

欧州側のネゴシエーターが、こめかみを押さえながら尋ねる。

 

「我々が連合に支払うこの追加のシステム運用費だが……GRIDが上げる『従来の利益配分』の残り、つまりファンドへ流れる分を差し引いたプール金から捻出しても構わないのだろうか?」

 

向島は画面の向こうで、困ったように眉を下げてみせた。

 

「そうですねえ。もし残っていれば構いませんが……足りなければ当然、そちらの公金から補填していただきます。まあ、そちらで新たに『GRID運用ライセンス付き国債』でも発行して、ウォール街やロンドンのファンドから資金を引っ張ってくる分には、私たちは一向に構いませんよ? ……彼ら(ファンド)がそれを許してくれるかどうかは、私たちには分かりかねますが」

 

その言葉に、欧州の高官たちは背筋が寒くなるのを覚えた。

 

アメリカを翻弄し、今まさにEUを手玉に取っているこの「連合」という怪物が、まるで巨大ファンドたちの機嫌を伺うような、彼らのルールに縛られているかのような言動をしたからだ。

連合という絶対的なシステムの上に、さらに彼らをも規定する「資本主義の怪物たち」のネットワークが存在するのか。あるいは、それすらも連合がファンドの仮面を被って演じている狂言なのか。どちらにせよ、EUの財布は二重の寄生虫に吸われる形になる。

 

「では、具体的な価格の提示に移ります」

 

向島は画面に見積書を表示した。

 

「仕入れ指示情報のライセンス料は、アメリカと同様に年1億ドル。そして、今回新たに提供する物流指示情報のライセンス料は、年10億ドルとなります」

 

「ちょっと待ってくれ!!」

 

たまらずEU側の複数の高官が椅子を蹴立てて立ち上がった。

 

「なぜドル建てなのだ! こちらは欧州委員会だぞ、決済はユーロで――」

 

「アメリカと公平な条件にするためですよ」

 

向島は彼らの抗議を鼻で笑うように遮った。

 

「為替なんて1年経てばかなり変わるでしょう? 共通通貨としての安定性を考慮してのドル建てです」

 

「……っ、分かった。通貨の件は呑みましょう。だが! 物流指示だけで『年10億ドル』とはどういう算段だ!? あまりにも暴利だろう!」

 

「だって、アメリカさんにはこの情報(物流のロジック)、提供していませんから」

 

向島はこともなげに言い放った。

 

「ワシントンは今も自力で物流を解析しようとして、途中でドロ沼にハマっているでしょう? つまり欧州にとって、これは完全な『新情報』であり『新商品』です。アメリカへ売った既存の仕入れデータと同価格でご提供できるわけがないじゃないですか」

 

この「年11億ドル」という数字が表示された瞬間、財務専門官の顔から血の気が引いた。

 

この金額は、アメリカがNEXAを接収した結果、自国内の系列店で発生させていると推定される「年間赤字総額」とほぼ同額だった。

しかし、アメリカ全土の店舗数に比べ、GRIDが展開する欧州5カ国の店舗数は少ない。つまり、店舗あたりの単価に直せば、欧州はアメリカより高値で「指示書」を買わされることになる。

 

GRIDの店舗利益はファンドへ直行する。手元に残る微益など、年11億ドルには到底足りないだろう。

 

さっき向島が言った「足りなければそちらで資金捻出していただきます」の真意はこれだったのだ。最初からGRIDの売り上げだけで賄えないことをシステムは計算済みで、「生かしてやる代わりに、毎年11億ドルの貢ぎ物を国費から差し出せ」と要求しているのだ。

 

支払わなければ、GRIDは手に入らない。動いている内は問題ないが、もし連合の事情で止められたら、EU最安価な欧州の食料インフラは崩壊し、市民の暴動でEUは内側から瓦解する可能性が冗談ではなく起こり得る。

 

「……すみません。今回も、一度持ち帰らせてください」

 

交渉官の声は、もはや掠れていた。

 

「はい。承知いたしました。どうぞご一考ください」

 

向島の完璧なお辞儀とともに、画面は再び漆黒に戻った。

買収すれば自力でリバースエンジニアリングできる、などという欧州の甘い「逆襲シナリオ」の前に、年間11億ドルという猛毒の維持費が、容赦なくのしかかろうとしていた。

 

「くそっ! 足元を見やがって!!」

 

ドイツ代表の高官が、吐き捨てるように資料の紙束をデスクに叩きつけた。

しかし、その激昂の裏にあるのは、他でもない自分たち自身への烈しい嫌悪だった。

足元を見られるほど低所得層への福祉を放置し、そこに巨大な「寄生虫」が入り込む隙を開け、ガバガバな状態を見て見ぬふりをしてきたのは自分たち国家の側なのだ。しかも連合は、それをボランティアの善意ではなく、冷徹に成立する「ビジネススキーム」として完璧に組み上げてみせた。国家の敗北は、数字の上で完全に証明されていた。

 

「――前進するか、立ち止まるか。もはや決める時です」

 

EU加盟国ではないが、GRID網のネットワーク上では運命共同体としてまとめられているイギリスの代表が、冷ややかに場を促した。

 

「この11億ドル、事前の合意通り既存の店舗数ごとに割って負担する。だが、この枠組みをそのまま通せば、必ず『抜け駆け』を企む国が出るぞ。例えば、自国内のGRID店舗を国内で1店舗だけ、あるいは特定の地方都市に1店舗だけ残して物理的な負担金を極限まで減らし、その裏で送られてくる物流データを吸い上げて、自国独自のコピー(バージョン)を作ろうとするような国がね」

 

「ふ、それをやったら文字通り『袋叩き』だな」

 

フランスの交渉官が鼻で笑った。

 

「欧州連合からではない。自国の国民からだ。負担金をケチったせいで明日から超格安店を奪われた民衆が、どのような暴動を起こすか。政治生命の終わりを意味する袋叩きだよ」

 

「落ち着いてください、皆さん」

 

議長が手を挙げ、場をなだめる。

 

「年11億ドル。現在の為替レートでユーロに換算すれば、およそ年10億ユーロです。フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ギリシャの5カ国に、イギリスを加えた6カ国が合同で分担するのであれば、1国あたりの負担は年1億数百ユーロ。……決して、出せない金額ではないはずだ」

 

「そんな単純な計算、アメリカ(ワシントン)だってとっくに気づいているだろう」

 

ドイツの高官が忌々しげに遮る。

 

「アメリカは、年1億ドルで仕入れデータしか買えなかった。物流の指示がないからシステムの完成目途が立たず、自国運営の現場から年間11億ドルの赤字が『流出し続けている』からこそパニックになっているんだ。だが、我々は違う。年11億ドル払えば、物流データ(隙間ロジックの生きた動向)も流れてくる。……なんなら、この物流データをアメリカ商務省に高値で裏売却することで、我々の負担を相殺することすら可能だ。――連合がそれを許可すれば、の話だがね」

 

「いや、アメリカへのデータ販売は絶対にまずい」

 

イギリスの代表が首を横に振った。

 

「連合がアメリカに物流指示データを売らなかった。それは彼らの明確な『経営判断』だ。それを我々が勝手に横流しして破壊すればどうなる? 今回の契約における唯一無二のプラットフォーマーは連合1社のみだ。彼らへの『裏切り』を検知された瞬間、欧州全体のGRIDのスイッチが切れる。あまりにも悪手だ」

 

「……そうだな。そのリスクは冒せん」

 

会議室の空気が、ようやく現実的な着地点に向けて固まり始めた。フランスの財務担当官が、手元のタブレットに新たなスキームを打ち込みながら提案する。

 

「……向島が言っていただろ?『国債や公金からでも構わない』と。ならば『GRID特別名称国債』の創設と、富裕層向けの『欧州GRIDインフラ普及寄付金制度』を同時に設ける。これで政府の直接的な財政負担を減らす。金融機関にはその国債を保有させ、富裕層には寄付を募る。彼らにとっては、その実績こそが『欧州市民の生活を自らの資産で支えている』という最高の社会的ステータス(名誉)になる」

 

「妥当だな」

 

「それしかないだろう」

 

各国の代表から、次々と賛同の声と頷きが上がる。

国家のプライドはズタズタになり、年11億ドルという巨額の貢ぎ物を毟り取られることにはなった。しかし、ヨーロッパの知性は、その屈辱すらも「国債」と「寄付」という資本主義の洗練された服に包み込み、自国の金融システムの中に美しく組み込んで処理する道を選んだ。

 

極東の計算機が突きつけてきた冷徹な生存条件に対し、欧州は「制度」という名の盾を掲げ、首輪を嵌められたまま静かに歩を進める合意を形成した。

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