ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第12話

同日 東京

 

G化学が開発プロセスの初期段階で撤退を決めたというデータは、松江の金融部門を経由し、東京・大手町の一角にあるオフィスへと即座に共有されていた。

 

そこは、24社連合の中でこれまで具体的な事業を表に出していなかった『D社』の本拠地だった。D社は、一般的なメガバンク系列の財閥とはその性質を異にしている。

彼らの源流は、明治期に設立された国策の機械・材料インフラにあり、その100年を超える歴史の本質は、先進国からの「技術のキャッチアップ(追従)」と「適法な模倣」の積み重ねがスタートであり、そこからの『独自進化』にあった。

 

戦後から高度経済成長期にかけ、欧米の巨大資本が突きつけてくる膨大な特許網をいかにして合法的に潜り抜け、自社製品として再構築するか。その過程で起きた無数の知財係争、開発プロセスの破綻、そして「どのラインまでなら他社の特許を侵害せずにコピーできるか」という、生々しい法務・技術データの蓄積において、D社の右に出る組織は連合の中に存在しない。これがA社のグラフィックボード回路設計の知見の源泉であった。

 

これまで24社連合が、青森のレガシーメモリ、台湾のグラフィックボード、カリフォルニアのNEXA(惣菜事業)といった海外展開を極めて短期間で軌道に乗せられたのも、D社が歴史的に構築してきたスキームと政治力があったからだ。

世界中に死蔵させていた現地法人の休眠口座や、ペーパーカンパニーの流通ライセンス。

日本企業としての露出を極限まで抑え、現地のローカル企業(台湾の瑞晶電路など)の単独事業に見せかけるための法的な座組みの提供。

彼らは連合の事業推進において、常に「見えないインフラ」として機能していた。

 

「――以上が、我が社の法務・技術監査チームによる、G化学のプロジェクトに対する総評となります」

 

D社のオフィス。広瀬が手元のタブレットをタップすると、G化学の開発ラインがいかにして限界を迎えたかを示す詳細なタイムラインが、松江の城島ファンド本部へと送信された。

 

D社が連合内で担うもう一つの、そして最も重い役割。

それは、24社連合というプラットフォームに属する企業たちが、真に連合の思想を体現できているかを査定する「開発力の審査機構」としての機能だった。

 

今回のG化学の新メッキ技術開発の頓挫について、D社内で知財を扱う専門家たちの見方は一致していた。

D社が歴史的に築いてきた国内外の巨大化学企業とのパイプや、有名大学の権威ある教授陣、あるいは最先端の知財ネットワークを「上から」繋げてやりさえすれば、G化学の直面した技術的バグなど、叡智の質と数の掛け算による力技で突破できた可能性は高い。

しかし、24社連合の頭脳たちは、その救済策を明確に『否(ノー)』とした。

 

「D社のリソースを使ってお膳立てしてやれば、確かに製品は完成していた可能性はあっただろう。だが、それではダメだ。

 それでは、ただの『古い時代の財閥か企業グループ』に戻るだけだ。親会社の威光と資金で子会社を介護するようなビジネスは、我々の目指す形ではない」

 

24社連合が世界中で仕掛けているビジネスの正体は、天才の知恵の安売りではない。

属人的な能力を徹底的に排除し、「凡庸な組織であっても、精緻なマニュアルとデータさえインプットすれば、自力で最先端の開発から量産までを完結できるシステム」の構築だ。

 

G化学をあえて崖から落とし、そのデータをマニュアルの栄養分にする。

冷酷なまでのスクラップ&ビルド。

24社連合という冷徹な機構は、身内の企業にすら「自立したマニュアルの奴隷」であることを求め、クリアできないコマは躊躇なく盤上から取り除いていく。最後の巨頭であるD社がその天秤を握っていることで、連合の拡大スピードは、狂気を孕んだままさらに正確な「規律」を帯び始めていた。

 

24社連合はそれぞれメイン事業を持っている。

このD社のメイン事業とは『汎用開発マニュアルの開発』であると言え、連合の究極の目標。言うなれば企業にとっての聖杯であろう。

 

企業にとって、新製品の開発(R&D)とは常に不確実なギャンブルであり、一部の「天才エンジニア」や「カリスマデザイナー」の閃きに依存する聖域だった。だからこそ、どの企業も莫大な金をドブに捨て、優秀な人材の引き抜きに血眼になる。

 

D社が、そして連合が作ろうとしているのは、その聖域を跡形もなく破壊するシステムだった。

 

G化学のプロジェクトが途中で叩き切られた理由も、ここにある。

G化学は単に「メッキの新技術」を開発させられていたのではない。D社が組んだ『初期型・開発マニュアル』のプロトタイプを渡され、「天才の助けなしに、マニュアルの指示だけで新技術を開発できるか」という、聖杯の精度を証明するための実験体(テストベッド)にされていたのだ。

 

結果は、失敗。

マニュアルの記述に、現代の環境下でのバグを予測しきれない「未知の領域」が存在した。だからこそ、D社は冷徹に計画を凍結し、その「失敗という名のデータ」を回収した。聖杯に、あと数ミリの修正を加えるために。

 

「G化学のおかげで、開発マニュアルのバージョンがまた一つ上がる」

 

広瀬は静かにキーボードを叩き、システムをアップデートした。

 

世界中の企業が、一握りの天才の「閃き」を祈るように待っている。その横で、24社連合は「開発」という名のブラックボックスを完全に解体し、誰でもボタン一つで模倣と創造を行える『究極のインフラ』を完成させようと動いていた。それが出来上がったとき、東京の大手町から発信されるその見えざる手によって、世界の「技術」の価値そのものが、根底から書き換えられるかもしれない。

 

セクシーを否定していながら、セクシーを追い求めていたのはこの24社連合たちも同じだったということだ。いや、もしかしたら世界の誰よりも恋焦がれているのかもしれない・・・

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