ある日本企業たちの・・・   作:適当でいいです

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第123話

2046年 3月 栃木県 小山市 F金属工業

 

約15年前、24社連合に組み込まれた、どう見ても場違いな町工場。

発足時のオリジナル24社のうち4社(A~D社)は誰もが知る大手電機メーカー。他16社は東証スタンダード上場の中堅企業たち。残りの4社の中に、あの怪物的な知能を持つ『Kバイオ』と『Kソフトウエア』が含まれていた。

つまり、F金属工業は連合における豆粒のような零細2社のうちの片割れだった。

 

何せ、年間売上が5億円を超えただけで朝礼で万歳三唱していたような会社なのだ。

そんな町工場がなぜ『連合』の加盟企業となったのか――上級技能士の三城には、今でも完全には分かっていなかった。

 

当時、突然やってきた連合の連中は、吹けば飛ぶようなウチに「第2人事部」なんてものを立ち上げた。

『マニュアルと違う作業です』『作業をマニュアルに落とし込んでください』『マニュアルの不備を更新して効率化したので昇給します』――毎日毎日、好き勝手に現場をかき回しやがった。

 

スプレー缶の金属缶と小さな精密部品を作っていただけの町工場だった。ほんの10年前までは。

 

ある日、D社から「バカでかいタンク用の鉄板を作れ」という無茶振りが飛んできた。

連合のD社が全国の地方で空き家を買い取り、取り壊した跡地に簡易タンクを設置して、レアメタルを安全に備蓄・保管するのだという。

外装は建設企業に発注するが、内側の薄い特殊壁を、F金属工業の圧延成型技術を使って極限まで安く量産できないかという相談だった。

 

新規の製品だから、当然マニュアルなんて存在しない。

つまり、久しぶりにあの堅苦しいマニュアルに縛られない、職人本来の仕事ができるということだ。

作業場の後ろでは、第2人事部のメンバーが書類を手に無言で立っている。

 

(そうさ、商売や組織づくりの世界では、お前らが超一流のプロだってことは痛いほど分かったよ。……なら今度はこっちの番だ。職人の世界じゃ、この俺が世界一だってところを見せてやる!)

 

さらにこの事業が成功すれば、三城自身の年収も900万円台が狙えると提示されていた。

 

「経済産業省だか、D財閥だか、秘密結社だか知らねえが……やってやろうじゃねえか!」

 

厚さ、強度、耐食性、輸送性、そして現地での組み立てやすさ。それらを極限の低価格で実現する。要求通りにするのは職人として当然だ。

だが連中のことだ。「三城という名人だけにしか作れない製品」は絶対に『製品』として認めないはずだ。誰がやっても同じ品質が出るバッファ(マージン)を設計に盛り込まなければならない。

 

「三段圧延の速度条件はこれだ……焼きなましの温度と時間はこう変更する……」

 

経営が安定したことで新人が毎年入社し、三城の部署にも若い部下が増えていた。

彼らと頭を突き合わせ、D社が要求する内殻タンク板の図面を引き、試作品の加工へと突き進んだ。

 

「……おいマジかよ」

 

小山の町工場にはすでに既存のラインがぎっしり詰まっている。バカでかい鉄板を圧延する大型機をどこに置くのかと尋ねると、第2人事部はさらりとこう言い放ったのだ。

 

「徳島県にあるD社の本部にお越しいただき、そこで試作と製造を行っていただきます」

 

「へっ、ご主人様のおひざ元で試作と製造をしろってか」

 

「マニュアルが完成しましたら、ここ栃木にお帰りいただけます」

 

「マニュアルって言ったって、現場じゃ必ず不備が出るのがいつものことじゃねえか。当分帰れねえだろ。どうするんだ?」

 

「ご安心ください。ここ小山工場から東と北にある大きな空き用地を、既に2箇所確保しております。どちらかに『第2工場』を建設します。建設・設備費用はすべてD社負担となっております」

 

度肝を抜くバカでかい戦略に、スケールが違いすぎる試作環境。そこに用地選定まで済ませた工場拡張プラン。

どこまで先を見据えた仕事なんだと、三城は呆れを通り越して笑うしかなかった。

 

――そして、現在。2046年、3月。

 

三城はあの巨大案件を見事に完遂し、試作品だけでなく、寸分の狂いもない「未完成な製造マニュアル」を作り上げた。これより先は実際に量産をやってみないと俺にも分からん。

完成した小山の第2工場では無事にラインが立ち上がり、D社から怒涛のように舞い込む注文に応えながら、現場のカイゼンに合わせてマニュアルを随時更新し続ける体制が整った。

 

そうして走り続けているうちに、あっという間に月日が流れていた。

三城も今年で65歳。世間一般で言えば定年退職の時期だ。

幸いなことに、連合傘下で人材派遣や労務を担う『J社』のシルバー人材紹介サービスを使って、定年後もこれまでと同等の手厚い待遇と職務内容で現場に立てる環境を用意してくれた。だから三城の腕は、今も現役のままだ。

 

現在、D社からのレアメタルタンク用鋼板の需要は一巡し、安定期に入っていた。

その代わりに、三城の元へ持ち込まれるようになったのが、同じく連合企業である『Mマシナリー』からの大量の依頼だった。

 

「なんだ? 規格サイズの鋼板を、とにかく同じ条件で作り続けろだ? なあ、これ一体何に使うんだ?」

 

三城が尋ねると、第2人事部の若手社員が丁寧な口調で答えた。

 

「三城上級技能士、Mマシナリーでは現在、自社発売の加工機とテストピースを用いて、全国の加工職人の『腕(技能レベル)』を客観的に評価・ランク付けする認証サービスを展開しているんです。これはその評価テストに使う基準鋼板(テストピース)ですよ。本番の試験用だけでなく、全国の町工場がスキルアップの練習用として購入するための需要も爆発していましてね。これまでは他社に製造をお願いしていたのですが、そこもラインがパンパンらしくて……」

 

「ほう……」

 

三城は手元に届いた鋼板の表面を、職人のゴツゴツした指先で撫でた。

 

「全国の職人の腕を測るための、基準となる板……か。面白そうなことやってるじゃねえか」

 

自分が作った板が、日本中の町工場の若い職人たちの腕を磨き、その技量を正しく評価するための「物差し」になる。

かつてマニュアル嫌いだった頑固親父は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいぜ。日本中の職人が手本にするってんなら、狂いのない最高のテストピースを腐るほど焼いてやろうじゃねえか!」

 

栃木の小さな町工場で、熟練の職人と連合の合理性が織りなす「ものづくりの基準」が、今日も音を立てて生み出されていた。

 

「カッケー!」

 

作業場の少し離れた見学用通路から、高らかで伸びやかな若い声が響いた。

 

声の主は、来年度の入社を希望している高校生たちだった。今は人事の案内の元、工場見学の最中らしい。

彼らが頭に被っているのは、まるでラリーカーのドライバーや特殊部隊の兵士が装着するような、洗練されたデザインのスマートヘルメットだ。騒音の激しい工場内でも互いの声がはっきり聞こえるよう、内部にはマイクと骨伝導スピーカーが標準装備されている。

 

(……フン、まあ、あのD社がドイツの重工メーカーに特注でつくらせた、ビル数階分もあるあのバカでかい巨大圧延機の前じゃあな、そんなカッケーヘルメットすら何の慰めにもならんがな……)

 

三城は心の中で悪態をつきながらも、どこか口元を緩めていた。

 

15年前のこの場所を、三城は痛烈に覚えている。

怒号と罵声が飛ぶのは日常茶飯事。少なすぎる給料、常に頭の片隅をよぎる「赤字・倒産」の文字。先が見えないストレスで心身ともに擦り切れ、そのイライラから職人同士がさらに怒号を飛ばし合う――そんな泥沼のような地獄を、三城は現場のそれなりの職位として最前線で見続けてきたのだ。

 

だからこそ、目の前で繰り広げられている今の光景が、未だにどこか夢のように受け入れがたい。

 

「小山市内どころか、周辺の工業高校・商業高校生の就職志望度トップ3常連の超ホワイト企業……。ふざけろ、昔は『あんな会社』だったんだぞ……」

 

整えられた労働環境、見晴らしの良いキャリアパス、そして全国の職人の手本となる製品を作るという誇り。

かつて潰れかけていた泥臭い町工場は、連合という巨大な意志とカイゼンのシステムに飲み込まれた結果、若者たちが目を輝かせて憧れる「知る人ぞ知る名門。しかもあの24社連合最上位加盟企業」へと変貌を遂げていた。

 

三城はヘルメットの隙間から頭をぽりぽりと掻くと、見学中の高校生たちに背を向け、再び黒光りする鋼板に向き直った。

 

「よし、お前ら! ガキどもに見惚れて手元狂わすんじゃねえぞ! 最高のテストピース、どんどん流すぞ!」

 

「「はいっ!!」」

 

活気に満ちた若い部下たちの返事が、整備の行き届いた工場内に心地よく響き渡った。

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