ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第121話

2046年 1月 東京 八王子市 L不動産

 

多摩の冷たい冬枯れの風が吹き抜ける八王子の一角に、連合の『L不動産』が所有する専用練習場がある。本来なら一企業の実業団が使う地味な施設に過ぎないその場所に、この日、プロ野球のユニフォームを着た屈強な男たちが足を踏み入れていた。

 

彼らは日本プロ野球界の一角を担う球団、『恵比寿シャークズ』の視察団だった。

 

「――ピッチャー用の軌道解析装置なら、うちの球団でも導入していますが……こんな設備は見たことがない」

 

シャークズの木城(きじょう)二軍監督は、ネット裏にそびえ立つ超大型ディスプレイを見上げ、呆然と呟いた。

 

かつて『連合』が結成された当初、傘下に入ったL不動産には数年間の「暇な時期」が存在した。その際、連合の統括を担うD社から下された指令が、『実業団スポーツの解析』だった。彼らは野球、サッカー、陸上の3種目を選定し、独自のデータ収集を開始した。

 

当然、そこは「最先端の競争はしない」という連合の鉄則が徹底されていた。数千万円、数億円もするような海外製の最新機器を導入したり、最先端の奇抜なトレーニング理論に飛びついたりもしない。

彼らがやったのは、どこにでもある市販の既存機器をただ組み合わせ、「こうしたら、もっと現場で使いやすいんじゃないか?」という泥臭い改良をひたすら積み上げることだけだった。

 

しかし、その小さな「カイゼン」の連鎖が、気づけば既存のトップランナーをごぼう抜きにする凶悪なオリジナルを生み出してしまう。それが、連合という生態系におけるいつもの「お決まり」だった。

 

「ストライク! ――いや、ボールか」

 

マウンドに上がったシャークズの二軍ピッチャーが投げ込んだ渾身のシンカーが、キャッチャーミットに収まる。パン、と乾いた音が響いたわずか3秒後だった。

 

バックネット裏の巨大モニターが駆動し、今投げた球の「正確な3D軌道映像」と、その右枠に「球速」「回転数」「変化量」といった各種計測値が滑らかに並んで表示された。

 

「……嘘だろ」

 

マウンド上のピッチャーが目を見開いた。

 

『今投げたシンカー、まだゾーンの際まで8センチはマージンがあったな。もっと強気でインコースを攻められたんだ……』

『50球を過ぎると、回転数が20%も急落している。体感では分かっていたけど、数値で見るとこんなに露骨にヘタるのか……』

 

それらの残酷で貴重な事実が、投球の「熱」が冷めないうちに、リアルタイムで脳に叩き込まれる。

 

この情報自体は、既存の他社製品でも時間をかければ知ることは可能だ。しかし通常は、練習がすべて終わり、肩をアイシングして完全に状態がリセットされ、脳のワーキングメモリーから当日の感覚が消えかかった頃に、ようやくミーティングルームの書類やタブレットで知らされるものだった。

投げて3秒でフィードバックが来る。この圧倒的な時間差の意味は、プロの技術者であるピッチャーやピッチングコーチほど、恐怖と共に深く理解できてしまう。

 

さらに、このシステムはマウンドだけに留まらなかった。

バッターボックスを囲むように設置された簡易的なセンサーボックス――そこに仕込まれた市販カメラの群れが、今度は打者側のデータを弾き出していた。

 

球場全体の観客席側に設置されたもう一つの大型ディスプレイには、ピッチャーの球種や軌道に対し、打者がどれだけ『振り遅れたか』、あるいは『バットの軌道に何ミリの誤差があったか』が、ミリ秒単位でビジュアル化されていた。

 

「ピッチャーとバッター、両方の結果が同時に、リアルタイムで分かる……。使っているのはただの市販の測定器のはずなのに、どうしてこんなことができるんだ」

 

コーチの一人が戦慄した声を上げる。

これこそが連合の「この用途向けで作ったけど、なんか同時にこっちもできそうだからやっちゃおうぜ」という貪欲な合理性の産物だった。ピッチャーを撮る画角の中にバッターも強制的に入り込むのだから、ついでに打撃解析アルゴリズムも噛ませてしまえという、呆れるほどの無駄のなさである。

 

「振り遅れた……確かに3.2ミリ秒遅れているらしい」

 

バッターボックスに入っていたシャークズの若手打者が、ディスプレイの数値を睨みつけながら、悔しそうにバットを握り直した。

 

「すまん! 木城監督、もう1球……いや、もう1打席お願いしたい!久我、投げてくれ!」

 

「あいよ! 喜んで!」

 

マウンドのピッチャーもまた、アドレナリンを滾らせてロージンバッグを叩いた。

 

元々は「L不動産の実業団が妙な設備で練習している」という噂を聞きつけ、球団側がテスト代わりに二軍から適当に帯同させたキャッチャー含む3人組だった。冬のオフシーズンでもあったからちょうど良かった。

だが、3秒後に自分の成果と課題を突きつけてくるこの装置は、アスリートの脳内報酬系を激しく刺激していた。当初はお試しの1打席で終わるはずだった視察は、いつの間にか、本気の5打席勝負へと発展していた。

 

夕方になるまで、ピッチャー、バッター、そしてキャッチャーの3名は、時間を忘れたように泥だらけになって設備を使い込んでいた。その横では、シャークズのコーチ陣が狂ったようにメモを取り続けている。

 

「木城さん、これ……ウチの球団で予算を組んで、早急に導入しないとマズいですよ」

 

チーフコーチが青い顔で耳打ちした。

 

「ああ。こんな装置があるという話は、時間が経てば嫌でも他球団の耳に入る。先に抑えなければ暗黒期を迎えるぞ」

 

そんな緊迫したやり取りの傍らで、これまで饒舌に装置の説明をしていたL不動産の担当社員が、不思議そうに首をかしげて無邪気な質問を投げてきた。

 

「あの……テレビの野球中継とかだと、これと同じような球座のCG映像がリアルタイムで画面に出てますよね? 既にどこにでもある設備なのかと思っていたのですが……精度よりも応答速度を優先しているので最新機器よりずっと低いですし。」

 

その言葉に、木城監督はガタッと椅子を鳴らして身を乗り出した。

 

「違うんだよ、担当さん! あれはあくまでテレビの前の『観客が見るための放送用データ』だ! 肝心の選手たちが見られるのは、試合がすべて終わった後なんだよ! ……でも、これは違う。本当に今さっき投げた球、今さっき振ったバットの真実が、その場ですぐに映像と数字になって両者に伝わってしまうんだ!なら精度など若干低くても構わない!精巧なデータは今まで通り、後で見ればいいだけだ!」

 

興奮を抑えきれない木城は、大きく息を吐き出すと、隣のコーチを振り返った。

 

「とにかく、すぐに1軍監督や球団フロントにこの結果を見せるぞ。オーナーを説得して特権予算を出してもらう」

 

木城はそう言うと、L不動産の担当者に向き直った。

 

「すみませんが、今日のところは一度引き上げさせていただけますか? 契約の話は急ぎます」

 

「ええ、どうぞ。良いお返事をお待ちしております」

 

L不動産の担当者が穏やかに微笑む。その背後では、5打席勝負が終わったはずの選手たちが、勝手に6打席目の勝負を開始していた。

 

「おい、お前ら! 帰るぞ!」

 

木城監督がメガホンを片手に、マウンドとバッターボックスに向けて怒声を飛ばした。

 

「いつまでやってるんだ! 特にお前だピッチャー! お試し枠で肩を壊す気かよ!」

 

夕闇が迫る八王子のグラウンドに、監督の怒号と、それに負けないほど熱を帯びた選手たちの歓声が響いていた。連合が既存の技術をこねくり回して作った「ただの練習用ボックス」が、日本のプロ野球の勢力図を根底から塗り替えようとしている――その地殻変動の足音を、まだ誰も言葉にはできていなかった。

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